□ 四天宝寺と一緒・17 □
しかしその後、テレビがある部屋から金太郎くんの大きな笑い声がレストランまで聞こえてくると我慢できなくなったらしい謙也くんがいきなり席を立ち「ごっそさん!」と叫んでレストランを出ていった。うん、無理はよくないよ。無理は。
そうは思ったが奥の方の席に視線をやると、皆瀬さんが柳生くんや仁王と楽しく話しているのが見えた。恐らく柳生くんは皆瀬さんに合わせて食べるペースをゆっくりにしてるんだろうな。仁王はもう終わってるみたいだし。
その仁王がまともな食事をしているかちょっと気になったが皆瀬さんがいるなら大丈夫かと思って自分の食事に戻ると海堂くんがトレイを持って歩いてくるのが見えた。
「あ、先輩。どもっス」
「海堂くん、久しぶり。コートで見かけなかったけどどこにいたの?」
「トレーニングルームっス」
ここ空いてるよ、と同じテーブルを指差すと彼は財前くんを見て「いいか?」、「かまへんよ」という会話をして財前くんの目の前に座っていた。なんか新鮮でいいな。
「ずっと?」
「立海と四天宝寺が来ると聞いてトレーニングルームならメニュー続けられると思って」
流石海堂くん。君もブレないね。「フゥン。てっきり桃城だけ来とったのかと思ったわ」という財前くんに海堂くんの顔が少し雲ったが丁度レストランの入り口に桃城くんと菊丸くんが現れ、それで曇ったようにも見えた。
先に見つけた皆瀬さんに手を振った彼らはこちらにも気づいたようで手を振って挨拶してくれた。あっちも相変わらずいい人達だ。
「財前。その手首どうしたんだ?」
「ちょっと捻ったんや」
「捻挫か?」
「まぁな」
早速財前くんの手首の包帯に気づいた海堂くんが少し心配そうに聞いてきたがピアスくんは淡々と応えていた。おお、友達って感じだ。なんとなく2人を静かに見守っていたが海堂くんのトレイの中身を見ては目を瞬かせた。
「海堂くんて和食好きなんだ」
「え?ああ、そうですね。いつもこんな感じの食事なんで…」
「へぇ。バランス良さそうだね〜」
男子って大体肉とかたんぱく質中心で色味も茶色っぽくなりがちだけど海堂くんのトレイは綺麗に色が散りばめられている。海堂くんのお母さんって料理好きなのかな。好き嫌いがなさそうなラインナップだぞ。
ついでに海堂くんは乾くんに食事メニューも相談しているから、よりバランスが取れるようになったという。乾くんって変な毒汁作ってるけどそういうこともちゃんとできるんだよね。毒汁作ってるけど。
「それに引き換えさんはごちゃっとしてますよね」
「ほ、放っといて!」
照れる海堂くんに私も見習わなきゃな、と感心しているとすかさず財前くんのつっこみが入りうっと顔をしかめた。
一応野菜も取って来てはいたが、のトレイの中の大半はピザやお寿司だったり今持っていかなきゃなくなってしまうかも!と貧乏性で持ってきたケーキもあったりして統一感ゼロだ。
どちらかといえばたんぱく質が多いメニューに、これじゃ丸井や赤也のこといえないな…と肩を落とした。「食べたかったんだよ」と苦し紛れに返したものの、やはりもう少し考えて持って来るべきだったかと後悔した。
「別に好きなもの食べていいと思いますよ。今食べたいものはその時欲しいエネルギーだと聞きたことありますし」
「どうせおかわりするつもりならそれで帳尻合わせればええんとちゃいますか?」
「!そ、そうだね…!」
デザートまで行って主食に戻るつもりはあまりないけど、でもお腹に余白がある限り食べてもいいよね?ここの料理美味しいし!うん、おかわりの時に野菜を食べよう。
海堂くんと財前くんの言葉に持ち直したはピザを頬張った。とろとろチーズ美味しいです…!幸せを噛み締めながら食べていると目の前の椅子がガタッと動き視線を上げると日吉が疲れた顔で座り込んだ。
