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お腹も膨れてまったりしてきた頃、そろそろ帰るか、ということになった。も帰る準備をしているとトイレから戻ってきた弦一郎がさっき貸したタオルを差し出してきた。おおぅ。かっちかっちに絞られてますな。
「、助かった」
「うん。少しは引いたみたいだね。帰ったらまた冷やすんだよ」
「ああ。それで、これはどうする?特になければ洗って返すが」
「別にいいよ。冷やしてただけだし、洗って持ってくるの面倒でしょ?」
「問題ない。それに、今度の日曜にもまた来るんだろう?」
無地ではないがそこそこ可愛い色合いと模様が入ってるタオルだ。洗濯に出すのも持ってくるのも戸惑いそうだよね、と思っていたのに平然としているからは時々こいつの考えることはわからんなぁ、と思いながら従兄と見上げた。
「うん。行くけど」と頷けば隣で丸井達と喋っていた赤也が驚いた顔でこっちを見てきた。
「…先輩って真田副部長の家に何しに行ってるんスか?」
「何しにって…稽古だけど」
「「「稽古?」」」
不審な目で見てくる赤也にちょっと引きながらも答えれば今度は丸井とジャッカルまでもが反応してきた。その奥にいる幸村達もこっちを見てきてそこまで変なこと言ってないぞ!と思わず身構えた。
「高校が立海じゃないかもしれないって真田のおじいちゃんにいったら護身術を教えるっていわれてさ。最近通い始めたんだよね」
「はぁっ?!お前護身術とか習ってんの?!つーか真田のじーさんって何者だよぃ?!」
「元警察官だっけ?…今は指導官もしてるらしくて、どうせだから一緒に教えてあげるって、ね?真田」
「うむ。いざという時に役に立つというものばかりだ。運動が苦手な者でも簡単にできるものだしな」
「そうそう。結構面白くてさー。ついつい白熱したりね」
「…つーかそれ、他のおっさんに紛れてやってんの?」
「ううん。主におじいちゃんか真田だね」
ある意味適役なんだよね、と笑ったが何故か周りは固まったようにこっちを凝視していた。あれ?
「え、じゃあ、えーと、何か?真田がのこと襲ってんの?」
「は?」
「だってそーじゃね?護身術ってそれの切り返しだろぃ?」
「…いや、何言ってんの。そんなこといったら柔道とかどーすりゃいいのよ。あんたらの目腐ってんじゃないの?ねぇ、さな」
スポーツで男女のやつとか意識したら大会なんて望めないでしょうよ。なにその中二病目線、と呆れた顔で丸井達を見やり、弦一郎に同意を求めれば何故か奴の顔は真っ赤だった。ご丁寧に耳まで。あれ、もしかして今頃気づいた、とか?
まさか…と弦一郎を見つめていれば「くだらん。俺は帰る」とぼそっと呟いてさっさと行ってしまった。
いつもなら声を荒らげて去っていくのになにその照れっぷり。可愛いけど反応に困って追いかけるタイミング失っちゃったよ。
「…どーしてくれんのよ。折角の実験台がいなくなったじゃない」
「実験台なのかよ」
「だって、真田くらいじゃないと思いきり決めれないし」
タオルも持ってかれたから日曜の時に返してもらおうと思いながら丸井達を睨めば「だってなぁ、」と顔を見合わせた。
「真田が親戚でも女と絡むとか珍しくってさ」
「…その意味深な言い方やめてくれる?!」
真田とはとっても清い関係なんだからね?!とつっこめば「そんなことは最初からわかってら」と返された。うわ、本当にからかっただけかよ。
弦一郎が相手してくれなくなったらお前ら実験台にするからな!と傍迷惑な丸井達に言い放てばガコン、とテニスバックが落ちる音がした。見れば赤也が呆然とした顔でこっちを見ていてどうしたんだ?と首を傾げた。
「え、先輩、高校立海じゃねぇんスか?」
