White rabbit.




□ 33 □




冬に入り本格的に寒くなりはじめた頃、何の気まぐれか仁王が勉強を教えてやるぜよ、と誘ってきた。しかも試験の前日に。

それまではいくら誘ってもなびかなかったのに今頃になって言いだしたのはなんでだろうと思った。でもが大変だった時に特に世話になったのもあったし色々話もしたかったからその誘いに乗ったのだが、何故か今勉強とは程遠い場所に立っていた。


「…動物園?」

電車とバスを使った時点で何かおかしい、って思ったけどなんでまたこんなところに来てしまったんだろう。勉強道具が入った大きめの鞄を抱え呆然としていると、チケットを買った仁王がその1枚をに渡してきた。

「…勉強は?」
「お休みじゃよ」


ここまで来てそのセリフもないが他に思いつかず困惑した顔で仁王を見れば、飄々と返され動かないの手を取り園内へと入っていく。

中に入ると案内板が見えそこそこ大きな動物園だとわかった。すぐ近くで鳥の鳴き声が聞こえてくる。今日は平日のせいか人は疎らで混んではいない。
寒いのに頑張るな、と親子連れを見ながら仁王に引っ張られていくと程なくして小さな公園のような場所に辿り着いた。アーチ型の看板には『ふれあい広場』と書かれている。


ここまでくればにも察しがついて、小さなアーチの門をくぐれば奥に小屋と檻と、それから背の低いゲージがあった。
ゲージの中を覗けば予想通りウサギが数匹ひょこひょこと動き回っている。

「ウサギだあ!」

それは見ればわかる話だがあまりの可愛さに口に出さずにはいれなかった。モコモコふわふわが動き回っていて、まだらや茶色に黒と白のうさぎがこっちを見ている。飼育委員に声をかけて中に入ると近くにいたウサギに手を伸ばした。



「あっ…」
「ぷっ嫌われたの」
「くっ!最初は仕方ないじゃん!」

だったら仁王くんもやってみなよ!とけしかければゲージ越しから一番近いウサギを撫でようとして逃げられていた。

「ふっ…」
「……動物は好かん」

元々苦手じゃ、と負け惜しみをいう仁王をニヤニヤ笑いつつ、飼育委員さんに人参の葉っぱを貰って餌付けをしながら交流をはかると程なくして真っ白いウサギを一匹をゲットした。


「うはーっ可愛い〜!柔らかい〜!ちっちゃい!この子大人しいね!」
が怖いからじゃろ」
「ムッ失礼な!」

餌付けをしたとはいえ、抱いても暴れないのは凄くいい子だと思う。真っ白い毛並みを撫でながらゲージの外で茶々を入れてくる仁王に、はいいことを考えたと白兎を抱いて彼に近づいた。


「ほら仁王くんも触ってみなよ。この子いい子だよ」
「……噛まれたりせんかの」
「しないしない」

恐る恐る触る仁王が可笑しくてクスクス笑っていると「うるさか」と睨まれた。緊張してるそっちが面白いんじゃないか。

「どうよ?ふわふわじゃない?」
「…なんかビクビク震えとる」
「仁王くんが怖がってるからじゃない?」

動物って敏感だからね、といえば「別に怖がってなか」と不機嫌に返された。



それから心行くまでウサギを堪能したは動物園を回り、最後にもう1回だけ!とお願いしてあの白兎と戯れてきた。本当にあの白兎は大人しくていい子で幸せだった。

「うっふっふ。余は満足じゃ」
「それはよかったの」
「なんだよ仁王くん。そんな"失敗した"みたいな顔してー。私を誘った時点でこうなることは決まっていたのだよ!」


夕焼け色に染まる空をバックに動物園を出ると、いかにも寒そうに縮こまってる仁王が「お前さんの見間違いじゃ。俺は楽しかったぜよ」とマフラー越しに返してくる。
眉を潜めてるのはきっと寒いせいだろうけど楽しいならもっとそういう顔した方がいいと思うよ。


しかし今日の仁王の行動は不思議だったな。いきなり誘ってきたかと思ったら動物園だし、しかも勉強するぞなんて嘘つくし。
もしかして優待チケットを貰ったのかな?お金払わせてもらえなかったからその辺わかってないんだよね。彼女誘ったけど断られてヤケになって私を誘ったのかな?

