Secret talk.




□ 41 □




寒い寒いと手に息を吹きかけても暖まらない。そこは雪原だった。冬は寒いもんだと思ってたけどここは殊更寒く既に自分の住んでる家が恋しくなっていた。
達のいる場所は見回す限り真っ白い銀世界で、うへーと鼻を赤くして見上げれば跡部さんが上の方から滑り降りてくる。何をやっても目立つ人だ。

「何だ。お前は滑らねぇのか?」
「…私、初心者です」

目の前で止まった跡部さんには手袋をしたまま拍手で出迎えると彼は鼻で笑ってお前も滑れば?と軽い調子でいってきた。
さっきまで忍足くんと宍戸くんが初歩的なことを教えてくれたけど、今頃は他のみんなと一緒に上で滑ってるはずだ。まさか1人が初心者とは思わず寂しい思いをしていた。


だがしかし、だからといって「何事も経験だ」と上級コースに連れて行こうとするのはやめてください、跡部さん。本気で死にますから。スノボーって骨折とかザラにあるんですよ?!さっき岳人くんがいってましたもん!

「アーン?そりゃ岳人が無茶な滑りをしてっからだろ?」
「…まさか、テニス的なアクロバティックをスノボで…?」
「地面がコートみたいに平らじゃねぇっていってんのに聞かねーのが悪い」
「……」


まったくもってその通りです。
なら大人しく滑ったらいいのかな?と視線を動かすと視界の端であの白い髪が見えた。


「どうした?」
「い、いえ…なんでも、ないです」

ドキリとして凝視すれば木の枝に積もった粉雪で、風で揺れたのかサラサラと落ちている。何だ、と思ったが連想してしまった自分に溜め息が出そうになった。今日はそういうの忘れるつもりで参加したのだ。遊びに集中遊びに集中、そう念じて「跡部さん!私上から滑ってきます!!」と宣言したのだった。



クタクタになるまで遊んだ後は跡部さんが持ってるロッジに入り、豪華な夕飯と温泉でまたはしゃいで今は暖炉がある談話室で定番のトランプをしていた。

「げっマジかよ」
「はーい。ビリの人は飲み物持ってくることー」

いってらっしゃーい、と顔をしかめる宍戸くんを追いやると達は打ち合わせ通り「ビリ2の亜子も手伝っておいで!」といって彼女も追いやった。


「…なんや。宍戸好きな子て亜子ちゃんやったん?」
「うわ。忍足くんそこはオブラートに包もうよ」

トランプを切りながらみんなの前で公開する忍足くんには苦い顔をすると「ええやん。今おらんのやし」とケロリと返した。

「マジで?侑士残念だったなー」
「…岳人。そない嬉しそうにいうもんやないで。本気で亜子ちゃん好きやったらどないすんねん」
「だってお前と跡部押しのけて宍戸だぜ?!これを笑わずしていつ笑うっていうんだよ!」
「それをいうなら岳人。お前だって亜子ちゃんのターゲットから外れてんやで?」
「別に俺、友達と思ってる奴にまで恋愛感情ねーし。つーかよ、んなことばっかいってっから本命にも冗談だろ?って笑われるんだぜ」

呆れる岳人くんには内心拍手を送っていた。忍足くんの発言に疑問に思ってた人は他にもいたらしい。前回の電話でわかってもらえなかったから岳人くんに更に親近感が湧いた。

ちゃんー岳人がいじめるんやー」
「あーはいはい。こっちこないでねー。ジローくんだけで手一杯ですから」

泣きつこうとしてきた忍足くんを手で制すると膝の上で眠ってるジローくんが身じろいだ。起きる気配は一切ないがそろそろ足が限界である。

「それよりも、跡部さんさっきから何してるの?」
「それがなちゃん。跡部の奴、今小さな子供らに振り回されとんねん」

さっきから少し離れたソファで1人黙々と何かの紙を見つめている跡部さんの方を見れば、隣にひっついてきた忍足くんが内緒話しをするように顔を近づけてきた。小さな子供ら?と首を傾げれば「何か言ったか?!忍足!!」と跡部さんの不機嫌な声が飛んでくる。



「何を思いたったか今ボランティアをしとんねん。去年もバレンタインチョコをぎょーさんもろてそれを寄付したらしいねんけど」
「寄付?」
「せや。孤児院や児童施設の子供に遅れてきたサンタクロースいうてな。クリスマスはおもちゃとか文具送ったみたいやけど…なあ跡部、今年のバレンタインも寄付するんやろ?」
「アーン?…まあ、そうだろうな」
「…そんなに貰うんですか?」
「ああ!聞いて驚けよ!なんと!」

