□ 四天宝寺と一緒・2 □
今回の練習試合は立海は自由参加なのだがお約束のように全員が参加していた。対して四天宝寺は人数が部員が8名なので居心地の悪さは相当なものだろう。試合相手は選びたい放題だがそれでもやはりチームで小さく固まってるのを見るとなんとなく気になってしまう。
「なぁにあっちばかり見てるんスか!」
「わっあ、赤也?!」
まだまだ冷たい水に手を振って冷えを誤魔化しながらボトルを洗っていると視界の前にラケットが現れ腕を引かれた。その際水が足にかかったらしく「つめて!」と騒ぐ赤也にあんたが腕を引っ張るからでしょ!と指についていた水を彼に浴びせた。
「うわ!何するんスか!」
「何って仕事の邪魔するからでしょ」
さっさと洗い終えて悴む手を救いたいのだ。邪魔邪魔!と手を振ると赤也はわかりやすいほどに不機嫌になって隣の蛇口を捻ると勢いよく出した水をに向けてきた。
「ぎゃあ!何すんのよ!」
「へへーんだ!お返しですよー」
「お返しになるか!うわっぷ!つめた!!」
「うわ!なんなんだよぃ!」
「げ、」
つめて!という声と一緒には背中がぶつかり顔を上げれば丸井が自分と似たように髪を濡らしていて「あ」と声を漏らした。かけた方の赤也も一気に顔色を悪くしたが逃げる前にの横をすり抜けた弦一郎がいち早く赤也の首根っこを掴み頭に拳骨を食らせていた。
どうやら立海のレギュラー陣も休憩に入ったらしい。振り返ればぞろぞろと新旧レギュラー陣がこちらに歩いてきている。
「。大丈夫か?」
「う、うん」
「ったく、赤也の奴は…いや待てブン太。何で俺も濡れなきゃなんねーんだよ」
「ちゃん。タオルこれ使って」
「これも使うとよか」
「それあからさまに使用済みのタオルだよね?」
「待てって!俺にかけるんじゃねーよ!」
弦一郎が赤也に説教している声をBGMに足早に寄ってきた幸村やジャッカルに心配してもらいつつ皆瀬さんにタオルを貰ったら、ついでとばかりに自分が使ってたであろうタオルを仁王が寄越してきたのでそれは断った。
それから二次被害を受けていたジャッカルは無事逃げれたようで、柳生くんにタオルを借りて濡れた足を拭いているのを確認したところで柳が視界に入った。
「赤也。の代わりにボトルを洗うように。と丸井は着替えてきた方がいいな」
「えええええっ」
気づけばの周りに元レギュラー組が勢ぞろいしていて、周りの目が嫌でも向けられる。四天宝寺の人達もこっち見てるじゃんか。恥ずかしい、と非難の声をあげる赤也に肩を竦めたはそこから逃げるようにコートを後にした。
「はぁ。生き返る…」
ブオンブオンというエアコンの風に吹かれながらはタオルを頭に乗せてホッと息を吐いた。3月終わりとはいえまだまだ寒い。そして水に濡れたから余計に冷えた。
「〜もういいか?」
「あ、ごめん!うん、いいよ」
ノックが聞こえ了承すると寒そうに両腕を摩った丸井が入ってきてがいるテーブルの上に置いてある荷物を漁りだした。
丸井達が使っていたロッカーは赤也達に引き継がれた為、卒業生は全員テーブルの上に無造作に置かれている状態だ。その中のひとつを漁って自分の服を引っ張り出した丸井はこちらを見て目を細めると「見るんじゃねぇよぃ」と追い払うように手を振った。あんたは女子か。
「見たりしませんよーだ」
今更丸井の上半身を見たところで何も思わないわ、とそっぽを向きまたエアコンの風に吹かれているともぞもぞと衣服が擦れる音が聞こえ、そしていきなり頭を抑え込まれぎょっとした。
「つーかお前。髪ちゃんと拭けよな」
「わ、」
わしわしとタオルで髪を拭かれは声をあげたが思ったよりも優しい手つきにそれ以上何も言わず大人しく丸井がしたいようにさせた。思ったよりも心地いいな。
「手慣れてるね」
「まぁな。弟達の髪とか乾かしてやってるから、それでじゃね?」
「いいお兄ちゃんだね」
「に褒められても嬉しくねぇし。っと、こんなもんか。あとはドライヤーがあればいいんだけど」
「誰か置きっぱなしのやつなかったっけ?」
「あーあれな。赤也がぶっ壊してそのままだから使えねーぜ」
「…赤也め」
