Practice game.1




□ 6 □




幸村に会ってからのの精神は散々だった。
何をやっても足りない気がして不満ばかりが残る。そのくせやることは変わらずたくさんあるし赤也も煩いし表面では平気な顔でいなくちゃいけない。それに最初のうちはの暴言を幸村が柳達に告げ口してないかビクビクしてたもんだから余計に疲労が大きかった。

けれどそれは無駄な考えだったらしく、普段どおりに接してくれるテニス部メンバーにちょっとホッとしていた。辞めるのはいいけど幸村に暴言吐いたとばれたら生きて帰れない気がしたからね。

どうやら幸村の方が何倍も大人だったらしく、怒った様子も落ち込んだ様子もないとこっそり弦一郎に聞いて確認していた。こういう時の弦一郎は本当助かる。無駄に勘繰りしないし隠し事できないし。


しかし、自分の言葉がこれっぽっちも伝わってないのかと思うとなんだか空しい気もするが、病人相手に痛々しい発言をした自分の方が空しいだろう、と思いなおした。



バスのステップに立ったは空を見上げ眩しそうに目を細めた。休日の今日は氷帝との練習試合だ。平部員を主に見ているにとってあまり関係のない試合だが柳に「氷帝のマネージャーはレベルが高い。お前も学べるものがあるだろう」ということでご一緒している。

彼は本気で私をマネージャーに仕立てるつもりらしい。幸村の発言を聞いてからまざまざと見えてきて何だか頭が下がる想いだ。
彼の好意を無にしないように柳達についていくとこれまた大きな校舎が見えて思わず開いた口が閉じれなくなった。

「なんだよ。お前氷帝に来たの初めてか?」
「うん…何か凄いね…色々」
「やめてくださいよジミー先輩。田舎もんじゃないんスから」
「そういうオメーも初めて来た時ずっと口開きっぱなしだったじゃねぇかよぃ」
「お、俺のことはいいんですよ!!」
「コートも観客席があってスゲーんだぜ」
「観客席?!」

マジで?!と丸井を見れば「いい反応だぜ。楽しみにしてな」と笑った。隣ではうわーと引き気味に見てるワカメがいるが気にしないでおいとこう。


勝手知ったるように先頭を歩く弦一郎についていくとどこかの競技場のような壁にぶち当たった。その奥では掛け声が聞こえていて弦一郎は近くの階段を登っていった。ジャッカルに続いて階段を登りきるとそこには学校とは思えない完全設備のコートがあって大きく口を開けてしまった。

「はああ?え、これマジで?中学校で?!」

そりゃ立海の設備も凄いって思ってたけど、それとはまた別な…いわばいつでも試合会場みたいなコートにただただ圧倒されるしかない。その顔を見た丸井が満足そうに笑って「やっぱそう思うよな!普通はそうじゃなきゃ!」と納得したように頷いている。



「こんだけスゲー設備が学校にあるってのに初めて来た時驚いたのは俺とジャッカルだけだったんだぜぃ?仁王と柳なんか反応すら薄くてよ」
「去年は赤也がおもしれー反応してたけど、お前ほどじゃなかったな」
「え、そんなに私リアクション大きい?」

もしかして恥ずかしい奴?と口を手で隠すと「すんげー恥ずかしいっス!」と赤也が口を挟んできた。

「それをいうなら去年来た時の皆瀬もいい反応だったぞ」
「え?!だって学校にこんな設備あると思わないじゃない?」
「うむ。これも跡部の力所以だろうな」
「そうらしいですね。このコートは彼が入学した際に改築して作ったそうですから」
「跡部…」

怖いな跡部。どんだけ金持ちなんだ。


へぇ、とコートを見回していれば奥の方からなんだか輝かしいオーラを持った人物が歩いてきて視線が止まった。あ、跡部さんだ。
テニスが出来ないではあったが全国に行ってる従兄弟がいると自然と応援しに行くことが多い。その為、強豪校の目立つ人は記憶してるのだ。次いで、練習試合に行くならと皆瀬さんが用意してくれた資料を読んでたから顔と名前は一致している。

「ウォームアップは好きなところでかまわねぇぜ。外のコートも自由に使ってくれ。試合開始は10時からで構わねぇか?」
「ああ。ではそれまでにオーダー表を用意しよう」


立ち方がモデルみたいな人だ。スゲーな、と感心していると話が終わったのか踵を返し去っていく。後姿も様になるなあ。

「むぐっ」
「口、開きっぱなしぜよ」



副業でモデルとかしてないのかな、と考えていればいきなり唇を挟まれ無理やり口を閉じさせられた。口を摘んでる人物を見れば斜め後ろに仁王が立っていて、何を考えてるのかわからない顔でを見ている。何すんだよ、と眉を潜めれば口を引っ張られ痛いと声をあげた。

「おーよぅ伸びるのぅ」
「んーっ!!」
「まるでアヒルみたいな口じゃの」

ニヤリと笑う仁王に抗議のつもりで腕を叩いたがその振動がもろに唇に伝わって余計に痛かった。つか、マジで離せ!あほ仁王!!

