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無性に甘いものが飲みたくなって4時間目が終わると、はフラリと教室を出て自販機に向かった。行くとその途中赤い頭を見つけ「お?」と視線を外に移した。
校舎の裏側のがいるところは非常階段と焼却炉くらいしかない結構さっぱりした視界のいい場所だ。こんなところで向き合ってる男女2人に目立ってるぞーと心の中で呟きながら素通りして自販機に急いだ。
「あ、柳くんじゃん」
「か。こんなところで会うとは珍しいな」
「そっちこそ」
迷いに迷った挙句バナナジュースを買ったは、隣に立った人物に驚いた。柳も自販機で買うくらいはするだろうが人が多い時間に会うのが珍しいのだ。
お茶のボタンを押す柳にさすがブレないな、と感心していると「行くか」と声をかけてくれたのでつられて歩き出した。
「その後、友美ちゃんに被害はない?」
「そうだな、見る限り動きはないな」
更衣室に教科書類がなくなったのを確認して皆瀬さんのことを聞けば、そんな言葉が返ってきては安堵の息を漏らした。どうやら小向の被害もないらしい。
クリスマスで無事思いを伝え合った皆瀬さんと柳生くんが付き合いだしたという噂は3学期が始まってすぐに広がったようだ。それを知った数日間は小向が泣き言ばかりいって煩かったけど1週間もすれば元通りになっていた。所詮そんな男である。
皆瀬さんに本人に聞けばいいことなのだがきっと大丈夫と言われてしまうので、はやっと安心できた気持ちになった。
「今は柳生もいるからな」とポツリと呟かれた言葉にそうだね、と返せばそこで話が途切れた。
しばらくすれ違う生徒を眺めながら歩いていたがふと柳を見ると模範生のような姿勢のいい姿で歩いていた。いつでもどこでも柳はブレないな。
「?どうした?」
「なんかさ。人ってなんで好きになるのかなーって思って」
「随分と哲学的な話だな」
驚く柳に「ちょっと頭よさ気に見えた?」とニヤリと笑えば苦笑されてしまった。うん、ごめん。茶化そうとして失敗しました。
素直にさっき丸井の告白現場を見てそう思いついたといえば、柳が確かに彼らへの告白の多さは気になるものがあるなと科学者のような発言をしてきた。
「ここを歩くだけでもこんだけすれ違うのに好きになるのは同じように重なるんだよね。でも、選ばれるのって1人だけじゃん?その場合って選ばれなかったっ子ってその気持ちが間違ってるってことなのかな?」
「…感情に良いも悪いもないんじゃないか?かみ合うのは1人だけかもしれんが10人いれば10通りの見方がある。その角度から見た相手に惹かれればたとえかみ合わなくとも生まれた感情を間違いという必要はないだろう」
「じゃあ今私が柳くんに感じてる気持ちも他の人から見たら別に感じてるってこと?」
「そういうことだ」
丸井達の場合、その数が極端に多いだけだろう。そういって柳は前を向いた。も前を向き階段に足をかけると「でもさ」と言葉を続けた。
「間違いじゃなくても相手には受け入れてもらえないものじゃない?そしたらその気持ちはどうしたらいいのかな?」
「……」
「次に好きな人ができれば自然と気持ちも減ってなくなってくんだろうけど、それまではずっと抱えていくしかないのかな?無理してでも次の恋を探すべきなのかな?」
知れば簡単に諦められると思ってた。前までがそうだったしショックで顔も合わせられない程距離を取ったこともあった。でも今回はそうも言ってられなくて。
立ち止まった柳に合わせるように止まったは俯きバナナジュースを握り締める。階段を男子生徒達が笑いながら駆け下りていく音をはじっと聞いていた。
「受け入れてもらえないってわかってるのに、その気持ちを抱えたまま相手と話すのって辛いし、相手も嫌だったりしないかな?」
仁王にそんな気持ちを抱いたと確信したのは動物園の帰りだ。それ以前からずっと惹かれていたのかもしれないけど気づいたのは本当に最近で。新島さんを見るまでこのまま仁王とそういう関係になっていくんだろうってほんのり思ってた。
でもよく考えればあいつは面食いで横田さんと付き合いながらも新島さんを想っている節もあったのだ。それは大晦日の日になんとなくわかってしまった。なにがどう、とは説明できないけど所謂女の勘、に等しい。