あいつは本当ろくなことしないな。苦い顔をしてタオルを退ければ視界に入った赤に目を瞬かせた。
「丸井も濡れてるじゃん」
「俺はいいんだよ。お前ほどヤワじゃねぇし」
「そういう問題じゃないでしょ。ほら座った座った!」
湿ってる髪の毛に丸井はどうでもよさそうにするのではやや強引に彼の腕を引っ張ると自分が座っていた椅子に座らせた。「えーに頭触られるの怖ぇんだけど」とか贅沢言わないの。面倒くさがって拭かない自分にいいなさい。
「風邪なんか引いたら練習出れなくなるでしょ」
風邪を引いても部活に出そうな気配はあるけど一応「そういう体調管理もマネジの仕事なので」といってやれば丸井は大人しくなった。
「お前、高校でもマネージャーやんのか?」
「やれっていったのはそっちでしょ?やらなくていいなら文化部入るけど」
むしろそっちの方がいいんだけど。と丸井の髪を自分の髪を拭くよりは何倍も気を使いながら拭いてやれば「の体力じゃ文化部が可哀想だ」とかよくわからないことをいうので少しだけ髪の毛を拭く手に力を込めた。
「いってーての…て、つーかお前の手、冷たくね?」
「そりゃそうだよ。みんな水仕事してるんだもん」
3月の水は結構冷たいんです、と髪を拭いていた手を取られ「うわ、氷じゃねぇかよぃ」と指先の温度に驚愕していた。後でハンドクリームも塗らないとな、と考えていると丸井が立ち上がり自分の荷物からパーカーを取り出しての頭に被せた。
「え?な、何?」
「いいからこれでも着てろよぃ。また風邪引くかもしれねぇだろ」
ぐいぐいとパーカーを着せられたは瞬きをしながら丸井とパーカーを見た。丸井に着せられたのは裏地がもこもこになってるボアパーカーで「確かに夜は冬並に寒い日あるもんな」とぼさぼさになった髪を指で整えてくれた。
確かに暖かい。しかもメンズだからというか袖が思ったよりも長くてこれなら手も暖まりそうだ。
「でもいいの?」
仮にも自分の私服じゃん?と聞くと奴はニヤリと笑ってお返しは新作のコンビニ菓子を強請られた。くそ、それが目的か。
抜かった、と打ちひしがれているとノックもそぞろに更衣室のドアが開かれと丸井は一緒にそちらを見やると身を縮こませた仁王が入ってきた。ふと目が合った気がしたは思わず背を伸ばす。
「あ、仁王。ドライヤー持ってない?」
「…何でそんなもん俺が持っとるんじゃ」
「なんか仁王なら持ってる気がし…って持ってるんじゃねーか!」
「ピヨ」
と丸井を交互に見た仁王は「寒い」といってこちらに寄ってきた。そんな仁王に丸井は適当に聞いたのだが本当にバッグからドライヤーを出してきたのでも一緒に驚いた。アンタはドラえもんか。
「。先に乾かせよ」
「え、うん。……ちょ、ええ?」
「乾かしてやるき。後ろ向きんしゃい」
コンセントにコードを差し込んだと思ったらおもむろに仁王がドライヤーを構えるので困惑した。それくらい自分でできるよ、と手を差し出してみたが温風を顔に当てられた。
どうしても乾かしたいらしい仁王に微妙な顔になりながらも丸井の隣に座れば後ろから温かい風と指を梳く感覚がの頭を撫でた。こそばゆい。
「そういえば、今回何で四天宝寺と練習試合になったの?」
「ん?お前何も聞いてねーの?」
「聞いてない。柳くんからは練習試合するから手伝いに来い、くらいしかいわれてないし」
「真田に聞いてねぇの?」
「今の真田に連絡すると思う?」
連絡したらマネージャーの手続きされるわ、とうんざりした顔でいると「なんだよぃ。やっぱりまだ悩んでるんじゃねぇか」と丸井に呆れられた。
「なんじゃ。はまだマネージャーになるのを渋っとるんか」
「さっきはやるようなこと言ってたくせに。生意気に嘘つきやがって」
「嘘はいってな、ぎゃ!何すんのよ!!」
「丸井。折角乾かしとるのに邪魔するんじゃなか」
「悪いのはだよぃ」
髪の毛をぐしゃぐしゃにされて抗議すれば丸井にお前が悪いと返された。相変わらずの女王様っぷりだ。ぐしゃぐしゃになった髪をまた整えてくれる仁王の指先をむず痒く感じながら椅子に座りなおすと、「今回は急に決まったみたいだぜ」と丸井がとってつけたように返してくれた。
