Drunkard.




□ 34 □




ショッピングモールや駅前に装飾されたツリーが飾られクリスマス一色になった本日、雪は降るか降らないか、とやきもきするクリスマスイブだ。子供はプレゼントの話で盛り上がりカップルはイベントとして盛り上がる。こっそり眺めているあそこの2人もそうであろう。傍から見れば。


「寒い…っ」
「ホッカイロは持ってきていなかったのか?」

今日の気温は4度だぞ。聞きたくもない現実を突きつけられ余計に寒くなった。カイロ持っててもこれじゃ足りませんよ。

なんせここに隠れて20分も経っている。いい加減足先が冷えてならない。隣には完全防備に携帯と双眼鏡とノートを手に持った柳が同じように見守っている。別の場所では丸井とジャッカルも凍えながら彼らを見ているんだろう。プリレッドは勿論遅刻である。


現在お昼過ぎだが日が出ていないせいかやたらと寒い。白い息を吹きかけ手袋を暖めてみるが「意味がないぞ」と柳につっこまれた。こういうのは雰囲気なんですよ、柳さん。
見つめる先は本日の主役の幸村と柳命名"にわか"ファンの久瀬さんで、今は公園のベンチに座って何やら話してるようだった。

一緒に木陰に隠れている柳に確認すれば他愛のない会話らしく、盗聴してるわけでもないのに理解してる彼に何者なのだと本気で問いただしたくなった。

「…これじゃ、普通のデートじゃない?」
「……そうだな」


この一大イベントをクリアするべく達は邪魔が入らないようにしっかり見張っているのだがそろそろ帰りたい気持ちになっている。

久瀬さんはとても慎重派らしく、今日までそれらしいアクションを起こしていないのだがまだ引っ張るのかと思うとイラついてならない。コイツ実は幸村のこと好きじゃないんじゃね?と思ったがそれは一瞬で、彼女の気合入りまくりの服装と表情に口を噤むしかなかった。

ていうかあの格好、外じゃ絶対寒いよ。告白されて断ろうとしても良心の呵責とかでいえなくなりそうだよ。
幸村大丈夫かな、と考えながら見ていれば久瀬さんがぴったりと幸村にくっつき、早くフっちまえよ、と思った。絶対いい気になってるぞ、あの女。



「あのさ、柳くん。素朴な疑問なんだけど」
「何だ?」
「告白されてもし幸村がOKしたらうちらどーするの?」
「それは絶対ありえないだろうが、そうなった場合は精市に何かしらの謝罪をしてもらおうか」
「そうだね」

無駄骨なんてゴメンだもん。そう考えながらも「絶対?」と柳に視線を向ければ彼もこちらを見て「絶対にありえない」と2度いった。そうなのか。可哀相だな久瀬さん。


「精市が久瀬を好きになることは98%ありえない」
「ほぼ100%じゃない。そこまで嫌いだったの?」
全然表に出さない幸村にあいつは笑顔で人を殺せるかもしれない、と心の底から思った。

「どう見ても好きではないだろう。…それに想いを寄せる人物もいるようだからな」
「へぇ。テニスじゃないんだ」
「……テニスとはまた別の感情だと思うぞ」


の中でテニス大好きおバカの中にトップクラスで幸村が入ってるので好きな人がいるとかあまり想像ができなかった。ああ、もしかして尊敬するテニスプレーヤーだろうか。だったら納得だけど柳のニュアンスだとテニス関係じゃないらしい。

その感情を弦一郎にも分けて欲しいよ。あいつ、テニス好き過ぎて彼女も作れないまま成人したらどうするんだろうか。ちょっと心配だよ。


「ん?どうしたの?」
「…精市から何も聞いていないのか?」
「何の話?クリスマスのこと?」
「……いや、いい。忘れてくれ」

柳にしては珍しく歯切れの悪い言葉に首を傾げると「こちらも道程が長そうだな」とノートに何やら書き込んでいた。書く程の会話の内容だっただろうか。
ああ、それにしてもあのベンチの2人さっさと会話終わらせてくれないかな?!



