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月刊プロテニスを食い入るように読んでいる亜子を眺めながらお菓子を頬張っていれば彼女の携帯が震え出した。すると彼女は雑誌を放り出し、目にも止まらない速さで携帯を掴むと相手を見て「きーたー!!」と顔を輝かせた。
「宍戸くん?」
「うん!」
「おーおー返事が来たか!」
先日やっとの思いで宍戸くんのメアドをゲットした亜子だったが、恥ずかしいだのなんだのいってメールを送らないでいた。それをみんなでこれを逃したら絶対後悔する!と脅し先程メールを送らせたのだが思ったよりも早く返信が来てもホッとしていた。
まあ内容はスノボ楽しかった話と月刊プロテニスを買ったという手堅い内容なのだが。
幸せ気分に浸る亜子を微笑ましく見ながら落ちた雑誌を拾うと丁度見知りの顔が見えて手が止まった。そのページは来年度の高校テニスで期待されているプレーヤーの紹介特集だった。
「ー何熱心に見てるの?」
「あ、跡部くんじゃん!それに幸村くんとかもいるね」
がじっと見ていたのが気になった友達が声をかけ亜子達も覗き込んでくる。注目されてるのは全国大会で目立った跡部さん達レギュラー陣や弦一郎達、それから青学の人達だ。ただし、青学に手塚くんの名前はない。
やっぱり日本の高校には行かないのか、と考えていると宍戸くんの名前を見つけたらしい亜子が嬉しそうな声をあげた。
亜子に早速宍戸くんへメールしろと指令を出しその特集をみんなでわいわい騒ぎながら読んでいたら授業が始まってしまった。しまった。トイレに行きたかったのに。
いつもより長く感じる授業に耐え、終業ベルと共に立ち上がれば同じように友達も立ち上がって一緒にトイレに向かった。うっかりしてたよ、と友達と笑ってトイレを出るとさっきの休み時間に見た雑誌の話になった。
「私さー雑誌に出てる人と話す日がくるとは思ってなかったよー」
「私も。幸村達強いから記者の人来てるのは知ってたけどああやって雑誌で見ると本当に凄いんだなって思うよ」
「えー?雑誌見てなかったの?」
「だってそこにマネージャーの仕事載ってないもん」
知らないプロのプレーヤー見ても全然わかりません、と返せば友達が「らしいー」と笑った。
基礎知識としてテニスのことは勉強したけど元々テニスファンじゃないには無用の長物に等しい雑誌だ。話合わせるのに読んだとしても知識はあちらの方が断然上なので始めから聞いてしまった方が楽だとさえ思ってしまう。
「あ、そうだ。跡部くんで思い出したんだけどさ。アンタ、彼と何かあった?」
跡部さんの写真写りが1人だけ何か違ってたね、と話していると友達が思い出したように覗き込んできた。思わずえっ?!と見返してしまったがすぐに顔を引き締め「…何もないよ」とトボけた。
達の周りで唯一彼氏持ちの彼女は目聡いところがある。
「ふぅん」といいながらも横目で見てくる彼女に「なんでもないってば!」と念押しした。
跡部さんの奇怪な行動は未だに謎のままだが次の日になったら綺麗さっぱりなくなっていて警戒してたとしてはちょっと拍子抜けだった。きっとからかわれただけなんだろうけど跡部さんがそんなことをしてくるとはちょっと思えなくて微妙に記憶が張り付いてる状態だ。
「跡部くん、に気がある感じしたんだけどなー」
「…まさか」
逆ならまだしもいくらなんでもありえないだろ、と鼻で笑えば「は気にならないの?」と首を傾げられた。
「気になるというか、前にもいったじゃん。跡部さんは憧れの人だって」
「男の人を憧れるかー?」
「男というか人間としてだって!自分が出来ないことをああいう風に簡単に出来ちゃう人って凄いじゃん?」
「んーまぁね。でもそれって恋的な意味じゃないの?」
「……違うと、思う」
気になるって言っても恋愛的というよりあれが冗談かどうかであって…冗談じゃなかったら…笑えないが。跡部さんを見てしまうのはオーラとか行動が凄いからでそれを恋愛だといったら跡部さんだって迷惑な気がする。ていうか、確認はしてないけど彼女いるだろ。普通。
「跡部さんに彼女いない方がおかしくない?」
「ばっかねー。彼女いたら女友達でも泊まりがけでスノボに誘うわけないでしょ?」
「えー…」
「遊び慣れてるって噂あってもあの人達その辺しっかりしてると思うよ」
ていうか遊び慣れてるからこそしっかりしてると思う。と断言されては黙り込んだ。彼女がいないというならあの行動はもしかして…?
