You know what?




□ 100a - In the case of him - □




のそりとベッドから起き上がったはひんやりする床に身震いをしてルームシューズを探した。もこもこの暖かいルームシューズを履いてキッチンに向かうとケトルに水を入れてスイッチを押す。
ヒリヒリする喉に牛乳でも飲もうかと思ったが冷蔵庫は空だったので仕方なくたまたま残ってた蜂蜜を取り出した。

「おーはーよー」
「はよー」

目をこすりながら「寒い〜」と震える亜子に予備のもこもこスリッパを貸し、半纏を貸してやる。この部屋には似つかわしくないが冬には重宝する代物だ。

沸いたお湯をカップに注ぎ蜂蜜を溶かしたは亜子にも同じものを手渡すと「え〜白湯かよ〜」と文句をいわれた。アンタお茶とかコーヒー苦手でしょ。

「おー甘ーい」
「蜂蜜溶かしたんだ。本当は牛乳もあればよかったんだけど」
「だね。あ、昨日私買ったわ。あっちの冷蔵庫に入れっぱなしだ」
「先に聞いとけばよかった…」


目をしばしばさせてる亜子がふにゃりと笑うのを見てもカップに口をつけると「そーいえばさー」と間延びした声で「昨日楽しかったねー」と亜子が微笑んだ。

「昨日っていうか今日だけどね」
「あんな年明け初めてだったんだけど」
「私もだよ」

寝る前のことを思い出しと亜子は噴出した。あの後ゲームをしたり話をしたりして時間を潰して、時報並に正確な乾くんのお陰で初日の出を拝めたんだけど、その時にはあそこにいた半分の人数しか残ってなかった。

その原因は何を隠そう罰ゲームで飲ませた乾くん特製ジュースで、恐らく今も生死を彷徨ってるだろう。平気だったのは不二くんくらいであの跡部さんや手塚くんまで尻込みしていたのは衝撃だった。

「飲みたくない飲みたくない!」と懇願する菊丸くん達には申し訳ないが正直そのやりとりが面白くて止められなかった。本当に申し訳ないと思う。



「ゲームが面白すぎて日の出見ても何も思えなかったのが残念だよ」
「だってあんだけはしゃいだ後だよ?お酒も飲んでるし寝たっていっても1、2時間くらいだし」
「手塚くん達なんか徹夜だしね」

部屋を出る間際なんかクマできてたし。と笑う亜子にも「フラフラだったね」と笑った。初日の出自体は見れたものの、待ってる時間の方が色濃くて感動はそれ程なかった。変なテンションではあったけど。

でもさすがに「これから飲み直すんだけどさん達も一緒にどう?」と不二くんに誘われた時は引いたかな。「無理無理ありえない寝ます」といって不二くん達を追い出したのはいうまでもない。恐るべし酒豪不二くん。


それから交代でお風呂に入り跡部さんの部屋に行く準備をしていると髪の毛を乾かした亜子がひょいっと顔を出しを見てニヤリと笑った。

「そういえば。昨日ヤバかったでしょ」
「は?何が?」
「何がって…勿論跡部くんだよ」

とぼけるつもりか?とニヤついたままドライヤーを置いてキッチンに歩いてくる。は丁度カップを洗っていたので亜子を目で追うことしか出来なかったが「うちらが寝てるってのに君達は何をしてたのかなぁ?」といわれた途端持っていたカップが滑ってシンクに落ちた。

「え……」
「やっぱ気づいてなかったんだ。いやまあそうだろうけど」
「え、」
「夢中になるのはいいけど場所考えないとダメだよ」

さすがに焦ったよ、と笑う亜子に赤い顔のまま口をパクパク金魚のように動かすことしか出来なかった。え?気づいてなかった?場所?え?


「…もしかして、亜子、見て…?」
「あー、ちょっとだけだよ。ちょっとだけ。あんまり見えなかったし!声もテレビの音に消されてたから!」

ホラ私テレビの近くで寝てたから、と涙目になってるを見て慌ててフォローしてきたが少しばかり遅かった。ああもう私のバカ!



