□ 四天宝寺と一緒・15 □
「ごめん。本当にごめんなさい」
氷帝の氷の女王(忍足くんから教えてもらってたのを今更思い出した)から解放されたは急いで白石くんと一緒に財前くんの元に向かったのだが、コートに入った途端右腕で打ったとは思えない速球のサーブをの足元に落としコートから追い出した。
それからは柵の外から黙々と、ただ黙々と反対側のコートにボールを打ち込む財前くんを見ているしかなかったのだが、手持ちのボールがなくなったところで声をかけたら無視をされたので速攻で謝った。
手伝ってほしいっていってたもんね。マネジの仕事遅くなってごめんね、と恐々と伺いつつコートに入って温くなったであろうドリンクを差し出せば一応受け取ってくれた。軽蔑手前の視線をくれていたけど。
「温っ」
「うん。ごめん、ごめんね」
「財前。そのくらいにしとき。さんかて」
「じゃ、あそこのボール全部拾ってきてください」
ドリンクを一口飲んだ財前くんはまるで小姑のように文句をいうと、見かねた白石くんが宥めようとしたが間髪入れずに反対側のコートに散らばっているボールを指し示した。うん。確実に嫌がらせだね。
コートの白線ぎりぎりの両端にカゴがあったが中には数個ずつくらいしかなく、後はコート一面にボールが転がっていた。ネット際とか逆にどうやって転がしたんだと思うくらい全面に広がっていて閉口したが、は近くにあったボールから拾い始めた。
少し離れたところでは白石くんが財前くんを叱っていたみたいだがピアスくんがしおらしくなることはなく「用がないなら練習の邪魔せんといてくれますか"元部長"」と八つ当たりをされていた。すまない、白石くん。
満遍なく転がされたボールをやっと拾い集めたは重いカゴを持って財前くん達の方へ向かうと2人は何やら真剣な顔で話しているところだった。どうやら白石くんにフォームの確認をしてもらっているらしい。
そういえば柳が自分でなければ白石くんにフォームを見てもらうといいっていってたな。ラケットの持ち手や振り方を確認している2人を腰を叩きながらぼんやり眺めていたら先に気づいた白石くんがを見て労ってくれた。
「腰叩いとると一層ババ臭いですよ」
「財前!」
「いやいいよ…財前くんの練習が進んだならそれで…」
「せやかてさん…」
「ほならあっちのコートに立ってもらいますか」
「財前!」
中腰が辛かったから腰を叩いていたのだけどそれがババ臭いといわれ、ちょっと心が折れた。財前くんはまだ怒っているらしい。
サンドバッグにするからコートに立てや、というので溜息と一緒に向かおうとしたら「さん!行かんでええて!」と慌てた白石くんが引き留めてくれた。パトラッシュ。僕はもう疲れたんだ。
「フフ。大丈夫だよ白石くん。財前くんだってさすがにわざと当てたりしないよ…」
「いやいやいや!さん落ち着きや!正常な判断できとらんやん!」
しっかりしいや!と明後日の方向を見ながら尚も反対側のコートに行こうとするの手を白石くんが引っ張り綱引きのような状態になった。フフ。なんかこれ可笑しいね。
「…あいて」
「何でもかんでもいうこと聞くなんてアホちゃいますか」
少しは断ったらどうです?とラケットを持った財前くんがガット部分をの頭の上に乗せてきた。それを聞いた白石くんは「自分がいうなや」と呆れたが「さんも無理していうこと聞かんでええからな」と再度引き留めてきたのではそこでようやく白石くんとの綱引きを止めた。
「うん。…でも一応、手伝うって約束したからさ。球拾いくらいならできるし」
流れでそうなったにしろ、怪我した子が心配なのは確かだしそれは他校でも変わらないと思っていたのでやれることがあるなら手伝うよ、と伝えると財前くんは目を瞬かせ、それから顔をしかめ背を向けた。
「やっぱりさんて阿呆ですわ」
「…悪かったわね」
「阿呆なさんに怪我されても面倒なんでそこの隅っこで大人しくしててもらえますか」
そこにベンチあるんで。と視線で上着やドリンク等を置いてるベンチを指すと財前くんは前を向いた。白石くんを伺えば、彼は苦笑して「座っとき」と薦めてくれ、ならばと勇気を出してベンチに座ってみる。良かった。コントみたいにベンチ壊れなくて。
無造作に置かれたジャージをなんとなく畳みたい気持ちになったが、我慢して前を見据えると真剣な表情で構える財前くんがいる。上げたボールを綺麗なフォームで振り抜く。すると黄色いボールはカゴを掠めて後ろの壁に当たった。
チッと舌打ちが聞こえたが財前くんはまたボールを取り出し短く深呼吸をした。
その空気にもなんとなく息を飲み込みサーブをする彼を見つめると、次は心地良いほどのスパイク音と共にボールがカゴの中へと勢いよく入った。
「おお、」
「そないな感じでええと思うで」
うんうんと頷く白石くんにもにこかやに財前くんを見ていると彼は構えたままゆっくりとこちらに顔を向けた。
「………あの、」
「ん?」
「じっと見られるんは授業参観みたいにしんどいんで、やっぱりどっか行っててもらえますか?」
真剣に打ち込んでるかと思いきや財前くんはなんともいえない顔で眉を寄せると、そんなことをのたまい達を苦笑させたのだった。
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「でもまさか、青学まで来てるとはね」