「うん。外部受験してきたから」
「…嘘っスよね?」
恐る恐る、という顔で聞いてきた赤也には不思議に思いながらも本当だよ、と言えば彼はビクッと肩を揺らし俯いた。あれ?どうしたの?何かいった?と慌てて周りを伺ったが誰も教えてくれず、丸井には視線を逸らされた。
「……なんか、」
「え?」
「……せんぱい、なんか」
「……」
「ジミー先輩なんか大嫌いだああああ!!!」
がっくり肩を落とした赤也がそう叫ぶとラケットバックを手にそのまま走り去ってしまった。…もしかして、と丸井を見ればバチン、と目があった。
「丸井。赤也に教えてなかったの?」
「んーまぁな」
座ってた椅子から立ち上がり、ガムを膨らませた丸井は「そっちの方が面白そうだったし」といってニヤリと笑ったのだった。マジでか。
*****
コンビニの横の隅で丸まってた赤也を宥めすかして今度こそ解散になったは同じバスの幸村と一緒に歩いていた。帰る間際、赤也が何か言いたそうに睨んできたが丸井達がさっさと連れて行ってしまった為、何も言われなかったが明日また言われそうだな、と肩を竦めた。
「寒いね」
「だねー。ホッカイロも冷たくなっちゃったよ」
「本当だ」
ポケットから出したホッカイロを出せば幸村が手を乗せてきて「新しいのないの?」と聞いてきた。あるにはあるけど家なんだよね。
「少し身体でも動かす?」
「…いや、それより早くバスに乗って帰りたい」
なにその体育会系発言は。動くの嫌です、と首を横に振ると幸村はクスクス笑って「ってそういうとこ面倒がるよね」と温かいホッカイロを出してきた。
「え、幸村の寿命長い!!」
「さっき開けたんだ。バスに乗るまで貸してあげるよ」
「えっ悪いよ。寒くて出したんでしょ?」
「俺はまだ寒くないから先にが暖まってよ」
それから返してくれればいいから、そういって幸村が歩いていく。悪いよ、と思ったが手に伝わる暖かさは手放し難くてポケットにホッカイロをつっこみ早くあっためて返そう、と幸村の後を追った。
「それにしても今日の試合凄かったよ。さすが幸村!ってみんないってたね」
「そうでもないさ。色々反省点もあるし真田もまた強くなったしね」
「…それ弦ちゃんが聞いたら泣くと思うよ」
隣に並び今日の試合の話を出せば、白い息を吐いた幸村が小さく笑った。確かに幸村は強かった。弦一郎が危惧していたことなんて全部払拭してしまうくらい圧倒的な強さだった。
「弦ちゃんのこと怒らないでね。アイツなりに心配してたんだ。幸村がテニスしなくなったらどうしようって半ベソ状態だったし」
「…真田の気持ちもわかるよ。今迄とは違う方法で練習してるから…それに、赤也達の指導もあるしね」
「去年はそうでもなかったのに年明けたら急に熱心になったよね」
「ちょっと思うことがあってさ。俺でも伝えられることがあるんだってわかったからやっておこうと思って」
「伝えられること?」
「俺の精神とか部活に対する思い入れとか。あと技術もね」
「前はそうでもなかった?」
「去年までは個人のやり方もあるし、個性を大事にしたいって思ってたのもあって柳に任せっきりにしてたんだけど、この立海で、中学で、みんなと関われるのは今しかないって思ったらその時間を大事にしたいって思ってさ。勿論高校でも一緒になれると思うけど、この時間は今しかないから…」
「そっか」
部長の考えることは違うね、と茶化しながら返したがは少しだけ寂しい気持ちになった。勿論幸村の発言におかしなところはない。むしろ尊敬できる発言だ。けれどどこか引っかかる感じがして。
街灯に照らされた幸村の顔はどこか遠くを見てる気がしたのだ。
それはが見えないどこかを見てるようで少しだけ怖いと思った。
