You know what?




□ 四天宝寺と一緒・8 □




「よっしゃ!上がりや!」

ぽいっと捨てられたカードは山になっているトランプの中に落ち、謙也は両手を上げてガッツポーズをとった。
現在白石達は宿泊させてもらっている和室でトランプをしている。U-17で繋がった同中の先輩が立海のOBというのもあって合宿の話を持ち掛けたのだが、いざ行ってみると青学と合宿した方がもう少しマシだったんじゃないかと思う程度には居心地が悪かった。

なんというか幸村くんをはじめとした元レギュラーメンバーは風格というかプライドみたいなオーラが人を寄せ付けようとせず、合宿を受けてくれたにもかかわらず、とても歓迎されてるとは思えない空気だった。

謙也のいうように個々で話した時はみんな人好きのする態度で接しもらっていただけにギャップで引いたくらいには驚いた。それでも気にせずテニスをしていたのは金太郎くらいでマイペースな千歳やユウジ辺りも居心地悪そうにしていたように思う。


もしかして早めに切り上げた方がいいんじゃないか?と思っていたところにレクリエーションに変更しないか?という話を持ちかけられ、学校で別れていたけどみんなでカレーを食べ、さっきなんてマイムマイムを一緒に踊ることになった。
切原くんではないが真田くんのステップはかなり面白かったと思う。


そして今はその立海の人達とトランプまでしているのだ。何が起こるかわからない。


いざ帰ろうとしたところで千歳と金太郎がさんや飯田さんを拉致して真田くん達にゲームで勝負を挑んだ時はどうなることかとヒヤヒヤしたし、その仕掛けたはずの千歳が早々に寝てしまって解散するか話した時にはもう深夜を回っていて帰るには危険だとわかった時も冷や汗かいたけど、まあなんとかなるものだなと密かにホッと安堵の息を吐いた。



「げ、またっスか」
「スピードスターにぬかりはないで!」
「謙也さんが早いのはわかりましたからこの終わったやつきっといてください」
「財前。自分さっきからヒドないか?」
「財前の冷たさは平常運転やで。諦めや」
「んじゃ頼んだ。俺もあがりっと」
「自分かてあがったんやからきってもええやん!」
「シクヨロ」

現在残っているのは切原、謙也、財前、ユウジ、丸井、(いつの間にか戻ってきた)仁王、ジャッカル、白石、そしてさんだ。本当は女子のみ真田くんの一声で白石達が使う予定だった布団で寝るはずだったのだが、さんだけこっそり抜け出してゲームに戻ってきている。


起きていれば真田くんが連れ戻すと思うが部屋半分の電気を消していたし、衝立の前で微動だにしない姿を見る限り本当に寝入っているのだろう。自分もそろそろ寝ようか、と欠伸を噛み締めれば丸井くんが「、お前の番だぞ」といって彼女の鼻を摘まんでいた。

「んー…」
「お前の番。早く引けよぃ」
「…ウス」

寝ぼけているのか氷帝の樺地くんのような返事をしたさんはふらつきながらも財前のカードを引くと自分の手元に差し入れた。


「…お前なぁ。適当に引くからどんどん溜まっていくじゃねぇかよぃ」
「だって…」
。そろそろ限界じゃねーの?寝ればよくね?」
「んー。できればこれが終わるまでやりたい」
「ビリ確定なんじゃ。いい加減諦めて寝んしゃい」

どう見てもビリっスよあの枚数。ダメ押しで切原くんが指摘した通りさんの手には5枚のカードがあるが仁王くんと財前の手には1枚しかない。他も2、3枚しか持っていないから負けは確実だろう。



試しにダブりはないのかと聞いたらさんの代わりに丸井くんが手元を見て「ねぇわ」と肩を竦めていた。そんなやりとりをしてる中もさんは半分寝ているようで先程と同じように丸井くんの肩に頭を乗せて目を閉じていた。

「まるで幼稚園児か何かじゃの」
「まったく俺の弟達と一緒だぜ。オラ。寝るなら寝ろよぃ。明日も早いんだからよ」

恐らく楽しい空気にあてられて寝るのが勿体ないと思って戻ってきたのだろう。気持ちはわかるが体力の限界はもうそこまで来ているようで、また鼻を摘まむ丸井くんの手から逃げたと思ったら今度は財前に寄りかかった。


