I am lonely.




□ 49 □




カラリと晴れた日曜日、高校の室内コートを宣言通り貸し切った幸村に引きながらもテニス部内対抗チョコ争奪戦が始まった。試合を始めれば高校のコートということで気後れしてた後輩達もすぐに集中して、夏が帰ってきたかのような熱気を見せている。

は次、誰の試合?」
「西田と片桐だね…幸村は?」
「俺は瀬川。じゃあ反対側のコートか」
「うわー瀬川か。可哀想に」

試合結果を書き込み、対戦表を見ていると隣に並んできた幸村に声をかけられた。レギュラーは皆順調に勝ち進み大きなトーナメント表も午後に差し掛かる頃には彼らの名前しか残っていないだろう。

幸村も残る側の1人で、次の対戦相手の名前を口にしたが実はこの試合、まだ結果が出ていない。コートではまだ瀬川と赤井が戦っている。
同じ2年で実力も同じくらいだが幸村にはそのちょっとの差がわかるらしい。そして瀬川は幸村と柳が1番苦手なので、試合もやりにくいだろうなと安易に予想できた。


「瀬川は真田のプレイが好きなんだっけ?」
「うん、みたい」

どちらかといえば真田と気が合うらしいからその理由もわからなくないが幸村の意味深な笑みに「程々にね」と進言しておいた。


「そういえば一昨日、氷帝に行ったんだって?」
「……どこ情報ですか。それは」

というか、何故知っている。と怖々と幸村を見れば何とも綺麗な笑顔で微笑んでいらっしゃいました。お怒りの前に見る笑顔に似てる気がするんですが気のせいですよね幸村さん。



「友達がチョコ渡すっていうからその付き添いだよ」
はチョコ渡さなかったの?」
「…一応みんなに渡してきた」

これくらいの箱に1人3個くらいの容量で、とジェスチャー付きで説明したら何故か幸村が吹き出し笑い始めた。え?そこ笑うところですか?
あまりにも笑うので怖くなり「仁王くんじゃないよね?」と聞いてみたら「何言ってんの?」と鼻で笑われた。

最近幸村の扱いが辛辣なんですが。なんなの、弦一郎と同じ扱いなの?

「個別に渡さなかったんだ」
「うん。色々手違いがあってそこまでできなかったんだよ」
「文句言われたでしょ」
「…よくわかったね」
「なんとなく、想像できる面子だからね」


一昨日の夜と昨日は忍足くんやらジローくんやら岳人くんやら鳳くんやら忍足くん(あ、2回いっちゃった)やらの電話で充電器を片手に電話をする羽目になったのだ。

鳳くんは滝さんが渡してくれた誕生日プレゼントもあったのでわかるけど他の3人は何で待ってないんだとか連絡しろとか14日合流しろとか散々文句を言われて。


気にしてもらえてたことに思わず綻んでしまったけど、長電話で母親に怒られるわジローくんは電話の途中で寝るわ忍足くんに関しては数回に分けて電話してきたもんだから「メールにしてくれ!」と思ったのは言うまでもない。

…まあ、みんなで食べてくれた写メが送られて来た時は嬉しかったけど!日吉まで食べてくれてたのはかなり驚いたけど!そのついでとばかりに忍足くんが14日デートしようや、とかあってゲンナリしたけど!!(試合のこともあったので丁重に断らせていただきましたよ勿論)


柳並に目聡いね、と幸村にいってやれば「中身はトリュフ?」と聞かれた。本当になんでも知ってるな。

「うん。手作りで早くできるのそれしか知らなくて。ていうか去年と今年とでトリュフが得意料理になりそうだよ」
「そうか。去年のチョコもが作ってたんだっけ」
「"が"じゃないよ。"も"だよ」
「食べたかったなぁ」



こいつここに来て更に逆らいづらい奴になってきたな、と思っているとポツリと零れた言葉に目を丸くした。その表情は本当に残念そうでは思わず口を開いた。

「心配しなくても今年は食べれるよ」
「うん。でも去年も食べたかった」
「(その頃は入院してたでしょうが)…幸村ならこれから毎年でもいつでも食べれるでしょ」

コイツそんなにチョコ好きだったっけ?と不思議に思いながらもモテ男ならそんな心配はいらないでしょ、と思った。そしたら幸村が驚いたようにこっちを見てきて肩が揺れる。
何?私変なこといった?と伺えば彼は綻ぶように笑って「そうだな」と手をこちらに伸ばしてくる。ゴミでもついていたのか彼はの髪に指を絡めた。

