□ 四天宝寺と一緒・9 □
何だろう。この微妙に不穏な空気は。
一見普通に見えるのだけど何となくぎこちないようにも見える。それは特に赤也と謙也くん、それからほんのちょっとだけ財前くんにもその傾向が出ている気がした。昨日夜遅くまでゲームしていた時はこんな空気などなかったはずだが何があったのだろう?
昨夜は桜を見た後千歳千里に拉致されたは、追いかけてきた弦一郎達と一緒にゲームを強制参加させられたのだ。
ゲームの内容がトランプだったのと立海と四天宝寺全員参加だった為手持ちの枚数が少ないから弦一郎もすぐに帰れると思ったのだろう。「俺が勝ったらすぐにでも帰る」とかいわなくていいことをいってゲームに参加したまでは良かった。
しかし残念なことに弦一郎のカードゲームでの戦力は中の中だ。まさに平均。その上、序盤から帰す気がないといわんばかりに謙也くん達が早上がりをする為早々に帰るという皇帝の願いは叶うわけもなく。
それでもタイミングよく仁王達が1抜けしたりもしたが千歳千里に弦一郎本人があがらなきゃ無効、と揚げ足をとられたのでは頑張る弦一郎を尻目に親に電話したのだ。
そんなこんなあったけどゲーム自体はそれなりに楽しかった。楽しくて弦一郎の目を掻い潜ってゲームに参加してしまった程には楽しかったのだ。
女子達は解散となり寝静まった後、門番代わりに衝立の前で眠る弦一郎を確認してゲームに戻った時には幸村達も寝ていて、残っていたのは立海のいつも寄り道している面々と四天宝寺でも夜更かししてそうな財前くんが居残っていた。
白石くんとよくよく聞いたら結構真面目な謙也くんが起きていたのは少し驚いたけどそのお陰で楽しめたともいえる。
が輪に戻った頃に帰ってきた仁王が隣に座りこんで寝ろ寝ろ煩かったり、移動したら移動したで丸井に鼻を摘ままれ息の根を止めようとしてきた部分はちょっと楽しくなかったが全体的には楽しかった。最後は白石くんに勝てたし。
は若干の迫害を受けていたものの、男共はそれなりに楽しんでいたと思ったいただけには首を傾げるしかなかった。もしかして夜遅くまで遊んでいたことがバレて弦一郎に説教されたことが響いているのだろうか。
悶々としながらも四天宝寺がいるコートに足を運ぶと何故か謙也くんが「それ持とうか?」とボトルが入ったケースを持ってくれた。
「??あ、ありがと」
「気にせんといてや。むしろ昨日まで手伝わんくてゴメンな」
どうした?謙也くん。「これ結構重いな」と軽々と持っていく謙也くんには更に首を傾げた。
そのまま白石くん達のところに行けばこちらはいつもどおりに遠山くんが最初にドリンクを欲しがりそれぞれ渡していったのだけど財前くんは初日よりも無表情になり「ども」と視線を合わせず奪うようにドリンクとタオルを持って行ってしまった。
「さん堪忍な。今財前機嫌悪いねん」
「いや、それはいいんだけど……寝不足?」
茫然としているに白石くんが困ったように笑ってタオルを受け取ったがの質問には答えなかった。
「何かあったの?」
「なんもないで」
「ユウくん。アタシには教えてくれるやろ?」
「勿論やで小春〜!実はな」
「ユウジ」
赤也がプンスカ怒っていることはよくあるが今日はその矛先を四天宝寺に向けている気がしてちょっと心配しているのだ。
思い切って昨夜のことを聞こうとしたのだがこちらも今まで小春さんの言葉しか反応を示さなかった一氏くんが応え、小春さんの問いには謙也くんが止めに入った。
「んもう!女子だけ仲間外れなんてやーね!」と小春さんが口を尖らせ隣に来たけど、はつっこむことが出来なかった。本当に何があったんだ。
「さんは気にせんでええからな」
「…う、うん」
「さんも皆瀬さんも俺らが守ったる」
「……え?」
守るって誰から?何やら事情を知ってるらしい白石くんは困った顔のまま何も教えてくれないし、謙也くんに関しては謎の男気を出してくるし。
どこぞの勇者か、と内心つっこみながら彼らの視線の先を見れば案の定丸井や赤也達がいて、『ああ、悪役としては遜色ないな』と思った。赤也なんて悪魔になるし。
「千歳千里くん。どう思うよこれ」
「んー…男同士のプライドを賭けた戦い、じゃなかと?」