岳人くんが発表した個数に達は「ええええっ??!」という驚愕の声を上げた。何をどうしたら一介の中学生が4桁もチョコをもらうんだろう。意味がわからない。やっぱ跡部さんだからだろうか。
凄すぎてちょっと引くわー、と友達と一緒に跡部さんを遠巻きに見てると顔を真っ赤にした亜子と宍戸くんが戻ってきた。

おっ何か進展したか?とニヤニヤ見ていれば「何もないわ!」とキレられた。どうやら声をかけて一緒に持ってくるだけでいっぱいいっぱいだったらしい。宍戸くんを見ても普段通りだったから亜子の惨敗だろう。頑張れよ、亜子。と肩を叩けばほっといてよ、といじけられた。


「跡部さん。飲み物でーす」
「…ああ。そこに置いといてくれ」

さっきよりも近寄りがたいオーラを出してきた跡部さんの生贄にされたはおずおずと不機嫌顔の彼に飲み物を差し出した。ちゃんと返事をしてくれる辺り、そこまでじゃないんだろうけど眉間の皺はさっきよりも増えてる気がする。

何をそんなに考えているんだろう、そう思って跡部さんの手元を見れば何とも可愛らしい色合いで描かれた絵と文章と折り紙が貼り付けてある。画用紙に描かれたそれは明らかに幼稚園生くらいの小さな女の子のものだった。


「それでか…」
「…何か言ったか?」
「いえ。えっと…跡部さんはこれで何を悩んでるんですか?」

ギロリと睨んでくる跡部さんに肩を揺らしただったが不機嫌の元はむしろこの手紙のような気がして聞いてみると「この文がわからねぇ」と文字になりきれてないものを指した。
確かに何を書いてるのか読めない。試しに亜子達にも見せてみたがみんな首を傾げるだけで答えが出ず「うーん」と腕を組んだが、ふとある人物が浮かんだ。



「跡部さん、この部分写メしていいですか?ちょっと聞けそうな人いるんで」
「ああ。かまわねぇ」

パシャリと撮ってメールを送ればありがたいことに数分足らずで返ってきた。

「あ、この部分多分『ぬ』と『れ』じゃないかって」
「あー。確かにそれなら文章になるなぁ」
「わかったそいつもスゲーな!、誰に聞いたんだ?」
「丸井くんでーす」

彼には弟が2人いると聞いたことがある。だったら読めない文字も解読できるんじゃないかと思ってメールしてみたがさすがお兄ちゃんだ。


丸井という名前に長ソファで寝ていたジローくんが「丸井くぅーん。待ってよー」と何をしてるのかわからない寝言をあげたが、彼が夢から覚める気配はない。寝返りを打つジローくんをクスリと笑えば「じゃあ次の手紙も解読しちまおーぜ」と岳人くんがいいだしまだあるのかと跡部さんを見た。

「そりゃ、至るところに送ったからな。お礼のラブレターもぎょーさんあるで」
「それはそれは」

ご苦労様です、と跡部さんを見れば疲れた顔をして新たな1枚を出した。


丸井とやり取りをしながら、「こないにモテて羨ましぃわ」と本気なんだか冗談なのかわからない顔で冷やかす忍足くん達と協力して解読をしていくと気づけば日付を跨いでいた。
明日も滑る気満々だった亜子達はさすがに眠るといって退出していき、だったら解散しようかということになり達も談話室を出た。

ちゃん。それは明日やればええで?」
「大丈夫。これキッチンに持ってくだけだから」

トレイに乗せた空のカップを持って忍足くん達と別れるとヒタヒタと薄暗い廊下を歩く。ひとりは少し心もとないが仕方ない。さっさと置いて部屋に戻ろう。
足早にカップを置いてキッチンを出れば談話室にまだ明かりがついていた。



「跡部さん、寝ないんですか?」
覗いてみれば暖炉の前の1人用ソファに腰掛ける跡部さんがいて。手元の画用紙にまだ悩んでるのだろうかと近づけば合わせるように彼も顔をあげてこっちを見てきた。

こそ寝ないのか?」
「そのつもりだったんですが…ちょっと眠気覚めたんで温泉でも入ってこようかな、と思いまして」
「浸かるのはいいが程々にしろよ」

時間も遅いんだからな、といって跡部さんは視線を画用紙に戻した。


「嬉しそうですね」

なんとなく思ったことを口にしてみれば彼はフッと笑って「なあ、」と彼の指が優しく画用紙をなぞった。

「この手紙の返事を書くつもりなんだが、お前だったらどうする?」
「え?私が、ですか?」
「ああ」
「……そう、ですね。女の子ならやっぱ暖色の、可愛い色の紙で花とかついてたり可愛いプリントとか折り紙とかつけてお手紙を書いたら喜ばれるかも。男の子は車とか新幹線の絵があったらいいかもしれません」

