Indication.




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チョコ争奪戦後、柳生くんと一緒に並んでるを周りは奇異とした目で見てきたが、柳生くんは気にした素振りもなく「アデュー」と傍から聞くには少し恥ずかしい捨て台詞を吐いて学校を出た。

その後、一緒に帰るつもりだった赤也が打ちひしがれてたり、次の日真っ黒い笑顔を携えながら幸村が教室に攻め込んでくるとはこの時のは何も知らないままだったのだけど。



*****



皆瀬さんとよく来るという喫茶店に入ったは少し緊張した面持ちでテーブルに座っていた。
純喫茶風の店内は凄く落ち着いてて中学生が簡単に足を踏み入れるには敷居の高い場所のように思えた。しかも周りのお客さんもおじさんおばさんくらいしかいない。柳生くんは制服でなければ確実に溶け込んでいただろう。

そして一緒に来るものだと思ってた皆瀬さんが来なかったのにも驚いた。別に2人きりでも話せるが皆瀬さんがいないこんな場所での2人きりは微妙に緊張する。


「と、友美ちゃんはいいの?」
「はい。大事な話なので友美さんには席を外してもらいました」

彼女にも了承済です、という言葉に幾分かホッとしたが肩は凝り固まったままだ。漂うコーヒーの匂いと目の前に置いてある紅茶にはカップを包み込むように手を添えた。

「それで、仁王くんのことなんだけど…」
「ああそうでしたね」

それでお呼びだてしたのですから。そうはいうが柳生くんもコーヒーに目を向けたまま沈黙してしまった。しばらく緩やかに流れるクラシックの音楽を聴いているとぽつりと柳生くんが口を開いた。


「…前回は私の口からいっていいのかわからず控えたのですが、伺った感じですと仁王くんは何も貴女に話してないようなのできっとお伝えしておいた方がいいと思い、ここへお連れしました」
「…もう、格好つけなくてもいいってこと?」
「ええそうですね。仁王くんはまだそう思っているかもしれませんが少なくとも私にはその必要はないと思いました」

ふぅん、と相槌をうちながら伺えば柳生くんがまた少し考える素振りをしてそれからを見た。


「冬休みにあったU-17のことは知ってますか?」
「うん。真田から聞いてるよ」
「どこまで聞きましたか?」
「えっと、1軍の人と戦ったって」
「それは誰からお聞きしましたか?」
「真田だけど…」

少しだけなら幸村や柳からも聞いていたが全体的な話は弦一郎に1番してもらった。それを聞いて柳生くんは「そうですか」と眉を寄せると「ではまだ知らないかもしれませんね」とメガネのブリッジをあげた。



「簡潔にいいますと、仁王くんは怪我をしました」
「え、」
「仁王くんの技の中に相手のプレイスタイルを模倣できることは知ってますね?それをU-17の時にも使用したのですが無理が祟って左腕を傷めました」
「嘘…」

柳生くんの言葉に顔色を失くした。仁王が怪我?そんな素振りは一切なかったしそこまでしなくても、と思ってしまった。
けれど相手は高校生で1軍ともなれば無理をしなくちゃいけないのだろう、とも思った。

弦一郎も幸村達もそういうこと一切いわなかった。そのことに腹も立ったがあいつらはテニスに関してそういう隠しごとをする奴らだったし、気付けなかった自分にも悔しさが募り唇を噛む。


「どのくらい、ひどいの?」
「通常のテニスは問題ないと思いますが手塚くんのイリュージョンは当分封印せざる得ないでしょう」
「て、手塚くんのプレイを真似たの?!」

よりにもよって手塚くんなんて。彼自体左腕に爆弾を抱えていると聞かされていたし、そのせいで海外で手術することにもなったのだ。
全国大会でも手塚くんを真似てたけど完成してなかったとかいって特に腕を痛めてる様子はなかった。ということはより完成に近い状態なのだろうか。そのせいで腕に負荷をかけてしまったのだろうか。

どんどん顔色を悪くするに柳生くんは慌てて「テニスをすること自体は問題ないんですよ」と取り繕った。


「けど、プレイしてたらいつかは絶対使わなきゃいけないものでしょ?手塚くんクラスのプレーヤーはいないって聞いてるし、真似でも使えるなら私も使うと思う」
「……」
「だからそうなる前にテニスから離れようって思ってるの?」

無理して壊す前に壊れて悔いる前にテニスを捨ててしまうのだろうか。それは仁王らしいかどうかと聞かれて首を傾げる部分もあったが、好きなものを制限されて苦しいのはきっと誰でも同じだろう。
心配そうに柳生くんを見れば彼は少し困ったように微笑んでカップの中のコーヒーを揺らした。



「離れようと思ってるのかまではわかりません。現に私には続けるつもりだといいました。ですが迷っているのも確かでしょう」
「……」
「それに彼女の存在も迷う原因のひとつだと私は思っています」
「彼女…?」