まさかと思いつつ考えていると丁度視界に柳の姿を見つけ立ち止まった。
「柳くん。F組は次体育?」
「ああ。外でサッカーをやるらしい」
「サッカー?!…ああでも柳くんのチームは間違いなく勝てそうだね」
声をかければ柳も立ち止まってくれてくれて「I組は数学だったか?」と「今日は期末前の小テストをする確率86%だ」と天気予報のように教えてくれた。間違いなく的中だろう。
感心しながらは内心、柳とサッカーって合わないよね、とほくそ笑んでいると「サッカーが似合わない俺でもハットトリックができるぞ」と見透かされた返しをされた。マジでか。
「じゃあ授業中じっくり見学してるよ」
「確かにの席から見えるだろうが…授業はちゃんと受けた方がいいぞ」
試験も近いのだから、と弦一郎みたいな真面目なことをいった柳と別れた。試験範囲出たら柳に予想してもらおう、そう友達と話しながら振り返るとピンと張った背中が見える。相変わらず姿勢いいな、と思ったがなんだか少しだけ元気がないように思えた。何かあったのかな。
*****
休み時間以降ぱったりとメールが来なくなった亜子がしょんぼりしているのでお昼になったと同時に友達に急かされ忍足くんにそれとなくメールをすると『多分テストで手一杯なんとちゃうか?』と返ってきた。
氷帝は今期末試験らしく、そういえばこっちもそろそろそんな時期だ、とメールを見てゾッとした。
それから『今度は2人きりで遊ばん?』という軽い内容があったので『またみんなで遊ぼうね』と返信しておいた。
「忍足くんなんだって?」
「今氷帝期末試験らしいよ。だからもう少し待ってやってくれって」
「なんだーよかったー…」
てっきり即レスしたからうざがられたのかと思った。と安堵する亜子に達は気にしすぎだよ、と笑った。
「なんか安心したらお腹減ってきた」
「そういえば亜子あんた今日お弁当じゃなかったよね?」
「うん。購買何か残ってるかなー?」
「いっそのことカフェテリア行く?」
「ああいいね。久しぶりにあっちで食べよっか」
「ー。アンタはどうする?」
「…あーいいや。部活のことで用事あったの思い出した」
「マジで?引き継ぎ終わったんじゃないの?」
「そうなんだけど、気になることがあってさ」
わかったーと手を振る亜子達を見送ったは息を吐いて弁当を取り出したが1人で食べるのは寂しいと思ってしまい、とりあえず教室を出た。
亜子達には悪いと思ったが嘘をついた。部活の用事など最初からない。
カフェテリア、という言葉にふと仁王が横切ってしまったのだ。
別に嫌いとかそういう意味で会いたくないわけじゃない。ただちょっと心の整理と会わない期間が長くなってきて会いづらいだけだと思う。会ったら会ったで話せる…とは思うけどもう少し時間が欲しいと思ってしまってカフェテリアに行くのを避けてしまった。
正直時折見かける程度くらいで丁度いいような気もしてきてるから余計にだろう。
友達とケンカしたりクラスが離れて話さなくなっても頃合はある程度見極められたり時間はそれ程気にならないが、好きな人との距離感は一切わからない。仁王と友達として見ればいいだけなんだけど本当に友達として話しかけられるか自信がなかった。
「?」
「あ、幸村」
「どうしたの?お弁当持って」
振り返った先にいた幸村にそういわれたが当の本人もお弁当を持っていてそっちこそどこに行くんだ?と問い返した。そしたら「柳と一緒に食べようかと思って」とにっこり微笑み「も一緒に食べない?」と誘ってきた。
「え?いいの?」
「うん。ていうかも一緒に食べてくれたら柳も喜ぶんじゃない?」
それくらいで柳が喜ぶとか想像できないが面白そうだ、と思ってご一緒させていただくことにした。
幸村に連れられ、空き教室のドアを開ければ窓側の席に既に柳が来ていて、の姿を見て少し驚いたような顔をした(気がした)。
「…を連れてきたのか?」
「ああ。1人でフラフラしてたから連れてきたんだ」
「え、何それ。なんか私変な人じゃない?」
「実際変な子がいる、と思ったけどね」
だって行くあてもなくウロウロしてただろ?と幸村に言い当てられうっと顔をしかめれば「はここね」と幸村の隣の席の椅子を引いたので納得できない顔をしながらも着席した。
「どうした。いつもはクラスメイトと食べていただろう?」
