A table and the reverse side.




□ 43 □




次の授業の準備をしているとガラリとやや乱暴にドアを開けた音がした。また丸井か?と顔を上げれば皆瀬さんでやや驚いた顔で彼女を見てしまった。見間違いでなければとても不機嫌顔だ。

ちゃん聞いてよ!!」

そういっての前の席に座り込んだ彼女は「もう仁王くん信じらんないんだけど!!」と拳を作った。どうやら話はできたらしい。

「心配ごとあるなら聞くよ?て言ったら"皆瀬には関係なか。俺に構う暇があるなら柳生とイチャイチャしてんしゃい"だって!」
「うわー」
「テニスの話題避けるし、良くない噂も出てるしでこっちは心配してるってのに!」
「そうなんだ」


モノマネ付きで喋る皆瀬さんに結構ノリいいよなーと感心しながらも頷いたが、彼女がここまでお怒りなのも珍しい。

テニス部マネージャーとあって強気な人だけどあまり目に見えて怒ったりしないのだ。それに大抵の場合はここまで怒る前に柳に聞いてもらって少し落ち着いてから話に来ることが多い。
それをそのまま口にすれば、参謀は出かけているらしくF組の教室にはいなかったらしい。


「でも、捕まえられたんだから良かったんじゃない?前は全然捕まらなかったんでしょ?」
「ううそうだけど…そうなんだけど!でも良くないんだよ、全然良くないのよちゃん!!できればもっと早くに捕まえておけば…っ」

何だかこっちまで不安になってきて彼女を見つめれば皆瀬さんは困った顔になって「仁王くんの噂聞いてる?」と問いかけてきた。噂?最近の?

そういえば亜子達と仁王くんの話をめっきりしなくなったなと今気がついた。彼女達なりに気遣ってくれてたらしい。
代わりに跡部さん達の噂はよく聞くようになったな、と思いつつ首を横に振ると「そっか、」とホッとしたような残念そうな顔で皆瀬さんが頷いた。

「変な噂出てるの?」
「あーうん。まあ。でも大したことじゃないから。ホラ、仁王くんだし」
「うん?うん…」

どっちなんだろうか。いやまあ。仁王だしろくな噂じゃないだろうけど。



「でも、テニスの話題避けてるの?」
「うん。比呂士くんが言うには高校の部活とか込み入った話すると全然混ざってこないんだって」

元々話好きというわけでもないからただ単に興味がないだけかも、と思ったがテニスのことでそれはおかしいかも、とも思った。


「仁王くん。テニス辞めるつもりなのかな…」
「えっ?!」

驚き皆瀬さんを見れば難しい顔をしていて。嘘、といってみたがラケットを持ち歩いていないし本人に聞いても全然練習していない、と言われたらしい。

「またいつものペテンじゃないの?」
「かもしんないけど、最近良くない人とつるんでんの見ちゃったんだよね…」
「え、不良の仲間入りでもしちゃった?」
「仁王くんにそんな勇気ないよ。ていうかつるむの好きじゃないし」
「ああ、うん。そうだね」

奴は不良になっても一匹狼だった。見た目だけなら今でも充分不良だけど。
悩ましげに溜め息を吐く皆瀬さんをは何とも言えない気持ちで見つめるしかなかった。



仁王はテニスを辞めるのだろうか?そんなはずはないと思いながらも未だに顔を合わせてないし話もしてない。携帯に来るメールもテニスとは全然関係ない一言くらいしかないし、仁王が何を考えてるのかもよくわかってない状態だ。

「(いや、元々わかんない奴だけど)」

キュ、と音を立てて登った階段の先にはドアがあり、ドアノブを強く握り締めたは大きく深呼吸をしてゆっくりとドアを開いた。
外から入り込む冷気に身を縮みこませ、足を踏み入れれば途端に風が吹いて顔をしかめた。

「寒い」と零しながらも歩き出したはスカートと髪を押さえつつ辺りを見回した。障害物のない屋上では探し物なんて簡単だけどが探してるものは見つからなかった。
振り返って給水塔の辺りも見たがそれらしいものはなく、上へ登る梯子も途中までしかなくて手をかけてみたものの自分の体重を持ち上げられそうになくて諦めた。


「どこにいんのよ」

携帯を取り出し、仁王に『今どこ?』とメールしようしたけど送信ボタンを押そうとして押せなかった。


果たして会って私は何を話すんだろう。


結局は仁王の噂を知らないし、逃げ回ってた理由も知らない。仁王が何に悩んでるのかも知らない。仁王本人から聞かされてないのに「何かあったでしょ?」なんて電波っぽくないだろうか。もし聞かれたくない話だったら自分も辛い気がするし。

新島さんになら話してるかもしれないな。いくらテニスが嫌いだといっても仁王の話になればきっと別だろう。仁王も信頼してるし格好つけたがっててもちゃんと相談くらいしてるかもしれない。それならわざわざ自分が出しゃばらなくたっていいんじゃないだろうか。