、お前他校の奴にまで迷惑かけんなよぃ」
「あーいいっスわ。それよりも早くこれ終わらせましょ」

眉を寄せたまま目を瞑るさんに丸井くんは呆れた顔で彼女の腕を掴んだが何故か財前がそれを引き留めた。それだけでも驚きなのに財前はさんをちらりと見た後「これが終わったら寝るいうんならさっさと終わらせて寝せましょ」とまでいうのだから更に驚く。

驚いたのはユウジや謙也もで奇異とした目で財前を見ているが切原くんは心底羨ましそうにさんらを見ていた。切原くん、ホンマにさんのこと好きなんやな。


今やっているババ抜きを早く終わらせると宣言した財前はさっさと自分があがるとさんの手持ちを覗き込み、的確に指示をしてカードを引かせ減らしていく。
いつもなら謙也かユウジ辺りがずるいと文句をいうのだが目的がさんを早く寝せる為なので何も言わずじっと見守っていた。

いや、どちらかといえば人に触られることを極端に嫌がる財前がまだ知り合ったばかりの人と、しかも女子と寄り添っている姿を戦々恐々とした気持ちで見ているのかもしれない。
そんな白石も物珍しく、そしてほんの少しモヤッとした気持ちを抱えてカードを引いていたら残すは自分とさんだけになってしまった。



「白石!実質財前と一騎打ちやで!負けんなや!」
「はぁ。勝負なんてどっちでもええっスわ…」

発破をかける謙也に財前はいつもの調子で返すが見える光景はいつものものとはかけ離れていていまいち乗り切れない。
肩でつつくようにさんを揺り起こすことも、目を擦るさんに「あともうちょっとっスわ。はよ引いてください」といって擦っていた手をとって「右でええっスわ」と白石が持っているトランプに誘導するのも何もかもがらしくなくて冬が戻ってきたように寒くなった。


「あ、揃った」
「なんや白石。負けたんか」
「おん。ビリは俺やったわ」

揃ったカードを見つめるさんを尻目にジョーカーを見せると「何やっとんねん!」と謙也に怒られた。俺も眠いから頭働かんねん。と言い訳しているとさんが財前とハイタッチしていた。いつも乗らへん財前がこうもあっさりハイタッチとかありえへんわ。

「財前くんありがと〜これで心置きなく寝れるよ〜」
「はいはい。わかりましたからはよ寝てください」

間延びした声でふにゃりと笑うさんに財前は呆れた顔で頭を撫でて寝るよう即した。さんは素直に「はーい」と応えるとふらりと立ち上がり「じゃ、寝まーす。おやすみなさい」とご機嫌な表情で歩き出した。


ふわふわと笑う笑顔もおぼつかない足取りも妙に気になって目で追いかけていればバチンとさんと目が合った。

まさかこっちを見ると思ってなくて驚いたがおやすみくらいいうべきかと口を開いたところでさんは嬉しそうに笑みを浮かべるとピースサインをして部屋奥にある女子が寝ている布団へと行ってしまった。



の奴、何勝ち誇ってんだよぃ…」
「ほぼ財前がやってたのにな…」
「まったくっスよ」

ぼんやり後ろ姿を眺めていたらそんな声が聞こえてきて肩が揺れた。振り向けば丸井くん達もさんを見ていて、呆れた顔で溜め息を吐いている。
もしかしたらさんと目があったと思ったのは勘違いだったかもな、と少し自重するように咳きこむと仁王くんと目が合いビクッと肩が揺れた。思ったよりも強い視線に目を瞬かせると仁王くんの視線がフッと逸れた。


「どうする?」
「俺も眠くなってきたしやるとしても次で終わりにしねぇ?」
「賛成っス。つか次もババ抜きっスか?」
「変えるにしても何をやるぜよ。ダウトか?」
「それは頭使うからやめとかん?」
「単調やけどババ抜きでええとちゃいますか?」
「もしくはジジ抜きだな」
「?どした?白石」

さんがいなくなって少し間を置いてからカードを集めだし、自分の手持ちも戻そうとすれば、白石を見た謙也が不思議そうにこっちを見てきた。何か顔についてるのかと聞いたら違うらしい。