「それにしても意外だったよ。が護身術習ってるなんてさ」
「そうかな?」
「ってそういう習いものしてるイメージなかったから。でも真田の家柄を考えればその考えに至るのは確かだし、知ってた方がの為にもなるからいいと思うよ」
「だよねー。まぁ私は何もないだろうけど、誰か痴漢にあってたら助けられるかもしれないしいい勉強になってるよ」
「ははっが助けるの?」
「うん。変質者をえいやって投げ飛ばす!」
変質者は女の敵ですからね!と鼻息荒くいえば幸村はバス停の前に立って呆れた顔でこっちを見てきた。
「そういうも女の子なんだから、助ける前に誰か呼ぶか警察に電話してくれよ」
「ええ〜」
「ええーじゃない」
それじゃ覚えた技術披露できないじゃないか、と口を尖らせると両頬を幸村の手に挟まれた。見れば目の前に彼の顔があってドキリとした。
「護身術を習うのはいいし止めないよ。でもそれに過信しちゃダメだ。いくら弱くても相手は男での隙を必ず狙ってくる。そうなった時にちゃんと立ち向かえるかはわからないんだからな」
「うー…でも、」
「でもじゃない。咄嗟で動けないことだってあるんだから無闇に首をつっこまないこと、周りがいる時はちゃんと助けを呼ぶこと。いいね?」
「……はい」
「俺がいる時は、俺がを守るから」
真剣な目に逆らえる気がしなくて大人しく頷くと、よしよしと褒めるようにふわりと微笑んだ。しかも15センチもない距離で!
間近で見てしまったはボッと顔を赤く染めると視線を彷徨わせたが両頬はまだ幸村に挟まされていて逃げようがなかった。くそう、美人の微笑みは殺傷力が高いんだよ!
「…それこそ、そうなったら私が幸村を守るよ」
心臓に悪いったらありゃしない!と負け惜しみに零せば幸村は笑みを深めて「それ、どういう意味?」と挟んでる手に力を込めてきた。
「ふごおおっ幸村っ痛い痛い!顔潰れちゃう!!」
「もしかして、俺が変質者に襲われるっていいたいの?」
「ちがっ…違います!えっとえっと!私の勘違いです!!」
顔をプレスする力半端ないんですけど!!「ぷっ変な顔」とか笑ってるけど顔挟まれてるせいで怒ることもできませんがな!!神の子マジ怖!!
ごめんなさいごめんなさい、と呪文のように謝れば気が済んだところで離してくれた。骨格が変わったんじゃないかと思うくらい顔が痛いです。「なら上下に挟んで力かけたら元に戻るんじゃない?」とか本気でやめてください。あなたが言うとマジにしか聞こえませんから!!
「フフッごめん。ちょっとやり過ぎた」
「……」
「怒ってる?」
「…怒ってない」
痛む頬に手をあて視線をあげれば屈んだ幸村と目があった。近さに視線を逸らすと手の上に幸村の手が添えられ逃げ場を失ってしまう。これで怒ってるって言ったら間違いなくプレスする気でしょ。その恐れもあったけど楽しそうにしてる幸村を見てたら怒る気も失せた。
「から見たら頼りないかもしれないけど、俺に守られてよ」
「…別にそこまで思ってないし。幸村のこと…た、頼りにしてるよ」
言葉にして益々顔が熱くなる。なんだこの甘ったるい言葉!何言っちゃってんの私!と内心自分に突っ込めばこつん、と額に当たって視線を戻した。幸村さん。めっちゃ近いです。
いやいやいや、「の手、あったかい」じゃないですから!!嬉しそうな顔されても困るから!!私暖房器具じゃないから!!そんなに寒いならホッカイロ返しますからとりあえず手を離して!!
ちゅーできそうな距離にあたふたしていると近くで足音がしてビクッと肩が跳ねた。
「幸村?」
「あれ。仁王じゃないか」
「え、…」
幸村が離れたことで見えた視界にはこっちを凝視してる仁王がいて、は目を見開いた。仁王もに気がついたのか目を見開いている。何でここにいるの?
