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芥川くんと一緒に階段を転げ落ちただったが芥川くんと共に奇跡的にかすり傷程度で済んだ。ちなみに芥川くんを下敷きにしたからではない。むしろ転がり落ちて下敷きにされた。危うく圧死するところだったと記しておこう。
そして現在、何故か立海メンバーではなく跡部さんと忍足くんの前に立っていた。
「アーン?俺がジローを連れて来いっていったのか?」
「そうですよ!何度いったらわかるんですか!!オーダー表持ってきた時そういったじゃないですか!」
「……」
「今思い出したでしょ!そうだったかも!って思ったでしょ!!」
何を思ったのか跡部さんは芥川くん捕獲の指令を私に出してないというのだ。そりゃ全然こっち見てなかったし試合に集中してたのかもしれないけどそこまで否定することないじゃないか!
そう思ったら今迄の鬱憤と共に火がついてしまいました。
だって氷帝じゃないんだから氷帝の人間捕まえていえばいい、とかいうんだよ?!お前暇だろ?行って来いよ。みたいな勢いでいったのそっちじゃん!頼みたくても誰もいなかったじゃん!!
「まぁまぁ。ちゃんもそういってるんや。跡部も礼いっとき」
「…なんですか、その"ちゃん"て…」
「ん?自分かわええからなあ。そっちの方がええかと思って」
顔をしかめる跡部さんのフォローに入ってきたのは忍足くんでにっこり微笑んでくる笑顔に思わず背筋が震えた。こういうのを寒気というんだろうか。
なんだろう、何もないってわかってるのに身の危険を感じるこの恐怖は。
「っ…そ、そうですか。ていうか忍足くん、さっきの忘れてくださいね」
「?何のことや?」
「…さっき転げ落ちた時のこと、」
「ああ、随分可愛らしいの履いとったなぁ」
「…それを忘れろっていってんですよ…!」
「残念ながら見たものは全部インプットしてしまう性分やねん。堪忍してや」
「ダメ!絶対忘れて!」
「ああ?何の話だ?」
「そりゃちゃんの「わーっ!」………顔真っ赤にして、自分ほんまかわええなぁ」
「………ぅぐ、」
からかわれてる!絶対らかわれてる!!くつくつ笑うメガネにじと目で睨むと「こういう子新鮮でええわ。うちにも1人欲しいとこや」とのたまった。勘弁してくれ。
「何いってんだ。マネージャーは今のままで十分だろうが」
「別にマネージャーじゃなくてもええやん。マスコットでも」
「誰がマスコットですか!」
「……」
「な?ええやろ?」
上機嫌に微笑む忍足くんに対して跡部さんはなんともいえない顔でこっちを見ていた。ほら、呆れてるじゃないか。馬鹿にされてるぞ忍足。
「おーい跡部。次ジローの試合だってよ」
我関せず、といわんばかりに前の席で観戦していたおかっぱくんが振り返り、やっとお役ご免だと息を吐いたが聞こえてくる呼吸に反応した様子はない。
実は未だに背中に芥川くんを背負っていたりします。転げ落ちた時はさすがに離れたんだけど跡部さんに事情を話してる間にまた背中に引っ付いてきてさっきと同じような光景になったのだ。
お陰で立海に帰るどころかメガネに変なセクハラ受けるし。
目の前で跡部さんが「おいジロー。起きろ試合だぞ」といっているが肩に頭を乗せている惰眠の王子様は反応せず。
「芥川くん?試合だってよ。起きよーね」
「ん〜…」
仕方なくふわふわの頭をぽんぽんと撫でて声をかければあら不思議。あっさり起きました。
とどめに「ほら、丸井くん待ってるよ」といってあげればシャキン!と身をただし素早い動きでコートに入っていく。
「ちゃん。ジローに何の魔法かけたん?」とかいわれたけど私にもわからないので「さぁ?」とだけ答えといた。
コートに視線を移せばきゃきゃっとはしゃぐ芥川くんがいてその小学生みたいなはしゃぎっぷりに思わず微笑んでしまう。そのまま試合が始まるのかと思っていたがぐりん、と振り返った芥川くんがいきなりこっちに向かって走ってくる。何かと思えば大声で彼はこうのたまった。
「あ、そうだ!の下の名前はなんていうの?!」
「え?…、だけど」