妙に張り詰めた空気にぼんやりと隣に立っていた千歳千里に聞くと、適当な感じに返され溜息を吐いた。プライドって…。
「さん。なんで千歳はんだけフルネーム呼びなんや?」
「え、なんとなく?」
面倒なことに白石くん達巻き込まれてるんじゃないだろうか?と考えていると石田くんにそんなことをつっこまれたので素直に答えたが千歳千里はそう思わなかったようで「…俺も合宿が終わるまでにはと仲良くならんとね…」と苦笑交じりに肩を落としたのだった。
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「じゃあ、"ちとせんり"」
「じゃあの意味がわからんとね。呼びにくくなかと?」
「フルネームよりは呼びやすいよ」
今日の屋外コートでは試合形式の練習が行われ、達はフェンスの外で見学をすることになっている。練習を切り上げた部員達がコートに集まる中、はまだ四天宝寺の人達と一緒に試合を見学していた。
思ったよりもフルネームで呼ばれたことにショックを受けてるらしい千歳千里が呼び方の改名を申し出たのだが最初からダメ出しをされた。『せ』が重複して呼びづらかったからいいと思ったのに。
「ちさと」
「それは漢字違いでいっとらんか?」
「くうこう」
「元が消えたばい」
「せんりがん」
「できなくはないが名前ではなかとね」
「出来るの?!」
恐ろしい奴だな!え、テニスだけ?一瞬跡部さんのインサイト思い出したけどそういう感じ?桜を夜まで眺められるとかどこの仙人かと思ったけど、と考えたところで「仙人」といったら千歳千里の顔が悲しそうにしょんばりしていた。なんかちょっと面白くなってきたぞ。
「それをいうなら銀の方が仙人に見えるたい」
「どちらかというと石田くんはお坊さんじゃない?」
頭を見てものをいってしまっているが仙人はもっとこう何考えてるかわからない、ひょろひょろっとしてる髭の長いお爺さんがそれっぽい気がする。それをいったら千歳千里は「俺は爺さんに見えるのか…」とまたショックを受けていた。
「なぁなぁ姉ちゃん。"千歳"じゃダメなん?」
「え?別にいいけど?」
「ええんかい!」
「うわ!」
と千歳千里の間に立っている遠山くんが不思議そうにこっちを見て呼び名を指定したのであっさり了承した。そしたら後ろからツッコミが入り思わず肩を揺らしてしまう。振り返ればラブルスが肩を組んでの隣に並んだ。
「あだ名の方がいいのかと思って考えてただけだから別にこだわりないなら苗字でもいいかなって」
「なんや。千歳弄って楽しんでただけかいな」
「そういうわけじゃないけど…」
楽しんでたわけじゃないよ、と一氏くんの言葉に肩を竦めると「そろそろ始まるで」と小春さんが声をかけてきたのでも同じように前を向いた。
がいる目の前のコートではダブルス戦が行われるらしい。しかも丸井&ジャッカル対財前くん&謙也くんだ。全国で見たことのない組み合わせだからには未知数だけど丸井達は柳から何か聞いているんだろうか。
それにこの場合、どっちを応援すればいいのかな?と考えているとトスを先取した丸井がこちら側に歩いてきた。
「おいコラ」
「な、何?」
ラケットで肩を叩きながら尊大な態度でこちらを見る丸井になんとなく構えてしまったが、「この試合が終わったらお前はあっちな」といって幸村達がいるブースをラケットで指した。
「暇なら皆瀬のこと手伝えよぃ」
「わ、わかったわよ」
「いい子で観戦出来たら後でガムやるからよ」
「いらんわ」
私は小さな子供か!とつっこめば丸井はいつものように笑って背を向けた。丸井もなんか変な感じがするなあ。一応試合が終わるまではここにいていいらしいけど皆瀬さんが忙しい仕事ってなんなんだろうか。
「……なぁ、」
「ん?」
「丸井ってのなんなん?」
「と、友達、だと思うけど…」
財前くんと謙也くんの目つきがあまりよろしくない感じに見えるのを少し心配しながら試合が開始される。さっきと似たような緊迫感にやっぱり昨夜何かあったんじゃないかと考えていると一氏くんが視線だけこちらに寄越してきたので少し悩みながらも答えた。
流石に下僕とか最下層の何か、とは言えなかったです。変な心配をかけそうだし。丸井と友達のカテゴリでいいんだよね??少なくとも私が思っていれば成立するよね??