はフゥ、と息を吐くと携帯を閉じポケットに入れた。多分自分が聞いたところではぐらかされるに決まってる。もう一度見回してみたがあるのはここから見える街並みと空くらいで他にめぼしいものはなかった。
短く息を吐き出したは手を擦りながら屋上を後にした。



*****



B組を覗くついでに弦一郎がいるA組を目指していると廊下に目的の人物が立っていた。とりあえずB組に白頭がいないことを確認して前を向くと、弦一郎の他に部長と参謀までいるのが見えた。

テニスのことでも話してるかな?と邪魔しないように戻ろうかと立ち止まればに気づいた弦一郎が必死な目でこっちに来いと合図している。

何だ?ていうか弦ちゃん顔色悪くない?
今にも崩れ落ちそうな弦一郎に不安を抱きながらも近づくと柳が気がつき隣にいた幸村の肩を叩いた。


「ああ、。どうかしたの?」
「……ごめん。出直すわ」

振り返った幸村の顔には素早く背を向けたが弦一郎に手を捕まれた。おいコラ、離せ弦一郎。私はこういう時の幸村苦手なんだよ。道理で周りに人がいないと思ったわ!これ絶対怒ってるだろ!何怒らせたんだよ!!


「な、何があったか聞いてもいいですか?」
「……だってよ真田」
「……」
「弦一郎が精市に今後もテニスをやっていくつもりはあるのかと聞いていたんだ」


…こんのバカ従兄様は!


柳の言葉にはバシっと弦一郎の腕を叩くと益々バツの悪い顔になって頭を垂れた。言い訳もできないらしい。
まぁ、目の前に笑顔でずっとダメージを送り続けてる神の子を見ていればそんな言葉なんて出てこないだろうけど。ていうか、口酸っぱく幸村には絶対言うなよ!っていってたのに!!


は知ってたんだ」
「先に相談されてたからね。でも柳くんも大丈夫だっていってたし私も大丈夫だと思ってたよ」
「なっ自分だけ逃れるとは卑怯だぞ!!」
「一緒にしないでよ。話は聞いたけど同意はしてなかったじゃん」
「おおお前は幸村が心配じゃないのか?!」
「ええ?だって大会シーズンでもないのに今から張り切ってるとか普通ないでしょ。幸村には幸村のペースがあるんだからいいじゃない」



やる気満々なのは真田くらいだよ、といってやれば弦一郎がショックを受けたような顔になった。もう少しつついたら泣いてしまいそうな顔だ。

「だ、だが、幸村は高校でも全国クラスのプレーヤーなんだ。そのお前が練習をしないというのは…」
「確かに真田から見れば今の俺は腑抜けに見えるかもしれなけど俺なりにこれからのことを考えて頑張っているんだ。それはずっと傍にいた副部長のお前なら理解してくれると思っていたけど」
「……う、うむ」

ああ…完璧に自己嫌悪に入ったわ、うちの従兄様。どうにかしてやんないと本当に泣くぞこれ。益々縮こまる弦一郎には短く息を吐くと、底冷えするような冷ややかな目で皇帝を見ている幸村に声をかけた。


「あー幸村さ。今日とか他の日でもいいから時間作れない?」
「?いいけど」
「別にテニスをするの制限してるわけじゃないんでしょ?だったらさ。真田と試合してくれないかな?」

の申し出に幸村の目が丸くなり何度か瞬きをすると冷たさも消えるようになくなった。

「真田ってテニスのことになると言葉通じないからさ。テニスで叩きのめしてあげた方が早いと思うんだ」
「は?何をいってるんだ!俺は」
「真田は黙れ。ていうか呼び方直せ」
「あ……」
「で、どうかな?」

口出ししてこようとする弦一郎をひと睨みして幸村を見れば、呆気にとられた顔をしていたがそれは苦笑に変わって「いいよ」と目の前の弦一郎に向き直った。

「じゃあ今日の放課後、学校のテニスコートで。それでいいか?」
「あ、ああ…しかし、いいのか?」
「構わない。ただし、俺が勝ったらもう余計な口出しはしないでくれよ」


そう言い切った幸村は踵を返すとそのままC組へと戻って行く。その背中を呆然と見ていた弦一郎もハット我に返り「よし!」と気合い入れ、さっさとA組へ帰って行ってしまった。あのー、私一応あんたに用事があったんだけど…。
仕方ないか。諦めと一緒に溜め息を零せば「さすがだな」と柳に労われた。



「ていうか柳くんだって止めれたでしょ?何で止めてくれなかったの?」
「俺もまさか精市本人にいうと思ってなくてな。止めるタイミングを失ってしまった」

からしてみれば2人共テニスから離れた生活なんて考えられないのに。テニスバカが考えることはわからん、と肩を竦めれば柳が吹き出すように笑った。


「しかし、試合とは考えたな」
「他に考えられなかったしね。幸村が後輩ばっかり構うから真田も寂しいんだろうなーって思ってさ。きっと試合すれば真田も満足するだろうし、やっぱり幸村は強いってのも再確認できるだろうしね」

