A sad tear.




□ 48 □




は学校が終わると急ぎ足で亜子と一緒に東京へと向かっていた。勿論チョコを渡す為である。事前に忍足くんに部活で遅くまでいると聞いていたからすれ違いになることもないだろう。
ていうか、忍足くん達も引退しても部活に入り浸っていてみっちり練習する派らしい。やっぱりテニスバカだな、と苦笑した。


「それにしても、帰り際の丸井くん面白かった〜!すっごい嗅覚!って思ったよ」
「ホントにね」

電車に揺られながら亜子がケラケラと笑う横では疲れた笑いを浮かべた。元々付き添いで亜子についていくのは決めていたのだがギリギリになってジローくんと岳人くんからリクエストメールが来たのだ。
はっきりチョコが欲しい、という内容じゃなかったけど遊びに来なよ、とか鳳くんが14日誕生日だからとかそんなメールで。

当日は部活で来れないと返したらすごくブーイングされたけど、日頃お世話になってるのもあるし友チョコなら配っても大丈夫か、と思って鞄に潜ませていたのである。
それを何故か丸井が探知して休み時間中「甘いものなら貰ってやってもいいぜぃ」とずっと強請られ、帰り際も難しい顔で「お前の鞄からチョコの匂いがする」とか怖いことをいわれたがなんとかくぐり抜けてきたのだ。

仁王の分も貰ってるというのに食い意地張りすぎだろ。引退して通常の部活してないんだから本気で太るぞ!と思ったのは言うまでもない。


冷たいんだか構ってほしいんだかよくわからない丸井を放置して最寄駅についた達は迷わないように足を勧め、派手な校門の前まで来ていた。校門の近くには守衛さんの部屋があったが丁度外出しているらしくこれなら行ける、と亜子をつれて中へと入っていく。

「まるで、潜入してるみたいだね」と笑う彼女にも笑った。しばらくすると見覚えのある壁が見えはホッと息を付いた。ここを登れば跡部さん達に会える、そう思って近づくと何やら騒がしい声が聞こえてきた。

声はどれもこれも高くて試合でもしてるんだろうか?と亜子と顔を見合わせた。しかしそれは間違いだったようで階段近くになると女の子が可愛らしいラッピングをした箱や袋を持ってることに気がつきギョッとした。



「きゃーっ跡部さまー!!」
「忍足くんこれ貰ってー!」
「跡部先輩私のも貰ってくださいー!」
「ジロちゃん!私のも貰って!」
「ダメよ!私が先に渡すんだから!!」
「押さないでよ!そっちが後でしょ!」
「いった!誰よ私の足踏んだの!!」

「「……」」


開いた口が閉じれない、というのはこういうことだろうか。今目の前にはファンにもみくちゃにされてる跡部さん達がいる。満更でもない顔で「どけよ、俺らはこれからシャワー浴びて帰んだからよ」ぼやくがそのセリフに黄色い声があがる。火に油注いでるじゃん。
奥の方では飛び抜けて大きな鳳くんも囲まれていて困った顔でプレゼントを貰っているようだ。どこのアイドル様よ。

「こ、この中に行くの…?」
「亜子、ガンバ!」
「えっやだよ!私まだ死にたくない!!だってやでしょ?」
「うん。一瞬で心折れた」

人垣は見ただけでも数十人いる感じだ。挑んだところで弾かれるかもみくちゃになるかするだろう。そこまでして手渡したいかと言われると口篭ってしまう。
見れば違う制服の子もいて他校は自分達だけじゃないらしい。さすがトラックの男。と感心したがその周りも相当モテる人達だったんだと今更痛感して1歩も動けなかった。


「あれ??」
「え?宍戸くん?!」

とりあえず人が引くの待とうか、ということで少し離れた場所で人ごみを眺めていると横から声がかかり振り向いた。そこにはあの人集にいると思われた宍戸くんがいて思わず声をあげてしまう。
その声の大きさに宍戸くんは「シー!シー!」と慌てて口を塞いできた。

