You know what?




□ 四天宝寺と一緒・6 □




本日の練習も終わり、着替えを終えた達は帰る準備をして更衣室を出ようと鍵を開けたところで、ドアが豪快に開け放たれた。

「ごふ!」
「姉ちゃん姉ちゃん!帰らんといて!」

ドアに近かったこともありが最初の犠牲者になることは必然だったがよもやまさか、またもや遠山くんが更衣室のドアを開けに突進して来るとは思っていなかった。

構えていなかったこともあり鳩尾に入ったは思わず変な声をあげたが遠山くんは気にした素振りもなく必死に帰ることを阻止しようとしている。というか残るといわないと更衣室から出してもらえなそうな気迫だ。


「と、遠山くん。どうしたの?何かあった?」
「姉ちゃんらに帰られたら今日の夕飯、謙也の青汁カレーにされてまうねん!」

ダウンしているの代わりに皆瀬さんが遠山くんに聞いてみると、今晩の夕飯について問題があるらしい。そういえば昨日は食堂のおばさんが朝食を含めて作ってくれるようなことを皆瀬さんと柳が言っていた気がする。

今日の夕飯から自分達で作ることは白石くん達も了承していたはずだけど青汁カレーか。苦手な人は苦手かもなぁ、と考えていれば「金太郎!」と叫ぶ白石くんの声が聞こえた。


「き、金ちゃん!なんちゅーとこ入っとんねん!ここは女子更衣室やぞ!!」

今日は謙也くんも一緒で彼は顔を真っ赤にすると「皆瀬さんから離れろや!」と遠山くんを引き剥がしにかかっている。服物凄く伸びてるけどいいのだろうか。



「いややあ!青汁カレーなんて食べたない〜!たこ焼き食べさせてぇなあ!!」
「我儘いうなや!青汁カレーうまいで!!」
「いややああっ」
「金ちゃん!後でたこ焼き買うてやるからその手放そうか。な?」
「いややああっ姉ちゃんらにカレー作ってもらいたいいいいいっ」

駄々っ子と化した遠山くんには謙也くんどころか小春さんの言葉も通じなかった。というか出入口に四天宝寺全員集合してるんじゃないか?
出入口に一氏くんや石田くん達も見えたのでカオスだな、と思っていれば外の方から「何だ何だ?」と聞き覚えのある声が聞こえ更にカオスになったと思った。


「どうしたんだよぃ?」
「それが、うちの金ちゃんが」
「金太郎いい加減にしい!皆瀬さんらも迷惑しとるやろ!」
「せやかてぇ」
「…いうこときかへんなら、どうなるかわかっとるんやろな?」

丸井達が小石川くんに聞いてるのを尻目に白石くんは初めて見るような怒った顔で左手に巻かれた包帯を掴んだ。ずっと気になっていたけどその手は怪我でもしてるんだろうか、と思ったら前腕部分全部に巻かれていて、そういえば全国大会でも巻いていたなと今更思い出していた。


「毒手はもっといややああっ」
「コラ待ち!さんの後ろに隠れるなんて男らしくないで!」
「わわっ」
「いーやーや!怒った白石ごっつ怖いねん!毒手怖い!姉ちゃん助けてーな!」
「金太郎!!」

毒手?と首を傾げれば遠山くんは今度はの方に逃げてきて背中に隠れてしまう。それを追いかけ白石くんもこちらに来たが、遠山くんはを掴んで頑なに逃げているため白石くんの手は届かない。



挟まれるように立たされたはどうすればいいんだ?と困惑した顔で2人のやり取りを見ていたが、なんだか遠山くんが可哀想になってきて「いいんじゃない?」とぼそりと呟いた。