「うーん、気分?今日は外で食べたいなぁ、みたいな」
「外で食べたら風邪引くんじゃない?」
それは友達も嫌がるだろ、と返され「ですよねー」とカラ笑いを浮かべた。
「ていうか、幸村達こんなとこで食べてたんだ」
「まぁね」
「あれ?でも柳くんは友美ちゃんと食べてなかったっけ?」
「それは去年の話だろう?皆瀬は基本カフェテリアで食べている」
「ああ、そっか」
皆瀬さんから柳とお昼を食べていた、と聞いたことがあって今もそうなんだと思っていたがそれはそうだ。今は柳生くんもいるしね。忘れてた、と頭を掻くに幸村は何とも言えない顔で笑った後「じゃあ食べようか」とお弁当を開いた。
「あ、そうだ。2人に聞きたいんだけどお勧めの本とかない?」
「?どうしたの、いきなり」
「んー何かさ。受験終わったら妙に時間あいたんだけどすること思いつかなくてさ。寒いから外に出たくないし、だったら何か本でも読もうかなーって」
「いい心掛けだが程よく身体を動かさないと筋肉が衰え脂肪が」
「柳くん。そこまででいいから!!」
間違いなく太るぞ、といわんばかりの言葉には手で制すると幸村がクスリと笑って「どんなものが読みたい?」と聞いてきた。とりあえず読みやすいのがいいといえばつらつらと出てくるタイトルにこいつらやっぱスゲー、と思った。運動しながらもちゃんと勉強してんだよね。
「あ、そのタイトル知ってる!この前テレビで特集されてたよ!」
「最近特に注目されてる作家だからね。今回のはあまり込んだ話じゃないしも読みやすいと思うよ」
持ってるから後で貸してあげるよ、という幸村の申し出に「ありがと」と礼をいえば柳と目が合って。なんだか嬉しそうにしてるから何だ?と聞いたが「いや、なんでもない」とはぐらかされた。
「精市。アレの話をしたのか?」
「……したけど、ここでいうこと?」
アレ、という言葉には首を傾げたが幸村にはわかったようでうっと顔をしかめじとりと柳を睨んだ。しかしその睨みは一切効いていないらしく柳は「それはいいことだ」とノートを出して何やら書き出したので幸村は益々不機嫌そうに溜め息を吐いた。
「どうかしたの?」
「…なんでもない」
幸村を覗き込めば顔を逸らされてしまったけどなんだか少し赤くなったように見える。そんな幸村の反応にまた首を傾げれば柳に「。そこまでにしてやれ」と何故か宥められた。
「それ、俺が柳にいってやりたい言葉なんだけど」
「そうだな。でなければをここに呼ばなかったろうしな」
「ん?私?」
「…柳、」
また余計なことを、と睨む幸村に柳は吹き出すように笑ってすまないと謝っている。なんだか初めて見る光景でちょっと面白くなってきたんですが。いやでも私が関わってるの?
「卒業が間近に迫ってきたのもあって幸村への呼び出しが増加していてな。所謂虫除けというやつだ」
「あー」
「ちょっと。それをいうなら柳も同じだろ?ていうかも納得しないでほしいんだけど。そういうんじゃないから」
「だが、俺よりも呼び出しの回数が多いのは確かだぞ」
「そうそう。幸村がモテるのは今更だから、全然気にしてないって」
「……」
でも納得した。何でわざわざ空き教室で2人一緒にご飯食べてるのか不思議だったから。
「仲良いよね。ていうか真田も誘ってあげてよ」と笑えば顔を見合わせた2人が「ああ。忘れてた」と声をハモらせたので吹き出してしまった。弦一郎可哀想に。
「どーすんのよ。柳生くんいなかったら真田1人で食べてるかもしれないじゃん。今度誘ってもいい?」
「ええー…お昼も真田の顔見るのはちょっと…」
「うわっ幸村ひどっ!アイツ泣くよ?!」
「だが。それを実行すれば折角隠れていた幸村の居場所がバレてしまうぞ」
「あ、そっか。真田じゃ隠れても見つかっちゃうもんね」
存在感半端ないからな、あの従兄様は。ここは隠れ家的役目もあったのかと気づきハタとした顔をすれば「…もう勝手にして」としょんぼり頭を垂れた幸村がお弁当に箸をつけた。今日の幸村は感情豊かだな。
「じゃあ、3人の秘密ということで。あ、私もたまにこっちに食べに来てもいい?」
誰にも言わないからさ。と2人を伺えば柳は快く了承してくれ、しょんぼりしていた幸村を伺えば苦笑しながらも「いつでもおいでよ」と少し嬉しそうに言ってくれたのだった。
仲良く昼ご飯とか萌ゆ。
2013.03.19