…それはかなり信憑性がある。

動物園なんて丸井とか男子同士で行くイメージないもんな。とりあえず「何?彼女にドタキャンでもされたの?」と問えば今日1番の不機嫌な顔で「は?」と睨まれた。


「ん?違うの?」
「……ハァ、違うぜよ」
「そうなの?まあ、ここに来る前は勉強だと思って荷物重かったから仁王コノヤロウって思ってたけど、…ありがとうね。明日の試験受かる気がしてきたよ!」
「は?試験?」
「うん、そうだよ。明日受験」

言わなかったっけ?と首を傾げればバツの悪い顔で「いわんかった」と返された。詐欺師の仁王にも良心があったのか。だったらあの迷子放送は何だったんだ。凄く楽しそうな顔で待ってたよな、お前。

「でもやっぱ生はいいね!癒される!」
「…それなら良かったぜよ」

ありがとう!と満面の笑みで礼をいえば、珍しく仁王が固まっていた。



*****



それから白い排気ガスを吹かせてやってきたバスに急いで乗り込むとやっと息ができる暖かさを感じた。バスの最後尾をキープして走り出したバスは達と前の方に老夫婦が乗ってるくらいでとても静かだ。

走行音とアナウンスをBGMにぼんやりと仁王を見ればこの程よい暖かさが良かったのか口を微かに開けて瞼を閉じている。
インドア、とは思わないけどテニス以外あまり動く奴じゃないから疲れたのかもしれないな。

外に視線を向ければ民家に光が点っていてそろそろ夕飯だな、と思った。


「うおっ」

カーブを曲がったと同時くらいに頭と肩に負荷がかかって窓に額をぶつけてしまった。何?と振り返れば仁王がこちらに倒れこんできて、潰される、と思った。ぐぇ。めちゃくちゃ体重かかってんですけど。

いっそタヌキ寝入りじゃね?と思うくらい寄りかかってくる仁王を押し返してみたが瞼は閉じたままで。仕方なく体勢を立て直しなんとか収まりのいい場所で座り直せば仁王の頭もの肩に乗せて落ち着いた。

さわさわと頬をくすぐる髪に随分と懐かれたよなーと思う。まるで動物園で戯れた白兎みたいだ、と白に近い髪を軽く撫でる。
きっと以前なら寝てても直立不動で寝ていただろう。それこそファラオのように。


そう考えてブっと吹き出した。いや、その特権は弦ちゃんか柳くんだろう。

ファラオのように寝てる弦一郎を想像して肩を小刻みに揺らせばブレーキがかかり身体が前へと倒れる。あ、と思って仁王の頭を押さえようとしたが落ちることはなかった。

自転車の相乗りの時も思ったが仁王は素晴らしくバランス感覚がいいらしく、それは寝ている時も発揮されるものらしい。スゲーな、と信号が青になったのを確認して仁王に戻せば、彼の手に視線が止まった。マメが潰れて硬そうな掌だけど指は長くて綺麗だな。あ、爪とか超形いいんですけど!

寝てることをいいことに彼の手を拾い上げてマジマジと見つめていればやはり気になるのは大きさで。仁王の手を掲げるとそっと自分の掌を合わせてみた。



「…楽しいか?」
「わ!!……お、起きてたんだ」

やっぱり大きいなあ、としみじみ思っているといきなりその手を捕まれ危うく心臓が口から出るところだった。起きてるならそういってよ、といえば「折角寝とったのにこそばゆいことするお前さんが悪い」と肩に頭を乗せたまま怒られた。最もです。

「いやあ、やっぱり仁王くんの手大きいねー」
「………」
「…?あれ?褒め言葉ですよ?」

気恥ずかしくて、照れ隠しに褒めたら何の反応も返ってこなくて焦った。仁王を伺えば、近すぎる距離でじっと何か訴えるような意味深な視線でを見ていて。
最初は起こされて怒ってるのかと思ったが、なんだか違う気がして視線を逸らしてしまった。

妙に心拍数が高い自分を落ち着かせようと前を見ると丁度バスが止まって母子連れと大学生が1人入ってきた。大学生は1人席に。母子連れは反対側の近くの2人席に座った。


「あ、そうだ。仁王くんが来ない間にね。幸村と友達になったよ」
「…友達?」
「そうそう」


友達、という言葉に頭を上げた仁王を見ればさっきの視線はもうなくて、ちょっとホッとして幸村と仲直りしたことを報告した。それから彼が来ていなかった時の話やテニス部のことも話して、その節は本当にありがとうございました、と礼をいったら変な顔をされてしまった。


「…と、それから、はい」
「?なんじゃ?」
「開けてミソ?」

忘れてた、と鞄から袋を取り出したは訝しがる仁王に袋を押し付けた。岳人くんのマネをして袋を開けさせると更に不可解な顔をして仁王が袋の中を見つめている。おーおー困惑してますな。と内心ニヤニヤと笑っていた。

