It separates.




□ 38 □




新生立海テニス部の様子を見に行けば走り回る後輩達を見て頑張ってるなーと白い息を吐き出した。この時期の水仕事は地獄なんだよな、と水飲み場に行くとドリンクを要しているマネージャー2人がいて声をかけた。

「あ、先輩!!」
「こんにちは!どうしたんですか?」
「ちょっと様子を見にね。2人共大丈夫?」

手を真っ赤にしてる2人には中身の入ったタンクを手に持つと「これ持ってくねー」と背を向けた。久しぶりに持ったが結構あるよねこれ。
「あっ私らが持ちますから!!」と気遣う2人には笑っていいからとコートに向かうとコートの端の方で腕を組み後輩達の様子をじっと見つめる元部長の後ろ姿を見つけた。


「お疲れ幸村」
「あ、。どうしたの?珍しいね」

振り返る幸村にタンクを見せれば彼は微笑んでそのタンクを受け取ろうとする。いやいや、これは私の仕事ですからといえば「これ、」と足元を指さされた。

「ローファーでコートに入るのは禁止のはずだけど?」
「あ、本当だ」

うわ、すっかり忘れてたよ。マネジやってたのになんて失態だ、と頭を掻けば自然な動きでタンクを受け取った幸村が「はそこで大人しく見てるんだよ」と子供に言い聞かせるようにベンチに向かっていってしまった。え、何それ。ちょっと小っ恥ずかしいんですが。


先輩!どうしたんですか?」

幸村と入れ違いでやってきたのは西田で、最近支給されたレギュラージャージが眩しく見えた。なんだか前よりも逞しく見える彼に笑って「様子見にね」と先程と同じことを言えばもっと遊びに来ればいいのに!と返された。

「ええ〜?だって仕事ないのに見に来るとかどんだけ暇持て余してんのって感じじゃん」
「いいじゃないですか。俺達の練習見てけば」
「寒いしやだよ」

3年生が練習しなくなったんでギャラリー減ったんですよ、と残念そうでもない顔で肩を落とす西田に寒いのは勘弁、と返せば「ヒデー!先輩の薄情者〜」と笑われた。



「でも試合にはちゃんと応援しに行くから」
「絶対ですよ!俺、事前にメールしますから!!」
「お、呼ぶからには試合に勝つ自信あるんでしょうね?」

期待するわよ?とニヤリと笑えば西田が引きつった顔になって「が、頑張ります」と一応前向きに返してくれた。うむ。その心意気が大事である。

「オラ西田ーっ!!サボってっとグランド走らせっぞ!!!」
「やべ!じゃあ先輩!風邪引かない程度に見てってくださいね!俺結構強くなったんで!!」
「うん!…あ、そうだ。赤也うっさいけど大丈夫?ケンカしてもいいけど暴力はダメだからね?」
「はははっ大丈夫っスよ!切原ああ見えて結構俺達のこと見てるんで。いい部長になると思いますよ」
「西田ーっ!!」

奥の方でワカメが大声を張り上げているが西田はしっかりの質問に答えてコートに戻っていった。赤也と合流すれば何やら言い争ってるみたいだがお尻を軽く蹴られたくらいで西田も笑っている。仲はいいようだ。


が来ると賑やかになるよね」
「…それって褒めてんの?貶してんの?」

プンスカ怒ってる赤也がこっちを見てきたので手を振ってやれば思いきり顔をしかめてから逸らされた。懐かしいけどやっぱり傷つくよねその行動。邪魔したかな、と思ってるところに幸村にそんなことを言うもんだからつっかかってしまった。

「褒めてるんだよ。やっぱり俺とか真田だとどうしてもピリピリするから。強くなるにはいいんだけど気を張りすぎてもうまくいくもんじゃないだろ?」
「…うん、まあ、そうだろうけど」