「…!だね!俺ジローだからそう呼んで!」
「う、うん。わかった…?」
もう好きに呼んだらいいよ。や、でも忍足くんはダメだよ。「えーなんでなん?」とぼやいてるけど顔笑ってるから!絶対変なこと考えてるからダメ。
「それで、今日は一緒に帰ろうね!」
「え?」
「俺と一緒にいたい!だから一緒に帰ろう!」
「………う」
「何いってんだオメーは!も黙ってねぇで何かいえってーの!つーか断れよぃ!!」
「あいて!何するんだよ、丸井くん〜」
「オメーもうちのマネージャー勧誘してんじゃねぇーよ!!」
パァ!と花が咲いたような笑顔に思わずうん、と頷きそうになったがつかつかと後ろから歩み寄ってきた丸井の言葉でなんとか押し留まった。丸井がいなかったら絶対頷いてたわ私。怖いなジローくん。
丸井に殴られて我に返ったのかやっと試合が始まった。長い前座だった…。
脱力してコートを見ていると隣と後ろから突き刺さるような視線が感じられて思わずそのまま逃げたかったがその前に忍足くんに腕を掴まれた。放してほしい。
「…何ですか?」
「随分ジローに気に入られたみたいだな」
「私も予想外ですよ」
「ついでに氷帝に転入してくるか?」
「…怖い冗談は辞めてください」
この設備やらが跡部さんの財力と知って、あながち嘘にも思えないから余計に怖いっての。
引きつった顔で彼を見れば神々しいドヤ顔がこっちを見ていて泣きたくなった。最終的には拉致されるんじゃないかこれ。
「ジローをあんな簡単に起こせる奴は希少だからな。お前が望むなら学校でもマネージャーでも手続きをしてやってもいいぜ」
「随分太っ腹ですけど行きませんから。…忍足くんは黙ってて!…それにマネージャーになっても跡部さんが望むようなことはできませんし、役にも立ちませんから」
「アーン?誰もお前に完璧を求めちゃいねぇよ」
「…?」
「いっただろ?ジローを起こせるだけでも希少なことだと。それだけでこのテニス部には十分価値があることなんだよ」
「価値…」
「それ以上に能力があればそれに越したことはねぇが、俺は今のお前の価値を評価した上でいってるだけだぜ」
わかったか?と口元を吊り上げる跡部さんには思わず目を見開いた。私の事情なんて知らないのにあたかもいい当てられたような気分になって身体がわっと熱くなる。
あの跡部さんが初対面なのに私を評価してくれるなんて。何か気恥ずかしいな、と俯くとコートの方で自分を呼ぶ声がした。丸井だ。
「いつまでそっちにいるつもりだよぃ。"マネージャー"」
「あ、…」
「早くこっちに来い。帰っぞ」
「でも、私ローファーだし。ぐるっと回って行くよ」
ラケットを肩に乗せ、ガムを膨らませる彼には慌てて身を翻した。が、忍足に腕を引っ張られ思わずつんのめってしまう。…勝てる気がしない笑顔でこっち見ないで欲しい。
「、」
「あ、はい」
「来る気があんのか?ないのか?」
「…私は立海生ですから。これでも一応テニス部のマネージャーなんで…お断りします」
「だとよ。放してやれ忍足」
「…しゃーないな…」
跡部さんの一言であっさり離れた手には頭を下げるとそのまま踵を返した。コートの方ではジローくんがブーイングをあげているがそれは手を振って笑って誤魔化した。
「!」
階段を下り、コートの外に出ると左程行かないところで呼び止められた。振り返れば丸井がいて何でいるの?と首を傾げればさっきまで忍足くんに捕まれてた手を握られた。
「どうしたの?」
「お前が本当に戻ってくるか心配だから来たんだよぃ」
「えー別に迷子になんてならないよ。それに遠回りになるよ?」
「…ハァ。お前、それ素でいってんのか?」
溜息と一緒に肩を落とす丸井に首を傾げれば「もういいよぃ」といって手を引っ張られた。ちょっと痛いんですが。強く引っ張りすぎだよ、と文句をいえば心配させた罰だと返された。
「ごめんって。ジローくん連れてこなくちゃいけなかったからさ」
「………」
「…?どうしたの?」
「なんでもねぇよ」
ジロー、という響きが少し癇に障った丸井だったが、それをわざわざ指摘するのも子供地味てるかと思ってしまってはぐらかしてしまった。
