The die is cast.




□ 35 □




時刻は23時30分。コンビニで本を立ち読みしながらチラチラ外を確認するも人の影あらず。
コンビニの中も店員以外人はいなくて暖房がついてるにも関わらずはビクビクとしていた。

もしかして待ち合わせ場所を間違ったんだろうかとメールを確認し直すこと5回。今どこ?の確認メール2回…。

「すっぽかされたかな…」
「わっ」
「ぎゃあ!」

耳元で聞こえた声に思わず大声を出すと窓ガラスに写ってる人物に驚き慌てて振り返った。


「仁王くん!」
「よぉ、待たせたの」

え、だってお客さんが入ったら鳴るあの機械音鳴ってないよ?!
どうやって入ったの?!と聞けば「秘密じゃ」とドヤ顔でニヤリと口元をつり上げた。

大晦日の今日、いきなり仁王が新年を祝おうなんて活気的な発言で誘ってきたのだ。
毎年家族で年越し蕎麦を食べて日の出が過ぎた頃に起きていたとしては驚愕の話だったが、深夜の徘徊を許されない女友達周りしかいなかった身としては心ときめく誘惑でもあった。


「誰がすっぽかしたって?」
「……スンマセンっしたー」

コンビニを出て振り返った仁王の顔はまだ悪戯気に笑っていても不貞腐れるような顔で謝った。こいつ、私がビクビクしながら待ってたの見てたな、と直感的に思った。


「だってさ。深夜だよ深夜。補導されるんじゃないかってマジ思ってたもん」
「大晦日に補導する程警察も暇じゃなかろ。そんなビクビクしてる方が怪しいぜよ」
「うっ…仕方ないじゃん。仁王くん来るまで1人だったし、夜中の街って静か過ぎて怖いし」
「何じゃ、この時間に出歩いたの初めてか?」
「そーだよ。深夜に初詣とか初めての試みだよ」

親にもいえなくて内緒にして出てきたんだから。と文句をいうみたいに返せば彼は笑って「じゃ、帰りは家まで送り届けてやろうかの」と頭に手を載せてきた。



ちゃん、初めて深夜徘徊をする。の巻」
「……その、小学生を見るような馬鹿にした顔でいうのやめてくれる?」

プッと吹き出す仁王にパンチをしてやったが厚手の上着のせいか「痒いのう」と笑われるだけで全然効果がなかった。
懲りずにクソクソ!と何度パンチをすれば今度は仁王が走り出し、それに追いつくのが大変だった。こんな夜の街に1人放り出されたら見知ってる場所でも怖いこの上ない。とにかく必死で追いかけた。

その顔を見られまた笑われたけど。


「ちくしょー仁王ー余計な体力使ったじゃないかー」
「ほーぅそーか。そりゃ災難じゃったのー」
「眠いよー寒いよー布団ここにくれよー」
「凍死したいなら止めんが…。というか、走って温まったんじゃなか?」
「もう冷えてるわ、むしろ凍えてるわ!」

歩いてるから大丈夫かと思ったがさっきの追いかけっこで体力、というか精神が過剰に減ったらしく眠気がさっきからを誘惑するのだ。さすがに本当に寝たりしないけど何か話してないと落ちてしまいそうで怖い。

「うー寒いー」と言いながら仁王の服を掴んで引っ張ってもらっていると溜息を吐いた彼が立ち止まり、同じようにも止まった。


「しょうがないのぅ」
「?………え?」
「こうしてほしくて寒いというとったんじゃろ?」

裾を掴んでいた手を離され、掴んだ手をどうするのかと思ったら仁王の手と一緒に彼の上着のポケットに収まっては固まった。何で?という顔をすればポケットの中の手にぎゅっと手を包まれた。

その温かさにドキリとしたが手と手の間に何か布のようなものが挟んであって「ん?」と首を傾げた。仁王も自分も手袋をしてなかったし、袖にしては変な位置だ。もしかして手袋でも掴んだかな、と考えていると仁王がパッと手を離したのでそのまま手を引き抜いた。



「うわ、」

手にしていたのはシュシュで、手を広げた途端ゴムの反動か固まってたシュシュが何個かの手から零れ落ちた。何故ポケットにシュシュが?、とはわけがわからず目を瞬かせると仁王は面白そうに目を細めていた。あ、口もニヤニヤしてるわ。

「これ、仁王くんの?」
「いんや?」
「……ああ、彼女さんの」

いいながら思ったよりも冷たい声に自身ちょっと驚いた。まあ、仁王がシュシュなんか使うはずないか。使ってたら笑っちゃうもんね。
でも彼女さんのシュシュ何でこんなに持ってんの?落ちたものを拾いながら仁王を伺えば「これもやるき」との両手にまたシュシュを乗せてきた。山盛りである。え、なにこれ。嫌がらせ?