「カレーくらいならそこまで時間かからないし」

ここで不毛なケンカをしても平行線のまま時間だけが過ぎていくだけだろうし、どうかな?と皆瀬さん達を見れば彼女らも同意するように苦笑して頷いてくれた。


「ホンマか?!」
さん、そないなことせんでええで。帰るの遅なるやん」
「いやだって、この戦いのオチ見えちゃったし…」

一瞬赤也と遠山くんがダブったのは内緒だ。どう考えても叱られるのが目に見えていた遠山くんを放っておけなくて眉尻を下げて笑えば、白石くんは少し驚いた顔で目を瞬かせ、それから申し訳なさそうに微笑んだ。美人はどんな顔をしても様になるなあ。

「おおきに!姉ちゃん恩にきるで〜!」
「わっ」
「ちょお、」


そこで気を抜てしまったのが悪かったのだろう。遠山くんは嬉しさを表現するあまり勢いよくに突進し抱きついた。その反動と重さに対処しきれなかったはそのまま白石くんの胸に落ちてしまう。
元々遠山くんを捕まえようとしていたから白石くんとの距離はそれほどなかったのだけどふわりと漂う制汗剤というか石鹸の匂いになんとなく顔が熱くなる。



「ご、ごめん」
「こ、こっちこそ…」

慌てる白石くんを見上げればこちらも頬を染めた顔になっていてつられたようにも更に頬を染めた。そんな反応をしているとカシャッとシャッターをきる音が聞こえ、一斉に振り返れば財前くんが携帯カメラをこちらに向け写真を撮っているところだった。

「!ざ、財前?!」
「あらぁ!」
「これは、」
「…なんや、随分初々しい絵面っスね」

どこぞの少女漫画みたいですやん。と鼻で笑った財前くんは小春さんや石田くん達に自分の撮った画像を見せ、その反応を見た達は咆哮したのだった。



******



日もどっぷり落ち、無事カレーを作り終えた達は流れと四天宝寺の監督の好意で一緒にご飯を食べ、今は食器を洗っているところだった。
四天宝寺の監督、話してみたらとてもチャラそうで思ってたよりも若そうだったけどいい人だったな。

最初不法侵入者だって思ってごめんさい。と心の中で手を合わせつつ、スポンジを泡立てたは長い嘆息を吐く。
思い起こすのは夕食前のことだ。あの後すぐに離れた白石くんは遠山くんを引っ掴み早々に更衣室を出て行っただのだが、小春さん達には終始ニヤニヤした顔で見られていた。


それもこれも財前くんが変なタイミングで写真を撮ったせいなのだが、その切欠を作った張本人は画像を消すようお願いした際「そっスね。考えときます」という信頼性ゼロの言葉を吐いていた。何で時期部長ズってこんな俺様な奴ばっかなの?嗚呼、胃がキリキリ痛い。

どんな写真を撮られたかわかってないから余計に不安なのだろう。その画像が見たいかどうか問われたら微妙なところでもあるけど。
後で財前くんにもう一度消すようにお願いしてこよう、と思い直すことでそのことは一旦頭の隅に追いやった。


「きゃ!」
「え?どげんした?」
「あ、今頃来た」

皆瀬さん達と分担して後片づけをしていると吾妻っちが悲鳴をあげ、のそっと入ってきた本人も驚いた顔で肩を揺らしていた。キッチンに入ってきたのは覗き組の1人である千歳千里で「いい匂いがすると思ったがカレーか?」と聞いてきたのでもう夕食の時間は終わったぞと教えてやった。

「もしかしなくとも俺の分はなかと?」
「確かに遠山くんと忍足くんが張り合っておかわりしまくったけど辛うじて1人分のカレーは残ってるよ」

冷蔵庫の中にご飯とカレーが入ったタッパがあるからレンジでチンしてね、というと、しょんぼり眉を下げた千歳千里がぱあっと顔を輝かせいそいそと冷蔵庫に向かった。
飯田ちゃんが皿を差し出せば彼はウキウキした顔で温めたカレーを流し込み食堂へと持って行った。手を合わせて食べるのは知ってるんだね。