そう考えると自分が仁王の隣に立ってるのは部活の仲間の延長であって恋人だなんてありえなかったわ、と思ったのだ。
「…嫌かどうかは相手に告白したかどうかにもよるが」
「うーん。そうだな。してない…かな。もしかしたら気持ち知ってるかもしれないけど」
知らなければ仁王はあんな行動してこないだろう。好きな人がいるくせにあんな行動をするなんて!と最初は憤慨したが自分も仁王に気がある素振りをしてこうなったのだとしたらこちらにも非がある。まあ素振りというか本心なんだけど。
正直仁王といて心地よかったし甘えていたのもあった。
好きな人がいても横田さん達と付き合える仁王だ。傍から見たら節操がないと思うが新島さんの存在をあの時まですっかり忘れていて、尚且つキスされて嫌だと思わないから一方的に怒るのは筋違いというものだろう。
「告白した方がスッキリするのかな?でも友達には戻れないよね?」
「…互いに意識しすぎて居心地悪くなれば自ずと距離も広がってくる。それは思いを打ち明けなくとも相手が気持ちを知っていれば同じことになるだろうが…その場合の告白は自己満足にしかならないのかもしれないな」
「自己満足か…ぎこちなくなるくらいなら言わない方がよさそうだよね」
「…相手と今後も円満に過ごしたいのならその選択も間違いではないだろうが、はそれでいいのか?」
「え?」
「想いを打ち明けなければそれだけ長く引き摺ることになる。そうなれば自分をも傷つけることになりかねない」
柳の言葉に少なからず目を見開いた。この気持ちは自分を傷つけるのだろうか?ぎこちなくなるくらいならこのまま気持ちを仕舞っておいた方がいいんじゃないだろうか。
卒業するまではテニス部員とテニス部マネージャーという関係を切り捨てられないし、そこで出会った人達と疎遠になるのは嫌だと思っている。そう思えばこその選択だったのだけど。
「じゃあ柳くんだったらどうするの?」
だったらどうすればいいの?と仰ぐように柳を見れば、彼が少し固まったように見えた。沈黙が流れる。その沈黙にはもしかしてしてはいけない話なのだろうかと思った。沈黙が少し重い。
何度か歯噛みした柳は口を一文字にすると静かに「わからない」と困ったように眉尻を下げた。
「……柳くんでも知らないことあるんだね」
「それはあるだろう。俺だってと同じ15歳なんだ。知らないことの方が多い」
そうかな?と首を傾げれば「特に恋愛は苦手分野だ」と柳が肩を竦めて微笑んだ。
「ただわかってるのは、人は恋だけでは生きていけないし1人だけでも生きてはいけないということだ。
夢や目的もあれば家族や友人など人との関わりもあって初めて自己の世界ができる。
そのしがらみの中で過ごしていくうちに気持ちも風化していくだろうし、新しい恋に目覚めるかもしれない。そしていつか振り返った時に笑って話せる日も来るんじゃないか?」
「…要は時間が解決してくれるだろうってこと?」
思ってたよりも投げやりな答えには眉を寄せて柳を見た。柳のことだからもっと明確な答えで返ってくると期待してたんだけど。そんな視線に柳も気づいたのか眉尻を下げると困ったように笑った。
その顔は何だか寂しそうで、妙な親近感が湧いた。まるで気持ちを共有してるみたいに感じても微笑み返すと「そういうもんかもね」と階段に足をかけた。
*****
授業中、携帯が震えこっそり中を見れば画像が添付されていたが忍足くんではなかった。
空しかない写メにも外を見やる。同じ水色にあいつサボってんな、と思った。
授業が終わり先生が教室を出ていくとは携帯を開いて眉を寄せた。
「ー置いてくよー」
「今行くー」
何を返信したらいいのかわからなくて唸っていると友達に声をかけられ慌てて体操服を持って教室を出た。「今日寒いよねー」と身を縮ませながら廊下を歩いていると前方に幸村と柳を見つけ手を振った。
「達体育なんだ」
「そうなんだよ。マジやる気出ないんだけど」
「だからってサボっちゃダメだからな」
「A組の次の授業は第二実験室で行うだろうから、サボれば弦一郎に小言をいわれる確率100%だ」
「うえ〜」
第二実験室からなんて校庭丸見えじゃないか。寒いのに、と顔をしかめると「程々に頑張れよ」と清々しいまでに幸村が笑顔で見送ってくれた。綺麗通り越して腹立つ顔だわ。
苦い顔をしてるに友達は信じられない、といってきたがアイツの言葉をよく思い出してほしい。どう考えても労ってる言葉じゃありませんよ?
