You know what?




□ 四天宝寺と一緒・10 □




無事金太郎くんを捕獲した小春さん達と合流し、千歳千里を引き渡したは仁王対白石くんというある意味異色でこれまた心配な試合を見送り別の場所へと向かっていた。丸井と赤也には不審な目で見られたけどこれも仕事の一環なのだ。


白石くんに教えてもらった場所に辿り着くとはホッと息をついた。テニスコートからそこそこ離れたこの場所は人気もない校舎の裏手側で、校舎と芝生の間にある石段に座った彼は日を浴びながら壁を背もたれにして目を閉じていた。

足元には四天宝寺と書かれた救急箱が置いてあり、蓋が開きっぱなしになっている。その近くには使ったであろうハサミやテーピングの残骸もあった。

はなるべく音をたてないように近づくと耳にイヤホンがささっているのが見えた。シャカシャカという漏れた小さな音に何を聞いているんだろう?と思いながらも彼の肩を軽く触れてみる。
閉じられた瞼がゆっくり開き深緑色の瞳がを映したが、何も見えてない素振りで何事もなく目を閉じた。この子、徹底的に無視するつもりだな。


そっちがそのつもりならとはポケットからある物を取り出すと財前くんの腕を取り思いきりある物を吹きかけた。

「いった!!何すんねん!!!」

あまりの痛さという刺激に飛び起きた財前くんはイヤホンを外しを睨んできた。しかし眉間に皺を寄せたものの、にんまり微笑むにそれ以上何も言わずそっぽを向いた。

「…転んだんだから消毒くらいしないとダメでしょ」
「うっさいわ。ほっとけ」

これまたいじけた男の子が出来上がってらっしゃる。マキロンをかけられたくらいでいじけるなんてまだまだだね。



さっきのダブルスの試合で財前くん達はかなり健闘したが結果は負けだった。
アドバンテージが何回も続き、1セット1セットが長丁場になってどちらも体力を削られていったのだが、相手にスタミナモンスターのジャッカルがいたというのと、学年差といったら可哀想だけど財前くんが少し早く息切れしてしまって後半はミスも多かった。

それでもボールに食らいつく様は公式試合のような真剣さがあっては心を打たれこうやって彼を追いかけてきたのだ。謙也くんに教えてもらったが転んで肘を擦りむいた他にも昨日捻った手首が少し悪化してるらしい。

繊細なショットが打てなくなったのもその辺りらしいからかなり痛いのだろう。「痩せ我慢はよくないよ」と彼の背に投げかけたがやっぱり無視で返された。


「そうかそうか。そんなにマキロン地獄を味わいたいか」
「…なんスかそれ。後輩苛めて楽しいっスか?」
「苛めて楽しいのは赤也くらいだよ。ほら、腕出して」

手当てさせてくださいな。と手を出すと少しだけ振り返った財前くんが盛大な溜息を吐きそして腕を差し出した。


「ちょっ何で2回もかけるんスか!」
「だってちゃんと消毒できたかわからないし」
「……」
「そんな顔をしてもダメよ。残念ながら全然怖くありません

恨めしそうに睨んでくる財前くんに鼻で笑って絆創膏を貼り付けてあげた。シカトされるのは手塚くんで特訓したから結構強いんだよ。眼力は弦一郎仕込みだしね。私のメンタルはそう簡単に崩せないのだよ。
謎の自信に満ちたまま痛めてる手首の手を触ろうとしたら「触んな!」とかなり本気の声で拒絶された。



「触んなや。俺は、人に触られるのが嫌いなんですわ」
「……」
「わかったらさっさとどっかに行ってください」

さっきよりは声を静めたがより一層拒否してる態度が浮き彫りになっても謎の自信を引っ込め顔も引き締めた。思ったよりも重症らしい。
一応手首に新たなテーピングを巻いてはいるけど利き手じゃない方の手でやったから形が歪だ。それを晒しながらも財前くんは膝を抱えを視界から追い出そうとする。

落ち込む彼の頭を見ていれば場違いにも程があるくらい日に照らされた髪やピアスがキラキラと光って綺麗だった。人の耳って気にして見たことなかったけど財前くんの耳朶って私よりも大きいんだな。