「仁王くん。女性にそんなことをしてはいけませんよ。腫れたらどうするんですか」
「……しょうがないのぅ」


ぐいぐい引っ張ってくる仁王に見かねた柳生くんが助け舟を渡してくれたグッジョブ、柳生くん。
ありがとう、をヒリヒリするする口で笑顔を作れば赤頭とスキンヘッドとワカメがブッと噴出した。黙れ!3バカめ!


コートの外に出ればまたコートがあった。今度は立海にあるようなコートだがやっぱり整備が行き届いている。よく放置してしまう端っこの雑草なんか見えやしない。

「完璧だわ…完璧すぎて怖いわ…」
「わかるよ。ちゃんの気持ち」

レギュラーが準備してる間、達は氷帝のマネージャーと顔合わせをして設備説明を受けた後思わず感慨の声を漏らした。それに同意するように皆瀬さんが頷き後ろを降り返る。まさかマネージャーにも平とレギュラーがあるなんて思わなかったよ。全てが規格外だわ氷帝。


「ていうか圧倒されすぎて何を学んだらいいのかわからないんだけど」
「うーん、とりあえず練習風景を見てみたら?平の子は別コートで練習してるっていうし」



皆瀬さんの助言にそれもそうか、と思ったは粗方準備を手伝った後、弦一郎に許可をもらって立海がいるコートを後にした。
どうやらレギュラーがいる競技場みたいなコートの他に弦一郎達がいるコートとそれから少し離れたところにもコートがあるらしい。

聞けば氷帝のテニス部部員数は200人を超えてるというではないか。これが男女合わせてじゃなく男子だけで200人越えだというんだから驚きだ。立海の倍以上じゃないか。
マネージャーの仕事も大変なんだろうな、と思うとウンザリする。

こういうところが幸村の不興を買ったのかな…。


整備が行き届いた中庭を通りながら木の根元で横たわってる人が見え、こんな陽気だし寝たら気持ちいいんだろうな、となんとも羨ましい気持ちになりながらその横を通り過ぎる。
そんなつもりはなかったけどやる気ないんだろ、と言われてからどうにも自分のテンションが低い。どうしたものか。

「広い…無駄に、」
「ん?立海生がこんなところでなにしてん?」

十字路で立ち止まったのはいいものの、目的のコートが見えなくて途方に暮れていれば校舎(だと思う。豪華すぎてどこからどこまでが校舎かわからない)の方から声をかけられ振り向いた。
メガネを反射させ現れたのは氷帝のジャージを羽織った生徒で、見覚えのある顔に「あ、」と声を漏らし頭を下げた。



「こんにちは」
「こんにちは。自分こんなとこで何してん?立海がいるコートはこっちやないで」
「はい。こっちに氷帝のテニス部の人が練習してるって聞いたので」
「こっちいうてもいるのはレギュラーやのうて平だけやで?」

平部員を見てどうするんだ?といわんばかりの彼には困ったように笑って、マネージャー成り立てだから氷帝のマネージャーを見て学ぶつもりなんだと正直に答えた。


「ふぅん?俺はてっきりレギュラーの偵察に来たんかと思っとったけど…」
「それは相応しいデータマンがいるので」

今丁度そのデータを駆使してオーダー表を作っていることだろう。の言葉に納得したらしい彼は平部員がいるコートを快く教えてくれた。


「あ、待ち」
「?はい」
「自分、名前なんていうん?」

例の競技場みたいなコートに向かうだろう彼に背を向けると数メートルもいかないところで引き止められた。スカートを翻し振り返ると「俺は忍足侑士や」と聞き返す間もなく名乗られた。しかもフルネーム。

です」
さん、な。自分何年なん?見た感じ年下な気しぃへんけど」
「3年ですけど」
「なんや同い年やん。そんな気ぃ使わんと砕けた喋りでええで?」
「え、や…うん。わかった」


人好きしそうな笑顔になんとなく押し切られて頷くと彼はまた嬉しそうに笑った。この忍足って人は結構チャラいのかもしれない。
じゃあこれで、と1歩引いたが彼の視線はこちらを向いたまま逸れなくて動くに動けない。なんだろう、まだ何かあるのかな?と伺うと顎に手を当てたままジロジロとを見ていて居た堪れない気分になる。彼の視線が足の方に向いてるのは気のせいだろうか。



