Broken Heart.




□ 47 □




チョコ争奪戦につく景品のチョコをどこで作ろうかとなったのだが、結局去年同様調理室を借りることにした。放課後皆瀬さんと一緒に職員室で貸出申請をしたは大変だけど頑張らなきゃな、と改めて思っていた。

「…ちゃんは最近仁王くんに会った?」
「え?…ううん。会ってないけど」

職員室を出てチョコの話になった時皆瀬さんが溜め息混じりに聞いてきたがはNOと答えた。会ったには会ったが最近じゃない、と思ったからだ。


「友美ちゃんは会ってないの?」
「うん。私しつこくいっちゃったから避けられてるんだと思う。そういうの仁王くん嫌いだってわかってたんだけど」

でもどうにかしたかったんだよね、と零す皆瀬さんの表情は暗い。丸井に聞いたけど仁王は授業にはちゃんと出るようになったらしい。どうやら出席日数がやばくて担任に泣きつかれたのだという。
どうしたらそこまで休んでテストの成績が下がらないんだと丸井が羨ましがってたけど、仁王の動きがおかしいのは確かだ。


ちゃんはさ、仁王くんのことどう思ってる?」
「え?!」
「あ、いや、仁王くんのテニス、どう思ってる?」

ああテニスね。いきなり何を言わされるのかと思って皆瀬さんを見てしまったがテニスか、と頭を巡らせた。

「格好いいと思うよ。いつも丸まってる背がスッと伸びる感じとか試合してる雰囲気とか。あと勝った時の笑った顔とか貴重だよね」
「……」
「…え、あれ?」

じっと見つめてくる皆瀬さんにはどうしたのかと首を傾げた。すると皆瀬さんは「ううん。何でもない!」と嬉しそうに微笑んだ。



「確かに勝った時の仁王くんいい顔するよね」
「う、うん」
「仁王くんだってやればできるし、高校でもテニスする姿見たいよね?」
「…うん、そうだね」
「格好いい仁王くん見たいよね?」
「うん…あ、そうだ!幸村もなんだかんだいってテニス続けるみたいだよね!!」

他には?もっとある?と言わんばかりに期待した目を向けてくる皆瀬さんには無理矢理幸村の話題を振った。その為皆瀬さんは少し不満そうにしたが「そうだね」と一応同意してくれたので内心ホッと息を吐いた。


「そういえば、友美ちゃん最近柳くんてどうなの?何か変わったこととかなかった?」
「え?」
「最近元気ないような気がするんだけど、勘違いかな?」

仁王も気になるけどにはもう1人気になる人物がいた。それを口にすれば皆瀬さんは驚いたように目を見開き、考える素振りを見せたが「実は蓮二くんとあんまり話せてないんだよね」と返された。


「前までは休み時間いつも自分の席で本とかノート読んでたのに最近はずっとどこかに行ってるんだよね」
「ああそれ、きっと幸村のとこだよ」
「そうなんだ」

思ってたよりも柳は幸村が好きらしい。「短い時間なのに毎回行くとか本当仲良しだよねー」と笑う皆瀬さんにも同意するように笑ったが何でC組まで行ってるんだろうと思った。もしかして幸村に相談ごとでもあるのだろうか?そう考えるとやはり心配だった。



*****



柳生くんと一緒に帰るという皆瀬さんと別れてローファーに履き替えたは昇降口を出ると前方に見覚えのある後ろ姿を見つけ思わず「あ、」と声を上げた。

「幸村!柳くん!」
「あれ、今帰り?」
「うん。さっき調理室の貸出申請してきたんだ」
「いつになった?」
「試合の前日。飯田ちゃんと吾妻っちには後でメールするつもり。そっちは?」
「お疲れ様。こっちはこれから柳とテニスシューズを見に行くところ」
「消耗品も底をついてきたからその補充も兼ねてだ」
も行かない?」

彼らに追いつき声をかければ幸村はファンが喜びそうな顔で微笑んでくる。口外にマネージャーの仕事しようか、と聞こえは顔を引きつらせながらも承諾した。
荷物持ちくらいならするけど選ぶのはそっちでやってよ。そう思いながら校門を出るといつも騒がしい他校の出待ち組は今日はいなかった。



3人でスポーツ用品店に入ると新しいゴムの匂いがした。テニスシューズを見てくるという幸村と別れ、柳と一緒に消耗品の買い付けに回っているとふと見慣れないものを見つけた。

「柳くん、怪我したの?」
「?ああ、少し擦っただけだ」
「少しって言う割には絆創膏多くない?」

テーピングを取る手とノートを持ってる手の両方に摺り傷があって驚いた。数は2ヶ所だけど大きさは小さくない。それを覆うように絆創膏が何枚か貼られているから余計に目立って見えた。
珍しいこともあるもんだと「気をつけなよ」といえば柳は困ったように微笑んだ。

会計に向かった柳を待ってる間、幸村はどうしてるのかなと覗きに行くとシューズの前で真剣な顔で立っていた。悩んでいるらしい。


「お困りのようですな」
「ああ。そっちはもう終わったの?」
「今柳くんが会計してる」
「そう、」
「幸村は買わないの?」
「うーん、そうなんだけど迷ってて。そうだ。が決めてくれない?」
「え?!私?」

にっこり微笑んでくる幸村に咆哮すれば「こっちとこっちどっちがいい?」と勝手に話を進めてくる。うん、幸村って結構強引なとこあるよね。

「き、機能的にはどうなの?」
「どっちも同じ感じかな」
「履き心地は?」
「どっちも使ったことがあるから。どっちでもいいかな」


うわ、選びづらいな。えー、と眉を寄せて見たシューズは片方が大会でも履いていたシューズのシリーズでもう片方は以前に履いていたものらしい。通常なら最近まで履いていたシリーズでいいのでは?と思ったが前のシリーズで気になるところがあるらしい。

