Plan.




□ 45 □




〜また切原くん来てるよ〜」
移動教室から戻ると不機嫌顔の赤也が待っていて、3年の女の子に囲まれながらを睨んでいた。折角女の子に囲まれてるんだからちょっとは愛想振り撒けばいいのに。

「ジミー先輩」
「出てないから。結果まだだから」

被せるように返したは教室に入ると既にジャッカルと丸井がいて、こっち見ながらニヤニヤしている。後ろにはべったりと赤也が張り付いていて「なんスかその態度!後輩なんだから大事にしてくださいよ!!」という幻聴が聞こえた。


「聞いてるんスか?!」
「はいはい。聞いてるって」
「嘘くせーっスよ」

だったらどうすればいいんだ。
が外部受験をしたとバレた日から赤也はずっとこんな調子である。休み時間や放課後部活に顔を出した時などじっとチクチク刺さるような視線で睨まれ口を開けば「結果はいつ出るんスか?」、「何で受けたんスか」といわれ素直に答えたが赤也が納得するわけもなく。

気づけば苦笑混じりに周りから遠巻きに見られ、冷やかしと言わんばかりに丸井が様子を見に来る光景が続いていた。


「だから先輩はモテないんスよ!」
「…赤也クン。ソレトコレトドウイウ関係デソノ話ニナッタノカナ?」
「ぶふっ!」

腹を抱えて机を叩く丸井を睨んだが全然通じてないのが更に腹が立った。その顔のまま赤也を見ればビクッと肩を揺らしたのでそれはそれで傷つく。
引くなよ。そこで引くなよ、向かってこいよ!そう思ったところで予鈴が鳴り響いた。

「…もういいよ。授業始まるし帰りな」
「お、俺の話は終わってないっスよ!つーか、立海に行けばいいじゃねーっスか!!」
「はいはい。わかったから。帰らないと真田にいいつけるよ」

いい加減にしろ、と睨めば「横暴!先輩のバーカ!次の休み時間もくっから逃げないでくださいよ!!」と貶されてんだか好かれてんだかよくわからない暴言を残して赤也は去っていった。やっぱり弦一郎が怖いらしいい。



煩いのがいなくなったのもあってクラスメイト達もそれぞれ席についていく。丸井も「さて、戻っか」といって腰を上げた。

。お前も赤也の気持ち汲んでやれよ?」
「…汲むってどういう意味でよ。外部行くなってこと?」
「わかってんじゃねぇかよぃ」

ニヤっと笑った丸井には腕を組むと「落ちたら考えとくわ」と溜め息混じりに返した。



*****



受験シーズンも後半に差し掛かると最初にあった緊迫感も薄れてきて話し声にも明るさが出てくる。それもそのはずで、2週間後には冬の最後のイベント・バレンタインが待っている。
休み時間は女の子が雑誌を開いたりネット検索したりして話に盛り上がり、近くの男子は会話をしながらもチラチラとこちらの会話を気にしてる子もいる。

達もお菓子を食べながらチョコレートの話に盛り上がっていた。

「亜子はどうする?宍戸くんに渡す?」
「うっ!そーなんだよ!!どーしよっかなーって思って。でも今月ちょっと厳しいんだよねー」
「手作りにすれば少し浮くんじゃない?」
「そーだけどさ。手作りって重いじゃん?宍戸くんとはまだ友達になって浅いし」
「んなこといってたら他の子にとられちゃうかもよ?」
「いわないでー!気にしてるのに!!宍戸くんモテるだろうし!考えただけであー…」
「キツくてもあんたは渡した方がいいんじゃない?」
はどうすんの?」
「もしかして今年もあれやるの?」
「…やると思う。西田達が催促してきた」


大変だね、と気軽に笑う友達には引きつった笑いを浮かべた。男子テニス部は立海の中でもダントツに人数が多い。そしてバレンタインに夢を持ってる奴も多かったりする。
その割に女の子が送るバレンタインチョコは全員には行き渡るどころかある一部に集中してしまう為、その日1個も手に入れられないというのはザラにあるのだ。