「え…あれ?もしかして結構やばいことまでしちゃってたの?」
「し、してないよ!断じて!!チューしか!」
「だ、だよねー。それ以上してたら向日くんも咆哮するだろうし」
「……」

真っ赤になって言い返せば亜子は若干呆気に取られた顔で「どうどう」とを落ち着かせようとした。
あの時の私はおかしかったんだ。何であんなことになったのか今となっては全然思い出せない。まるで魔法がかかったみたいに何も考えられなかった。

途中で岳人くんが起きてくれなかったらどうなっていたことか…考えてゾッとしていると「?落ち込んでるの?」と不思議そうな顔で亜子が覗いてきた。


「…自分の不甲斐なさを呪ってただけ」
「あ、アンタねー真田くんじゃないんだから。キスのひとつやふたついいじゃん。彼氏も今いないんだしそれくらいで呪わないでよ」
「そういう問題じゃないよ」

跡部さんには婚約者がいるじゃないか。よりにもよって跡部さんとキスしたなんて…と肩を落としていれば「跡部さんとチューしたのそんなに不満なの?」と聞かれ何でだよ、と少しだけ顔を上げた。

「質問がおかしくない?」
「単なる疑問だよ。跡部さんとしたの嫌だった?下手だったとか?」
「……そんなことはいってない」
「じゃあ嬉しかった?」

うまい下手の基準がよくわからなくて眉を寄せたが、嬉しかった?と聞かれ顔がボッと火がついた。
記憶の隅に追いやった、蓋をして見えなくしたはずの感触がぶわりと蘇ったせいだ。


中学の頃に触れるだけのキスはされたけど、昨日のはそのどれとも同じのがなくて、むしろ今迄してきたキスが全部塗り替えられてしまった気がするくらい衝撃的過ぎた。

まだその感触が唇に残ってるような気がして下唇を噛むと苦々しく「そんなことない」と応える。

「…そんな顔で言われてもね…」
「全然嬉しくなかった」
「……。アンタますます真田くんに似てきたわよ」

そんな赤い顔で思ってもないこというもんじゃないわよ、と呆れる亜子にそれ以前の問題なんだよ、と心の中で返した。というか、もし仮に思っててもいうべきことじゃないでしょうよ。



跡部さんの部屋に入る頃には日はもう天辺まで昇っていてそろそろお昼ご飯だねーと亜子と話しながらリビングに足を踏み入れた(勿論先程の話は打ち切りにした)。

「凄い!凄いよ!!乾くんの寝方がファラオになってる!!」
「ぶふっ!」

炬燵の周りを見れば予想通り死屍累々な感じでみんな泥のように眠っている。何人かは青い顔でうなされてるみたいだが乾汁というとよりはイビキにうなされてるように見えた。

心地良さそうにイビキをかく桃ちゃんと宍戸くんを眺めこちらも棺おけの死体のように眠る手塚くんを見て1人足りないことに気がついた。気がついて顔をしかめるとテーブルにあった空き瓶に手を伸ばす。

足元で丸まってるリョーマくんとジローくんを踏まないように持てば亜子も同じようにゴミを拾ってキッチンに向かった。


「本当は飲んだ本人達に片付けさせるのがいいんだけど、」
「それは後片付けの時でいいでしょ。お腹減った」
「確かに」

昨日途中で放置した食器やら瓶を洗ったり片したりして何を作ろうかと冷蔵庫を見やった。

「おはよう。2人共」
「おはよう不二くん早いね」
「フフ。もうお昼だけどね」

キッチンにやってきた人物を見やれば、寝起きとは思えないほどいつもどおりの不二くんが立っていた。「ちょっと寝すぎちゃったかな」という彼はあの後も飲んだというのに疲れひとつ見せない。
二日酔いでもないの?と聞けば飲む前にウコンを飲んだから大丈夫、と返ってきた。…多分それじゃ補えないほど飲んでましたよ不二くん。


「2人はこれからご飯作るの?」
「そうそう。の部屋には何もないしね。不二くんも食べるでしょ?」
「うん。助かるよ。ああ、僕も何か手伝おうか?」
「ありがと。ああその前に何か飲む?お酒以外で」
「フフ。さすがに寝起きには飲まないよ」