「それはだからいえることじゃない?普通幸村くんのあんな笑顔見たら卒倒するでしょ」
「私、ちょっとクラっときた」
「亜子落ち着いて!アンタが好きなのは宍戸くんでしょ?!」
「いやマジ心臓止まるかもって思えるくらいいい笑顔だったって」
友達と亜子を見て相変わらず幸村の殺傷能力は半端ないなと思った。ファンが見たら卒倒するかもだけどあの笑顔に優しさはないのだよ、本当。きっと皆瀬さんならわかってくれるんだろうな。
幸村から宍戸くんの話に移って盛り上がる中、顔に当たった光に目を瞑った。角度を変えて窓の外に視線をやればまた水色の空が見える。ぐんぐん流れる雲に風が強いんだろうな、と考えた。
「?どしたーー」
立ち止まり窓の外を眺めるに気付いた友達が声をかけるとハッと我に返った顔をして「いや、なんでもない」と笑った。
「そういえばさ。丸井くんって彼女作らないわけ?」
「そうそう。丸井くん夏前に別れた話以来全然噂立たないよね」
どうしちゃったの?と聞いてくる友達に「知らないよ」と肩を竦めた。丸井に関しては噂で聞く以外なんでか今迄彼女と一緒にいる姿を見ていないのだ。
いつもジャッカルかジャッカルかジャッカルと赤也しか見ていない為本当に彼女いるのか?と疑ったことがしばしばあった。
「友達と一緒にいる方が楽しいって思ってるんじゃない?」
「まさか!あの丸井くんがそんなガキ臭いこというわけないじゃん!!」
「いや、あいつ結構ガキだよ」
何気に俺様なとこあるし男同士の方が気軽だって空気ビシバシ出てるもん。
女の子に興味ないとまでは思ってないけど今はいらないんじゃないかな?と返せば「そんなのダメだよ!!イケメンが恋をしないなんて世界の女子が悲しむじゃないか!!」と亜子がオーバーな声で叫んだ。そういえば人口の比率って今女の方が多いんだっけ?
「それいったら幸村くんもそうじゃない?つーかテニス部で彼女持ちって柳生くんくらいじゃないの?」
「あかん!それはあかん!!」
「何忍足くんのマネしてんのよ」
真剣に怒る亜子にゲラゲラ笑ってつっこめば周りにいた子達も苦笑して横を通り過ぎていく。
「あ、でも仁王くんはいるのか?」
「…何で私見てくるわけ?知らないし」
「えーだって仁王くんと仲いい…いて!もう何すんのよ!!」
「アンタの頭にゴミついてたのよ」
「でも、幸村くんは誰にもばれずに彼女と付き合ってそうだよね」
「ええっ幸村くんは見せつける派じゃない?」
「そんなことになったらファンに刺されること請け合いだよ」
「えっマジ?幸村くんのファンそんな狂った奴いんの?」
「…それくらい熱狂的な子がいるってこと」
仁王の名前を出され、内心ギクリとしたがそれは別の友達が殴って黙らせた。暴力はいけないがちょっと助かったと思った。
騒がしい友達の話を聞きながら、渡り廊下に出ると水色の空が視界に入り目を奪われた。見上げた先は空より少し下の屋上。しかし、ここからでは何も見えなかった。
寒いんだからせめて室内にいればいいのに。
さっき窓から見えた姿にはなんとなく胸が締め付けられた。雲と同じくらい白い髪を揺らしぼんやりと空を見上げる姿はどこか寂しそうで、何を考えているんだろうって思った。そんなこと自分に関係ないのに。
「ー?」と呼ばれた声に無理矢理視線を戻すと、チクリと胸が痛んだが気づかないフリをして友達の後を追いかけた。
あかん。それはあかん。
2013.03.16