その原因の一角にテニス部元レギュラーも数に数えられていて過去2年間は羨望と嫉妬の目で見られていたのはいうまでもないだろう。そんなわけで代々テニス部マネージャーは彼らの悲しみを減らすべく義理チョコを渡す、という習わしがあるのだ。


「去年手伝いに行ったけど圧巻だったよねー。まるでチョコレート工場かと思った」
「懐かしいな。チャーリーか」
「あそこまでチョコまみれじゃないけどなんかもう、工場で働いてる気分だった」
「そりゃ私も思ったよ」

その習わしは去年にも伝えられ酷い目にあった。人手が欲しいといわれ友達を連れていけば調理室は戦場のような光景で、中に入ればチョコの匂いが充満していて最後の方は酔って倒れそうにさえなった。
多分、あのチョコを温める温度といくらやっても終わらない作業に限界を感じたのだろう。

魔女の鍋よろしくな状態でチョコをかき回してる皆瀬さんを見て、私はなんていうところに来てしまったんだと思ったものだ。



男子テニス部は人数が多い。
故にバレンタインチョコの数も半端なく多い。

こんなのマネージャーのすることじゃないだろ、と思ったが何でか部費から予算が出てたり泣きつく後輩に言いくるめられたのもあって今年のバレンタインもあの地獄を味わうことになるのだろう。


「今年も手伝いに行く?」
「マジで?!すっごい助かる!!吾妻っちと飯田ちゃんもいるんだけどあの子らマネジになったばっかだからちょっと心配だったんだよね…」
「わかるわかる。私も去年見た時正直引いたもん」


今年もトリュフかな、と考えていれば友達から有難い言葉をいただきは大いに喜んだ。去年チョコ作りがあんなに重労働だと思ってなかったから人数は多いことに越したことはない。

「そういや、は誰かにあげるの?」
「テニス部対象だから元レギュラーも入ってるっぽいよ。去年先輩にもあげたし」
「おいおい。そう言う意味じゃなくってさ」
「個人的にだよ、個人的に!」
「はあ?やだよ。面倒じゃん」

部活でも大変なのにってさっきいったばっかじゃん。と苦言を呈せば「ノリ悪いなお前」と冷たい目線で見られた。君達は知らないんだよ。あいつらがどれだけチョコを貰ってるかを…!

だったらあの跡部さんとか忍足くんに渡すのかと聞かれそれも否定したら不機嫌な顔で怒られた。いやだからなんでそのモテ男らチョイスしてくんのよ。チョコなんか飽きてる連中ばっかじゃん。


「跡部さんなんかトラックでしょ?渡したところで確認する前に寄付されるのがオチだって」
「「「あー確かに」」」

スノボに行った時のことを思い出したのかありえない数のチョコの話に亜子達が微妙な顔つきで納得したのでは安堵と一緒に溜め息を零したのだった。



*****



休み時間煩い赤也の追撃を逃れ、微妙に待ち遠しかった(唯一赤也がこない時間だからだ)昼放課になりバレンタインの話をしなきゃ、とF組に行けば皆瀬さんが待ってましたと言わんばかりに教室から出てきた。

ちゃんC組に行こう!C組!」
「え?何で?」

皆瀬さんに背中を押されつつ歩いていると後ろから柳もやってきて一緒にC組へと向かった。確か今日の朝F組で話し合いをするから来いよっていってなかったっけ?


「予定が変更した。部費が関わるということで精市も同席したいらしい」
「幸村が?」

去年はそんなこといわなかったのに…って、あいつは入院してたか。そんなことを考えつつは何の気なしにC組へと向かった。



「…ねぇ。本当にこれ作るの?」

C組に来て、予定表と柳の予算金額と量を見てぼそりと幸村が呟いた言葉だった。それは前に私が思ったことだ。

「明らかに範疇外の仕事じゃない?」
「そうはいってもな」
「これ作らないと泣く子出てくるかもしれないし」
「明らかに泣きついてきた後輩いたし」

西田達とか。それぞれ進言してみたが幸村は溜め息を吐くと「3人共、冷静になりなよ」と諭された。

「バレンタインなんて一時期のものだろ。それに義理チョコを貰っても意味ないんじゃない?」
「幸村。それはアンタが言っちゃいけないセリフだわ」

モテる奴の発言にしか聞こえないっての。


「じゃあいうけど、はこれ作りたいの?」
「うっ…」
「こういう悪しき風習はやめていいと俺は思うけど。これをやり始めた時だって部員もここまで多くなかったんだろう?」
「…そうだな」

「でも、もらえなかった子が部活ができないくらい落ち込んだら?」
「そんな部員がいたら真田にその根性を叩き直してもらえばいいよ」
「アンタはやらんのか」
「俺がやってもいいけど、でも多分…2度とラケットを握りたくなくなるまで叩きのめすかもよ?