「あ、撮影終わったんだ」
「今日のは、ですよ」
お疲れ様、と声をかけると視線をあげた日吉が「何でいるんですか?」と嫌そうに見てきた。何故。
「私の方が先に座って食べてました。嫌なら別の席に行ってください」
「……はぁ。後で怒られても知りませんよ」
目で追い出しそうとしていた日吉の先手を打って私は動かないぞ!とムッとした顔で見返せば、彼はさもどうでも良さそうに反応して食べ始めた。それはそれで寂しい気もする。そして相変わらず痛いところを突いてくるな日吉くんよ。
「えーっ!何でそっちで食べてるの〜?」と覚醒したジローくんが丸井達がいる席に座ってを呼んだが手を振るだけに留めた。丸井の目が"まーた他校とつるみやがって"と言いたげな顔をしていたが見なかったことにしておこう。自分だってジローくんと一緒に食べてるじゃないか。
増えた人口密度にレストランの出入り口へと視線を向ければ残りの氷帝と青学の面々がいつもより疲れた顔でぞろぞろ中に入ってくるのが見えた。
跡部さんの姿を確認して視線を戻すと海堂くん達はモニターの話で盛り上がっていた。君達本当にテニス好きだね。
何気に財前くんも参加してることになんとなく感動しながらその話をぼんやり聞いていると日吉も財前くんの手首に気がついたようで、海堂くんと似たような会話をして、それから日吉が何かを思い出したかのように箸を止めた。
「なんや?」
「…いや。ただその包帯を見ていると、まるで白石さんとお揃いみたいだと思ってな」
「ぶほっ」
「っ!ゲホッゲホッ」
「さん?!だ、大丈夫っスか?」
何気ない、普通の会話をしていたはずなのに日吉はフッといつもの人を小馬鹿にした笑みを浮かべると、とんでもない爆弾を鼻で笑って投下した。
その衝撃は斜め後ろのテーブルにいた一氏くん達にも届き、白石くんが噴出す音と共にもむせた。近くで見ていた海堂くんが心配してくれたが「は?キモいこというなや」と普通に嫌がる財前くんにまたむせた。二次被害!二次被害出てるよ財前くん!
後ろでは一氏くんが「何で普通に返してんねん!ボケるかつっこめや!」と笑いながらつっこんでいる。そう!そっちが正解!
「先輩らうっさいっスわ。さっさと食べてテレビ見に行ったらどうです?」
「自分にはお笑いの血、流れとらんのか!」
「さんもこんくらいで肩震わすほど笑わんといてください」
「おいこら財前!無視すんなや!」
「わ、笑ってないよ…!」
「はあ。顔隠したところでバレバレですわ」
「先輩。水飲みますか?」
「海堂くん優しい!ありが、フフ」
「…笑うか喋るかどっちかにしてくれませんかね」
それこそ気持ち悪いですよ、と痛恨の一撃を喰らわす日吉にダメージを受けたがそれよりも笑いを止める方が先だと思って耐えた。だって目の前の日吉の後ろには白石くんがいるのだ。見たら間違いなく吹き出してしまう。
だって言われてみたら本当にお揃いなんだもの!包帯の巻き方とか長さとか端々は違うものの、左腕に包帯というキーワードで尚且つあの財前くんともあればにとってのパワーワード以外なにものでもなかった。
しかし鉄壁と思っていた手の壁も財前くんの手によって崩壊させられた。
「まったく。顔赤くなるまで堪えるとかアホちゃいます?」
手を財前くんに引っ張られ明るくなった瞼に目を開ければ呆れ顔の財前くんとその左手があり、視界の端には勿論白石くんも映ってはたまらず吹き出し笑ってしまったのはいうまでもない。
******
「あ、そういえば3人って合宿の時赤也と同室だったよね?」
笑い止めんとまた写真撮りますよ、と脅したところでやっと笑いを治めた(まだ口許がひくついているが)さんは、目尻に溜まった涙を拭いつつそんなことを聞いてきた。