「元四天宝寺のうちのOBが話を急に振ってきてさ。勝手に決められちまったんだと。断ることもできたみたいだけどまぁ先輩の手前それはナシになったって話だぜ」
本当は赤也をしごくだけだったのによ、とぼやく丸井に仁王も同意し「参謀も白石には借りがあるからのぉ。それでじゃなか?」とカチリとドライヤーを止めた。髪を触れば特に悪戯もされていないようだ。
「ありがとう」
「ん、」
「じゃ、次は丸井だね」
「え〜…お前がやんのかよぃ」
「じゃあ仁王くんに乾かしてもらう?」
「えええー…じゃあでいいや」
「じゃあって何よ。じゃあって」
ここにはジャッカルがいないんだから諦めたまえ、とドライヤーを構えると「髪の毛のねぇジャッカルがドライヤー持たせたら笑うだろぃ」とかいうので仁王と一緒に噴出した。酷いなダブルスパートナー。
日も暮れ、今日の練習を終えた幸村達は監督達の話を聞いた後解散になった。達は地元なので通いになるらしい。この人数を見てそりゃそうかと納得したが四天宝寺の人達はどうするのだろう。
「海志館の3階和室を使ってもらうらしいぞ」
「え、あそこにそんな使い方あったんだ」
片づけをしながら弦一郎に問うとそんな風に返された。それを聞いたはうーんと考えると近くにいた幸村が「どうした?」と声をかけてくる。
「いや、特に気にしなくてもいいと思うんだけどさ。四天宝寺の人達とあまり話してないなと思って」
「先輩は無駄に話してたじゃないっスか」
「私じゃねーよ。あんた達のことだよ」
確かに今回の割り振りで四天宝寺は大体の担当だけど思ったよりは話せてないし、皆瀬さん達なんかもっと話せていない状態だ。それにケンカしないにしても気軽に話すって感じもないし、と赤也を見ると奴はきょとんとした顔で「んなことねーっスよ」と応えた。
「俺、白石さんや財前と話してきたし」
「そういやU-17ん時の部屋割り、財前と同じ部屋だったよな」
「そっスよ。海堂や日吉とも一緒でした」
「部長ズじゃん…」
財前くんはよくわからないけどケンカしなかったの?と聞けば赤也は「んなことするわけねーじゃねぇっスか」とさも当然のように答えた。マジか。
「結構仲良くしてたみたいだぜ。よく一緒に話してるの見てたし」
「マジでか。てっきり誰彼構わずケンカ売ってるものだと思ってた…」
ジャッカルの言葉に心底驚けば赤也はにまた怒って悪戯しようと手を伸ばしてきたので素早くジャッカルを生贄にした。グッジョブジャッカル。
「それで?は何を気にしているんだ?」
「んー大したことじゃないけど何か四天宝寺の人達ちょっと孤立してるように見えるんだよね。あっちはあっちで気にしてないと思うけど……こうさ。交流的な練習ってできないの?」
シャッフルマッチみたいなのとか。と適当に話を振れば聞いてきた柳がふむ、と顎に手をやり「へぇ。それは面白いかも」と幸村が食いついた。
「…幸村って私がいうこと大体面白いって返すよね」
「だってはいつも俺達が考え付かないことをいうからさ」
「確かにそうだな」
「そうなの?」
普通じゃない?と首を傾げたが、丸井達には「普通じゃない」と返された。ええ?馴れ合いはしない?あんた達仲良し部活のくせになにをいうかな。
「だがまあ、確かに面白い試みではあるな。少し白石と話してくるとしよう」
「あ、蓮二くん私も。宿泊する場所の話をしなくちゃだし…」
青学の時もシャッフルできたんだからいけるんじゃないの?と思っていれば柳が動き出しその後を少し不安げな顔の皆瀬さんが後を追いかけた。並ぶ後ろ姿に何となく柳生くんを見やると特に変化のない顔で見送っている。余裕があるらしい。
それはそれでいいことなんだけど、と視線を戻して何とも言えない顔で2人を見やった。
「。どうかした?」
「うん。まぁ、ね…」
特に用事のない者から帰るようにと監督に声を掛けられ、みんなが動き出したところでぼんやり立っているに幸村が声をかけてきた。
視線を柳と皆瀬さんに合わせたまま歯切れの悪い顔で返していると2人の奥にいる忍足謙也くんがこれまた赤い顔で薄暗い中でもわかるくらい動揺している態度にデジャヴ再来、と思った。
なんだろうこの手探り感。
2018.11.09