「青学は宍戸から漏洩したらしい。良かれと思って呼び寄せたのが仇になったな」
一応撮影がメインなのでモニターも宍戸くん達が優先的に使えるようだが、立海もいるとわかった時の彼の衝撃の顔はなかなかのものだった。
達も来て驚いたが合宿所には手塚くんとリョーマくん以外の青学が来ていて早すぎる同窓会をしている。手塚くんはいわずもがなだがリョーマくんは今アメリカにいるらしい。
大会に出るとか武者修行するとかいっていた、というのは桃ちゃん情報だ。
それを知った時の金太郎くんの上がってからの下がりっぷりはかなり可哀想に見えたのを思い出す。今は一応テニスを楽しんでいるようだがいまいち乗り切れてないとしたら恐らくライバルのリョーマくんがいないせいだろう。
そして不二くん達は一応全員テニスを続けるものの今のメンバーは解散になったとのことだ。「ゴールデンコンビが解消なんて寂しくなるね」と先程話した時に伝えたら大石くんが寂しそうに微笑んだのが特に印象的だった。
「ん?何だ?」
「ううん。何でもない」
の視線に気がついた柳がこちらを見たが、は答えず前を向いた。寂しそうに微笑んだ大石くんと柳がダブった気がしたが、気がしただけだった。当たり前だけど。
見張られてるようで嫌だという財前くんに追い出されたので一旦四天宝寺がいるコートに戻ってきたのだが、みんな撮影会が気になるようでそれだったらメインコートに行って練習しようか、という話になり移動したのだけど、気づいたらの両側に神の子と参謀が座っていた。
確かに敵情視察ついでに便乗していいか?という言葉に承諾したけども。でもこんな近くに座る必要はなかったんじゃないか?と思わずにはいられない距離感です。
「そういえば幸村達はモニターできたの?」
「少しだけね。でも本命はまだ使われてるんだよな」
「俺もだ。この分だとこちらに回ってくるのは明日辺りになるかもな」
「はぁ。気が遠いな」
気だるげに膝の上で頬杖をつく立海の王様は溜息交じりにおっしゃったが現在彼の下僕はと柳しかいないので彼の本命のラケットを献上する者はいなかった。
どれだけ楽しみにしているのかあまりわかっていないはそんな幸村を尻目に撮影をしているダブルスの試合、ではなく隣のコートに目をやった。なんだろ。撮影されてないあっちの方が熱気ムンムンなんだけど。
宍戸くん&鳳くん対大石くん&菊丸くんのダブルス再戦というなかなか見所のある試合をしている隣ではこちらも公式試合さながらの熱気で弦一郎と金太郎くんが戦っていた。あまりにも本気で戦ってるものだから撮影隊の人達も何度か振り返って見てる程度には色々騒がしい。
ちょっと恥ずかしいぞ、と眉を寄せると隣からカリカリとペンが走る音が聞こえた。仲いいね。前の方にいる乾くんも何やら書き込んでいるぞ。
「あ、柳くん。また怪我してる」
「!…ああ、本当だな」
ふと視線をやると丁度書き終え、ノートを閉じ膝の上に手を置いたところだった。新たな手の甲の傷に「気づかなかった」と呟く柳はどこか他人事だ。そんな参謀には溜息を吐くとポケットから絆創膏を取り出し手を差し出した。
「そこまでする必要はないと思うが…」
「目印代わりだよ。治ったと思ったら怪我するんだもん。こっちが心配するよ」
今回は擦り傷ですんでるけど前にドアに指を挟めたと聞かされたこともある。その理由を知ってるだけに強くはいえないけどでもやはり心配なので柳の手の甲に絆創膏を貼ると「ていや!」とそれほど痛くないように軽く叩いた。
「気をつけたまえよ」
「ああ。そうしよう」
「そうだ。幸村、指の具合はどう?」
次やったら菊丸くんにくまさんの絆創膏貰って貼るからね!と脅すと柳は神妙な顔で頷いた。貼られるのはちょっと嫌らしい。その流れで突き指した幸村を思い出し彼の方に振り返れば何故かこっちを見ていて思わずドキリとした。
その幸村といえばこちらに顔を向けられると思ってなかったようで少しばかり目を見開いている。
「幸村?」
「精市。そんな食い入るように見つめなくともとって食べたりはしないぞ。それにはちゃんとお前の怪我のことも覚えている」
「…へ?」
「柳、」
振り返った時に見た顔はなんとなく『面白くない』といいたけだったような気がするが頭の後ろで柳がクスリと笑うと、幸村の目が細くなり参謀を恨めしそうに睨んだ。最近よく見かけるようになった光景だ。
しかしその理由を知らないはただ首を傾げるしかないのだが、困惑する視線に気づいた幸村は「ああ。利き手じゃないから特に問題はないよ」ととってつけたように答えてくれた。
「でも両手打ちとかあるじゃん。今回は真田とか河村くんとか石田くんとは試合しちゃダメだよ」
「フフ。わかったよ」
柳のことは軽く睨んでいたけれど幸村はすぐにいつものように微笑み頷いた。でも柳くんよ。「フム。もタイプ別をちゃんと覚えたようだな」とか感心しなくていいから。そのくらいは覚えるから。
「はマネージャーの件、前向きに考えてくれているようだな」
「うっ何でそうなるの?」
「だって相手選手のタイプをちゃんと覚えててくれてるじゃないか」
「それはもう頭に入っちゃっただけで……入るとは、いってない…」
何でそれくらいでマネージャーやる方向になるのよ。あんた達別に困ってないじゃん!高校には既にマネージャーいるっていうじゃん!