「せんぱーい!ジミーせんぱーい!!」
「ゲッ!ちょ!!シーッシーッ!!」
「あ!…うげっ柳先輩!!ス、スンマセン!!」

苛々と幸村達を眺めていれば間の抜けた、愛すべきトラブルメーカーが到着した。だがあまりの声の大きさに慌てて手を振るとワカメはハッとなって口を押さえた。
幸村の方を見れば少しだけこっちを見てきたが冷ややかな笑みを浮かべただけだった。あっちもあっちで限界らしい。

赤也がの隣に座り込めば無言でプレッシャーをかけてくる柳に身を縮こませ「スンマセン!気づかなかったんですよ!!」と何度も謝っている。


「ていうか、アンタ集合は丸井の方でしょ?!」
「仕方ないじゃないっスか!先輩の方を先に見つけたんだから!」
「…赤也。が気に「わーわー」…わかるが、今がどんな時かわかってるんだろうな」
「そりゃ勿論……って、アレ?まだ告ってなかったんスか?!」

遅すぎじゃないっスか?!と驚く赤也にはがっくりと肩と溜め息を落とした。やっぱり長いよねこれ。

「え、しかも何スかあの距離。幸村部長、結構満更でもないんじゃないっスか?」と驚きを隠せないでいる赤也に幸村が本心でどう思ってるのかちょっと不安になってきた。これでOKしたらどうしてくれようか。


「あ、それよりも先輩。俺ちょっと聞きたいことがあるんスけど」
「え、何?」
「あの小向って奴なんなんスか?」
「は?」

寒い手を擦り合わせながら赤也を睨みつけてしまった。なんでよりにもよってクリスマスに小向の名前を聞かなきゃならないんだ。
そう思って睨んでしまったが赤也は更に面白くなさそうに口を尖らせてくる。

「西田達もいってんたんスけど、最近ずっとあいつと一緒にいるっていうじゃないっスか」
「…絡まれてるんだよ」

こっちはいい迷惑だっての、と溜め息を吐くと「本当っスか?」と訝しげな目で赤也が見てくる。赤也じゃ学年すら違うから小向のウザさを知ることはないだろうが本当に奴はウザいのだ。



冬休み中も何かにつけて電話してくるし。しかもどこで漏れたか(きっと連絡網だ)家の電話にかけてくるし。皆瀬さんの為とはいえそこまでするか?これストーカーじゃね?と何度警察に通報しようと思ったことか。

あまりにも回数が多くて母親も名前覚えちゃったし、弟には「姉ちゃんに彼氏かよ」とニヤニヤ笑われるしでの精神的苦痛は上位にランクしていた。


「…それは、大変っスね」
「でも、これで友美ちゃんと柳生くんがくっついてこの苦痛からやっと解放されるのかと思うと少しは気が楽だよ」
「ご愁傷様っス」

ぽんぽんと肩を叩かれ慰めてくれる赤也にやっぱり小向は酷い奴なんだとしみじみ思った。だっていつもなら「先輩の思い込みじゃないっスか?」とかつっこみを入れてくるはずである。それがないということは赤也ですら引く状況なのだろう。

「お、俺でよければ」

「…終わったようだな」


が小向の愚痴を零している間に幸村達を見守っていた柳がそう切り出し、何か言いたそうにしてた赤也も「やっぱいいっス!」といって2人で覗き見ると丁度幸村が久瀬さんに背を向け去っていくところだった。

「移動するぞ」という柳の指示で腰を上げた達は久瀬さんにバレないように立ち去ろうとしたがふと立ち止まり彼女を見つめた。


彼女はただじっと幸村を見つめていて、今にも泣き出しそうな顔なのに泣かなかった。多分幸村がいる間は泣かないって思っているんだろう。気丈な人だな、と思いつつ赤也に呼ばれて今度こそ背を向けたは公園を後にした。




*****




駅前で合流した達は、柳の誘導で柳生くんの家にお邪魔していた。勿論クリスマス会の為である。当初、場所はどうしようかという話になったが幸村がなんとかするといって柳生くんの家に白羽の矢を立てたらしい。

辿り着けばとても大きな一軒家に度肝を抜かれた。まるでモデルルームだ、と思いながら家に入ると柳生くんとその家族と皆瀬さんがいて、本当に告白していないのかと疑いたくなった。何気に仲良さそうじゃないですか。

寒さとなんとなく重苦しい雰囲気であまり話せなかった達も弦一郎ややっぱり遅れてきた仁王が集まり全員が揃うと気も紛れてきて、食事が進むにつれて元の明るさを取り戻してきた。


「ん?それシャンパン?」
「いんや。スパークリングワインなり」

仁王と丸井がこそこそしてるのに気がつき覗き込めば、仁王の手にワインがあって目を瞬かせた。
いつもスーパーなどで見るものとは違い、大きさもラベルの豪華さも違うからクリスマス用に出たシャンパンかと見間違えた。これをどうしたのかと聞けば「姉貴のからパクってきたぜよ」とさも当たり前のように返された。


「後で怒られても知らないよ?」
「構わん。どうせろくに味わいもせずに空けてしまう中の1つじゃ」
「この度数ばかばか飲んでんのかよぃ。お前んちのねぇちゃん酒強いんじゃね?」
「さあの。姉貴のことなんぞどうでもいいじゃろ。それよりこれをどうやって柳生に飲ませるか、じゃ」
「え、アルコール入ってるのに?」

