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柳生くんちとはある意味真逆の日本家屋の一軒家の私室では向き合うように正座で座っていた。別に何かしたという訳ではないが目の前の男が眉間に皺をギュッと寄せ腕を組み、怒ってるような雰囲気になんとなくそういう格好になった。
わかりやすく言えば親に説教されてる娘のような状況だろう。
「…」
「何?」
「……」
「……」
呼んだだけかよ!日曜の休日に呼び出され睨めっこよろしくな状態でだんまりを決められたらこっちも困るんですけど。足痺れたし帰ってもいいかな?
「なぁ、」
「何だね」
「最近の幸村をどう思う?」
静かに紡がれた言葉は慎重に選んだものらしく、真剣そのものの目がこちらに向いた。これから斬りかかってくるような目だ。怖いからやめてくれ。
対して重い口を開けたと思ったらそんなことを言われたは何が何やらわからず「は?」と聞き返した。聞き返して、あ、やべ!と思ったが時既に遅く、おっかない顔で従兄様が「幸村の最近の素行について聞いているんだ!!」と怒鳴られた。
「はぁ?幸村のそこう?…そこうって何?」
「っそんな言葉も知らんのか?!……素行とは常日頃の行いを見る、判断する時に使うものだ」
「…つまり幸村が何か悪いことしてないかってこと?」
昔言葉みたいな日本語に首を傾げれば、弦一郎に驚愕された。
そのこれ常識!て顔するのは構わないけど私以外でもわかる人少ないからね?教科書とかならともかく日常会話で素行とか使う人殆どいないからね?その殆どいない中に弦一郎入ってるんだからね?
そんなつっこみを頭の中でしながら弦一郎の話を聞いていると、幸村が以前ほどテニスに没頭しなくなったらしい。後輩への指導は欠かさずしているが自身に対しての練習は見る限り減ったという。
でもこの前土日に高校の先輩と打ち合ってなかったっけ?と聞けばそれも大して本気じゃなかったと苦い顔で返された。
にしてみればどっちにも精を出している弦一郎の体力にドン引きだが、テニスバカの称号を持ってる幸村が自主練を減らしてるというのも気になった。
「でも、高校でもテニス続けるつもりで冬休みにアンダーなんたら合宿にも行ったんでしょ?」
「U-17だ。だが今思い出せばその辺りないし、全国が終わってからその兆しがあったようにも思う」
「ふぅん」
「最初は燃え尽き症候群みたいなものかと思っていたが流石に長過ぎる。部長も赤也に引き継ぎ、諸先輩達との練習も始まった。今は高校の全国に合わせて練習を積まなければならない時だというのに今の幸村はろくにラケットを振らないのだ」
「…柳くんはどういってるの?」
「蓮二は序々に練習量を増やしているから問題ないといっていた。だが幸村は影でも日向でも練習をこなしていたし、その背中を見て俺達も続こうと一致団結し練習を重ねてきたのだ。この期に及んで隠れて練習するようには思えない。むしろ勤勉な幸村が隠れてやるくらいの練習で納得するとは思えんのだ」
拳を作り熱く語る弦一郎には遠い目をしてさすがテニスバカ、と思っていた。確かにあの強さは一朝一夕ではできないものだと思うけど休息くらいくれてやってもいいんじゃないだろうか。
柳がいうなら間違いはないんだろうしそもそも去年の今頃は入院していたのだ。リハビリを間に合わせて決勝に望んだけど体力を戻すのは相当難しいって柳が言ってた気がする。
それをそのままいえば弦一郎の顔がみるみる内に青くなった。まさか入院してたの忘れてたんじゃないだろうな…?
「リハビリ後も順調だと聞いていたから失念していた…」
「まぁ、以前と変わらず扱ってもらえるのは嫌じゃないと思うけど、幸村も無理する派だからちゃんと見ててあげないとダメだよ」
プライド高い幸村のことだ。いつまでも病人扱いしてたら間違いなく笑顔で殺される。だからといって放置しとけば具合悪くてもテニスしてそうな感じもするので一応忠告しておいた。
弦一郎も「わかった」とかいってるけど実はあんまり期待はしてないよ。アンタはテニス関わってたら例え怪我してても本人にやる気があれば行くがいいって送り出す奴だもん。西田とか赤也とかどんだけ私が心配したことか!