「何でこんなにペンが入っとるんじゃ?」
「マッキーだけじゃないよ。ボールペンも入ってるし」
「……確かに」



だが何でこんなもん寄越してくるんだ?という顔には「誕生日プレゼントだよ」にっこり笑った。
風の噂で聞いたら12月5日が誕生日というではないか。日にち近いしいいんじゃね?と思って渡したんだけど仁王の顔はまだ困惑気味だ。

まあ、袋の中身がマッキー数本とボールペンだからね。普通は可愛いラッピングで中も実用性があるものか小物とか可愛いものとか入れるんだけどそういうのは貰い慣れてるだろうから。

中身を一応出して確認してる仁王には口元をヒクつかせながらも伺っていると、いきなり仁王がビクッと跳ね袋を落とした。その袋は座席に落ちたので事なきを得たが仁王は眉を寄せ、こっちを睨んでくる。

「…、」
「ハッピーバースディ仁王くん」

うっふっふ。と口に手を当ててほくそ笑むと、仁王は痺れたであろう手を振りながら無事だったもう片方の手での頭をチョップした。


「いてっ」
「そうじゃないかと思っとったが…、この阿呆女」
「えっ何それ。可愛いイタズラじゃない」
「俺の幼気な心を弄びおって。やり方が姑息なんじゃお前さんは」
「仁王くんよりマシだと思いますけど」

図書室の置き手紙とかに比べたら物凄く可愛い悪戯だと思いますよ。不貞腐れるように口を尖らせる仁王に「じゃあいいよ。持って帰るから」と袋を仕舞おうとしたら何故か奪われジャケットの中に仕舞われてしまった。


「……もしかして、これだけか?」
「うん?…うん」

そうだね。

プレゼントはもしかして悪戯グッズだけか?とじと目で問われたは、もしかして期待されてる?と目を泳がせたが、他に何も買ってなかったので「ごめんね」と素直に謝った。

おかしいな。怒るにしてももう少しテンション高く返されると思ってたんだけど。ボールペンも触らせようと思ってたんだけどな。やっぱりビリビリグッズじゃ地味だったかな。



「そういえばさ。今日はなんで誘ってくれたわけ?」
彼女いるのにさ、とつっこめば顔をしかめられた。

プレゼント作戦は失敗か、と自己反省をして話題を変えると「そんなものおらん」と返してきやがった。
うわ。もしかして内緒にしてたとか?ドタキャンじゃなければ事前調べかと思ったのにそれでもないらしい。
おいおい。また前みたいに嫌がらせされるのは勘弁だよ!と訴えれば「そんなんじゃなか」と不貞腐れた顔で返された。


「…前に、猫の動画を見とる、といっとったじゃろ?」

「?うん」

「だから、こういうのも好きかもしれん、と思って誘ったんじゃ」


「………へ、ぇ…」


前を向いたままの仁王には同意したものの、あれ?と思った。チラリとこっちを見てきた仁王と目が合い、無意識にヤバイ、と思ったが今度は目を逸らせなかった。
まっすぐ見つめてくる瞳に映る自分が見えた気がして息を呑む。


今、仁王はなんといった?動物が好きだから?だから連れ来てきた?…私の為に?


「…お前さんが喜ぶかと思ってな。結果は大成功のようじゃの」
「う、嬉しいけど、でも彼女さんいるのに…」
「……勘違いをしとるようじゃが、俺は誰とも付き合っとらんよ」
「え?」


じゃあ家裁部の子は?と聞こうとして身体が後ろに下がった。シートに置いた手を握られ、仁王が近づいてくる。逃げようにも窓とシートが邪魔をしてこれ以上後ろには下がれない。視界の端にチラリと人が見えて余計に緊張した。
誰もこっちを見てないけど、でもここはバスの中で、外からでも丸見えで、そう考えたらの頭はもうパンク寸前だった。



「でもさ。丸井が…」

、」

「…っ…あの…」


「少し、黙りんしゃい…」



確か丸井は付き合ってるっていってなかったっけ?あれ?でもストーカーともいってたっけ?どっちなんだろう。
鈍い回転しかできない頭で仁王を見ていれば、テニスをしてる時のようなそんな真剣な顔で近づいてきて。触れるか触れないかで止まるとそっと瞼を閉じた。


時間にしてみればほんの一瞬だったと思う。

唇に、柔らかい温かさを感じてビリっと震えた。



「プレゼントというなら、このくらい貰わんとな」



離れた仁王と目が合えば薄く微笑んでいて、泣きたくなるくらい顔が熱かった。




遅れたけどハピバ!
2013.02.28