「ん?」
「これもどうぞ…」
「ありがとな」
「千歳くんサラダとフルーツ食べる?」
「ん。ありがとう」

吾妻っちが飲み物を、皆瀬さんがサラダとデザートを持っていけばそれなりの食事になったようで千里千里はいちいち礼をいいつつカレーを食べていた。嬉しそうだ。
も粗方洗い終わり温かいお茶を持って千歳千里の前の席に座ると彼は驚いたように目を瞬かせた。

「それで君はどこでサボってたのかな?」

今日1回も練習に顔出さなかったでしょ、と指摘すると千歳千里は思い出したように視線を上げて、それから「桜が綺麗だったとね」と端的に返してきた。


「桜?」
「中庭で咲いとる桜を見つけてな。ぼんやり見とったら夜になっとったばい」
「なんと…」
「ライトアップされた桜もばり綺麗たい」
「そういえばそろそろ満開になるってニュースでいってましたね」
「私も中庭の桜見ましたけど結構咲いてましたよ」

桜に見惚れて1日潰せるとかどこの仙人だと思ったがほわほわと嬉しそうにカレーを食べてる千歳千里を見てたら突っ込む気持ちも削がれてしまった。まあ、怪我とか事故に逢ってなかったならいいんだけど。
思ったよりも楽し気にみんなと話す千歳千里を見ながらは苦笑と一緒に息を吐きだした。



それから食べ終えた千歳千里の皿も洗ってキッチンを出た達は荷物を置いている3階の和室に向かおうとしたのだが、何故か千里千里は別方向へと歩いていた。

「ちょ、どこ行くの?」
「ん?食後の散歩たい」

自由だな。
一緒に行くか?と聞いてくる千歳千里に「せめて白石くん達の誰かに断ってから散歩に行きなさいよ」と手を掴み引っ張った。


は意外と強引やね」
「残念なことに放浪息子を放っておけない性質なんですよ」

仁王とか仁王とかジローくんとか。前の方でクスクス笑っている皆瀬さん達を追いかけながら千歳千里を引っ張れば奴にもクスリと笑われた気がした。

「もう怒ってなかと?」
「怒ったところで君気にしないでしょ」
反省のはのじくらいしかないであろう彼を振り返り見れば少しは気にしてると返された。

「悪かったと思っちょるよ」
「いいよ。もう怒ってないから」


大きな身体をしてるくせにしゅんと落ち込んでる様は妙に可愛く見えて、階段を上って上の方から見てるせいかもしれないけど少し絆されたような感じに笑ってあげれば千歳千里はぱあっと顔を輝かせの手を握り返した。



階段を登りきり和室の戸を潜るとみんなの視線が一斉にこちらに向けられた。おい、誰が「裏切り者じゃ」よ。

だだっ広い和室は大部屋みたいな扱いになっていて、白石くん達がいる方には布団が9つ並んで敷かれている。だがしかし、この光景はおよそレクリエーションで仲良く交流した後とは思えないほど殺伐としていた。

ばっくりと割れている立海と四天宝寺の光景にモーゼの十戒か何かか?と思ったのは言うまでもない。


とりあえず千歳千里を白石くん達がいる方へと追いやると(嫌がらせのようになかなか手を放してくれなくて苦労した)、は疲れきった顔で自分の荷物を持った。それを合図に立海の面々もぞろぞろと動き出した。

というか、丸井とジャッカルは料理手伝い要員で残ってもらったけど、赤也を含めた元レギュラー全員残ったのはどういうつもりだったのだろう。一緒にカレーを食べたくせに仲良く交流した様子は特になかったし今も微妙に不穏な空気を出している。

こっそり見えた四天宝寺の監督さんの引き攣った顔を思い出しあの食費、自腹だったのかな?それでこの態度ってヤバくないか?と考えていると、丸井が後ろに来たと思ったら腰の辺りを軽く膝蹴りしてきた。


「ちょ、何よ」
「うるせーよぃ。さっさと帰んぞ」

ったくはよ、と溜息を吐く丸井と赤也に眉を寄せたが「みんなで桜見て帰らない?」という皆瀬さんの言葉にも視線をそちらに向けた。中庭の桜が大分咲いてるらしいと話すと柳と幸村が反応してすんなり花見をする方向になった。