「こんな時間まで何してたの?今帰り?」
「そうじゃが…お前さんらは?」
幸村の問いに仁王は戸惑い気味に答えこっちにも投げかけてきた。その際、目があってはなんとなく肩が揺れた。
「んー。デート?」
「は?幸村?!」
「……」
「はは。冗談だよ。さっきまでみんなと一緒に食べてその帰り」
丸井や真田達も一緒だったよ、と答えて幸村は微笑んだ。なんつー心臓の悪い返しするんだこの人。仁王がそんな冗談間に受けたりしないだろうけど、これが誤って噂にでもなったら私は確実に死ぬ。多分卒業できない。
こいつ怖ぇと頬を挟まれたまま幸村に引いていたが何も言わない仁王に、あれ?と思って視線をやった。あれ。何か、表情が読めない…というかないんですけど。
無表情な仁王にあれ?と思っていれば幸村も同じことを思ったようで首を傾げた。
「仁王こそ彼女とデートでもしてたの?」
「…んなもんおらんよ」
「けど、赤也が女に呼び出されたっていってたけど」
「……(赤也め)」
黙り込む仁王にやっぱり新島さんかな、と思って視線を下げた。わかりきってたことですけどね。
「それよりも、いつまでそいつを挟んどる気じゃ?あんまり挟んどると細長くなるぜよ」
「だっての顔温かいんだよ。仁王の触ってみる?触らせないけど」
「…どっちじゃ。というかの顔というより手じゃろそれ」
「うん。手も温かいよ」
ね?と話振ってこないでください幸村様。何か不穏な空気しか感じれないんですから。会話にトゲしか感じれなくて黙っていると視線を感じて恐る恐る向けてみた。向けて後悔した。
今度は怒ってるんですけど仁王さん。どうしよう、めっちゃ怒ってるんですけど、と視線を逸らせば溜め息が聞こえた。
「くだらんことせんと、さっさと帰りんしゃいよ」
「え、ちょっま!仁王く」
背を向けて駅の方へと行こうとする仁王には追いかけようとしたが思ってたよりも幸村の手が強くて首からグキッと嫌な音がした。「うわあ、大丈夫?」と微妙な心配をされる程度には痛くて涙が滲んだ。
首を押さえながらも立ち上がると仁王がこっちを見ていて思わず心臓が跳ねた。クソ、意識してるせいで見るだけでも格好いいとか思ってる自分がいる。
「きょ、今日真田と幸村の試合あったんだよ!何で来なかったの?」
「…そうじゃったのか。知らんかったぜよ」
「っそんなことないでしょ?赤也に聞いたんじゃないの?」
「さぁの。いったかもしれんし聞かなかったかもしれん」
はぐらかしてる。すぐにわかったけどどうしてそんなこというのか理解できなかった。だってこれはテニスの話なんだ。授業はサボっても部活には出てた仁王が興味ないとかおかしいでしょ?
「…仁王くんは、テニス、しないの?」
本当はそんなことが言うべきセリフじゃない。でも、止まらなかった。変な噂が出てるとかテニス辞めるかもとかいわれたら誰だって気になって心配になるじゃないか。それが同じ部活のマネージャなら尚更。それが好きな人なら尚更。
「そんなの、浮気もんのお前さんに関係なかろ」
そんな冷たい言葉が返ってくるのは当たり前で。予想してた言葉で。背を向け去っていく仁王を見ながらは無性に泣きたい気持ちになった。わかってたのに心が痛い。追いかけて引き止めることも出来ない程に。
じわりと滲んだ涙に唇を噛めばポン、と頭に手が乗った。
見れば幸村が困ったように微笑んで緩く頭を撫でた。
「…バカだな。仁王がテニスしないわけないだろ」
「うん…」
「仁王のこと気にしてたんだ」
「うん、」
「……」
「……」
「…、」
ぐいっと引かれ幸村の肩に押し付けられたは少し驚いたが「バスが来るまで貸してあげるよ」という声にまた涙が滲んでしばらくそのまま彼の肩に顔を埋めたのだった。
折角会えたのに。
2013.03.22