に固執する理由がわからなくて、でもつっぱねるには怖くて逃げるように視線をコートに張り付かせると「柳、どうしようか」と神の子が確実に面白がっている口調で柳に話かけた。
「そうだな。あまりしつこく勧誘するとは意固地になるからな」
「ああ。でもは優しいからちゃんとお願いすればやってくれると思うんだよ」
「頼み込まれたら断れない性質も持っているからな。だが、その気質を友人やクラスメイトに狙われるとかなり厄介だろう」
「そうなんだよな。だからこうやって先手を打って誘ってるんだけど……何が足りないのかな?」
「どう思う?」
「いや、何でそこで私に聞くわけ?」
誘ってる本人前にして聞く話か?参謀の名が聞いて呆れますな!と負け惜しみのようにいってやれば「そうか。なら本気を出してもいいのか?」とノートを開くので謹んでお断りした。多分それをされたら私学校に行きたくなるくなると思います。というか。
「そうやって私をからかってると本当にマネジやらないからね」
でかい男共に挟まれるのはいい加減慣れたけど、こちらを困らせるようなからかわれ方は慣れない。なんとなく高校でもやることになるんだろうな、とは思ってるけど面倒くさいのは今の段階でもわかってるし今年は幸村がいるのだ。
ファンの子達を前に自分は来年までライフが残っているかどうか、学校生活は守られるのだろうか、それが最大かつ重要案件なのでおいそれと頷けないのだ。
そんなことを考えつつ眉を寄せ2人をじと目で睨むと彼らはきょとんとした顔になり、そして噴出した。
「ごめんごめん。からかってないからマネージャーのこと考えといてくれないか?」
「笑っていう言葉?幸村くんよ…」
「精市。その顔はに誤解されるぞ……いや、すまない。俺も自重しよう」
「うん。ごめん。でも、マネージャーやらないっていわれたことよりもの顔の方が衝撃が大きくて」
「アンタも大概失礼だな!」
どうせ不細工でしたよ!それで笑ったのか!と分かり「もうアンタらとはやっていけないわ!」と憤慨して立ち上がると「違う違う」と幸村が笑顔を貼り付けたままの手を引っ張り再び座らせた。
「いじけてるが可愛くてつい意地悪し過ぎた。すまない」
「俺も悪ノリし過ぎたことを詫びよう」
2人いっぺんに謝られてしまえばも立ち上がる理由がなくなってしまう。不承不承という感じで肩の力を抜けば掴んでいた幸村の手の力も緩んだ。
というか、幸村は可愛いとかいってなかったか?時間差で言葉を理解したはぼっと頬を染め、神の子を見た。恐らく他意はないのだろうけど、思ったよりも大きな言葉の威力に目が合った途端心臓が大きく跳ねた。
「、どうし……あ、」
幸村も自分が言った言葉を理解したのだろう。と似たように顔を赤くすると手で口を覆い「いや、さっきのはなんというか、その」ともごもご言い訳をしている。それがまたの顔を赤くしてるということをこの男はわかっているのだろうか。
本をたくさん読んでるくせに言葉の選択項目が足らな過ぎだよ。
そういうところ女子につけ込まれても知らないからな!となんともいえない顔で見ていれば隣からくつくつと笑う声が聞こえて幸村と一緒に柳の腕にパンチしてやった。
「痛い痛い」という割に楽しそうにしやがって。パンチといっても拳を腕に押し付けただけだから痛くないのは明白なので嫌がらせのように笑う柳から距離を取れば、奴はこれまた楽しそうにこちらを見てノートを開いた。
「柳くんが怖い」
「柳。が怖がってるぞ」
「俺はいつも通りデータを取っているだけだが?」
「…何書いてるのか気になるけど知りたくない」
「俺も同意見だ」
というか書くのを止めていただけないだろうか。と申し出れば参謀は「もう書き終えた」と満足げにノートを閉じた。いっそあのノートを燃やしてやりたいと今日初めて思ったよ。
この三人になると柳がイキイキするなぁ。
2018.12.24