柳生くんの言葉に首を傾げたがすぐに誰だかわかった。新島さんのことだ。それを顔に出せば「さんは知っていたんですね」とまた困ったように笑った。


「…では仁王くんとお付き合いしていたというのも?」
「知ってるよ」

1年の頃付き合ってたんでしょ?といえば柳生くんはメガネをかけ直し、「仁王くんも詰めが甘いですね」と呆れた声でぼやいた。

さんのいうとおり、仁王くんとあの方は1年の頃付き合っています。しかし彼女の卒業を境に別れました」
「え、」
「言葉では3月に別れているんです。ですが噂では2年の夏、ないし冬まで付き合っていました」
「……」
「想像に難くない話ですが、告白は仁王くんから、別れは彼女から。その後仁王くんはずっと彼女を追いかけ続けました」


健気にも愚直にも彼女が呼べば応じていたし、望むことはなんでもした。それで彼女が帰ってくることなどないのだとわかってるのにそうせざる得なかった。幸村が倒れるまで仁王の気持ちはずっと新島さんに向いていたのだという。

「仁王くんは心の底から好きだったんだと思います。だからこそ今も報われないとわかっていても応えてしまうんです」
「………」

さん、」


の名を呼んだ柳生くんは居住まいを正すと真っ直ぐこちらを見た。



「仁王くんには才能があります。怪我を克服できればきっともっと強くなるでしょう。恐らく高校でも同じメンバーが集まり全国制覇を狙うことになると思います。私もまた仁王くんとダブルスを組みたいですし、戦いたい」
「……」
「前回は才能が開花されたことと幸村くんのことであの方を忘れることができました。ですが、怪我をしてテニスを制限されてるこの時期にあの方と会っているのは正直不安で仕方ないんです」
「…そんなに新島先輩はテニスが嫌いなの?」

むしろ柳生くんの言い方だとテニス部が嫌いだと言ってるように聞こえてならない。そんな怪訝な顔で見やれば柳生くんは居心地悪そうに俯きメガネを弄った。


「嫌いでしょうね。その点は彼女に恨まれても仕方ないと思います。連絡が取れないように根回しをしたのは我々なのですから」
「そ、そうだったんだ…」
「きっと仁王くんにも恨まれてるでしょう。ですが才能ある仲間が潰れていくのは見るに耐えられませんし、何よりテニスをしてる時の仁王くんが活き活きとしていて、それが彼のあるべき姿だと確証したんです」

はっきりと聞こえた声には何とも言えない顔で柳生くんを見返した。彼が言いたいことはわかった。けれど何で自分にいうのかがわからない。だってもう自分はただのマネージャーとして彼を見ることはできないのだ。


さん。私は先程仁王くんはあの方を心の底から好きだといいました。ですがそれは時間と共に薄れてきているのも確かです。"だった"という過去形にできるんですよ」
「……」
「それができる人物を私は知っています」


まっすぐ見据えるように微笑む柳生くんに心臓が跳ねた。まるで名前を言われた様な錯覚さえ起こる。いや、そうじゃない。何を言ってるんだ、と口を開こうとしたが柳生くんに遮られた。

「パートナーだからわかるんです。貴女が思っているよりも仁王くんはずっとさんを見ていてずっと気にかけていました。聡い貴女ならもうお分かりでしょう?」


思い出してみれば確かに仁王はずっと気遣ってくれていた。1人で帰る時も幸村との約束で部活から遠のいてた時も。多分あの時部活を辞めたとしても仁王だけは何かと話しかけてくれるんじゃないかって思える程度には仲が良かった。
ああ私、仁王が困ってるのに見捨てようとしてたのかな。そう思ったら泣きたい程に胸が痛くなった。

新島さんにばかり気を取られて好意に甘えて私は何を見てきたんだろう。



*****



家に帰ってきたは玄関先にある鏡に写る自分を見てにこっと笑ってみた。……後悔した。
柳生くんに言われたからといって私のスペックがいきなり上がるわけではないのに。
お調子者、と思いながら「ただいま〜」と母親に声をかけて階段を登ったは自室に入り、クローゼットを開けた。

衣装ケースを開け、入れっぱなしにしてあった袋を取り出す。可愛いロゴが入った袋の中身は全部シュシュで、これでもかっていう程入ってるシュシュだった。
冬場はさすがに使う気になれなくて仕舞っていたけど、新島さんのこともあってわざと遠ざけていたけどひとつくらいは学校でつけようかなと袋の中に手を入れた。

何がいいかな?と漁っていると手に鋭利なものが当たって「あれ?」とそれを掴んだ。
引き抜いたそれは小さな長方形の紙では首を傾げた。どうやら切れ端らしく片方がギザギザになっている。


「折り紙?」

裏の色を見てようやくわかっただったが表に書かれている文字?というか形に眉を寄せた。


「"一く"…?」


『イチク』?文字にするならそうだけど意味がわからない。あまりにも見つめてるうちにゲシュタルト崩壊を起こしてしまって本当にそれであってるのかわからなくなってきた。


「…もしかして、これって」

プスプスと頭から煙を上げた頃、ふと仁王の言葉が過ぎった。そういえば、あの時クイズを解け、といってなかっただろうか。それがこれなのか?でもこれが問題だったら不親切にも程がある。これじゃ何を解けばいいのかわからない。

もしかして、前みたいに図書室に答えが貼ってあるんだろうか。


「…明日行ってみようかな」


ふと零れた言葉には何浮かれてんだろうか、と溜息を吐いた。そしてその紙を机の上に置くとシュシュが入った袋も隣に置いて着替えを持ってお風呂へと向かったのだった。




両立って難しいよね。
2013.04.02