事前に弦一郎や皆瀬さん達と話していたせいだろうか。幸村の発言が少し意外に聞こえて、ぎこちない感じで返してしまった。幸村の考えも間違ってないと思うけどテニスに関しておよそ彼から出るような発言じゃない気がする。いやでもまさかな、と思いつつ眉を寄せた。


「赤也達を指導するのって結構大変?」
「そこそこね。でも赤也は俺じゃないし他の部員も赤也のことわかってる奴多いからが思う程大変じゃないよ」

こっちを見て微笑む幸村には目を瞬かせると「真田みたいにシワ取れなくなるよ」と眉間を指で撫でられた。そういうのいきなりするのやめてほしいんですが。ビックリして顔が熱くなるじゃないですか。



ってすぐ赤くなるよね」
「…仕方ないじゃん。寒いんだから」

そういうことじゃないんだけどな。そう思いながらも幸村は眉間を撫で視線を泳がすを面白そうに眺めた。

「可愛い、」
「……へ?」

ほんのり冷たい手が妙に心地よくて大人しくしてるとぽつりと溢れた言葉に思わず聞き返してしまった。
顔を上げれば丁度隣を吾妻っちが通り過ぎようとしていて同じ言葉が聞こえたのか目を見開いたまま固まっていた。そしての視線に気がつき我に返った吾妻っちは以前のように「ごめんなさい!」と顔を真っ赤にしてコートの中へと走っていく。


「…確かに吾妻っち可愛いよね」
「……」

タンクを持ってヨタヨタと走る小さな背に可愛いなぁと思って零せば幸村がなんとも言えない顔でを見た。

「あのさ。俺が言いたいのは」
「幸村部長!!!」
「「……」」
「指導、お願いします!!」


何か言いかけた幸村だったけどそれはむっつりした顔の赤也に遮られ、がしっと腕を掴まれそのままコートに入っていく。いつもなら小言のひとつでもいいそうな幸村だったけど赤也に気圧されたのか肩を竦めて「またね、」とこっちを見て苦笑したのだった。


*****



学校が午前で終わり亜子達と買い物を楽しんでいると雪になり損ねた冷たい雨が降り出し慌てて近くのファーストフード店に入った。どうせだし雨が止むまで待とうかということになり飲み物とポテトを買って話に花を咲かせていれば亜子がとんでもない発言をかました。


「マジ?!亜子、宍戸くんに惚れちゃったの?!」

文化祭の時に跡部さんと忍足くんの話はしていたが冬に入った辺りからみんなでよく遊ぶようになった。友達はそのまま繰り上がりで高校に行くつもりだったし忍足くん達もそのまま上がる予定だった為、時間と気が妙に合ったらしい。
はひとり外部受験組だったが本命の受験が終わったということでまあいいや!と一緒に遊んでる次第である。

そんなこんなでちょこちょこ氷帝テニス部と遊んでいたのだが、どうやら亜子は宍戸くんに惚れてしまったらしい。
何とも手堅いというかマニアックなところをチョイスした友達に驚愕していると「忍足くんじゃないんだ」と誰かがつっこんだ。


「そうだよ。忍足くん亜子にも結構気がある素振りしてるじゃん」
「そうでもないよ。忍足くんは誰でも優しいじゃん?付き合ったら絶対苦労しそう」
「「わかるわかる」」

「じゃあ跡部さんは?」
「いやいやいや!跡部くん恐れ多いっしょ!噂じゃ許嫁いるとか聞くよ?」
「ていうか、普通に話してるがすごいって」
「えー?私緊張してるけど?」
「「「うっそだー」」」


格好いい奴他にもいるじゃん!と名前を出してみたら亜子どころか他の友達にも首を振られた。分かるだけにフォローのしようがない。

よく聞けばこっちまで氷帝の噂流れてきてるしね。誇張か本当か遊び上手の跡部さんと忍足くん。盲点ではジローくんも浮名を流しているから世の中わからないものである。
特に跡部さんは「オーラが違う!」と満場一致でこういう機会がなければ絶対話さないタイプだと亜子達が前に話していた。だってテニスで関わらなければ跡部さんとすれ違いすらしなかっただろう。



