The tear which falls.




□ 51 □




授業中、携帯が震えこっそり中を見れば忍足くんからで添付された画像に思わず吹き出しそうになった。岳人くんの寝顔に落書きしてる…!!しかもジローくんが書いてるし。それ逆じゃね?と思いながらあとで返信しようとポケットに入れ直すとまたメールが来た。

お、連投だな。とメールを見たが迷惑メールだった。
残念、と思いながら外を見やる。今日は曇っていて一段と寒い。外は寒そうだな、と思ったがすぐに視線を外し黒板を見やった。

授業が終わり先生が教室を出ていくとは素早く携帯を取り出し忍足くんにメールを打った。お返しの画像は何がいいだろうか。


「難しい顔してどうしたんだ?」
「あ、ジャッカル。いいとこに来たね」

次は移動教室なので教科書を持って立ち上がったジャッカルにはカメラを起動させると断りもせずそのまま彼を撮った。撮られたジャッカルは「は?」と目を瞬かせたがすぐに我に返り「何してんだよ」と呆れた顔になった。

「いやさ、友達に格好いい彼氏が出来たって報告しようかと思って」
「…やめろよ。それ真田にバレたら俺制裁どころじゃ済まなくなるだろ」

消せと言われる前に添付して送信ボタンを押すとジャッカルが引きつった顔で真面目に言うので今度はが目を瞬かせた。


「え、何それ。付き合うのに真田関係なくない?」
「…お前そんだけ一緒にいるのに真田のことわかってねーのかよ」

いとこじゃん。とつっこまれたが意味が分からず眉を寄せるとジャッカルが溜め息混じりに吐き出した。

「真田ってお前に関してスゲー過保護なんだぜ?に興味ある奴とか片っ端から睨んで追っ払ってんの知らねーの?」
「知らないよ!!」



なんだそりゃ!と声を荒げればジャッカルに不憫そうに見られた。まるで娘を嫁に出すまいと牽制してる親みたいじゃないか!
「あいつは父親か!!」とつっこんだがよく思い出せば幸村の話をした時にそんな感じの発言をしていた気がする。バカだなーって思ってたけどマジだったのか!あのバカ従兄!!

「え、ていうと何?私誰かと付き合うことになったら真田の許可得ないとダメなの?」
「そうなんじゃねーの?あ、あとブン太もうるせーと思うぞ」
「何で?!」
「あいつ何気に寂しがり屋だから構ってやらねーと機嫌悪くなんだよ。彼氏なんか作ったら絶対邪魔しに行くと思うぞ」

どんだけ女王様?!

女の子だったらただの女王様じゃないか!「え、それ超迷惑なんだけど」と顔をしかめ「あいつ彼女いないわけ?」と聞けばここずっと募集中のままらしい。募集中ならすぐにできるんじゃないんだろうか?


「まあ今は赤也とかがいるから本気で欲しいとは思ってねぇのかもな」
「……それ、褒め言葉じゃないよね?ていうかその中にジャッカルも入ってるよね?」
「……」
「はい目を逸らさないでね。現実見ようねジャッカルくん」

確実にからかえる遊び相手だって思ってるよね?そうジャッカルにいえば彼は言いづらそうに目を逸らすのでお前もだからな!とつっこんでおいた。丸井のおもちゃとかどんだけだよ。私のヒエラルキー。

「あー何が何でも外部の高校合格してほしいと思ってきた」
「……そうだな」
「あ、そういえばジャッカルは外部やめたんだっけ?」



も教科書類を持って立ち上がるとジャッカルが首の後ろを掻きながら「あーまぁな」と返してきた。やっぱり丸井のせいだろうか。あんたも丸井に甘いね、といってやれば「別にそんなんじゃねーよ」と小突かれた。

「結局全国で準優勝しかとれなかっただろ?まあ試合としては全力でやったし悔いはねぇんだけど3年最後の結果としてはいいものじゃねーなって思ってよ。幸村が戻ってきたっていうのに優勝旗を持ち帰れねーとか俺達があそこで勝てばって思ったら外部に行くとか考えられなくなってな」
「でも、それは…」