さんてマネージャーになる前は何か運動でもやってたん?」
「え?いえ特には…」
「…そういう割には足の筋肉いい具合についてる気ぃするけどな」
「え?!あー多分自転車で通学してるからだと」

やっぱり足見てた!と顔を引きつらせれば、その表情に気づいた忍足が「あーちゃうちゃう。自分の足綺麗やから見惚れとったんや」と付け加えた。
綺麗ってどこがそう見えたんだろう。膝なんか結構傷だらけなのに。いくら自分の出番がない練習試合とはいえ制服じゃなくてジャージにしとけばよかったと心底思った。


「そ、そうですか?自分じゃよくわからないんですけど…」
「それは勿体ないなぁ。自分いいもの持ってるで」

俺がいうんやから間違いない、と豪語する忍足くんに内心ドン引きしながらも「ありがとうございます。じゃ、じゃあ」といって今度こそ歩き出した。
時間を見れば結構話してたみたいで、急ぐように小走りで向かった。

その後ろで「あかん。つい見惚れてミスったわ…」とぼやく忍足の姿が合ったがの耳には届かなかった。



*****



結局平部員の練習風景を見たけど殆ど時間がなかった。原因は広すぎる氷帝の敷地と迷った自分のせいだがあの忍足って人のせいもあるといっても過言ではないだろう。
足綺麗だなんて初めていわれたし。悪い気分にはならないけど初対面でそんなこといわれるなんてショッキングすぎて頭から離れなかったのだ。

氷帝、マジ怖い。というのが更にインプットされたのはいうまでもない。


「どうだ?少しは学べたか?」
「うん。まあ…。私語少ないしみんな機敏に動いてたのはわかったよ」
「そうか、」
。悪いがこのオーダー表を跡部のところまで持っていってくれないか?」
「え゛」
「?どうかしたか?」

動いて暑くなったのかジャージを脱いだ弦一郎にそう報告すると納得した声が返ってきた。むしろそれくらいしかわからなかったんだけどね。
レギュラーがいなくてもあんだけ真面目にやってたら強くもなるよな、と思うと同時に確かに今の立海ではありえない空気でもある。

厳しくするしかないのかな、と考えていると柳からオーダー表を手渡され思わず顔が引きつった。何故私が?と彼を見たが、忍足くんとのやり取りを知らない柳にいっても仕方ないことなので「ううん。なんでもない。行ってきます」と引きつった顔で請け負った。


そろそろと目立たないように氷帝側にいるコートに行けば真っ先に忍足くんの姿を捉え、警戒した。別に何かあるわけじゃないけどなんとなくだ。
丁度彼は背を向けた形でおかっぱの子と練習をしているようだ。辺りを見回すと少し上の客席に跡部さんが座ってレギュラーの練習をじっと眺めている。

声をかけようか迷う真剣さだったけど彼の周りはスポットライトを当てられたかのように誰もいなかったし、の周りにも声をかけられそうな人がいなかった。



「あの、失礼します。オーダー表を持ってきました」

横顔をじっと見ながらオーダー表を差し出すと彼はちらりともこっちを見ずに受け取った。視線が真剣すぎて失礼だな、と言う言葉すら浮かばなかったは「では私はこれで」と堅苦しい感じのまま頭を下げてしまう。相手が跡部さんだから仕方ないだろう。

声をかけるだけでえらい緊張したよ、とホッと胸を撫で下ろし背を向けると「おい、待て」と引き止められた。振り返ったが相変わらず跡部さんの視線はコートに向いたままだ。

「ジローがどこかで寝てるはずだ。連れてきてくれ」
「へ?私、がですか?」
「そうだ。他に誰がいる」

私、マネージャーといっても立海生なんですが、といいたかったけど有無を言わさない空気に「わかりました」と告げてその場を後にした。
コートの外に出てみたがジローという人は見当たらない。誰かに聞こうにもこういうときに限って誰も見えないんだから運が悪い。


「ジローって確か芥川慈郎っていう人だよね」

皆瀬さんと確認してる時に柳に教えてもらった情報といえばどこでも寝てしまう体質で丸井のプレイが好きらしい。だったかな。跡部さんも寝てるっていってたしどこかに寝転んでいるのだろう。

最初は保健室などのベッドかなとか思ったが空を見上げて外でも心地良さそうだと思った。…そういえば、平部員のコートを探してる時寝てる人見かけなかったっけ?ていうか、あの背中氷帝のジャージじゃなかったっけ??

