You know what?




□ 101a - In the case of him - □




年始の晴れやかなイルミネーションの下では行き交う人々を眺めながら落ち着きのない様子で溜息を吐いた。地元に帰ってきてからというものの、同じ考えばかりがちらついてを悩ませている。

『跡部、峯岸さんと婚約解消したんだって』

実家に帰る間際、「途中まで俺達が送る」という手塚くんと、「俺様が送り届ける」と豪語する跡部さんがジリジリ睨みあってた時だった。そろそろ行かないと夜になっちゃうんだけどな、と跡部さん達を眺めているとジローくんに腕を引っ張られ跡部さんの車に押し込められたのだ。
それを見たリョーマくん達は文句を並べたがジローくんは笑顔で一蹴し、そのまま跡部さんに送ってもらったのだけどその時にこっそり耳打ちされた言葉がずっと離れないでいる。

何を思ったか、ジローくんはドアを閉めようとして「あ、そうだ」ととても気軽な感じで何かを思い出しに顔を近づけとんでもない暴露をしていったのだ。寝耳に水な言葉に驚きジローくんを見やったがその時にはドアを閉められ、跡部さんも乗り込んできてしまって聞き返せなかった。

もしかしたら聞き間違いかもしれないが、あの満面の笑みで手を振り見送るジローくんや聞き取れた言葉をいくら並び替えて考えても他の言葉にはならなくて。跡部さんに聞くには憚れてジローくんに折り返してみたが気づかないのか返信が返って来ない。


「上の空だな」
「…え?…あ!」

本当に跡部さんは峯岸さんと婚約解消したんだろうか?と悶々としていると、視界に入った顔にハッとなっては慌てて謝った。

里帰りをした後、早速幸村から連絡があり待ち合わせをしていた。そしてどうせ会うならと幸村が気を利かせて柳も誘ってくれたのだ。
用事が終わったらみんなで食事をしよう、と約束していたのだけどと柳が早めにそこにつき幸村を待っているところだった。


「その様子だと俺の話も覚えていないか」
「うっ…「ごめん、とお前は言う」……はい」
「…素直に謝れることはの美点だな」

だが、社会ではやっていけないぞと諭され頭を垂れた。身に沁みております。



「そういえばそろそろ弦一郎の試合か」
「うん。昨日電話が来て興奮してた」
「今回は弦一郎が待ち望んでいた好敵手も出場しているからな。気分も高揚しているんだろう」
「全くその通りで。目が冴えて寝れないから寝る方法を教えてくれ、だって。どこの幼稚園児だよ!て思っちゃったよ」
「なんて答えたんだ?」
「とりあえず走ってこいっていっといた。疲れて本番使えなくなったらどうしようかな…」
「それはないだろう。弦一郎もプロだ。それにコーチもいる」
「そうだね」

むしろコーチ頼みですよね。頑張れコーチ。


「…幸村、まだ練習してるのかな?」
「一応練習の時間は終了しているが、もう少し時間がかるだろうな」
「そうなんだ」
「おそらく、子供達の母親や看護師の相手で手こずっているんだろう」

フッと笑う柳には何とも言えない顔で外に視線をやった。
待ち合わせ場所は彼が通う病院からそれ程離れていないビルのエントランスだ。このビルの上部にレストラン街があって今夜はそこで食べることになっている。

夕飯時にはまだ早いから混んではいないだろうけど幸村は間に合うのだろうか。きっと幸村や柳も好きだと思うお店だからできれば入りたいんだけどな。


「気になるか?」
「ん?」
「精市のことだ」

壁に寄りかかり流れる人を見ていたが柳はじっとを見ていた。彼の言葉を咀嚼して飲み込んだはうーん、と視線を逸らすと「どうかね」とだけ返す。

「気になるといえば気になるし、気にならないといえば気にならないかな」
「理由は?」
「気になる理由はモテ男ご愁傷様ー早くしないと混雑して入れないよー、で、気にならない理由はなんだかんだ言って時間を破らないんだよね、幸村って」