「顔赤ないか?」
「そうなん?」
「そうやで。眠さで頭ボケたか?」
「眠さでボケるわけないやろ」


「…あー…可愛かったっスよね。さっきのさん」



眠くても顔の熱さくらいわかるわ。と返せば財前が突拍子もないことを言い出しその場の全員が固まり、切原くんがむせ込んだ。しかも財前の言い回しでは白石がさんを見て顔を赤くした、みたいなことになっている。
いや、あながち間違いではないが、それを今、このタイミングで財前に指摘されるとは思ってもみなかった。

謙也のように一目惚れとまではいかないが確かにさっきのさんは可愛かったのだ。雰囲気というか無防備な笑顔というか、嬉しそうにピースサインをする辺りも含めてとても可愛くて。目が合った途端、どきりと心臓が跳ねたくらいには白石の心に彼女の笑顔が残ってしまっている。

だからさんについては同意できるが、財前の言葉にはまだ他の意図があるように聞こえていまいち頷けなかった。


「おま!なん!はあ?!」
「うっせーよぃ。幸村くんが起きちまうだろぃ」
「おいおい。いきなりだなお前…」
「今のさんは普通にかわええな思いまして」
「それいうたら普段は可愛くないみたいやん…」

自分失礼やな…と、なんとかつっこめた謙也や切原くん達のお陰で白石も息を吐くと「ついさっきまで騒がしい思っとりましたけど、女らしいところもあるんスね」とさんが聞いたら怒りそうなことを財前が呟いた。


「財前テメーさっきまでベタベタと先輩に触ってたくせに何いってんだよ!」
「あれはさんがひっついてくるから仕方なくや。眠いんはもっと前からやったで。それを寝せんかったは先輩らちゃいます?」

チラリと丸井くんらを見やる財前に白石らもそれに倣うと携帯を弄っていた丸井くんとトランプをきっていた仁王くんは手を止めゆっくりと財前に視線を向けた。

が寝れなかったのは俺らが悪いっていうのかよぃ」
「悪戯してさんを無理矢理起こしてたように見えてただけですわ」
「……ほう、」



悪いかどうかはどっちでもええですやん、そういって財前は携帯を弄りだした。
そういえばこの輪に戻ってきた最初は仁王くんが隣だったが(彼自体もさんが戻ってきた時に入ってきたが)、居心地が悪いみたいで丸井くんと財前の間に移動していた。もしかしてその時からもう眠かったのだろうか?

そしてただの意見といえば意見たが、財前の言い方はトゲを含んでいて、丸井くんは目を細めると「何?お前もしかしてのこと好きなの?」と直球で聞いてきた。

「は?え?財前、そ、そうなのか?」
「……阿呆。何真に受けてるんや。引っかけに決まっとるやろ」
「お、おう……?」
さんのことなんてなんとも思っとらんし、むしろ邪魔やから追い払っただけですわ」

先輩かて面倒思っとったでしょ。と指摘する財前に丸井くんは目を細めたまま「ふぅん」と丸めていた背を正した。邪魔って失礼やな、と眉を寄せ財前を見るが視線を携帯に向けてるせいで気づく気配はない。何躍起になっとるんや。
さんが気になるなら気になるで素直に認めればええんとちゃうか?と思ったが、そこで白石はあることに気づき隣にいた切原くんを見やった。


背を丸めて胡坐をかいている彼はなんともいえない表情で財前を軽く睨んでいる。
もしかして財前は切原くんをからかう為にさんに優しくしてるのではないか?