それがどうしたと見やれば彼女は切原にケンカをふっかけられなかったか?等聞いてくる。
自分は切原の母親か?と内心つっこみながらも日吉と一緒に無視していると海堂だけが律儀に何もないと答えていた。当たり前だ。
血気盛んな切原でもそのくらいの頭は回る奴だったはず、と思って答えなかったのだがさんには「2人共反応くらいしようよ」とこっちを見て文句を言いわれた。人の顔見てまた笑いそうになってる人にいわれたくないですわ。
「でも良かった。私あいつが誰彼構わず噛みついてるところしか見てないから……テニスでケガさせたりさ……だから普通に話してもらえる他校の同年代がいるって凄く安心する……!」
「アンタは切原の母親か何かですか」
浮かれたと思ったら落ち込んだり、また浮かれたりとさんの表情はくるくる回る。忙しないが見ていてちょっと面白い。それがここにいない切原というのが笑えて、そして少し面白くないが。
そんな彼女を俺がつっこむ前に日吉がつっこんでいた。そしたらさんは物凄く嫌そうな顔をしてあんな子供は嫌だと拒否していた。不憫やな切原。
「うちの弟でもあんなデビル化なんてしないし……運転とかさせたらあいつ絶対ヤバいよね……え?だからやだよ、あんな弟いらないから。んーただまあ、1年くらい見てたから赤也がちゃんと部長としてやっていけるかちょっと心配というかなんというか……。
キレると面倒臭い奴だけど悪い奴じゃないからさ。適度に仲良くしてやってね」
そういってさんは苦笑混じりだが嬉しそうに微笑んだ。それが母親くさいと思うのだが、見える限り切原に照れ隠しという名のケンカかいじめを受けているのにも関わらず本当に心配している色が見てとれて、なんとなく眉を寄せた。なんや少しイラっとするな。
どうやら日吉や海堂も似た気持ちを浮かべたようで、なんとなく顔を見合せ「まあ適当に仲良くしときます」と薄っぺらい言葉を返しておいた。しかしそんな言葉でも嬉しそうに頷くさんがいてなんとなくモヤモヤしてしまう。いや、俺も2人も母親いらんけど。
「なんじゃ。ケタケタ笑っておったと思ったら赤也のことで笑っとったのか」
「ぎゃ!な、何かな仁王くん!」
不毛な自問自答をしていると視界の端に銀色というか白っぽい髪が見え、声を聞いてさんがビクッと椅子から浮いていた。四天宝寺以外で初めて見たわそないな人。
さんと財前との間に現れたのは立海の仁王さんでいつもとは違う視線の高さに財前も少なからず驚いた。隠れるようにやって来た仁王さんはさんが座っている椅子の後ろから現れたのだが、しゃがみこんでいたせいで日吉や海堂も気づかなかったようだ。
切原を笑っていたと誤解され言い繕おうとしたさんだったが、俺を見て吹き出しそうになり半目で見てやれば慌てて顔を逸らした。そのおもろくて可愛い顔ホンマに撮ったろうかな。
「ち、違う違う。笑ってたのは別の話だよ。ていうか、それ聞きに来たの?」
「そうじゃ。丸井らも気になっとったからの」
「げ、」
「笑いはせんかったが赤也の悪口はいっとったということか」
「ち!違うから!」
ニヤニヤとからかう仁王さんにさんは本気の顔で慌てている。この人も切原同様からかわれやすい人だな、と思いながら眺めているといきなりさんの顔がこっちに向いた。今度は吹き出さんな。というか、動揺し過ぎやろこの人。
「私、赤也の悪口いってないよね?!」
「……はあ、まあ」
「陰口ならいってましたよ」
「日吉くん?!」
それ同義語ですよね?!と素知らぬ顔で味噌汁をすする日吉にさんは半泣きで酷いよ!と嘆いていた。なんや、日吉もさんいじる方やったんか。
マイペースに食べてるのかと思いきやちゃんと反応してる日吉に視線をやると「ま、それはついでじゃ」といって仁王さんがとある皿をさんに差し出した。