たっぷり飲んだし、と笑う不二くんにも笑って温かい飲み物を差し出すとキッチンに立つ達を見て「いいなぁ」と呟いた。



「寝てる間にご飯を作ってくれるなんて羨ましい限りだよ」
「不二くんとこの彼女さんはどうなの?」
「僕の彼女は低血圧だからなかなか起きれないんだよね。本人は頑張ってるみたいだけど大抵は僕の役目かな」
「あーわかる。私も低血圧だから。起きたくても起きれないんだよね」

彼女さんも大変だね、と亜子が同情すると仕方ないよ、と肩を竦めた。

「その代わり洗濯とか掃除とかやってくれるから」
「殆ど主婦だね」
「不二くんって同棲してんだっけ?」
「いや、まだだよ。今はどちらかの家に行くのが楽しいから」

待ち合わせとか電話で1日あったことを話すとか一緒に住んでたらできないことってあるでしょ?という不二くんに満喫してるな、と思った。


「宍戸もそんな感じに考えてるんじゃないの?」
「どうかなー?亮くんの場合、自分の自由な時間がほしいとか思ってそう」
「確かに男友達とよく遊んでるみたいだしね」
「彼女放ってね」

ジローくん達以外とも遊んでるような話をしてたからな。と笑えば亜子が「忙しいくせにそんな時間よくあるよね」とぼやいた。それをいうなら跡部さんも…と思ったがすんでで留まり開いた口を閉じた。危ない危ない。

口にしたら余計なことまで口走ってしまいそうだったので黙って残りの食器を洗うと「それはそうとさん、」と飲み干したカップを差し出した不二くんがを覗き込んだ。あれ、何で開眼してるんですか?


「昨日気づいたんだけど、跡部ってさんのこと名前で呼んでたっけ?」
「っ?!」
「あーそれね。実はさ」
「さ、最近になって昇格したんですよ!」

じっと見つめてくる不二くんに何もわかってない亜子がニヤリと笑って何か余計なことを喋ろうとしたので被せて黙らせた。

の発言に2人はポカンとしたが構わず「ホラ、ご飯を毎回作ってたから親しみが沸いたんじゃない?」とよくわからないことを述べた。ていうか、何を思って親しみなんだろうか?と自分で自分につっこんだ。



「それ、手塚から聞いたけどよくやってたよね。友達なのに」
「あはは。まあ食材はあっちが用意してくれてたんで」

実質食費はタダみたいなものですよ、と返せば「友達なのに大変だね」と不二くんは何故か友達を強調していた。確かに同居でもないのに友達に毎日夕飯作るってしないよね、普通。

「でも跡部くんは助かってたんじゃない?不規則な生活してたんでしょ?がいなかったら今頃空腹で倒れてたかも」
「それはないでしょ」

というか、あの跡部さんやその周りの人も体調管理を怠るとは到底思えないよ。そう肩を竦めて返せば亜子は訝しげな顔をしながらも同意した。何でそんな不満そうな顔してんのよ。


「じゃあ跡部の呼び方が変わったのはたまたま?」
「たまたまです。他に理由はないと思うよ。亜子だってもっと前から名前呼びだしね?」
「…そうだね」

白々しい、という目で頷く亜子には何となくギクリ、としながらもそれを無視した。だって本当にそうじゃないか。そう思いながら不二くんに跡部さんの居所を聞けば日の出を見て戻ってきた後すぐに自室に戻ってしまったらしい。その為不二くん主催の飲み会の被害に遭うこともなかったようだ。

「何?跡部に用事?」
「うん、まあ。一応跡部さんに冷蔵庫の中使っていいか聞かないとね」

多分勝手に使ってもOKしてくれると思うけど、一応聞いておくべきだよねと思い寝室に向かおうとしたら不二くんに引き止められた。

何だと振り返れば「女性が男の寝室においそれと入っちゃダメだよ」といつもの笑顔で不二くんが微笑み「僕が聞いてきてあげる」といってが頷く前にさっさと跡部さんが眠る寝室へと向かっていってしまった。





2013.12.01
2014.10.04 加筆修正
2015.12.24 加筆修正