「幸村。好きな色はどっち?もしくは験担ぎの色とかある?」
「…。験担ぎなんて言葉知ってたんだ」
「おい!何その驚いた顔!私だって知ってるわ!」

弦ちゃんに教えてもらったんだよ!といえば彼はクスクス笑って「そうだと思った」とバッサリ斬ってきた。失礼な奴だなもう。



の直感でいいよ」
「んな無茶な」
「色でも形でも、の好きな方でいいから」
「ええええ〜…」

そんな適当でいいのか?と幸村を見ると変わらず微笑んでいて「どっちがいい?」と聞いてくる。責任重大じゃね?と若干顔色を悪くしたはうんうん唸った後意を決して「こっち!」と指差した。

指した方は白ベースの水色のラインが入ってるものだ。本当はその隣のオレンジのやつがよかったんだけどよく考えたら高校もレギュラージャージが芥子色とは限らない。


だからといって赤か?といわれるとそれも違う気がする。はい、結局色で選びました。赤はやっぱり丸井か赤也でしょう、なんて思っているとが指した方のシューズを手に取りながら幸村が嬉しそうに微笑んだ。

「良かった。俺もこっちの方がいいかなって思ってたんだ」
「ええ?!…なら聞くまでもなかったじゃん…」
「迷ってたのは本当。に決めてもらえて良かったよ」


これなら試合にも勝てそうだ、と笑う幸村に引きつった顔で笑うしかなかった。2択でどっちも使ったことがあるから大丈夫だろうけど、が選んだことによって負けたりしないよね?と過ぎったのはいうまでもない。そんなことになろうものならまた再び笑顔で殺されることになりそうだ。

「俺、水色が好きなんだよね」
「益々私に聞く必要なかったじゃん!」



*****



無事買い物を終えた達はそろそろ帰るか、ということになり解散した。解散した、といっても方向が違う柳だけでと幸村はバス停でバスが来るのを待っていた。


「…結局、私は何しに行ったんだろう」

マフラーに顔を埋め、ぼんやりと呟くと「ん?俺のシューズ選んでくれただろ?」と普通に幸村が返してきた。それはそうなんだけど、でも別にそれは柳でも良かっただろうに。

荷物持ちで呼ばれたのかと思ったのにそんなに買わなかった上に柳が紙袋を手放さなくて結局は手ぶらのままだったのだ。幸村はあの後あっさりシューズを買って同じロゴの入った袋を持ってるし、私は何だったんだ。


「暇だったんだしいいじゃないか」
「…そうなんだけど。でも2人の方がもっと楽しかったんじゃない?」

なんとなく男同士の方が気軽で楽しそうに思っていたから、自分がついて行ってよかったのか少し心配だった。そう思うのは丸井とか赤也とかジャッカルがいつも楽しそうにしていたからだろう。

いいな、と思っても声をかけるのはなんとなく憚れたし、誘えよ、言ってみても「お前は何もわかっちゃいない」といって締め出されるのだ。


何がわかってないのかよくわからないけど、男同士しかわからないことなんだろう。ということにしてあるがの中で面白くない、という不満だけが燻っていた。そんなこともあってか幸村に誘ってもらえたのは嬉しかったが不安もあった。

そんな表情で幸村を見れば彼は目を丸くして瞬かせた後、クスリと笑った。


「そんなことないよ。がいてくれて俺も助かったし、人数多い方が柳も楽しいだろうし」
「…それで柳くんのテンションが上がるタイプだと思わないけど。あ、そういえば、柳くんの手見た?」


1人でひっそりしてる派だろう、と思ったがさっき見たものを思い出し幸村に聞いてみた。柳の怪我は彼も知っていて、右手の方は今日出来たものらしい。「一昨日なんかドアに手を挟めたのを見たよ」と苦笑する幸村にそれは重症なんじゃないかと思った。



「ええっ大丈夫なの?それ。柳くん何かあったの?」

そういえばここずっと哀愁漂う姿を目撃してる気がする。限りなく"なんとなく"なのでずっと勘違いだろうと思ってたけど勘違いじゃなかったらしい。

あわあわと幸村を伺えば「うーん。あったといえばあったけど…」と言葉を濁してくる。あ、もしかしていっちゃまずい系?だったらいいかな、と思って視線を外せば幸村が屈んできて内緒話をするように手をあて耳元に顔を近づけてきた。

「俺から聞いたっていわないでほしんだけど、」
「う、うん」
「柳、失恋したんだ」
「え?!」

驚き幸村を見れば目の前に端正な顔があってドキリとした。それはそうだ。内緒話をしていたんだから。思ったよりも近い距離に目を彷徨わせたが聞かされたことが気になって「マジで?」と恐る恐る幸村を見た。やっぱり綺麗な顔だ。


「うん。本当だよ」
「そ、そうなんだ。それで…」
「うん。今傷心中だから俺が近くにいてあげてんの」

なんつー上から発言…。にっこり微笑む神の子にそれ気遣ってる言葉じゃないぞ、といいたかったが言えなかった。
でも心配はしているようで、「柳には前に色々助けられたしね」という言葉にハッとする。

そういえば幸村も前に失恋したと言っていた。その時に柳に慰めてもらってたのかもしれない。


「だからさ、
「え?」
「俺がいない時は柳の近くにいてあげてほしいんだ」

2人共いい奴で格好いいというのに失恋って…世の中何でもうまくいくわけじゃないんだな。とぼんやり考えていると幸村の声が降ってきて顔をあげた。その表情はさっきよりもずっと優しさに満ちていて、本当は柳のことすごく心配してるんだなと思えた。




だって友達だもん。
2013.03.30