God damn.




□ 52 □




今日は朝から雨が降っていて憂鬱な気分になる。隣にいる彼女もあの雨雲と同じような顔つきで溜め息を吐いた。

「そっか。視聴覚室にはいなかったか」
「うん。比呂士くんも気にしてくれてるんだけど捕まえられなかったみたい」

がっくりと肩を落とす皆瀬さんには廊下の窓に映る自分を見て私も疲れた顔してんなーと思った。相変わらず図書室には行けていない。仁王も行方不明のままだ。せめて自分がB組なら捕まえることができたかもしれないけど。

「丸井は役に立たないしなー」
「丸井くん放任主義だもんねー」


丸井を使って仁王を確保しようと打診したこともあったけどジャッカルに苦い顔をされて丸井本人にも「放っておけば?」の一言で終わらせられてしまった。心配してないとは思ってないけど冷たさしか感じないんだよなアイツ。

「テニスの話はしてやんなっていってたしね」
「やっぱそうかー」
「帰り一緒らしいよ。丸井達と仁王くん」

柳くんがいってた。といえば皆瀬さんは面白くなさそうに「それ聞いてない」と口を尖らせる。

「え、聞いてないの?」
「うん。それにここずっと話せてないし」

驚き彼女を見やれば「蓮二くんに嫌われちゃったのかな…」と零していてそれはないだろう、と取り繕った。


「ホラ、幸村が定期検診とかで学校休んでたからそのせいじゃない?」
「そっか。幸村くん昨日までお休みしてたっけ」

発病して1年、手術して半年経ったということで今回大掛かりに精密検査をしなきゃいけないらしく学校を休んでいたのだ。面倒くさい、と本人は嘆いていたけど健康は大事だと3強の2人と言葉を揃えて送り出したのが無事帰ってきたらしい。
「何もないといいね」といいながら空を見ているとクラスメイトに声をかけられ振り返った。どうやら担任が呼んでいるようだ。



「じゃあ、私も引き続き探しておくよ」
「うん。あとメールも送ってる?」
「うん、送ってる、送ってる」

送ったところで返事はないのだが。皆瀬さんに勧められるまま気が向いた時にメールを送っていた。件名も本文もないただの画像メールに彼はどう思うだろうか。そんなことを考え職員室に向かった。



*****



そろそろ本当に図書室行かないと。そう思ったのはテストの結果が返され卒業式の練習が始まってからだった。微妙に焦りながらもこうやって校歌歌ってる自分に行く気あるのかな?と問いただしたくなる。

式の練習も終わって教室に帰りながら本当に卒業するんだなーと他人事のようにぼんやり考えていると亜子が困ったような声をあげた。

「ええ?!今日の帰りダメなの?!」
「うん。今日は部活に顔出せって幸村に言われてさ」
「えー?だってもう引退したじゃん!!どんだけ仲良しなのよ!」

文句を言う友達にはごめんよーと手を合わせた。
しかしここ数日幸村や柳と一緒にいることが増えたな、と思う。大抵用事は本か部活なので顔を合わせることが増えるのは必然なんだけど。
それもあって図書室にはずっと行けていない。仁王にも会えてないままだ。


「ええー…じゃあ今日は我慢しようかなー」
「行ってきなよ。高校に上がったら部活三昧で会える時間限られるだろうし」
「そうだよ。宍戸くんだって亜子に会いたいと思ってるかもよ?」
「えっやだっ期待させないでよ!!」
「…しょうがないな。の代わりに私らが行ってあげるから」
「ホントー?!ありがとー!!」

喜ぶ亜子には「また今度誘って」と平謝りをした。
最近は亜子と宍戸くんが連絡を取り合って遊ぶ約束を取り付けるようになった。それはいい意味での変化でこれはもしかして?と友達とニヤニヤしている。