未成年、という名目上飲酒タバコはなんとなく敬遠しているのだが目の前の彼らは違うらしい。
は真面目じゃのぅ」と可哀想な顔で見てくる2人になんとなくムッとすれば「アルコールは気付け薬みたいなもんじゃ。これを飲めば柳生も度胸がつくじゃろ」と諭された。


「酔っ払ったらどうするの?」
「大丈夫だろぃ?1杯くらいなら柳生も酔いつぶれたりしねぇよぃ」
「…アンタ達、随分と飲み慣れてるようね」

じと目で睨めば丸井と仁王は明後日の方向に視線を逸らしたのだった。


それからみんなで飲めばおかしまれずに済むんじゃね?という身も蓋もない丸井の発案により、スパークリングワインは全員に振舞われた。も一口飲んでみたが炭酸がきついかな?くらいでアルコールの味はあまりわからなかった。



食事も終わり、後片付けを手伝ってきたがリビングに戻ると大きなテレビ画面の前でゲーム大会が勃発していた。ゲーム機は一通り揃っていたが種類がなかったので丸井が持ってきたゲームで遊んでいる。今は赤也と柳生くんの妹ちゃんが白熱したゲームを展開していた。

「あれ、皆瀬は?」
「…うっふっふ。柳生くんと一緒」

テーブルを拭きながら真剣な表情でゲーム画面を見つめている弦一郎と柳に吹き出しているとソファに座っていた幸村に声をかけられにんまりと笑った。

柳生くんのお母さんは買い物があるといって外に出ていて今キッチンには皆瀬さんと柳生くんしかいない。これはいいタイミングだ!と察知したはテーブルを拭いてくるといって食器を押し付けさっさと出てきたのだ。


当分戻らない方がいいよな、と分かっていたので布巾を置き、幸村の隣に座ると「うまくいけばいいよね〜」と背もたれに寄りかかった。

「そうでないと俺が困るよ」
「あれ?やっぱり友美ちゃんのこと」
「違うって。公園のことだよ」

見てただろ?と言われたがは肩を竦めて「赤也と話ししてた」とカラ笑いを浮かべた。だって小向本当にムカつくんだもん。


「…どんな相手でもさ。断るのは結構しんどいもんだよ」
「幸村でもそんなこと思うんだ」
「……、俺をどういう風に思ってるわけ?」
「モテモテくん」
「何そのネーミングセンスの悪さ。いっとくけど告白した方だけが辛いわけじゃなんだからな」
「それこそモテモテくんならではの悩みじゃないか」

「別にモテるわけじゃない…ていってもわかってもらえないだろうけど。…こっちだって失恋の辛さがどういうものか知ってるから余計に気を遣うし言葉だって選ばなきゃいけないって思って大変だったんだからな」
「えっ幸村、失恋したの?!」

ぎょっとして幸村を見れば少しムッとした顔になって「俺だって失恋くらいするさ」と投げやりに返された。



「意外だ…マジで意外。予想外。え、いつ?…って、聞いちゃ悪いか」
「…今年の8月、だったかな」
「…ご、ごめんよ」

あちゃーしかも結構最近じゃないか。あれか。病院で同じく入院してた人だろうか。もしくは看護婦さん?幸村って年上キラーな感じもするしな。どっちにしろ悪いこと聞いたわ、と謝れば「別にいいよ」と特に気にしてない感じで返された。


「その人と友達になれたし、これからまたじっくりと仲良くなればいいし」
「え?諦めたわけじゃないの?」

気にしてないどころか意味深すぎるセリフに驚けばにっこりと微笑まれた。「俺って結構しつこいんだ」と笑う神の子に内心引いたのはいうまでもない。

「今度は同じラインに立って告白したんだ」
「そ、そう。が、頑張ってね…」
「あーもう!先輩〜!!」


綺麗に微笑む幸村に、ドキドキよりも緊張の方が強くなってどもりながら返せば反対側から赤也の声がして目を向ければ何故か抱きつかれた。

「あ、赤也?」
「柳生先輩の妹激強なんスけどーっしかも丸井先輩とか柳先輩手助けするしーっ!ジャッカルは役に立たねぇーし!」
「おい!それはお前が暴走するからだろ!」


俺はちゃんと助言したぞ!と少し離れたテレビの方でジャッカルが騒いでいる。今度は弦一郎と柳生くんの妹ちゃんが対戦してるようだ。
ていうか、弦一郎ってゲーム強かったっけ?昔弦一郎のお兄ちゃんと3人で対戦した時、負けてコントローラー投げてなかったか?それで兄弟ゲンカしてなかったっけ?