少し不機嫌そうにしてる丸井の横顔を見つつは少し小走りになりながらもついていく。脳裏には跡部さんの言葉が浮かんだ。
「ねぇ。私、まだマネージャーやってていいよね?」
「そんなの、当たり前だろぃ」
お前がマネージャーじゃなくて誰がマネージャーなんだよ、そう言い返されては小さく笑った。
*****
氷帝との練習試合はのジロー騒動以外は滞りなく終わった。
案の定立海コートに戻ったら弦一郎の説教を食らったは現在屍状態だ。何が悲しくて他校のグランド走らなきゃならないんだ。しかも柳にまで叱られるし。最後の方は言い訳にしか思えなくなってきてどうでもよくなってしまった。
ハァ、と帰りの送迎バスに乗る順番を待っていると肩を叩かれ振り返った。振り返って失敗した、と思ってしまったのは内緒だ。
「忍足くん…」
「大丈夫か?自分めっちゃ死にそうな顔してるで?」
「うん。もう息も絶え絶えな感じ」
「あーこっちまであの副部長さんの説教聞こえとったしなぁ」
大変やったなぁ、と頭を撫でてくる手も払う気になれなくて大人しくしてると「かわええなぁ。ホンマお持ち帰りしたいわ」と聞こえたので力いっぱい睨んでおいた。
「そんな目で睨まれても怖ないなぁ。むしろ誘……まぁ、それはええとして。ちゃんて携帯持っとるか?」
「…持ってますけど」
「アドレス交換しぃへん?」
「……」
「ああ、別に悪いことに使う気はあらへんよ。同じ部活同士、何かと情報交換するのに役立つ思うてな」
悪いことってどういうこと?と聞いてみたい気もしたがきっと聞かない方が身の為だろう。
携帯を取り出すと忍足くんも携帯を出してきて、赤外線を呼び出そうとしたが、誰かに肩を押され視界から忍足くんが消えてしまった。
「え?」
「ほれほれ、はよ行かんと。後がつかえるぜよ」
「おい、仁王。アドレス交換くらい時間あるやろ?」
「すまんのう。このマネージャーは見た目によらず忙しいんじゃ」
見た目によらずってってなんだ見た目によらずって。
仁王と忍足くんのやりとりを背中で聞きながら方向転換をさせられたはぐいぐいとバスに押し込められた。振り返れば苦笑した忍足くんが見えてちょっと申し訳なさそうに手を振った。
その手がさっきまで携帯を持っていた手だと気づいたのは席についてからで、慌てて立ち上がると奥に座ってる仁王がの携帯を持ってニヤリと笑っていた。あいつ、いつの間に。
「…ていうか、何で隣に座ってんの?」
「俺がどこに座ろうと俺の勝手っスよ」
返してもらおうと席を出ようとしたら何でかワカメがやって来てを押し戻すとそのまま隣に座り込んだ。暗に他の席に座れよ、といってみたが赤也には全然通じず「俺はこの席に座りたかったんスよ、何か文句でもあるんスか?!」と逆にキレられた。
行きは皆瀬さんとか丸井達と一緒に座って楽しくやってたじゃないか。それをなんでまたこんな面倒な場所に…。
「いっとくけど、私寝るから。相手なんかしないからね」
「誰もジミー先輩に相手してもらおうなんて思ってませんよ」
さっさと寝ればいいじゃないですか。と売り言葉に買い言葉で険悪なムードになったが疲れきっていたは相手にするのも億劫で溜息を吐いて窓側に視線を向けた。
すると丁度真下に忍足くんがいて目を瞬かせる。それからジローくんがやって来て「何でー?俺と一緒に帰ろうよー」とバスにへばりつこうとしてるのを彼より大きな子が引き止めていた。出入り口の方では跡部さんと弦一郎が話してるのが見える。
その弦一郎がバスに乗ってきたのを見てそろそろ出発だと忍足くん達の方に視線を戻した。
「(何か妙に気に入られちゃったなぁ…)」
よかったのか悪かったのか。なんともいえない気持ちで手を振れば彼らも振り返してくれて。それがちょっと嬉しく感じていたら妨害するようにカーテンがひかれた。
「……ちょっと、」
「先輩眠いんでしょ?さっさと寝たらどうっスか?」
振り向けば満足そうに笑う赤也がいて。こいつは…、と思ったがバスも出発してしまい、忍足くん達をもう1度見ることは出来なかった。
みんなで妨害。
2013.01.10