は跡部くんに何か伝言ある?」
「え?あーうん。そうだね。じゃあ風邪引かないように気をつけてくださいっていっといて」
「ぷっ何か他人行儀じゃない?」
「そういえば跡部くん風邪気味でうつされたかもってこの前宍戸くんいってたなぁ」
「じゃあお見舞い行かなきゃ!!」
「流石に治ってるでしょーよ。私だって治ったのに」


そこまでいって周りの目がニヤついてることに気がつき口を噤んだ。しまった、変な言い方をした!と気づいた時には既に遅くはうっと顔をしかめた。



つい先日亜子達が跡部さん達とテニスをしたのだ。まあ、跡部さん達には物足りないものだったと思うけどそれなりに楽しんだらしい。

ちなみにはというとその日ちょっと風邪気味で、うつしちゃマズいよなってことで欠席したんだけど夜になって何故か跡部さんが来たのだ。バラの花束を持ってきた中学生に私も母親もどんだけ驚いたことか。

花瓶に刺さってる主張の激しいバラを思い出して遠い目になっているとにんまり笑った亜子が肩を組んできた。


「そーかそーか!やっとにも春が来たってことか!!」
「ちょっちが!!」
「隠すな隠すな!別に恋するのは悪いことじゃないって」
「いや、だから」
!一緒に頑張ろうね!!」
「うまくいったらちゃんと報告しなさいよ!!」

…絶対楽しんでやがるな。

真剣な眼差しで協力体制を仰ごうとしてる亜子には引き吊った笑いを浮かべながらそそくさと自分の席に戻るとジャッカルに声をかけられた。


「さっき跡部とか聞こえたんだが、お前ってまだ氷帝と仲いいのか?」
「あーうん。まあ」

ジャッカルが聞いてくると思わなくてなんとなく引き気味に答えていると「へぇ、」と感心するような声が返ってきた。

「何?」
「いや。あいつらクセ強いから、お前が振り回されてんじゃねーかと思ってたけど…でも仲良くやってんのか」
「否定はできないけど、アンタ達だって相当クセ強いよ?」
「俺じゃねーだろそれ」
「うん。ジャッカルは普通」

普通と言われてなんだか複雑そうな顔をしたジャッカルだったが常識人の枠だろうということに無理やり納得しておいた。



「楽しいか?」
「え?うん。意外と普通の遊び知ってるし面白いよ。あーでも跡部さんはちょっとズレてるかも」
「普通ねー」
「カラオケとかボーリングとか。普通でしょ?あ、そうそう。ズレてるといえば前に跡部さんが夢の国行ったことないっていうから行こうかって話になったんだけど、全額出すとか言い出してさ。
ホテルとか当たり前に取ろうとしたからマジで止めたんだよね」
「え、それってみんなで、だよな?」
「うん。だからみんな慌てちゃってさ。跡部さんマジなんだもん驚いちゃったよ」


あれ絶対スイートとかとっちゃうつもりだったんだよ!と笑ったがジャッカルは何ともいえない顔で笑っていた。内心頑張れよ赤也、なんて思ってることなどは知る由もなかった。
ていうか中学生でスイートとかありえないよね。普通引くよね。

「ああでもそしたら噂の芸能人が通る専用口通れたかもしれないから失敗したかも」
「本当にそんなのあんのか?」
「さあ、噂話だしね。でもあったら通ってみたくない?」
「機会があればな。つーか跡部なら夢の国貸し切っちまう方が早くねーか?」
「確かに。え?でもできんの?」
「金出せばできるらしいぜ?この前テレビで言ってたし」
「でもかなりの額でしょ?跡部さんならできなくもないだろうけど、それは流石に引くわ」
「…だな」


夢の国がお休みだなんてブーイングもいいところだろう。そこまでして夢の国に行くよりはうざったい列に並んでお喋りしてる方がまだマシである。

そんなことをいえばジャッカルがどこか安心したように笑って「そのうち俺達も遊園地行くか」なんて誘ってくれたのでも乗り気に「デートかよ!」とつっこんで「でも楽しそう!行こう行こう!」と返したのだった。