「あー、別に自棄になって落ち込んでるわけじゃねぇから。ただ、幸村もテニス続けるみたいだし他の奴らも続くならもう一度全国を目指そうって思ってよ」
「…丸井は知ってるの?」
「ああ。一応ダブルスの相手だしな。あいつもやる気あるみたいで最近外でも打ってるんだぜ」
「え、そうなの?」


目指せ三連覇!って豪語してたものの、学校のコートはもう赤也達後輩の縄張りになってしまったから前程打てないとは思ってたけどまさか丸井が部活以外でもしっかり自主練してるとは思わなかった。思わなかったけどさすが全国クラス、と感慨深く思った。

「そっか、頑張ってね。高校別になってもちゃんと応援しに行くから」

そしてやっぱり丸井が大好きなんだな、と思いつつジャッカルの肩を叩くと、奴は何かいいたそうな顔になりながらも「お、おう」と頷いたのだった。



*****



がちゃん、とドアを開け外に出ると日差しで幾分か暖かく感じてきたがやはり寒いと思って身を縮ませた。今日はテストの最終日でこれが終わったら部活だー!と赤也が喜んでいた。
今回は追試あったら部長を辞めさせるから、という幸村の脅しもあってそこそこ自信があるらしい。

いいことだ、と思いつつは手すりに手をかけ空を仰いだ。
下の方では休み時間とあって騒ぐ声が聞こえるがここでは遠くに聞こえる。いつもこんな風に見下ろしているのか、と感慨深く思って周りを見回した。

屋上庭園ならもっと暖かくて昼寝に最適なんだろうな、と思いつつもう1度空を見上げた。あの雲、いい形してるな…。ふわふわと浮かんでいる雲の中に去年動物園で見た白兎に似てる雲を見つけたのだ。あの丸いフォルムといい、ふわっふわな感じといいそっくりじゃないだろうか。


また会いに行きたいな、と思いつつ携帯を取り出し写真を撮った。
もし行けても1人かもしれないけど。そんなことを思って自嘲気味に笑ったはメール操作をしながらドアの方へと向かう。一応最後に見回してみたがいるとは思ってなかったから特に気にせず屋上を後にした。

ドアを閉め、少し暖かくなった空気にホッと息を吐くと送信ボタンを押した。送っても返ってこないメールを送るのはこれで何通目だろうか。
仁王に返さなかったメールと同じくらいになるんじゃないか?と思いつつ携帯をポケットにしまった。いつまでこれを続ければいいんだろう。


きっとあの画像を見てもわからないんだろうな、と思いつつ階段を下りていくとさっきよりも騒がしい声が聞こえてくる。これが終わったら卒業式の練習かーと思いながら歩いていると誰かとぶつかりそうになった。

「「あ、」」
と互いに振り向きその人物に驚いた。横田さんだ。

「…雅治、屋上にいる?」
「ううん。見なかったよ」

屋上に続く階段とを交互に見て聞いてきた横田さんに嘘をつくわけでもなく素直に答えた。しかし、彼女は信じなかったみたいで階段に足をかける。まぁいいけど、と思い背を向けると声をかけられた。



「雅治が今付き合ってる人知ってる?」
「……多分付き合ってないと思うけど」
「噂、知らないの?」

確証はないけど、と思いつつ横田さんを見れば彼女は一旦視線を外し「新島って先輩知ってるでしょ?」と視線を戻して問いかけた。それに静かに頷くと今は彼女と付き合ってるらしい。

「あの人他に彼氏いるのに雅治のこと弄んでんだって」
「……」
「それ聞いて悔しくないの?」


何も返さないに横田さんはぐっと綺麗な顔をしかめるとこっちに歩いてきて手を振りかざした。え?と驚けば乾いた音がしてじわりと頬が熱くなった。
「信じらんない。何で今迄アンタに気を使ってたんだろ」そういって横田さんは背を向けた。

「私はまだ雅治のことが好き。だから雅治をとっても文句言わないでよ」

熱を持った頬に手を当てれば横田さんはそう吐き捨てて今度こそ階段を上っていった。


「…うん、まあ、わかってたけど」

わかってるのに胸の辺りがじくりとするのは仕方ないことで。ははぁ、と溜め息を吐いて教室に戻った。



仁王はモテる。彼を狙ってる女の子が簡単に動くのはわかっていたはずだ。



柳生くんの話を聞いた時は全身が茹だったように熱くもなったしやるぞ!と気合も入った。けれど目の前に掲げられたテストをこなさなきゃならないし図書室にもまだ行けていない。別にわざと行かないというわけじゃないがどうしてもタイミングが合わなくて今に至る。