ちゃん誕生日おめでとうナリ」
「え、私の誕生日もうとっくに過ぎてるし」

むしろ来年のお祝い?と仁王につっこむと「この前のお返しじゃ」とニヤリと笑ったのでも流石に察した。マッキーペンの仕返しか。

「あー…うん。ありがとう。大事に使うよ」
「プリ」
「ていうか、このままじゃ私歩けないんだけど」

両手にシュシュを乗っけてる状態じゃまともに歩けないんですが。鞄もあるけど小さいやつでこんなにシュシュ入らないし。
どうすんのこれ、と仁王を伺い見ればドラえもんの真似をしながら「何でも入る収納袋〜」とそこで買ったらしいお店のロゴが入った袋を取り出した。だったらはじめから袋で渡してもらいたかったよ、仁王くん。

「…用意いいね」

ていうかご機嫌ですね。モノマネなんかあんましないのに。

「……中にクイズも入っとるから後でちゃんと解きんしゃいよ」
「こんな時もクイズか!!」



受験前にやってたあれか!と凄く面倒だったのを思い出し嫌そうに顔を歪めれば「お前さんも楽しかったじゃろ?」と空いた手を再び掴んで彼のポケットの中に収まった。今度は何か掴まされた気配はなくただ歩く仁王にぐいぐいと手を引っ張られる。

何事もなかったかのように、しかもさも当たり前のように手を繋いでることには呆気にとられた。呆気にとられたが顔は段々と赤くなり目はキョロキョロと挙動不審に動く。
誰かに見られてないかと思ったのだが深夜のお陰か誰も達を見ている人はいなかった。しかし、それでも顔に溜まる熱は引きそうにない。

疲れたから引っ張っていってほしいと思ったが手を繋がれるとか思ってなかったのだ。しかもポケットに一緒に収まってるとか、どこのカップルかと。
仁王は友達でもこんなことするんだろうか。普通しないよね?何気に噂よりまともな感覚だし。

あ、もしかして引っ張るの嫌いなタイプか?昔母親に服伸びるからやめろってこっぴどく叱られたし。お気に入りのジャケットなのかもしれない。だがしかし、どっちにしろ恥ずかしいだろ。この状況。スゲーな仁王。全然動揺してないのかよ。さすがだな!


「に、仁王くん…スミマセン。ごめんなさい。調子こきました」
「……なんの話じゃ」
「手を…離してやってください…」

引っ張っても抜けない手に根負けして仁王に懇願すれば「どうしようかのぅ」と悩んでるとは思えない口ぶりで空を仰いだ。その横顔は動物園の帰りのバスで見たものを彷彿とさせて耳までじわじわとしてくる。
浅く白い息を吐きながら緊張した面持ちで仁王を伺っていればチラリとこっちを見た視線と重なりドキリとした。


「嫌じゃ」


にんまり笑った彼は珍しく可愛いとか思ってしまうような柔らかいそれで、は返す言葉を失ってしまった。それと同時にポケットの中の手は指の間に仁王の指が絡まって外そうにも外せないくらいがっちりと掴まれてしまった。

「俺に彼女がいると勘違いしとるにお仕置きぜよ」
「…お仕置きって」
「心が冷たいから俺の手は温かくてよかろ?」
「根に持ってたんだね…それ…」



いやそうじゃなくて!と声を上げようとしたが、の横を何かが通ったのを見てビクッと肩が揺れた。それは大学生のようでどこかの帰りなのかこれから出かけるのかこちらに気にした様子もなく歩いていく。
何だ、人か…と後ろ姿を見送ってしまったはすっかりいうタイミングを失ってしまった。


「夜道は危ないんじゃ。怖い目に遭いとうなかったら手を離すんじゃなか」
「……は、外したくても外れないじゃん」
「そうだったの」


くつくつと笑う仁王は本当に楽しそうで、毒気を抜かれたは溜め息と一緒に白い息を吐き出すと合わせるように足を踏み出す。心なしかゆっくり歩く仁王に合わせて歩けば意外と楽で、チラリと伺ってくる視線に逸らしながらも軽くだけ彼の手を握り返した。



*****




「そろそろじゃな」
「大分近くなったね」

除夜の鐘の音が近くなって仁王と一緒に音のする方へと顔を向ければぎゅっと痛くない程度に力を込めた仁王の手が引っ張ってきて軽くぶつかってしまった。

ごめん、と謝れば仁王の視線はこっちに向いていて。思ったよりも近い距離に息を飲んだ。


「にお…」
「あれ?雅治?」


仁王の髪が顔に触れてくすぐったくて目を瞑ろうとした瞬間、聞こえた声にドキリとして目をパチっと開いた。声は仁王の背中の方からで振り返った仁王を見て「やっぱり雅治だ」と柔らかい女の人の声が聞こえた。

「どうしたの?こんな時間に珍しいじゃない。もしかしてテニス部で集合でもかけられたの?」
「…まあ、そんなもんじゃ」
「相変わらず部活の子達には頭が上がらないみたいね」
「そういうわけじゃなか。それよりそっちはこんな時間になにしちょるん」
「私も雅治と一緒よ」