「!だから、触んないうて」
「うん。ゴメン」
「…なん、」
「でも触りたいから。だからゴメンね」

耳に近い側頭部の辺りを髪の流れに沿って撫でていれば財前くんはまた怒ったけどの手は振り払わなかった。歯噛みして物凄く嫌そうに眉を寄せてるけど。

触られるのは嫌なのはわかってたけどここまで拒絶するのはなんとなくあの試合のせいというかやっぱり昨夜のゲームで何かあったんだと思う。それしか考えられないし。それでピリピリしたりイライラしたりして八つ当たりされたのかもな。

そんなことを考えながら財前くんの髪を辛抱強く何度も撫でていると張っていた肩が徐々に萎んでいき、頭を垂れる頃にはがっくりと落ちた。



「自分アホとちゃいますか?去ねいうたのに触りたいとか、どんなメンタルなんスか…」
「うーん。別にそこまでメンタルは強くないけど…でも、そうだな。なんとなく」
「……?」
「なんとなく財前くんの髪が撫でたくなった、かな」
「なんスか、それ…」

視線だけ上げた彼に思いついたことをいったらまた眉を寄せられそっぽを向かれてしまった。いやだって他に思いつかなかったんだよ。


「あとは試合してる姿が格好いいって思ったし」
「…こっちは負けたんですけど」
「負けても格好いい試合ってあると思うけど?」

勝つだけが格好いいなんて誰がいったのよ、といってやればそっぽを向いていた目がを映した。


「財前くんが本気出して試合してたの、私は心打たれたし格好良いと思ったよ」


意外と丸井も性格悪いからね。嫌な場所にガンガンボール打たれてたみたいだしそれをなんとか打ち返して手首痛めてついでに擦り傷まで作ったんだ。
お疲れ様、と今度は頭の天辺を撫でてあげれば財前くんは目を丸くして、それからこれまた嫌そうに顔を歪めてそっぽを向いた。

「…セットが崩れるんで撫でるのやめてくれませんか?」
「さあ、何の話かな?私には聞こえないなあ」
「最悪っスわ。勝てもしない試合で本気出して怪我とか恥かいただけやし、しかも触るないうてるのに他校のマネージャーに慰められるとか最悪の気分や」
「うん」
「……………俺、自分のこと利用しよ思っとったんですよ」
「……」
「同情なんてせんといてください。迷惑ですわ」



それは、とても切なくて悲しい告白だった。どうやら財前くんはを利用して何やらするつもりだったらしい。ふと小春さんの言葉がぽっと浮かんだがすぐに掻き消えた。想像していたよりも随分可愛い犯人じゃないか。

の手から逃れるようにまた背を向けた財前くんを手を浮かせたまま見つめていたが、丸めた背中がどうにも泣いてるように見えて、放っておけなくて彼の背に手を置いた。

「残念。それくらいじゃ私を追い払えないんだなぁ」
「……」
「同情じゃなくて心配してここにいるんだよ私」


手から彼の心臓の音が伝わってくる。心音は平常に動いてる。当たり前だけど。緊張はしていないみたい。悪いと思ってる割には一定の速度の彼に神経太いな、と思った。
あれ?でも少し早くなった?と同時くらいに背が傾いたので視線を上げれば眉を寄せたままの財前くんと目が合った。何?触るなって?そんな視線に苦笑して背から手を離した。

「ほら。早く追い払いたいならその手首見せてくださいな」


手当てさせてくれたら戻るから。手を差し出し笑みを浮かべれば財前くんは眉を寄せた顔で何か言いたげに歯噛みしたけど、目を伏せた顔はなんだか痛そうでまた頭を撫でたくなってしまった。

財前くんはしばらく何かを考えるように目を伏せていたが前を向いたと思ったら本日2回目の嘆息を吐いてが手に取りやすいように身体をずらし腕ごと差し出した。

「っ」
「痛い?」
「…少し、」

慎重に財前くんの手首を調べたつもりだが触れただけで彼が反応し顔を曇らせている。しかも思ったよりも腫れてるし熱もあるようだ。妙に冷たい指先には「ちょっと動かすよ」と柳に習った通りに手首を曲げると財前くんがビクッと跳ねた。

彼の顔を見れば引っ込んだはずの汗が噴き出している。もしかして、これは。と財前くんと目を合わせるとは神妙な面持ちで口を開いた。

「財前くん、保険証って持ってきてる?」



******



財前くんの右手を引っ掴んだは急いで片づけた救急箱を2つ小脇と手に抱えて、慌ててコートへと戻った。試合をしている白石くんを横目で確認しながら四天宝寺の監督さんに財前くんの具合を確認してもらった後、立海の監督に話をして車を出してもらうことになった。