そんな感じ。と柳を見れば顎に手を添え「フム、そうきたか」と零した。



「予約はしたのか?」
「うん。でも混雑確実だから時間遅れたらリザーブ消えちゃうんだよね」

幸村、早くこーい!と念じていると隣で立っていた柳がおもむろに「精市は」と切り出した。

「まだお前のことを諦めてはいないと思うぞ」
「……」
「その顔は精市に何か言われた顔だな」
「…柳って本当、何でも見破るよね」

苦い顔で彼を見ると「が弦一郎並にわかりやすいだけだ」と返された。そこで弦ちゃんと一緒にされると心が痛いです。


「腹は括れそうか?」
「括るも何も付き合ってないし。それにもしかしたら幸村に好きな人ができてあっさり結婚するかもしれないじゃない」
「…それはどうだろうな。精市はこうだと決めたらなかなか曲げれない性格だ」
「……(そうだった)」
のいう"精市に他に好きな人が出来るかもしれない"確率は、多く見積もっても20%にしかならないだろう」
「ひっく!」

あまりの低さにモテ男それでいいのかよ!とつっこめば「精市もお前には言われたくないと思うぞ」と返された。

「…柳が冷たい」
が無意味なことをいうからだ」
「本当のことじゃん」

幸村がモテモテだっていったのそっちじゃん。そう言い返してやれば柳は困った顔で微笑み「そう不貞腐れるな」と諭された。

「お前はずっと精市に捨てられたと思ってるだろう?だがそれは間違いだ」
「……」
「精市は昔も今もずっと変わらない、そういいたかっただけだ」


痛いところを突かれ、眉を寄せると柳も開眼してを見据えた。俺が言った言葉は嘘偽りはない、そういう顔だった。けれども間違いだと指摘する割にはその答えを教えてくれず、むしろ「自分で考えろ」と突き放された。やっぱり冷たい。



「ん?」
「どうした?」

ふいに視界に入ったものが気になって顔を上げると目の前を1人の女の人が通り過ぎていく。彼女は大きな帽子を目深に被り、人目を気するようにお腹の辺りを押さえてビルを出て行った。

レストランの下の階は全て衣服や小物などの生活雑貨が置いてあるけど、病院や産婦人科もあったのだろうか?そう思ったが一瞬見えた横顔と後姿にさっきまで考えていた人が過ぎった。


「ねぇ柳。あの人峯岸さん…峯岸瞳さんに似てない?」
「……どうだろうな。顔はよく見えなかったが…彼女はまだイギリスにいるんじゃなかったか?」

帰って来たという話は聞いていないが、という柳に、そうだった。と思い直した。情報といってもワイドショーしかないけれど、彼女は海外にいるはずだ。

それでも気になって先程通り過ぎた女性を眺めた。気遣うように手で押さえてる姿と思ったよりも目立ったお腹に、そんな話もテレビやネットで流れなかったから多分おそらく別人なんだろう、そう思った。


そう思いながらも彼女が止めたタクシーに乗り込むまでじっと見つめている自分が少し不思議だった。


「来たな」
「本当だ。やっぱり間に合ったね」

柳の声に反応して視線を移せば小走りで向かってくる幸村が見えて、さすがだわと感心した。達を見つけたのか手を振る幸村に嫌がらせのように大きく手を振れば柳に苦笑されたけどは構わず幸村が辿り着くまで手を振った。



******



学生の頃からわかってはいたが幸村はモテた。そりゃ限りなく。テニス部の中でも断トツトップで立海内でもそれを独占していた。
それはと付き合ってからも変わらなかったし別れた現在も相変わらずのようである。

「俺は用事があるからあとは宜しく頼む」といかにもな台詞を残して去っていった柳を見送ったは幸村と一緒に家路を歩いている。

他愛のない話をしながらはずっと別のことが頭に回っていた。思い返すのは柳の言葉と行く先々で視線を総ナメにしていた隣の人物で、病院でもこんな感じなんだろうなと安易に予想がついた。

「幸村って一生モテ男な気がしてきたよ」
「何?俺に惚れ直したって話?」
「惚れ直したっていうか、久しぶりにモテ男の恐怖に晒されて背中が凝り固まったって話」

柳だって十分格好いいのだ。そんな2人と歩いていたらみんなお前誰よ?と思う。
ご飯は美味しかったけど前後で大分体力を削られたよ、と肩を落とせば「いい刺激になっただろ?」と神の子が笑った。