この前のカラオケなんか、カラオケ初体験の跡部さんが歌いだしたらもうどこのアイドルよ!みたいなことになって本気でビビったのはいうまでもない。次歌う自分が惨めなのなんの…。
いっそマイクをずっと持っててくれって思ったのは後にも先にもこれきりだろう。

歌った歌も1回くらいしか聞いてないとか言うし、意味わかんないわ。と遠い目になっていると「こそどうなのよ」と友達が身を乗り出してくる。

「跡部さんと雰囲気よくない?」
「…跡部さん、格好いいとは思うけど遠い人だなーとも思ってるよ。時々芸能人見てる気分になるもん」
「あーそれ、わかる」

というか許嫁いるかもしれないのに好きになっても意味ないだろう。「どちらかというと憧れの人かなー」と呟けば満場一致で「あー」と少し残念そうな目で見られた。



*****



ベッドで携帯と向き合い、ウンウン唸っていたが意を決するとは携帯から履歴を呼び出しある人物にかけた。コール音は数回鳴ると中学生とは思えない色気ムンムンな声が聞こえてくる。

「忍足くん。今大丈夫?」
『今おもんないテレビ見とったところや。なんや、ちゃんから電話なんて珍しいんとちゃう?』

どうしたん、と聞いてくれる忍足くんにホッとして軽く世間話をした後「あのね、」と切り出した。


「相談というか確認したいことがあるんだけど」
『なんや、恋の相談か?』
ニヤニヤと笑う声にまあそんなとこ、と返せば驚いた声が電話越しに聞こえてくる。

『えっマジなん?ちゃん恋してん?』
「え?!いや私じゃなくて友達の話だよ!」

食いついてくる忍足くんに思わず慌てて返してしまった。『てっきりちゃんに恋人ができてしもうたかと思うたわ』と残念そうにいう忍足くんに相変わらず思考の展開が早いなあ、と冷や汗を流した。


『ほんで?その友達がどうしたん?』
「その前に確認したいんだけど、忍足くんって口硬い方?」
『硬いと思うで?特にちゃんに内緒!てお願いされたら絶対誰にもいわん』
「んー…なんか少し心配だけど……あはは。冗談冗談。あのね。今宍戸くんって好きな人いたり、誰かと付き合ったりしてる?」
ちゃん…まさか、』
「いや、最初にいったでしょ?友達の話だって」

訝しがる忍足くんの声に苦笑すると『どっちにしても俺を差し置いて宍戸がモテるとか納得いかん』と苦々しい口ぶりにまた笑ってしまった。忍足くんは誰にでも優しいからね。そういってやれば当たり前やと返されてしまった。

ちゃんの友達に悪い子なんておらへん』
「…それは嬉しいんだけど」

そういうところが亜子とか引いちゃった部分なんだけどな。いつか気づくかな?と思ったけど『俺の本命はちゃんやから、ここは涙を飲んで我慢しおくわ』と言われ閉口した。



「忍足くん。そんなことばっかりいってたらいつか本命が出来ても逃げられるかもよ?」
『え?!そうなん?…俺、一途なんやけどな…』
「多分伝わらないと思う」

忍足くんの一途ってどの辺りからなのだろう、と考えたが主旨がずれてきたので「話戻すけど、」と方向修正をした。
忍足くんとの話はこうやってどんどん話がずれていくから困る。楽しいけど長電話のし過ぎで電話代かさんで親に怒られたし。なので基本は電話でなくメールだったんだけどこの話は早めがいいだろうってことで電話にしたのだ。


「宍戸くん、好きな人いる?」
『んー聞いたことないなぁ。なんだかんだ3年間テニス漬けやったからそないな暇なかったとちゃうか?』

確かに宍戸くんは誰が見てもテニス大好きテニスバカの部類だ。テニスの話題の出現率は8〜9割。話しかけたらほぼ確実にテニスの話題だ。相手もテニスに興味がない限り行き先は破局しかないだろう。

友達に聞いてこい!といわれたまでは良かったがは少しだけ心配になった。
亜子は一応運動部にいたけどテニスに興味あっただろうか。ですら時々引くのにテニスバカの本領を見ても大丈夫なのだろうか。好きな人ならいいのか?