「じゃあ今度、の手料理食べさせてよ」
「は?…ちょっと待って。どこにそんな流れがあったの?」
「だっていつでも食べさせてくれるんだろ?」
「そういう意味じゃないし!」
「楽しみにしてるよ」

聞いちゃいねーし!勝手だな、と幸村を睨んだがそんなのお構いなしに微笑んでるから溜め息が出た。この顔は絶対作らせる気だ。本当に作ることになるんだろうな、と諦めたは先手のつもりで「大したもの作れないからね」と返した。

私の手料理食べたいとか何考えてんだろ。訝しがるように見遣ってもある意味仁王以上に感情が読み取れなくてはまた溜め息を吐いた。
そんなとは対照的に、至極ご満悦そうに微笑んだ幸村は梳くようにの髪を指に絡めたり、触れた耳朶を摘んだり指の腹でなぞったりして遊ぶので段々恥ずかしくなってきて「ええいっやめんか!」とぺしりと彼の腕を引き離した。お前は何がしたいんだ!


「うわっ!」
「いた!」

幸村から離れようと足を動かすと、横からにドン!という衝撃に遭い、たたらを踏んだは何だと視線をそちらにやった。見れば顔を引きつらせたジャッカルが固まっていては首を傾げた。



「わ、悪ぃ…」
「うん。大丈夫だけど、何やってんの?」
「そ、それは…」

…そういえば、このまま上がっていくとジャッカルと戦うんだよね
「…っ」
どのくらい持久力が持つか楽しみだよ


きっと丸井とふざけていたんだろう、とジャッカルの後ろを見れば丸井が逃げていて。
あいつは、と口を開けようとしたところで底冷えするような幸村の声が降りかかり、ジャッカルが泣きそうな顔をして固まっていた。



*****



幸村に叩きのめされたジャッカルを見届け、はしばしの休憩をとっていた。人数は大分振い落され今コートに残っているのは元レギュラーと現レギュラーの面々だけだ。

「お前シャンプー変えた?何か甘い匂いすんだけど」
「?そうかな?」

スコアボードと水分を片手に試合を眺めていれば試合を終えた丸井がそんなことを言ってきたので身構えた。ていうか、シャンプーの匂いいつ嗅いだんだお前、と思ったがあえて突っ込まないで置いといた。
きっとチョコの匂いでも移ったんだろう。それをいえば「ああ、」と納得したように頷いて「確かにチョコっぽいかもな」と丸井が近づき髪の匂いを嗅いでいた。

ぐいっと頭を引き寄せられたので驚いたは一瞬固まってしまったが、鈍い音と「いで!」という声と離された手に慌てて丸井を見やる。足元には黄色いボールが転がっていた。どうやら、テニスボールが丸井に当たったらしい。


「あースンマセン。手元が狂ったっス」
「赤也テメ!何狙って…いで!」
「ああすまない。手元が狂ったよ」
「……」

ぷんすか怒る丸井に謝ってきたのは赤也で、全然申し訳なさそうに思ってない顔でいうものだから丸井が余計に怒った。しかしそこへ幸村もボールをぶつけてきて閉口してしまう。

え、何この光景。 何か怖いんですけど、と身を引けば無言だった丸井が拾ったボールを赤也にいきなり投げつけた。勿論反射神経で避けたが丸井の手元には2個あったので2個目のボールにはしっかりぶつかっていた。


しかしここで問題なのは1個目のボールで、赤也をすり抜けたと思ったら後ろにいたジャッカルに当たり、その隣にいた弦一郎にも当たった。なんつーコントロール。

まさに妙技、と感心していると怒気を膨らませた弦一郎がこっちに歩み寄ってきたので丸井は一目散に逃げていった。



「…先輩、怪我なかっスか?」
「あ、うん。当たってないから大丈夫」

追いかけっこをしてる2人を眺めていると不意に影が出来、見れば赤也が立っていて。外部を受けたと聞いてから余計に愛想がなくなった赤也はしかめっ面のままの頭を払うように撫でると「先輩隙多すぎ」と怒られた。

「は?何の話…ていうかアンタこそ隙多いんじゃない?頭大丈夫?」
「…それ、スゲー誤解を招く言い方なんスけど」
「結構いい音したじゃない?診てあげるからちょっと屈んで」
「え、いや、別に…って!」
「あーたんこぶはなさそうだね」
「…っス」
「ん?」
「……」
「……」

丸井にぶつけられた辺りを触ってみたがワンコみたいな触り心地のいい髪ぐらいしかわからなかった。赤也の顔を見ても痛そうにしてないし、と伺ったところで目が合いあれ?と思う。
心なしか顔赤くなってない?あれ?デビル…?