それでも弦一郎にいうのは幸村を止める人が少ないからなんだけど。そう考えると幸村は自分でセーブして練習を積んでるのだろうか?それはそれで大変だよね?
「私が見る限り幸村がテニス嫌いになったとかはないと思うよ。練習については私よりも弦ちゃんとか友美ちゃんの方がわかってるだろうし」
「いや、そんなことはない。最近頓にお前達が話してる姿を見ているからな。皆瀬よりもに聞いた方が早いだろうと思ったのもその為だ」
「そうかな?まあ、大分喋るようにはなったけど」
確かに最近なら自分の方が話してるかもしれないけど皆瀬さんは2年からずっとマネージャーとして幸村と接していたのだ。些細な変化は自分よりもよくわかってる気がするんだけど。
腕を組みながらふとこの前の幸村の胸板を思い出しはうっと息を飲んだ。男の子の素肌見てドキドキするのって変態じゃないだろうか。ていうか幸村の肌が白すぎるのが問題なのかもしれないけど。
じわじわと赤くなる頬に夏とかプールで他の男共を散々見たじゃないか、とつっこんでいるとそれを見咎めたように弦一郎が怒った顔で「まさか!」と声を荒らげた。
「まさか幸村と付き合ってるなどというんじゃないだろうな?!」
「何故そうなった!!」
突拍子もなく叫ぶ従兄には「アホか!」とつっこむと「そんなことありえないわ!!」と彼の膝を叩いた。
何をどう思ってそうなった弦一郎!!ていうか鈍感のクセに恋バナセンサー受信するなよ!こっちがびっくりするじゃないか!!…は?仲がいいからだと?!そんなこといったらどんだけの人達がカップルになってると思ってんだ!!
「……だが、幸村程の男ならを預けても問題ないかもしれんな」
「待て待て待て!何で上から発言?!しかも私の父親弦ちゃんじゃないからね?!冗談はその顔だけにしときないさいよ?!」
預けるって!返してもらう気満々かよ!!いろいろつっこみどころ満載でどれから手をつけていいかわからなかったわ!
この老け顔!と言わんばかりに言い返すと弦一郎はそれこそショックを受けた顔になって、しばらく体育座りのまま部屋の隅でしょげていた。
*****
次の日、ぼんやりと幸村のことを考えながら教室に戻っていればこっちに手を振る女の子がいても振り返した。その行動にに背を向けていた男の子も振り返る。今日もメガネ光ってますね!眩し!
あ、丁度いいや。と思い、は話に混ざるとそれとなく幸村のことを聞いてみた。
「そうですね。一見したところそこまで問題がある行動は見てませんが、言われてみれば確かに今迄の幸村くんよりは落ち着いた、というかどっしり構えて練習をしているように見えますね」
「私もサボってるっていうよりは赤也くん達の指導に力入れてる気がするな。ホラ、赤也くん調子いい時と悪い時極端だから。その辺の指導大変なんだよねって幸村くんもいってたし」
「あー…確かに」
副部長もいるし赤也率いる立海テニス部はこれから出来上がっていくだろうけど、赤也自身はまだまだ幸村達に甘えていて自分のプレイスタイルだけを追求する癖がある。
でも3年で部長になるからには自分以上に周りのことも引っ張らなきゃいけないしテニス部としての看板も背負わなきゃいけない。
実力は太鼓判を押してもらえるだろうけどその他はまだまだまだ、といったところだろうか。赤也に教えるとなると幸村ですら自分のことを二の次以下にしなきゃいけないとかどんだけだよ。弦一郎にバレたら鉄拳制裁ものだよ、きっと。
「まあ口出しする気はなかったんだけど、何かあっても困るしさ。気になってたんだよね」
「そうだね。部活引退しちゃったから前みたいに頻繁に顔合わせなくなったし…高校になったら元の幸村くんに戻るかもしれないね。でもそうだなぁ。全国終わってゆったり構えてる幸村くんは初めて見るかも。ずっと練習してる姿しか見てなかったし」