「せや。姉ちゃん。瞳も忙しいんか?」
「え?あ、うん。飯田ちゃん達は平の面倒も見てるからそこそこ忙しいと思うよ」
「うーん、」
「……遠山くん?」
「ワイが手伝ったら瞳も嬉しいやろか?」
丸井との関係に一抹の不安を抱いていると遠山くんが不可思議なことを聞いてきたので思わず試合よりも彼の方を見てしまった。リョーマくんと同い年の彼は背格好も近いがなんというかオーラ的なものも近い気がする。見た目は遠山くんの方がワイルドだけど。
その彼が飯田ちゃんを下の名前で呼び、しかも仕事を手伝うと言い出して面食らってしまった。もしかして謙也くんの男気にあてられでもしたのだろうか。
「それはまあ、って!金ちゃんいつから瞳ちゃんを名前呼びになったん?」
「ん?小春もそう呼んどるやん」
「あ、そやった」
「姉ちゃんはでええよな?」
「う、うん…」
どうやら名前呼びは小春さんに倣ってらしい。「俺も金太郎でええからな!」と笑う金太郎くんはそれはそれは男らしくとても眩しかった。そして達を驚かせた金太郎くんはそのままにこやかに「瞳を手伝ってくる!」と豪語しコートを去って行った。
「ま、ままままままままさか!金ちゃんに春が訪れたんやないの???!!!」
「そ、そそそそそうなのか?小春?!」
「は!アカン!!次の試合金ちゃんやで!!」
大いに驚くラブルスには呆気にとられたままだったが、まだ丸井達の試合が始まったばかりなのに金太郎くんの心配をする小春さん達に首を傾げた。どうやら金太郎くんは結構な方向音痴らしい。それで試合に間に合わなかった時もあったのだそうだ。
「こうしちゃおれんわ!」と走り出した小春さんに一氏くんも当たり前のように走って行く。金太郎くんを追いかける後ろ姿を見送っていたら小春さんに千歳千里を見張っててほしいとお願いされてしまった。こっちは放浪息子でしたね。
「今日はどこにも行かんとね」
「仕方ないでしょ。日頃の行いだよ」
一応逃がさない、という意味を込めて千歳千里のジャージの裾を掴めば彼はまた困ったように笑った。
「せんり」
「ん?」
「俺の名前ばい」
「ちとせくうこう」
「フルネームより長かとね」
「いいやすさはこっちの方が上かな」
「、」
何でアンタのことも下の名前で呼ばなきゃならんのよ。と呆れた顔で見れば千歳千里がいきなりの名前を呼んだのでドキリとした。
ほら、やっぱり下の名前って落ち着かないじゃん。千歳千里だって同じような気持ちになるよ、と眉を寄せれば背の高い彼は視線が合いやすいように屈むと「こっちの方がいいやすいたい」と笑った。マジか。
「"せんり"ってに呼んでほしいばい」
「……わかったよ。千里くん」
もしかしてが思うよりもずっとフルネーム呼びが嫌だったのだろうか。こうも頑なに呼び方を押されるとそんな気がしてきて、それから少し悪いことをしたかな?という気持ちになっては降参だ、という意味を込めて肩を竦め息を吐いた。
名前で呼んだ千歳千里はそれはとてもいい笑顔で微笑んだという。
仲良くなりたい。
2018.11.25
2018.12.10