「ご、ごめん!えっ何でここに居るの?」

よく出てこれたね、と驚きながらも感心していると彼は「ああ。滝が抜け道知ってたから一緒に出てきたんだ」と教えてくれた。宍戸くんの視線に習って隣を見れば岳人くんとはまた違ったおかっぱくんで、大人の雰囲気のする男の子が軽く会釈してくれた。



「あ、そうだ。宍戸くん、ちょっとだけ時間くれない?」
「え?ああ、構わねーけど」

この人も綺麗な人だな、と見惚れていたがはハッと我に返り去って行こうとする宍戸くんを引き止めた。よし!引き止め成功!全然喋らない亜子に思わず口が出てしまったが結果オーライだろう。
人集を気にした素振りを見せたので亜子にとにかく見えにくい場所に行って渡してこい!と背中を押してやった。もつれるように歩く友人には一抹の不安を抱いたがやる時にはやるだろう、頑張れよ。と両手を握り締め亜子の背中にエールという念を送っておいた。


「もしかして付き合いで来たの?」
「え?あ、はい」

確か立海のマネージャーだったよね。と軽く自己紹介をした後そんなことをいわれは苦笑した。わざわざ神奈川から来るなんて、と思われたんだろうか。私も亜子とジロー君達に呼ばれなきゃ来ませんでしたよ。

「バレンタインに人の応援なんて余裕だね」
「余裕とかじゃないですよ。ていうか滝くんこそ堂々としてるけどいいの?」

何故かの隣に立って亜子と宍戸くんの成り行きを見守っている滝さんに(なんか"くん"じゃないんだよ。"くん"じゃ…)視線を送るとモデル立ちのように決まってる姿で「だって気になるじゃない?」とにこやかに笑った。あ、何かこの笑顔どこかで見たことあるぞ。


「あ、わかった。彼氏がいるんだ」
「……滝くんはいそうですよね」
「フフ。さすがに彼氏はいないよ」
「言葉のアヤですから!」

この雰囲気、幸村だ。幸村に似てる!にこやかに揚げ足をとってくる辺り神の子そっくりじゃないか。
こういう人の場合、ねちねち聞いてくるから下手なことがいえないのが難点なんだよなぁ。いや、初対面で決め付けるのはよくないか。滝さんはもっといい人かもしれないし。

そう思い直してとりあえず「彼氏はいませんよ」とだけ返しておいた。そしたら滝さんは驚いたように目を丸くして、「…そう、」と意味深に微笑んだ。何に納得してくれたのか聞くに聞けないんですけど。



「(話題、話題を変えよう!)そ、その!滝くんって甘いもの大丈夫だったりする?」
「ん?もしかして俺にもくれるの?」

一応初対面だよね?と驚く彼には察しがいいなと思いつつ鞄から大きめの箱を取り出すと「はい!」と滝さんに手渡した。

「中トリュフなんですけど小分けにすると色々支障が出ちゃったので…。なので皆さんでどうぞ」
「……義理チョコってことだね」

本当はそれぞれに渡せればよかったんだけど作ってる途中で寝ちゃったりとか箱の数が合わなかったりとか色々なアクシデントがあって諦めたのだ。
それもこれも幸村が柳の話をするから悪い。気になり過ぎてろくに寝れなかったり授業が身に入らなかったりしたんだ。幸村本人には決して言えないけど。

残念、といいながら受け取る滝さんには苦笑しながら、もうひとつの袋を取り出すとその箱の上に置いた。


「これは?」
「こっちは鳳くんに。14日が誕生日って聞いて慌てて買ったんで大したものじゃないですけど」
「…自分で渡せばいいのに」
「さすがにあの中に入る気にはなりませんよ」

ついっと視線をずらせばあの人集が目に入る。ていうかまだあそこにいたのか。そして何気に増えてないか?