「「「………」」」


にっこり微笑む笑顔に達は温度が2、3度下がった気がしてぶるりと震えた。それは勘弁してやってください幸村様。

確かにさっきまでは作りたくないって思ってたけど、いざやらなくてもいいなんて言われたら逆に不安になってきた。全員分のチョコを作るのは嫌だけどさっきから西田達の顔がチラついてならない。もしかしたら今年はもらえるかもしれないからいらないような気もするけど。



「うーん…」
「何?まだは悩んでんの?」
「全然あげないってのはさすがに可哀想じゃない?その為の予算もあるのに」
「予算は備品に回せばいいだろ?そんなにあげたいなら去年みたいに俺がもらったやつあげてもいいし」
「ゆ、幸村くん!!それはここで言っちゃダメ!」

けろりととんでもない発言をかます幸村に皆瀬さんが慌てた顔で周りを確認したが、聞かれた様子はなかった。まったくもって恐ろしい奴である。


「だったら、こういうのはどうだ?」
「何かいい案でもあるの?」
「勝ち抜き戦で上位になった者にバレンタインチョコを渡す、というのはどうだ?」
「え、テニスで?」
「ああ。これならある程度個数が絞れるしやる気をなくす者も出ないだろう」

テニスで勝ち抜き戦?賞品がバレンタインチョコ?それ、どうなの?とが顔を引きつらせたら「あ、それ面白そう」と皆瀬さんが食いついてきた。マジですか?

この寒い冬にバレンタインチョコの為に試合とか、たかがバレンタインチョコの為に一生懸命戦うとかさすがにないだろ。そう思ったのに、思ったのはだけのようで幸村も賛成していた。


だってさ、よく考えてみなよ。そこまでしなくたってちょっとお金出せば市販品の見栄え良し、味もそこそこのチョコ手に入るんだよ?下手するとチョコ嫌いもいるかもしれないのにやるの?本当にやるの?


「それでどうだ?
「まあ…みんながいいならいいけど。雨とか雪降ったらどうすんの?」
ていうか、コートもたまに凍ってるんだけど。

「そうだな。できれば室内コートだとありがたいが…」
「だったら高校の室内コート借りようか。先輩には俺からいっとくよ」


この寒い時期に外とか嫌なんだけど、と口外に漏らせばあっさりと幸村が代案を出してきた。しかも頼んでみるよ、ではなく決定を告げられた。やっぱりお前、高校の先輩達いびってきたんじゃないのか?むしろ高校も制覇しちゃったんじゃないのか?



「では、個数はどうする?」
「その前にこれってアンタ達も出るの?」

うわー、と引いてたら柳がバレンタインチョコをどのくらい作るかという話になった。
少なすぎるのはきっと問題があるだろう。なんせレギュラーである幸村達がいるのだ。

もしいなければ個数も減らせるけど、そう思って質問すれば目の前の2人は何故?と首を傾げてきた。柳、お前までも何言ってんだ?って顔しないでよ。


「俺達が出ないで勝ち抜き戦の意味がないだろ?」
「俺も赤也達が本番でどのくらい成長したか見ておきたいしな」
「いや、ゲームだから。これバレンタインチョコのゲームだから」

余興みたいなもんじゃないの?と思ってたのにテニススイッチが入ってしまったようで2人はやる気満々の顔になっていた。隣では皆瀬さんがにこやかに「私達も気合入れて作ろうね!」と拳を作っていた。

うん、そうだね。私だけアウェーだったね。
量は多め、でいいだろう。西田達頑張れよ。




ですよねー。
2013.03.26