*****



何日も降り続いた雨が止んで水溜りを飛び越えたはテニス部の部室まで来るとノックもそぞろにドアを開けた。中に入ると有難いことに幸村が満面の笑みで出迎えてくれた。


「無事不合格おめでとう」
「……私、受験に落ちてこんないい笑顔で褒められたの初めてだよ」

後にも先にもこれきりだろうがね。「早く中に入って暖まりなよ」と中へと引き入れる幸村は甲斐甲斐しくも椅子を引いてを座らせるとその隣に自分も座った。目の前の席には柳がいて「滑り止めは工業ではないな?」と聞かれ頷いた。

「じゃあ大丈夫だね。これでも晴れて俺達と同じ立海生だ」
「マタミンナト一緒ニ過ゴセテ嬉シイナア」
、カタコトになっているぞ」


だってしょうがないじゃん!落ちたっていうのにこんな嬉しそうな顔されてみろよ!落ちるとわかってても悔しいじゃないか!
そもそも、受験前日に仁王と動物園さえ行かなければ…と頭を抱え溜め息を吐けば幸村が気遣わしげに覗いてくる。もう放っておいてくれ!

「…泣いているのか?」
「違うみたいだけど…、落ち込んでる?」
「落ち込んでる」
「ごめん。ちょっと気配りが足りなかった」


素直に謝ってくる幸村にちょっとだけ顔を上げると柳がお菓子を勧めてくれた。ありがとう柳くん、君と柳生くんはテニス部の良心だよ。

ハッピー○ーンをボリボリ食べていれば今度は幸村が紅茶を出してきてくれた。ある意味家並になんでも出てくる部室だなと思った。
ありがとう、と紅茶をすすればほのかに感じる甘さがとても美味しかった。



「まあ、いいんだよ…落ちると思ってたから」
「そうなのか?」
「うん」
「でもいざ落ちてみたらショックだった?」
「…うん」
「精市、」
の傷を抉るな、という声が聞こえたが今は食べることに集中した。

「丸井に比べたら俺の方がまだマシだと思うけど」
「おーっす!お!どうだったよぃ?!」


幸村の言葉に顔を上げれば丁度丸井とジャッカルが入ってきて早速聞いてきた。それは期末テストの結果なのか受験なのかわからなかったがきっとテストだろうと思って「普通」と返しておいた。
しかし丸井が欲しかった言葉は違ってたようでしかめる顔にも眉を寄せて腕をバツにすれば「よぉっし!」と何故かガッツポーズをされた。え、何その喜びっぷり。

説明してくださいよ、ジャッカルさん。と見やれば彼は申し訳なさそうに眉尻を下げた顔で首を掻いた。


「あー実はブン太の奴、が別の高校受けるって聞いてからずっと落ちるように願掛けてたんだよ」
「はあ?マジで?」
「おうよ!今年の初詣もしっかり願っておいたぜぃ!いやあ神様に頼んでみるもんだな」

ていうと何か?あの全国大会からずっと私呪われてたのか?!
嘘だろおい、とジャッカルを見れば顔を逸らされ丸井を見れば腹立つことにブイサインをされた。

「…柳くん」
「な、何だ?」
部室にあるお菓子全部持ってきて。私全部食べて帰るから
「は?何言ってんだよぃ!それは俺がコツコツ貯めたお菓子だぜ?!」
全部私が食ってやる!