「え、これどうしたの?」
このケーキ知らないやつだ、と驚くさんに仁王さんはニヤリと笑う。確かにそのミカンが乗っているやつとチョコレートコーティングしたケーキは自分がデザートコーナーに行った時はなかったものだ。さんの手元にあるケーキも普通のショートケーキだった為彼女の目が輝いている。
「丸井が買い占める前にこっそり取っておいたんじゃ。チョコレート好きじゃろ?」
「うん…!あ、ありがとう…」
丸井には内緒な、とニヤリと笑う仁王さんにケーキが乗った皿を受け取ったさんはふにゃりと、とても嬉しそうに微笑んだ。やっぱりさんは食べることが好きな人らしい。しかも他の女子と違わず甘いもの好きだ。
ウキウキとした顔でケーキを見つめるさんをやや呆れながら見ていれば横にいた仁王さんが立ち上がり、財前の視線も動いた。
慣れた仕草でさんの頭を撫でる仁王さんの視線は彼女を愛しそうに見つめていて、なんとなくぎょっとした顔で見てしまった。しかし自分が見ているとわかった仁王さんはいつもの人を食ったような笑みを浮かべ、財前に挑むように見下ろしてきた。
「あ!仁王!俺が持ってきたケーキどこにやったんだよい!」
「………………に、仁王さん………………?」
声がする方を見やれば、丁度テーブルに戻ってきたらしい丸井さんが仁王さんを見つけ声をかけたが、財前を見て睨んだようにも見えた。羨ましいなら素直にさんとご飯食べたいいうてやればええのに。
しかし彼の手を見ると山盛りのケーキがあって財前の眉が寄った。見ているだけで胸焼けしそうだ。
「仁王くん。もしかしてこれ、丸井の……?」
視線を戻せば顔色が悪くなったさんが仁王さんを皿を持ったまま見上げている。心なしか手が震えていた。
「すまんのう。にケーキを盗られたぜよ」
「お、おいいいいいい!待てコラ仁王おおおお!!!」
「はあ?!!俺のケーキを盗ったらどうなるかわかってんだろうな!」
「盗ってない!盗ってない!」
「しかも赤也を笑い者にして悪口もいっとったぞ」
「なあああ?!」
「マジかよ!お前最低だな!」
赤也に通報してやる!と携帯を取り出す丸井さんにさんは顔を真っ青にして「誤報!それ誤報だから!」と慌てて席を立ち彼のテーブルへと急いで行った。手にはしっかりケーキが乗った皿を持って。
からかっているのは目に見えてわかるのに、それでもさんは丸井さんから携帯を奪おうと躍起になっている。慌てる後ろ姿を眺めていればふと視線を感じそちらを見やると仁王さんと目が合った。してやったり、と口許をつり上げる顔が妙にムカつく、ような気がした。
「なんや。ちゃんあっちに行ってもうたんか」
「残念じゃったの」
吐息混じりに溜め息を吐く忍足さんの方を見やれば、取り分けたトレイを持って隣のテーブルに座ったところだった。心なしか嬉しそうに返す仁王さんに忍足さんがまた溜め息を吐く。
「ちゃんと一緒に食べたいんやったら最初からそういうてやればええのに。素直やないな」
「プピーナ」
あんまり苛めると嫌われるで、と嗜めるように忍足さんが仁王さんを見ると彼はよくわからない返しをしてそのまま丸井さん達がいる席へと足を向けた。
仁王さんを追いかけたその視線でさんを見ると、亀の親子よろしくな格好で芥川さんに抱き締められた彼女が丸井さんとまだ交渉している。斜め前の席に座る日吉が同じ方向を見て溜め息を吐いた。
呆れてるようにも見えるが、もしかして芥川さんが羨ましいとか思ってるのだろうか?等と考えていると「はあ。ジローが羨ましいわ。俺もちゃん抱き締めたい」という声と「止めろ。が泣くだろ」という声が聞こえまったくだ、と心の中で同意し、財前は食事に戻ったのだった。
落ち着きがない。
2019.01.20