「滝くんにお願いしちゃう形になって申し訳ないんだけど、いいかな?」
「俺は構わないけど…でも、他校なのに鳳にまで気を遣うとか…まるでマネージャーみたいだね」
「えっもしかして余計なことした?」


たらりと流れる冷や汗に引きつった顔で滝さんを見れば彼はクスクス笑って「いや、そうじゃなくてさ」と手を振った。

「馴染んでるなって思って」
「…はぁ、」
「ありがとうさん。嬉しいよ」

鳳には後でお礼の連絡するようにいっておくから、と微笑む滝さんには「いえいえ!そんなマジで大したものじゃないですから!」と恐縮した。

やっぱり滝さんは少し怖いかもしれない。逆らえないという意味で。



*****



ーマジでありがとー!!」
別れ際、勢いよく抱きつてきた亜子はに礼をいうとテンション高く帰っていった。
あの後顔を真っ赤にしながらも無事宍戸くんにチョコを渡してきた亜子と一緒に帰ってきたのだが彼女とは対照的には元気なく息を吐き出す。

滝さんが「もう少し待ったら?」といってくれたけど用事があるから、と帰ってきてしまった。明日は明日でまたチョコを作ったりしなくちゃいけないからと断ったけど、逃げた感は否めない。


ポケットから携帯を取り出すと不在着信が入っていて開いてみれば岳人くんやジローくん、それから忍足くんの名前が連なっていた。そしてそこにない名前にまた溜め息が溢れる。
予想はしていたことだ。跡部さんがたくさんの人に注目されていて、どれだけ想いを寄せられているか。


「世界が違いすぎる…」


とぼとぼと歩いているとすぐ近くに小さな公園が目に入り足をそちらに向けた。夜に差し掛かるこの時間帯に子供の姿はない。むしろこの寒さで人が通る気配もなかった。

は近くのベンチに腰掛けるとハァ、と溜め息を吐いた。

「わかってたつもりなんだけど」


何を焦っていたんだろうか。仁王のことを諦めきれてもいないくせに。そのくせ自分は何を思って氷帝に行った?バカバカしい、と自分自身に呆れて溜め息を零した。内心ガッカリしているがそれをする権利など全然ないのだ。


「わかってなかったんだな、私」


もう少し冷静だったらどうなってただろう?滝さんの言うとおり、彼らが戻ってくるまで待っていられたんじゃないだろうか。変な期待とか勝手な妄想とかするから居た堪れなくなって逃げ帰ったんじゃないだろうか。
優しい跡部さんならわかってくれるとかなんて都合のいいことを考えていたんだろうな。だからこんなにもショックを受けてるんだ。



跡部さん達にチョコを渡そうとしてる子達は誰もがキラキラとしてて可愛かった。見た目というか雰囲気というか『ああ、好きなんだなあ』というのが見てるだけで伝わってきて。

それを見たらポッキリと心が折れてしまったのだ。

そんなキラキラしてる空間に自分はなんて不純な考えで来てるんだろうって思った。
なんて場違いな場所に来たんだろうって思ってしまった。


「バカだなー…」


これ以上仁王のことを考えてしまうのが怖かったのだ。叶いもしない気持ちを抱いて勝手に1人で落ち込んで悩んで。うじうじしてる自分が嫌で。
でもキラキラとした彼女達を見てようやく目が覚めた。私が跡部さんに惹かれてるのは憧れで本気じゃない。自分はただ逃げたくて跡部さんに縋ったんだ。

ホロリと溢れた涙になんて自分は自分勝手な人間なんだろうって思った。こんなんじゃ跡部さんにも呆られてしまう。


「何やってるんだろ、私…」


鞄の中にはこっそりと作った跡部さん用のチョコが入っていて、行き場をなくした自分みたいで余計に惨めに思えた。




岳人も人集の中にいるよ!ちっさいから見えないだけで!!(笑)
2013.03.30