「やっぱ3年だからかな?」
「それもあると思いますが、全国の時に幸村くんが"楽しいテニス"をまたやりたい、といっていたのでもしかしたらそれがきっかけなのかもしれませんね」
「楽しいテニス?」
「ええ。恐らく青学の越前くんと戦った時に彼のプレイを見てそう感じたのだと思います」
越前リョーマか。あの頃はテニス部を辞めるつもりでどんよりしていた自分だったけど、あの大会は、試合は鮮烈に覚えている。
中学生最強だと思っていた幸村があんな小さな1年に負かされるなんて誰が予想するだろうか。
関東大会で感じた胸騒ぎは1試合ずつ大きくなって最後のあの試合で確信を通り越し、あの子はなんてものを持ってるんだと思った。
幸村に向かって清々しいほどに挑戦的な笑みを浮かべた彼をは化物だ、と思った。
前半は確実に幸村のペースだったのだ。それをあんな巻き返しで勝ってしまうなんて思い出しただけでも鳥肌が立つ。そんな彼から学び得た幸村もやっぱり凄いと思ったしテニスバカだからできることだとも思った。
幸村は貪欲だ。負けてもただじゃ起きない。そう思ったらさっきよりもホッとして笑みを浮かべた。
「ふぅん。あの頂上決戦思い出してもレベル高すぎて"楽しいテニス"なんて思いつかないけどなあ」
「こればかりは幸村くん本人から聞かないとわかりませんが、もしかしたらどんなに辛く追い詰められた状況でも楽しむテニスをしたいということなのかもしれません」
うっわ。やっぱりレベル高い話だわ。柳生くんの言葉にそんなことを思いながら「へぇ。格好いいね」などとうそぶいた。次元の違う話だよ。何その苦行の中で楽しさ見出すとか弦一郎の得意分野じゃないか。
あーやだやだ。神の子怖い怖い。そう考えていると丁度予鈴が鳴り「ではこれで」と柳生くんが踵を返した。
「あ、ごめん。折角話してたのに邪魔しちゃった感じになっちゃったね」
「ううん。話したいことは終わってたから。あ、そうだ。ちゃんは知らない?」
「え?何を?」
「仁王くんの行方」
「へ?」
突然の話に目を瞬かせていると皆瀬さんが困った顔で「さっき比呂士くんとも話してたんだけど部活に顔出してないんだよ」と肩を竦めた。そういえばそうである。
3学期が始まってちょこちょこ部室に顔を出すが確かに仁王とは一切顔を合わせていなかった。
「学校には来てるんでしょ?」
「うん。でもあんまり授業も受けてないみたい」
「あいつ、留年でもする気かな?」
本当の本当にヤバいんじゃないだろうか。自分は顔を合わせたくないけど部活仲間としては気になる。というか微妙に心配でもある。同世代に留年とかしかも部活仲間とかシャレにならなくない?
「わかんないや。最近会ってないし」というと皆瀬さんはガッカリしたような顔で項垂れた。
「ちゃんが頼みの綱だったんだけどな…」
「そ、そうかな?友美ちゃんや柳生くんの方が会ってると思うけど」
「そうでもないよ。私も比呂士くんも連絡とれないのザラだし」
それはも同じである。しかし、柳生くんや皆瀬さんとも連絡取れてないなんて何かあったのだろうか?
気になって口を開こうとしたが丁度F組に先生がやってきたので皆瀬さんは慌てて教室に戻りも自分の教室へと戻ろうとスカートを翻した。その際、F組の中に一際姿勢のいい柳の姿を捉え「お、」と足を止めた。
別にこちらを見てるわけじゃないのでがじっと見ていただけだったが彼は自分よりも斜め前の席に戻っていく皆瀬さんの後ろ姿を見て、先生が教室に入ったと同時に前を向いた。
教室にいるなら柳にも聞けばよかったな、なんて思いながら号令の声を聞きも慌てて自分の教室へと戻っていった。
真田と体育座り(笑)
2013.03.13