車を待っている間には柳達に報告して病院に連絡してもらい財前くんと一緒に病院に向かった。本当は監督2人がついてるから行かなくても良かったのだけど成り行きだ。

隣では手首の痛みなんてないような顔でぼんやり外を眺めている財前くんがいる。彼の左手首は巻きなおしたテーピングと氷のうを乗せて冷やしている。大したことないといいな、そう思いながらは前を向くと病院の看板を探すことで気を紛らわせた。


程なくして病院に辿り着くと事前に電話していたのもありそれほど待たずに財前くんを診てもらうことが出来た。

診察室に程近い待合室で待っていると処置室から財前と四天宝寺の監督さんが出てきたのが見えた。なんとなしに立ち上がれば渡邊監督がにこやかに片手をあげのところへと歩いてくる。
そしての肩をポンポンと叩いた渡辺監督は立海の監督に頭を下げ、「ほなら清算してくるからここで待っとき」と財前くんに声をかけ会計コーナーへと歩いて行った。

立海の監督も少し離れた場所の駐車場に車を止めたらしく、車の準備をしてくるといって渡邊監督を追いかけるように行ってしまい、は財前くんと2人きりで待つこととなった。


「…2人で棒立ちしとっても変やし、座ったらどうですか?」
「うん…」

ぼんやり監督達を見送っていたら財前くんから声がかかりそうだね、と返して彼に倣うように腰掛けた。彼の手首を見れば固定するかのようにゴリゴリに包帯が巻かれている。自分も包帯で巻かれたからわかるけど、そこそこに悪い、という感じだろうか。

「大丈夫?」
「固定してるんで痛みは殆どないっスね」
「先生はなんて?」
「2度の捻挫らしいっスわ。2、3週間は手首使えないんで残りの合宿は参加しなくていいみたいです」



はぁ、と溜息を吐く財前くんを見ると彼は背を丸め膝の上に頬杖をつこうとしていた。しかし癖で利き手の左手でやろうとしたが包帯に気づいたようで右手に顎を乗せた。

「アカンかもしれん」
「…何で?」

いきなり切り出された話題に驚き目を瞬かせると財前くんは前を向いたまままた溜息を吐く。

「ウチの監督いつもジリ貧やねん」
「…え、」
「今回の合宿で宿泊費ケチったのは知っとったけど食費で自腹切ったみたいやし…治療費出せるんやろか…」

放浪者と見間違うような恰好をしていても四天宝寺の監督で頼れる大人は彼しかいいない。
お金がなさそうなのは、まあ、なんとなく見た目的な意味でそう思ってしまうけど流石に大丈夫だと思うよ、といおうとしたら「金ないいうてこけしで払おうとしたら俺もう生きていられんわ」と財前くんが軽く頭を抱えたのでフォローの言葉を飲み込んだ。うん、それは確かにやりそうだ。


「しかも2、3週間いうたら学校始まってるやん…」
「あ、部活勧誘…」
「本番は5月やからええんですけど、それまでに何人か引き入れたい思っとったから初っ端から出鼻挫かれましたわ…」

金太郎じゃ猛者しか釣れんし、そんな猛者が早々いるとも思えんし。そういってうなだれる財前くんには冷や汗を流し神妙な面持ちで腕を組んだ。これはかなり大変なことになってるんじゃないだろうか。

そうでなくとも白石くん達が抜けた四天宝寺には財前くんと金太郎くんくらいしかいないらしいのだ。全国区の学校が次の年で消えるなんてなくはない話だけど、2人共実力があるのに大会すらまともに参加できないのはさすがに可哀想だ。

それにそれを知った金太郎くんは大暴れして全国大会に単身で乗り込んできそうでもある。全国大会に乗り込んで大暴れし、それが全国ネットのニュースで流れるところまで安易に想像できてしまったは顔色を悪くし身震いをした。他人事ながらかなり胃が痛くなりそうな話だ。