頬を擦り、内心焦る自分がいるが本当に仁王はそれを望んでいるのか?と不安にもなった。
柳生くんはいわなかったからもしかしたら知らないのかもしれないけど、仁王のメールをずっと無視してきたのだ。

他愛の無い内容だからといって仁王の怪我にも気づけない自分が果たして彼に想いを寄せていいのか、もしかしたらもうどうでもいいと割り切ってもっといい人を探してるのかもしれない、とか。


そこまで考えて胸がじくりと痛んで眉をひそめた。時間が開けば開くほど悪い方に考えが向いてしまっては振り払うように頭を振ると教室へと急いだ。

それでも私は仁王に会わなきゃいけないんだ、そう言い聞かせて。



*****



「柳くん」

帰りのSHRも終わって教室を出たはF組に顔を出した。皆瀬さんの姿は既になく、席にぽつんと座って本を読んでいる柳に声をかければ「か。どうした?」と栞を挟んで本を閉じた。

「幸村待ち?」
「ああ、そんなところだ」
「仲いいよねー」

そんなことを話しつつ隣の席に座ると「あのさ、」と柳に身体ごと向けて話しかけた。

「柳くんて、仁王くんの噂聞いてる?」
「……噂か。確か、高校の先輩と付き合い始めたとかいうものだったか?」
「うん。で、さ。柳くんはどう思う?」
「どう、とは?」
「噂、本当だと思う?」
「どうだろうな。仁王とは顔を合わせる程度しか会っていないから確証は持てないが、ただの噂である確率は64%だな」
「そっか…」

遠からず近からずってところか。ありがと、と席を立ったは椅子をしまいつつ「そうだ、」と柳を見やった。

「仁王くんがいそうなところ。屋上以外で知らない?」
「…そうだな。空き教室…もしくは視聴覚室かもしれないな」
「視聴覚室?どうして?」
「以前、鍵を紛失したという報告を受けたことがある」



外の可能性も拭いきれないがこの時期は長居しないだろう、と教えてくれた柳に礼を言うと幸村がひょっこり顔を出してきた。

「ん?帰るの?」
「うん。あ、そうだ。幸村、本まだ借りてていい?あともうちょっとなんだ」
「それは構わないけど……て、どうしたの?それ」

近づいてきた幸村がおもむろに手を伸ばし頬に触れてきたので「目敏いな」と肩を竦めた。

「叩かれたの?」
「あー……うん。一部のファンにね」

一部も何も横田さんなのだけど。言い訳が思いつかず視線を彷徨わせたが素直に答えると幸村の眉間に皺が寄った。
思ったよりも腫れたかな、と幸村の手から逃れれば「、」と柳に呼び止められた。


「"仁王"に、何かあったのか?」
「ううん。ただちょっと、最後のマネージャーの仕事を思い出した?みたいな?」
「……何故疑問形なんだ」

呆れる柳には笑って「じゃーね、2人共!」と手を振って教室を出ようとしたが今度は幸村に引き止められた。しかもしっかり手を掴まれて。


「な、何?」
「…心配だから送るよ」

振り返れば逃がさないとばかりに掴む幸村の手の温度と見つめてくる瞳に思わず戸惑った。どこか切羽詰まってるような顔に目を見開いた。テニスでもこんな顔見たことあっただろうか。

「だ、大丈夫だよ。今日はもう何もないだろうし」
「そういう油断をするから階段から落ちたりするんだろ」
「……」
。一緒に帰ろ?」

幸村の声に言葉が詰まる。ぎゅっと手を握られ、諭すような優しい声色に無性に泣きたくなって。

わかってる。これは逃げだ。仁王に会うのが怖くて、何で私があいつの面倒を見なきゃいけないんだって思ってて。何で私に期待なんてするんだろ。仁王が好きな人は自分じゃないのに。
柳生くんを疑うわけじゃないけど、でも纏わりつく噂も全部嘘じゃないって知ってるには十分に心を傷つける刃物だった。

眉を寄せしばし考え込んだだったが、諦めたように息を吐くと「わかった」と頷いたのだった。




すれ違い。
2013.04.05