財前の好きなタイプは聞いたところでまともに教えてくれたことはなかったが、切原くんに好きな人がいるというのはU-17の時なんとなしに聞いていたし、それが立海のマネージャーらしいというところまでわかっていた。

本人はひた隠しにしているようだったが端々に透けて見えていたり丸井くん達にからかわれていたのも何度か見ている。だからさんを見た時すぐに切原くんの好きな女子は彼女やなと思った程度には彼の行動はわかりやすかった。



財前が本当にさんに一目惚れしてるとしたら応援してやるべきだろうが、彼の日頃の言動や知る限りの好みを鑑みるに切原くんをからかっている、という方が妙にしっくりくる。

正直あまりいい趣味ではないが、元同室で同い年の仲がいい友達ならではの弄りなら自分は口を出さない方がいいのかもな、と思っていると「よし、分かった」と丸井くんが納得したように膝を叩いた。


「この合宿中に1回でも俺に勝てたなら、を貸してやらなくもないぜ。あとついでに赤也で遊ぶことも許してやるよぃ」
「…は?貸すって…何いうて」
「ちょっと!丸井先輩!何勝手に決めてるんスか!ダメっスよ!借りるのは…お、俺なんスから!」
「いや、それ以前にを勝手に貸し借りするなよ…」

可哀想だろ、というジャッカルくんに白石は『切原くん"で"遊ぶ』というところもつっこむべきか迷った。財前の奴やっぱりさんをダシに切原くんをからおうとしてるだけか?

「なんやさんがいないところで大変なことになったな」とぼそりと呟く謙也に白石も何とも言えない顔で頷いた。なんだか不穏な空気になってきたしここはひとつ自分が助け船を出すべきかと口を開いたところで仁王くんとまた目がかち合った。


「なんじゃ。白石も参加するんか?」
「え?」
「自分は関係ない顔をしとったが実はともっと仲良くしたいと思っとったクチか」
「え?!白石さんも先輩のこと、狙ってるんスか…?」
「い、いや!お、俺は別に、普通にさんと話せればそれで……や!そうやなくてな。本人いないところでこないな勝負してもしょうもないやろ。それにこないなこと勝手に決めたらさんかて怒るんとちゃうか?」

財前がさんに想いを寄せてるわけじゃないのならこの勝負は恐らく無駄に終わるものだ。後で財前には言い聞かせるしここでお開きにして明日に備えないか?といい含めて丸井くんらを見れば彼らは目を細めたまま「へぇ、」と薄く笑った。



「四天宝寺の元部長さんはのことようわかっとるようじゃの」
「え、」
「嫌なら参加しなくていいんだぜ?…あ、お前は拒否権ないからな」
「…俺一言もやるいうてませんけど」
「お前は俺にケンカ売ったの。買ってやるから潔く勝負しろぃ」

どうやら財前は丸井くんの逆鱗に触れたらしい。どの辺でそうなってしまったかはよくわかってないが「ブン太、お前な…後輩相手にケンカ売るなよ」と呆れるジャッカルくんを見る限り止めてくれる人もいないようだ。

ますます空気が悪くなってきたところで切原くんが「財前!負けねーかんな!」と宣戦布告をしていていよいよ頭を抱えたくなった。


「自分らいい加減にしとき。財前はさんを見るに見かねただけやで?それだけでさんまで巻き込むとか可哀想ちゃうん?」
「そういえば、おまんは皆瀬が気になっとったの?俺と柳生に勝てたら貸してやらなくもないぜよ」
「え!!」
「謙也!揺れるなや!誘導尋問やで!!」
「お、おう!お、おお俺がそないな勝負受けるわけないやろ!」
「…そうか。勝てば柳に頼んで皆瀬に忍足専用のドリンクを作って貰うこともできると思ったんじゃがの」
「ええ?!」
「謙也!」

ユウジに裏拳でつっこまれ謙也は2度目の生還を果たしたが気持ちは既に明後日の方に行ってる気がしないでもない。
仁王くんいい性格しとるわ、と彼を見やればジャッカルくんが「それは流石にマズいんじゃないか?」と心配していた。さんも皆瀬さんもダメやと思うで。



「ま、誰がどんだけ参加しようとも負ける気はしねぇけどな」
「俺もっス」
「というわけでみんなで仲良くマネージャー争奪戦でもしようかの」

だから本人不在のこの状況で何を争奪戦というのか。そう思ったが最早つっこむ人間はここにいなかった。

堂々と勝利宣言をする丸井くんと切原くんに謙也達もカチンときたようでタイミングよく配られたカードを勢いよく手に取っている。謙也は人参に食らいついてもうただけやけど。
それを尻目に溜息を吐けば「めんどくさ、」と心底面倒くさそうに財前も溜息を吐いたのだった。いつになったら寝れるんやろ。




地雷。
2018.11.24