初詣に行く途中なの。と笑う声はひどく柔らかい、親しみがある声だ。仁王も心を許してる相手なのか心配そうな声が背中越しに聞こえた。


もうさっきまでの近さはなくポケットの中の手も離されてしまったはなんだか不安な面持ちで仁王を見てしまった。彼女に向けていた背は今はが見ていて、胸がツキリと軋んだ。
彼の上着を引っ張って、手を掴んで、こっちを見て欲しい。そう思ったけどなんだか邪魔してはいけない空気を感じて動くことができなかった。



「現地集合なの」
「だったらもう少し近場で待ち合わせしんしゃい」
「大丈夫よ。このくらいの時間なら…やだな、そんな怒った顔しないでよ。本っ当、雅治は心配性よね」
「…由紀」
「はいはい。雅治に言われてからちゃんと誰かと一緒にしか出歩ってないから。ああそうだ。そこまでいうなら雅治が一緒に行ってよ」
「…俺は、構わんが」
「ん?あれ、友達も一緒だったんだ」

仁王が身体をずらし、相手が見えた途端は咄嗟にポケットに入ってた手を抜き取った。外灯で照らされた相手は暗がりでもわかるくらい大人っぽくて綺麗な人だった。


「はじめまして。お友達さんは雅治とタメ?」
「…あ、はい」
「じゃあ私の2コ下だね。私は新島由紀」
「私は、です」
ちゃんね。私も一緒に行っていい?」
「え?はい。全然、私は構わないです」
「……ちゃん、もしかして雅治の彼女?」
「っ?!いえ!ただのテニス部のマネジで友達なだけです!!」

ニヤっと八重歯を見せて仁王っぽく笑うところが大人っぽい新島さんのギャップを感じて更に可愛らしく見えた。
大人っぽいのに可愛らしいこの人はすごくモテるんだろうな、と下世話にもそう感じてしまったくらいだ。

そんなことを考えながら否定したをあっさりと「だよねー」と肯定し笑う新島さんに内心ギクリとした。自分で『友達』って肯定したくせに心臓が痛い。


「こんなピュアそうな子雅治には勿体ないもん」
「…勿体ないとはなんじゃ」
「気をつけなよー。雅治はいつでもどこでも見境なく襲うから」
「人を変質者みたいにいうな」
「あはは」

指を器用に動かし如何にも怪しげな人を演出してくる新島さんに仁王も呆れながらつっこみも笑って、3人で待ち合わせ場所に向かうことにした。
隣を見れば仁王は新島さんと話をしていて時折話を振られたがその辺りからの記憶は曖昧だった。



きっとこの人は仁王が2年前に付き合っていた彼女だ。こんなに綺麗な人だったんだ。

思ったのは自分はすごく浮かれてて、飛んでた羽根が取れて地面に落ちたことだけはわかった。
噂で聞いていたとは言え、突きつけられた現実に思考が急激に冷えていくのがわかる。今迄私は何を考えてたんだろう。






「…?」
「え?…何?」

気がつけば目的の寺に辿り着いていて、新島さんも友達のところに行ってしまったらしく仁王と2人きりになっていた。周りを見れば似たような人が寺に集まっていてこんなにも人が集まるんだと感心した。きっと近場の人なんだろうけど知らない人なのになんとなく親近感が湧いてしまう。

すごいね、と零しながらフラリと歩きだそうとしたら手を捕まれ阻まれた。寺には所々に証明があって真っ暗ではないが、人の顔を判別するのは少し困難だ。が仁王を探すならあの明るい髪で探せるだろうが仁王が探すには携帯の光を使わないと難しいように思う。

夜目もきくなんてすごいな、とぼんやりと思った。


。…お前さん」
「あれ?仁王じゃね?」


ぐいっと引っ張ってくる力になんとなく足を踏ん張らせると、すぐ近くで聞き慣れた声が聞こえて振り返った。
その声に反応して掴んでた手の力が緩まり、そのまま抜き取ったが仁王の手は追いかけてこなかった。言いかけた言葉も飲み込んでしまったようで、はそれにホッとしてそして少しだけ悲しかった。

うっすらと見える赤い髪とほぼ同化して目の白さしかわからない(あ、ごめん。マフラー派手だわ)丸井とジャッカルにも声を出すと「もかよぃ!」と嬉々とした声が聞こえてくる。


「なんだよお前。今日は家で大人しく紅白見てたんじゃなかったのかよぃ」
「誰が紅白見るっていったよ!うちは毎年『笑っ○はいけないシリーズ』見てんだよ!」
「マジでか?!まあ俺も予約してきたけどな」
「私も…ていうか、行くなら誘ってよ!」
「呼べるかよこんな時間に。危ねぇじゃねーか」
「それにこんな寒いのにわざわざ迎えに行くのも面倒だしな」
「あっさり面倒言いやがったよ!」

薄情な!と訴えればお前は本当何もわかっちゃいない、とハモるように2人に呆れられてしまった。ほっとけ。


それからこっそり来ていた皆瀬さんと柳生くんも見つけて、西田達と一緒に来てた赤也とも合流して仲良く新年の挨拶を交わし、人に揉まれながら受験合格を祈願したのだった。




しゅしゅしゅ。
2013.03.05