「もう嫌っス!先輩慰めてください〜」
「ええ?!ちょ!赤也?」



珍しい光景に目が釘付けになっていると抱きついていた赤也がずりずり落ちていっての膝の上に寝転がってきた。こんな甘えたな赤也初めて見たんですけど。
腰に手を回され外そうにも外せない状態に動揺して周りを見れば柳が「まだアルコールが抜けていないようだな」とのたまった。マジでか。

「もしかして、酔っ払ってるの?」
「そうみたい。それから真田も酔っ払ってる」
「ええ?!」

赤也の顔を見れば確かに赤いけどまさか弦一郎もとは…っ全然酔っ払ってるように見えない背中だ。幸村と顔を見合わせ笑うと膝の上の赤也が目を閉じて寝やすいように身を捩った。おいおい、このまま寝る気かよ。


「おっの膝枕とかやるな、赤也」
「丸井。そんなことはいいからコートか何かかけるもの持ってきて。このままじゃ風邪ひいちゃう」
「…柳生の部屋に寝かせたら?」
「それはこっちに戻ってきてからでいいでしょ」

食器はもう洗い終わってるだろうけどまだこちらに来ないのなら行かない方がいいだろう。間違って呼びに行って告白のシーンだったらシャレにならない。

幸村の提案を拒否してジャッカルが持ってきてくれた誰かのコートを赤也にかけてやるともぞもぞとコートの中に隠れるように動いて今度こそ眠りに入った。しかし枕は必要なようでの太腿にしっかりと赤也の頭が乗っている。


「……何?幸村」
「…いや、」

無言でじっと赤也を見つめる幸村に恐る恐る声をかければ、フッと鼻で笑ってなんでもない、と返された。なんでもない顔じゃないだろ。
怒ってる?と聞いてみたかったが空気的に聞ける感じじゃなかったのでやめておいた。だって他のみんなも逃げるようにソファから距離とってるし、ゲームを一心不乱に見てるし!



怖いの私だけじゃね?!と緊張していればどこからともなく、というか廊下からのっそりと仁王が入ってきた。「仁王!どうよ!」という丸井の声に仁王が両腕を使って丸のマークを作るとどっと歓声が上がった。

どうやら丸井達が仁王に盗み聞きをするように指示したらしい。
も幸村と喜びを分かち合っていると近づいてきた仁王が「あー寒かったぜよ」といいながら赤也を蹴落とし当たり前のようにどっかりとの隣に座った。


「俺らはもっと寒かったっつーの!」
「そうだそうだ!遅刻するアンタが悪い!」
「……他人の告白現場なんぞ見たくなか」

手を擦り合わせる仁王に丸井と一緒に文句をいえば眉を寄せてそっぽを向かれた。自分のならともかく他人の告白現場なんてそう見れるもんじゃないからてっきり楽しみにしてるかと思えばそうじゃなかったらしい。変な奴だ。


「ていうか、そっちにもソファあるのになんでこっち来るわけ?赤也落とすし」
「…ぬくぬくして何かムカついたからの」

落とした。と赤也を足蹴にして更に向こうに追いやる仁王の足を叩くとムッとした顔で睨まれた。

なんだよ、その拗ねるような目は。
いや、いいたいことはわからないこともないけど…。

その視線にうっと詰まったは視線を逸らすと近くにあったクッションを枕にしてから赤也にコートをかけてやった。どうやら本格的に寝てしまったようでソファから落ちたというのに起きる気配がない。



「おーい。お前もやるか?」
「おっだったら俺と対戦しようぜぃ」
「いーね。乗っ」
「「ダメ」」

立ち上がったついでといわんばかりにジャッカルと丸井が声をかけてきてくれたが後ろにいた2人に拒否された。しかも両手を捕まれ、予告なく後ろに引っ張られたものだから後ろにソファがあるとわかってても怖かった。


「何すんのさ!ビックリするじゃない!!」
「お前さんが抜けたら隙間が出来て寒いじゃろうが」
「男2人で座るなんて寂しいだけだろ?」

「「というわけだからゲームはそっちで楽しめ」」


有無を言わさない言葉にどころかあっちに座ってた丸井達も閉口してゲーム画面に視線を戻してしまった。きっと見なかったことにしたいんだろう。
隙間が寒いならクッション積めばいいし、並ぶのが嫌なら1人用のソファに座ればいいじゃないか。どんだけ面倒臭がりなんだよお前ら!


「……もしかして、2人共酔ってる?」
「「まさか」」


もしや、と思って聞いてみたがそれもステレオのように綺麗にハモって否定された。あんた達ってこんなに仲良かったっけ?そう思ったけど否定される気がして敢えて口にしなかった。




全員酔っぱらい。
2013.02.28