「はっ?!」
「え?何?どうしたの?」

いきなり周りを見回す赤也には驚いて不審な目で彼を見やると「何か、仁王先輩につっこまれた気がして…」とのたまった。

「あんた、疲れてるの?」
「ちっ違いますよ!!そんな俺電波じゃねーっス!!」
「……」
「本当ですってば!こう何か、いつもだったらこのタイミングで仁王先輩が来るのに来ないから物足りないような気がしただけです」

全然来てほしくはないんスけど、と眉を寄せてぼやくが確かにそうだな、と思った。慣れ親しんでしまってる赤也だから余計に仁王のつっこみが欲しいのだろう。例えいらないつっこみでも。
「可哀想に」と同情した目で肩を叩けば嫌そうな顔をされた。



「つーか、普通に仁王先輩と戦いたかったっス」
「そうなんだ」
「先輩は知らないと思いますけど仁王先輩のイリュージョン跡部さんとか越前にもなれたりしてんスよ。俺も強くなったしぜってー勝てると思うんだけどな」

これじゃ勝ち逃げですよ、と口を尖らせるワカメにも「そうだね。勝ち逃げはよくないね」と同意した。



*****



さん。次はよろしくお願いします」

赤也が幸村に小言を言われてる姿を遠目に見ながら、薄情にもは審判をするべく担当のコートに入った。さすがの紳士はの隣に着くと早速挨拶をしてくれた。
しかし、柳生くんの次の相手はまだ試合中で仕方なく壁沿いに立ち試合を眺めていた。

「次の試合、やっぱり柳くんかな」
「おそらくそうでしょうね」
「……あ、」


相手は現レギュラーの日向だが3強と謳われた柳と対等に戦うにはまだまだ心許ない。だから勝つのは柳だろうと思い、柳生くんもそう返してくれた。
しかし試合を見ていると何だか柳の方が危なっかしく見えるのは気のせいだろうか。

あ、と声をあげた時には打ち返されたボールはラインを飛び越え、壁に当たった。「よし!」とガッツポーズをとる日向に力をつけてきてるんだな、と感心しながらも柳を見れば珍しく肩で息をしていて汗を拭っていた。
もしかして、調子が悪い?と考え、それからはたと思い出す。そうだ。柳は失恋してるっていってたじゃないか。


日常で些細な怪我をしてるのに試合なんかもっと神経をすり減らしてるんじゃないだろうか。スコアボードをつけてる後輩に近づき中を見せてもらえば柳らしからぬポイントでギョッとしてしまった。きっとそれでも勝てるだろうけど、本当に大丈夫なの?

そんな心配を露に彼を見たが、試合に集中してるせいでこっちを見ることはない。むしろまっすぐ日向を見据えていた。

「どうかしましたか?」
「う、ううん。なんでもない」

ついてきた柳生くんにはへらりと笑い振り向くと視界に白い頭を見た気がした。けれど今回の試合に仁王は参加していない。チョコが嫌いだから仕方ないのだがまるで自分を避けるように思えて、そんな自分の思考回路にげんなりした。



「…仁王くんがいないと少し寂しいですね」
「う、うん。でもチョコ嫌いだし仕方ないんじゃない?」
「…さんは、今日の試合に出ない理由を仁王くんから聞いてないのですか?」
「え?」

柳生くんを見やると彼は不思議そうな顔でこっちを見ていた。チョコ以外に理由なんてあるんだろうか。不思議そうに見上げると柳生くんは考えるように眉をひそめた。

さん。この試合の後、お時間ありますか?」
「う、うん。あるけど」

深刻そうな声に、もしかして重い話なのか?と不安を顔に出せば「いえ、大した話ではないのですがここでいう話でもないので」と申し訳なさそうに返された。ならいいんだけど。


「ああ、決まりましたね」

コートを見れば審判の声が上がり無事、柳が勝利したことを聞いてはホッと胸を撫で下ろしたのだった。




いなきゃいないで淋しい。
2013.04.02