内容は単純でいいと思う。ただ子供達が喜んでくれそうなことをしてあげたらいいんじゃないかな。
弟とか、親戚の子供を思い浮かべながらそう伝えれば「そうか」と神妙な顔つきで跡部さんが頷いていた。
どうやらがいったことを視野に入れて考えているらしい。思わずまじまじと跡部さんを見つめてしまった。


「ん?何だ?」
「ちょっと意外です。跡部さんならもっとこう、家をあげちゃうとか体育館作っちゃうとか、そういう豪快なお礼をするのかと思ってました」
「アーン?そっちの方がいいのか?」
「?…どうでしょうね?」

イメージ的に手紙というプライスレスより実物で表現すると思ってたから意外だったが、いいか悪いかと言われたらよくわからなかった。手紙は手紙で嬉しいと思うんだよね。



「最初は実質的なものと考えていたが、お前らが手紙を出す度にあれが可愛いだのこれは凄いだのあれこれいうから、それもありかって思ったんだよ」
「…マジですか」

驚き、跡部さんと見れば彼と目があった。内心、おもちゃの方がいいような、と思ったが彼の考えを否定するのはなんとなく気が引けた。何気なく跡部さんがコチラ寄りの考えを吸収しようとしてるのはほんのりわかっていたからかもしれない。それも正しいか間違いかはわからないが。

でも少し嬉しくてふにゃりと笑えば跡部さんも微笑み「そうなんだよ」との手を掴んだ。え?と掴まれた手を見ればそのまま引っ張られ跡部さんの方へと倒れ込んでしまった。


「あ!ご、ごめんなさい!」
「…クク、俺が引っ張ったのに何でお前が謝るんだよ。アーン?」

なんとか手すりを掴んで跡部さんを押しつぶさずに済んだが間近になった距離に思わず息を飲み込んでしまう。

、手を離せ。その体勢じゃ辛いだろうが」
「えっや!でも!うわぁっ」


確かに微妙な体勢で腰が疲れるがそれは跡部さんが放してくれればいいだけで、そういおうとしたら支えにしてる手を取られ今度こそ跡部さんを押しつぶした。あわあわして離れようとすれば違う、と引っ張られ気づけば跡部さんの足の間に収まっている自分に大いに慌てた。

「ちょ、待って!跡部さん!!え?…ぬあっ」
「…お前な。もう少し色気のあることいえねーのか?」

耳元でダイレクトに聞こえる声にピシリと固まると跡部さんの溜め息が聞こえた。近い、というか抱きしめられてないだろうか私。身動きできないんですけど私。



「随分冷えちまったな」
「い、いえ、大丈夫です。健康だけが取り柄なので」
「アーン?何緊張してんだよ」
「…緊張シナイ方ガオカシイト思イマスガ」

ブランケットをかけてはいたがさっきよりは冷えていたため跡部さんの手は温かった。だが、それよりもこの状況に困惑していた。
呆れた声でも耳元で囁かれるとどうしたらいいのかわからなくなるんですが。ていうか耳元やめてほしいんですが。耳がさっきからゾワゾワして大声出したくて仕方ないんですが。わざとですか?跡部さんんん!


「…さっきは助かった」
「へ?」
「そもそも持ってくる気はなかったんだが、他で時間が取れそうになかったからな。お前がいなければそれも無駄に終わらせるところだった」
「え?!いや、私は全然…」

まさかお礼を言われると思ってなくては身を固くし大したことないです、と手を振った。ただ文字を解読(しかも日本語で丸井解読マスターを使用)しただけなのでお礼をいわれると畏まってしまう。

これが難解な英文とかだったら鼻も高くできるだろうけどただの日本語である。そして協力したのはみんなである。それをいえば「まったく、お前は何もわかっちゃいねーな」と鼻で笑われた。褒めた後に馬鹿にするってどんな飴と鞭ですか跡部さん。


「確かに解読したのは忍足達もだがそのきっかけを作ったのは誰だ?協力を仰いで早期解決に導いたのは誰だ?」
「………私、ですか?」
「そうだ。俺様が素直に礼をいってんだ。お前も素直に受け取れよ」
「…あ、うん。どういたしまして」

これでも感謝してるんだぜ、と背中をポンポンと撫でる跡部さんにもしかしてこれも跡部さん流の表現なのかな?と思った。それにしたって過剰な気もするけど、でもさっきよりは緊張が薄れてきた気がする。ジローくんもそうだけど跡部さんもスキンシップが結構好きなのかもしれない。



「お礼の手紙、みんな喜ぶといいですね」
「…そうだな」

少し余裕が出来て笑みを浮かべれば、跡部さんもフッと微笑んでの耳朶にキスを落とした。その行為にギョッとして彼を見やれば、何故かくつくつ笑い出して眉を潜めるをまた抱きしめたのだった。




ん?
2013.03.19