一石二鳥だよ、と笑えば「それはにしか出せない答えだな」と柳も微笑んだ。



*****



放課後、テニスコートでは誰もが手を止め元部長副部長の試合を見ていた。コートの外には丸井達元レギュラー陣も揃っていたが仁王の姿だけはなかった。

審判の声が高らかと上がり、その結果に湧き上がる歓声。勿論勝ったのは幸村で清々しい程の圧勝だった。
その結果に「自分の目は節穴だった!!」と感激し過ぎた弦一郎が、幸村に抱きつこうとして彼の拳でもって撃退されたのはいうまでもない。そしてそれを見ていた全員からどっと笑いが上がったのもいうまでもない。


「真田、顔大丈夫?」
「う、うむ…」
「気にするな真田。明日には治ってるから」

腫れ上がった頬には引き気味に話しかけると隣に来た幸村がにっこりと弦一郎を黙らせた。今日は終始不機嫌なのでそっとしておこう。


学校を出た達はお腹も減ったということでファーストフード店に来ていた。一応解散にはなったんだけど仲がいいのか好かれてるのかテーブルには男子テニス部が大半を占めていた。

タオルを濡らしてきたは弦一郎の頬に当ててやると彼の前の席に座った。隣の席には丸井達がいつものようにハンバーガーを買い込み大口を開けて食べている。これで夕飯も食べるというのだから恐ろしい。反対側に座ってる幸村も何気にセットを頼んでるもんな。男の子の胃袋って半端ない。


「つーかやっぱ幸村くんは強いよなー。何か俺も練習しなきゃって思ってきたわ」
「そうっスね。俺ももっと強くなって今度こそ全国行って部長達に勝たねーと!」
「…赤也。つっこみどころが色々あんだけど、どっからつっこめばいい?」

もう慣れたけど今はアンタが部長だよね?とか全国行っても幸村達いないよ?とか。「俺も頑張らねば」と深々と頷く弦一郎を尻目に視線を動かせば奥の方で皆瀬さんと柳生くんが何やら真剣に話してるのが見えた。また仁王の話だろうか。

「あ、柳先輩!!俺も混ぜてください!!」

西田の声に視線をずらせばどうやらあちらは今日の幸村と弦一郎の試合の構成の話をしているらしく、好きだよねーと目を細めた。西田。アンタ意外と理詰めの人だったんだね。



「赤也は混ざんなくていいの?」
「俺はいいっス。頭には入ってるんで」
「赤也は殆どが感覚だかんなー。けど、お前が背負っていかねーといけないんだしちっとは頭使わねーといけないんじゃね?」
「考えてますよ!後で家でじっくりやるつもりなんです!」
「へぇ。赤也でも家で復習するんだ」
「宿題はまったくしねーのにな」
「けしからんがその通りだな」
「先輩達うっせーっスよ!!」

俺どんだけ先輩達の中でやってきたと思ってんスか!と胸を張る赤也に幸村達は揃いも揃って鼻で笑ったもんだからむくれてしまった。仕方ないがお約束だ、赤也。
けれどいつもなら畳み掛けるように仁王のつっこみが入るはずなのにそれがないのは少し寂しい気もした。

「…つーか、仁王先輩も見にくればよかったのに」
「ん?赤也、お前仁王に会ったのか?」

どうやら赤也も同じことを思ってたようでむくれた顔のままストローを噛めば「仁王先輩最近特に付き合い悪くないっスか?」とぼやいた。

「仁王が付き合い悪いなんていつものことだろぃ?」
「そりゃそうっスけど…でも、部活に行く前たまたま会ったんスけど、電話で呼び出されたとかいってさっさと帰っちまったんスよね」

電話の相手絶対女ですよ!と口を尖らせた赤也に「仁王に彼女いたって珍しくねーだろ」とポテトを摘んだジャッカルがつっこんだ。

「ジャッカルうっせーし!」
「ああ?赤也テメ、先輩に向かってだな」
「テニスしねーにおー先輩なんて詐欺師失格っスよ!!」
「…お前な。それじゃただひがんでるようにしか聞こえねぇよぃ」
「俺だってモテますよ!」
「本命にはわかってもらえねぇけどな〜」

ニヤニヤと笑う丸井に赤也は顔を真っ赤にして黙らせようとしたが捕まらずプチ騒ぎになった。ガタガタと揺れる机に弦一郎の声が響くがお構いなしである。
そこへ丁度皆瀬さんに呼ばれたは被害に遭わないように離れるとゴチゴチン!という拳骨の音が聞こえたのだった。




立海大家族。
2013.03.22