だがその際、その情報は千歳千里からだといったら男共が微妙な顔つきになったのを見逃さなかったが、皆瀬さんの誘いを断る奴は誰もいなかった。



「ほ、ほなら俺達も桜見にいこか!」
「そうねぇん!夜桜もロマンチックよね!」
「小春!夜やし俺がエスコートしたるで!!」
「な、何でアンタらも来るんスか!」

謙也くんが立ち上がったと思ったらこちらに便乗することをいうので、赤也達男共が一斉に嫌そうな顔をした。いつの間にそこまで仲悪くなったのアンタら。

「ワイたこ焼き食べながら桜見たいわ〜」
「この時間に開いてるたこ焼き屋はないやろな」
「オサムちゃんにいうてたこ焼き器買うてきてもらえばええんとちゃう?」
「それええな!」
「金ちゃんアカンで。夜の間食は身体に悪いんやから」
「たこ焼きは別腹や!」
「…どこでそないな言葉覚えたん…」

そして良くも悪くも遠山くんが話をスルーして歩き出したのを切欠に四天宝寺の人達も話に乗っかりながらこちらに来た。そして「兄ちゃんらは行かんの?」というくりくりとした目で言われれば赤也ですらたじろいでしまう。

そんな光景を眺めていたら千歳千里と目が合い驚くと、視界を遮るように柳と幸村が現れ「正門の桜並木も綺麗だぞ」とまた新たなスポットを勧めだした。


目が合った千歳千里が少し気になって隙間から彼を伺うと、遠山くんに何やら耳打ちしているところだった。「そうなん?」と聞き返す彼に千歳千里は頷くとヒョウ柄のシャツが動いたので自然とも視線で追った。
おや、と驚くと同じようにみんな遠山くんが進んだ先を見ている。飯田ちゃんの前で止まった遠山くんに、飯田ちゃん本人も驚いたように彼を見返しているのが見えた。



「ほな行こか」


飯田ちゃんの手を取り、にぱっとこれまたいい笑顔で遠山くんが微笑んだ。飯田ちゃんは驚いたように目を瞬かせたが、たちまち頬を染め「う、うん」とそれはとても可愛らしい声で頷き2人一緒に階段を下りて行く。


「い、い、飯田ぁああああ〜〜〜〜!!!!!」


その光景を茫然と見ていた達達だったが赤也の叫びで達も我に返った。慌てて追いかける赤也に同じように我に返った謙也くんが「切原ってもしかして…」と頬を染め、こちらを伺ってきたので皆瀬さんと顔を見合せ苦笑で返した。


「ちげーよぃ。あいつらはそんな関係じゃねぇし。あれは…なんだ?」
「独占欲じゃなか?」
「それじゃ変わんねーだろ。赤也のあれは自分との扱いの差を抗議しに行った、でいいんじゃね?」
「瞳ちゃん、赤也くんには厳しいもんね」

苦笑する皆瀬さんに達も肩を竦めて笑った。飯田瞳ちゃんは達の中では1番クールな子であまり愛想がいい方ではないけど凄く真面目だしとてもいい子なのだ。ついでに幸村達にも媚を売らないメンタルも持っている。


同学年の赤也とは同じクラスでアイツの悪いところもファンの子達のことも粗方知っていたしも教えたのでひと際冷たい態度をとっているようだった。そんな子が目の前でいきなりデレれば赤也も咆哮するだろう。

西田達の前ならもう少し柔らかいことを知っているが赤也はそんな飯田ちゃんを知ってるとは思えないし、むしろ知らないからこそあそこまで驚いたんじゃないだろうか。
3階にも聞こえる声量で騒ぐ赤也の声を聞きながらワカメが少し不憫になったがとくに同情することなく達も階段を降りることにしたのだった。




金ちゃんって天然タラシの才能があるような気がする。
2018.11.17