「あ、いた!」

記憶を頼りにさっき通った場所に行くと日向ぼっこをしたまま心地よく眠ってる人がいた。覗き込めば幸せそうに涎を垂らして寝てる芥川慈郎がいてはホッと息を漏らす。



「おーい。ジローくーん。芥川ジローくん!起きてー試合だよー」

試しに揺すってみるが反応はない。深い眠りのようだ。次に鼻を摘んでみたけど反応なし。時間を見ればそろそろ試合が始まる頃だ。跡部さんのことだから試合組んでてもすぐには回さないだろう。

そうはいってもこの目の前の彼を起こさないことには試合も何もない。ふわふわの髪を撫でながら「おーい、朝だぞー」と声をかければあら不思議。芥川くんが目を覚ました。


「おはよう、芥川くん」
「んー?誰ー…?」


目を擦りながら掠れた声で質問してくる彼に「立海のです」といえばハッと起きて「立海?!丸井くん?!」と大声を上げた。そんなに丸井が好きか君は。

「もしかして試合終わっちゃった?!俺寝過ごしちゃった?!」
「ううん。大丈夫!試合始まるところだから」
「そっかーよかったー……」

安心したのかぱたりと倒れた芥川くんを覗き込めば半分夢の世界に飛び立っていて慌てて彼を起こした。


「待った待った!寝ちゃダメだよ!寝たら試合できなくなるよ!!」
「うっ…ん、そだねー起きなきゃーおき…」
「芥川くん!寝ちゃダメだ!寝たら死ぬぞ?!丸井くんにも会えないぞ?!」
「死ぬのやだC〜…丸井くんと試合したーい…俺、超楽しみで練習欠かさず出たC〜…今日あんまし眠れなかったんだよね〜」

君は遠足前日の子供か!よく見ればうっすらとあるクマに苦笑して芥川くんの腕を引っ張った。

「早く行こう。みんな芥川くんの試合待ってるよ」



にこやかにいい台詞いったったぜ、と思ったが芥川くんが自力で歩いていたのは最初の数メートルだけで最終的にはが背負う形で芥川くんを連れて行くことになった。足を引き摺ってるけどそこは見なかったことにしよう。

それにしても、重い。細身だと思ってたけど寝てるせいか肩に回してる腕の負荷が計り知れない。ちょっと首も絞まってるし。


「うわ、試合始まってるし…」


やっとの思いでコートに辿り着けば試合はもう始まっていて、脳裏に弦一郎の怒りの姿が思い浮かべられた。あー最悪だ。これじゃお叱りコースだ。

出入り口になる階段を登りきったところで力尽きて芥川くんを背負ったまま壁に手をついたはホッと息をついた。空いた手で仰いでみたが汗だくになった顔を冷やすには勢いが足りなかった。

それもこれもこの寝ぼすけのせいだ、とすぐ横にある顔を睨んでみたが規則正しい呼吸しか聞こえなくて溜息しか出なかった。


「芥川くーん。コートについたよー。試合するよー」
「うーん…?」

試しに頭を撫でてみたらあっさりと反応してきた。少し軽くなった重さにホッと息を吐くと身じろぐように芥川くんが頬擦りしてきたのでビクッと肩を揺らした。何かさっきよりもがっちり抱きしめられた気がするんですが…!


「あ、芥川くん…?!」
「うーん…いい匂いだC〜」
「ちょっ!」

首の辺りに息が掛かって思わず力が抜けた。そのせいで重力が後ろに向かって慌てて壁に手をつき踏ん張った。やばい、まだあがったばかりだから後ろ階段だったはず。
サァっと顔を青くさせたは一生懸命に体制を立て直そうとしたがさっきから首をくすぐられるわ後ろに重力かけられるわでの腰の方が先に折れてしまいそうだった。あ、もうダメかも。



「…声がすると思うたら…自分ら何しとるん?」
「っ!?」

支えてる腰に限界を感じていたがなんとか、と思っていたがいきなり現れた人物に思わず固まってしまう。
達の話し声が聞こえたのかこちらに歩み寄ってきたのは警戒人物認定したばかりの忍足だった。どうやら試合が終わったらしく肩にはタオルが掛かっていてその後ろにはおかっぱくんが不思議そうな顔でこっちを見ている。

警戒しなきゃ、とは思ったけど今の状況を思うとそんなことはあっさり抜け落ちていてたまらず、助けてといおうとしたが言葉を発する前にの腰は限界を超え、そのまま後ろになだれ込んでしまった。


「っ?!ぎゃーっ!!」

そのまま芥川くんと仲良く階段だから転げ落ちたのはいうまでもない。




ああー…。
2013.01.10