「財前くん…微妙といえば微妙な提案があるんだけど、」
「……なんスか?」
「完治するまで右手でテニスやってみない?」

以前録画でリョーマくんが右手で試合しているのを見たのだけど、利き手じゃなくても十分に戦って勝つことはできるらしい。
それがリョーマくんクラスだから、というのはあるかもだけど利き腕仲間の仁王や手塚くんも右手でプレイできるしもしかしたら財前くんもできるのでは?と振ってみたのだがあまり乗り気じゃない顔でこちらを見てきた。


「使えなくはないですけど、でも左手に比べたら素人もいいところっスわ。そんなんで練習しとったら笑いもんになるとちゃいます?」
「そうかもだけどさ。物凄く強いよりも自分に近いレベルの方が入りやすいと思わない?」

幸村とか跡部さんや手塚くんみたいなわかりやすいカリスマがいれば放っておいても部員は入ってくると思うけど弦一郎や赤也じゃ怖いし入りづらいと思うんだよね。そう考えると新年度の立海の新入部員に一抹の不安を覚えたが今は目の前の財前くんに焦点を合わせた。


「"こいつなら俺でも勝てるんじゃないか?"と思わせたところで左手に持ち替えたら相手も驚くだろうし、コテンパンに倒せるじゃない?」

仁王曰く、リョーマくんが右手で試合をしたのは格好つけたくてやったことらしい。最後の方で左手に持ち替えサーブを決めた時の相手の顔といったらから見ても笑ってしまうような間抜けな顔だった。



「……それ、部員入った思ったら一気に抜けてくやつちゃいます?」
「そうかな?」
さんって…実は結構えげつない性格しとるんスね」

確かに生贄はいるかもだけど残る子は残ると思うよ、と思ったが財前くんには引かれたようだった。え、私って性格悪いの?だったらきっと丸井達のせいだな。
やっぱりあいつらとつるんでるとろくなことがない気がして高校でのマネージャー業をまた悩みだすと渡邊監督がゲッソリとした顔で迎えに来たので一緒にソファから腰を上げた。20分の間に一気に老けたな。


渡邊監督を先頭に出口に向かいながら横をチラリと見やると真っ直ぐ前を見て歩く財前くんが隣を歩いている。
座ってる時も今も1人分空いた距離が本来の彼のパーソナルスペースなのだろう。そう思うと最初は随分べたべたしてたんだな、と前を見れば「さっきの話、」と財前くんがぼそりと呟いた。

「使うかどうかわかりませんけど、一応、まあ、考えときますわ」
「うん、」
「それから……」

渡邊監督が2つ目の自動ドアを潜ると一気に冷気と風が入ってきてはうっと顔をしかめた。その間も財前くんは何か言ったようだがよく聞こえなくて「え?」と聞き返すと彼は嫌そうに眉を寄せてくる。ごめん。思ったよりも風が強かったんだよ。


「…はぁ、まあいいっスわ」

達も自動ドアを潜り空を見上げれば大分日が傾いていて西の空が赤く染まっている。院内が思ったよりも暖かったようで外気にぶるりと震えれば渡邊監督が入り口で詰まっている立海の監督の車を見つけ誘導しに向かっていった。
何もいわれなかったから私達はここで待ってればいいのかな。

正面玄関から近いロータリーに近づき正門のところを見やれば他の車が邪魔で監督の車が入れないらしい。渡邊監督がこっちに来るように手で合図したのを確認して歩き出せばすぐ隣を財前くんが歩く。歩道の道幅のせいかもしれないけどその距離はさっきの半分くらいは近くなった。



さん、」
「へ?」
「その……スンマセンでした。あと、おおきに」

いうが早いか財前くんはいい終わる前にの横を通り過ぎると、競歩の速さで先に歩いて行ってしまった。最後の方なんてろくに聞こえなかったけどさっきよりはよく聞こえた声には驚きを隠せず、走るように去っていく財前くんを凝視した。

あの子今、下の名前で呼ばなかったか?しかも謝ったぞ?!
驚いたが謝罪とその後に続いた言葉がなんとなくわかって今更というか律儀というかなんともいえない気持ちになり可笑しくなって噴出してしまった。

行きと同じように車に乗り込めば隣に座った財前くんはさっきと同じように外を見ている。それは少し恥ずかしさを誤魔化すように見えて小さく笑えば同意するように携帯のバイブが震えたのだった。




立海の監督の名前も模造すればよかった。
2018.12.01
2018.12.28 加筆修正