『…ちなみにその宍戸を好きな子って誰なん?』
「なーいしょ。バラしたら私が怒られるもん」
『いけずやなぁ』

冗談交じりにしょんぼりした声が聞こえてはクスリと笑った。きっと電話の向こうで残念そうに肩を竦める忍足くんがいるんだろう。その姿が安易に予想できて思わず口元を綻ばせた。
それから『…本当にちゃんじゃあらへんよな?』と念押ししてくる忍足くんを一蹴して、また彼の恋愛理論について話をしていると『ああそうや』と何か思い出したように忍足くんが話を切り出してきた。



ちゃんはスノボかスキーしたことあるか?』
「え、どっちもないけど…」
『岳人がな。スノボしに行きたいいうんやけど男だけいうんは寂しくてな…ちゃんもよければ行かへんか?なんなら亜子ちゃん達も一緒にどうやろ?』

「いいの?」
『かまへん。むしろちゃん達が来てくれた方がこっちも楽しめるし…あ、変な意味やないで?……あー!切らんといて!!…スマンて。堪忍してや。…んでな、必要なもんは全部レンタルできるし、温泉もあるからどっちも楽しめるで』
「温泉?!」


雪山か、寒いだろうな。と思っていたけど温泉という言葉に思わず反応してしまった。その声はしっかり忍足くんに届いていて『決まりやな』と上機嫌の声が返ってくる。じゃあ土日のこの辺りで、と日程を決めたは「じゃあ聞いてみるね」といってその日の電話を切ったのだった。



次の日友達に聞いてみれば卒業旅行もついでにやろう!と盛り上がりあっさりOKをもらった。その返事を忍足くんにメールをしていると、ふと亜子が思い出したように呟いた。

「最近頻繁に忍足くん達と遊んでない?なんかあった?」
「えー?そうかな」
「仁王くんとなにかあったとか?」
「そこで何故仁王くんが出るのかな?」

ぽちぽちとメールを打ちながら眉を潜めれば「そういやさ」と別の友達が口を開く。


「私この前見ちゃったんだけど街で仁王くん女の人と歩いてたよ?あれ誰?」
「女?誰?この学校?」
「近い。立海の高校だった」

コート着てたけど指定カバンだったから見分けがついたらしい。「結構美人でさ、仁王くんと親しげだった」という話に文字を打つ指に力が入る。なんだアイツ、サボってるのは新島さんと一緒にいる為かよ。

知ってる?」
「…多分新島先輩だと思う。仁王くんの元カノさん」
「元カノ?!…へー」


意外だね。と亜子達が感心していた。仁王は別れた彼女とは一切話さない近づかないという徹底ぶりだったから余計に驚いたのだろう。
後にも先にも仁王が好きなのは新島さんだけだと思ってるはそこに関して疑問を抱くことはなかったが、『元カノ』と出してしまった自分にギクリとした。別にそれはどうでもいいことなんじゃないだろうかと思い直したからだ。


「そっかーそれじゃ仕方ないよね」
「そうだね。いい雰囲気だったし…」
「仕方ないよ。その分忍足くん達とぱあっと遊んで仁王くんのことも忘れちゃおう!」
「……別にそういう意味で好きでもないし告ってもないんだけど」
「いうな。私らはアンタの味方だよ」

ぽんぽんと肩を叩かれはハァ、と息を漏らした。あながち間違ってもいないことにそれを否定する気にもなれず、「温泉楽しみだわー」と送信ボタンを押したのだった。




仁王のアホ。
2013.03.16