やけ食いだあ!と近くにあったお菓子を片っ端から開けると食べれるだけ食べだした。それを見た丸井は顔を真っ青にさせ「俺のお菓子がああ!」と奪い返そうとしたが足蹴にして追い払ってやった。



「少しは落ち着いた?」
「…うん。もう食べれない」

のお腹が満たされた頃にはストックのお菓子が3分の1以下になっていた。残りのお菓子を抱えた丸井がの手が届かないところで涙目で食べている。泣きたいのはこっちだっての。

新しい紅茶を差し出してくる幸村に満腹です、と答えると「あんだけ食えば当たり前だろうよぃ!」と遠くから丸井が叫ぶ。その丸井と睨み合ってお互い顔を逸らせば幸村が吹き出し、なんだよ、とテーブルに突っ伏したまま彼を睨んだ。


「これでまたみんなで同じ高校に通えるんだって思ったら嬉しくってさ」
「……そういうことよく恥ずかしげもなくいうよね」

の素直なコメントに丸井とジャッカルが頷いたのが見えた。それを幸村が笑顔でプレッシャーをかけると「は違うの?」と問いかけてくる。

「…嬉しい、かも」
「なら一緒じゃないか」
なんだか乗せられた気もしないでもないんですが。


「…それで、は高校に入ったらどうするつもりなんだ?」
「どうするって?」
「部活だ。デザイン関係の部ならいくつかあったはずだぞ」
「…そっか。そういうのも有りだよね」

学校は無理だったけど、関わることはできる。前に跡部さんがいってたことを思い出してそれはいいかも、と思った。しかし、幸村は浮かない顔をするので首を傾げた。


「そっか…。はもうマネージャーじゃないんだな」
「う、うん…」

なんだろ。この不穏な空気は。いや、ダメだからね?高校のマネージャーの仕事半端ないって弦一郎もいってたし、幸村だって知ってるでしょ?だからさ、そんな目で見ないでくれる?!



「どうせだ。部活掛け持ちすればよくね?」
「丸井!余計なこと言うな!!そしてマネジと掛け持ちなんて無理に決まってんでしょうが!」
はもう俺達と関わりたくないんだ?」
「……いやっあ、あのね幸村」
「…確かにマネージャーの仕事は大変だし苦労もかけるだろうけど俺達にとってなくちゃならないものなんだけどな…」
「うっ…」
「皆瀬も高校は違う部活に入るっていうし。高校のマネージャーは男だっていうし…」
「マジかよぃ?!!お前マネージャーになれ!」

俺やる気出ないかも、と嘘臭さ満載の幸村のセリフに続き、真剣に焦る丸井に思わず「なんでやねん!」とつっこんでおいた。皆瀬さんがマネージャーやらない理由はわかるけど高校は男なのか…。益々入る気にならない。

わかりやすく顔をしかめれば、そこへまた煩いのが部室に入ってきた。


「ちーっス」
「おっいいところに来た!赤也、お前からもにいってやれよぃ!」
「?何をっスか?」
「お前だってこのまま繰り上がりだろ?高校でもテニスやるよな?」
「当たり前じゃないっスか!」
「マネージャーはやっぱ男より女だろぃ?」
「そ、そりゃ勿論っス!」
がマネージャーだったらお前も嬉しいよな?」
「うっ……へ?」

目を瞬かせる赤也の肩を組み丸井はこちらを指差してくる。流れ的に赤也が面白がるか怒るかのどちらかだと思って渋い顔をしてると彼は驚いた顔でを見てきた。いうなれば鳩が豆鉄砲を食らった、というアホ面である。


「え、先輩…て、高校、立海なんスか?」
「……」
「おうよ!外部は落ちたってよ!」

なっ!と満面の笑みで見てくる丸井には「うっさい」と怒った。いい加減にしないと本気で怒るぞ。コノヤロウ。



「よぉっしゃああああああっ!!!!」
「うっせーーよ!赤也!!」

両手を挙げて喜ぶ赤也に無性に腹が立っては大声で叫んだ。人の不幸を喜ぶとかどういうこと?!
揃いも揃って酷い奴らばかりなんですけど!そう憤慨したが誰もに同情してくれる人がいなかった。




という訳で仲良く同じ高校に行きます。おめでとう(笑)
2013.04.05