はもっと俺に有り難みを感じないと」
「へいへい。とっても有難いと思ってますよ」

元マネージャーとはいえ今もちゃんと友達としてお付き合いいただいてるんですから。と返せば彼は笑ったまま手袋をした手での頬を摘んでくる。

「柳に何か言われただろ」
「…言われてないもん」
「そういう顔をする時は嘘ついてる時だもんな」
「……」
「…柳が言ったことなんか気にしなくていいよ」

眉をひそめるに幸村はそう言うと摘んだ頬を離し、優しく撫でた。


「俺達には俺達のペースがあるんだから」


その手袋は大人の装いをしている幸村には子供じみていて不釣合いだった。けれども幸村はそんなことなど気にした様子もなく、ふわりと微笑むとまた揃って歩き出した。
そんな彼を見やり元の位置に戻った手に視線を送っても並んで歩き出す。
白い息がふわりと出ては消えていくこのひんやりとした空気が少し懐かしく思えた。



「…幸村って物持ちいいよね」
「俺もそう思う。結構使い込んでるんだけど穴も開かなくてさ。もしかしたらどっかの誰かさんが呪いでもかけたのかもね」
「………かけてないし」

じわりじわりと胸に広がる懐かしい気持ちに視線を外すと、彼は可笑しそうに笑って心にもないことを投げてくる。そんなこといって人一倍気を使ってるんだって知ってるんだから。そう思えば思う程感情が揺らめいていく。

「そのペースって…さ。それぞれ個々の話?それとも、」
「個々の話。俺達は友達なんだろ?」

昔にタイムスリップしたみたいな気持ちに不安になって口にすれば、白い息と一緒に幸村が微笑む。まるで別れた記憶なんてなかったみたいに普通だ。夜道を歩きながら2人の足音だけが響く。
漏れ落ちる家の明るさはあるけど達以外誰も歩いてはいない。それが、何となく心地よかった。


「手塚とはうまくいってるの?」

冷たい空気を吸い込み、吐き出そうとしたところで幸村が話しかけてきた。彼を見れば前を向いたままでチラリともこちらを見ず歩いている。

今回柳も一緒だっていわれた時、手塚くんの話は出来ないんだろうなって思った。なんとなく、この話はしてほしくないんだろうなって思って。だから心に仕舞いこんでいたんだけど、まさか幸村の方から切り出されるとは思ってなかった。

驚いたままなんとなしに「うん。ゆっくりだけどね」と返したが、その返事があってるのかどうかわからなかった。


「手塚のどこがいいの?」
「え?…うん、そうだね。一緒にいて楽しいんだ。落ち着くし私よりしっかりしてるし、」
「…そう、」
「それから、」
「"真田みたいに可愛いところもある"だろ?」
「……弦ちゃんは関係ないよ」



一瞬、柳みたいに言葉を遮った幸村に驚いたが眉を潜め彼を見やった。そりゃ確かに弦一郎と手塚くんが似てるところはあるけどでも全部じゃないし、弦一郎は家族としての好きであって異性として見てる手塚くんとは別のものだ。

それを幸村は一緒くたにするので思わずムッとすれば彼は笑って「冗談だよ」との頭を撫でた。それで絆されませんよ?

「でも、もちゃんと恋愛が出来るようになってよかったよ」
「……本当にそう思ってる?」
「思ってなかったら、手塚の話を振ったりしないだろ?」

そりゃまあ、そうだけど。しかしどことなくトゲを含んだ物言いになんとなく居心地が悪くて、でも逆の立場なら同じことをしてるのかもな、と思ったら文句は言えなかった。


2人の足音だけが響く夜道を黙々と歩いていると、ふと白い息を吐き出した幸村が「寂しいかもなぁ」と呟いた。

「何が?」
が俺じゃない奴を好きになって付き合いだしたら、もうこうやって歩けないのかと思うとちょっと寂しいなと思ってさ」
「…ちょっとなんだ」

しかもちょっとだけを妙に強調するじゃないか。
声色はそれこそ切なそうなのに茶化す言葉になんともいえない顔で幸村を見やると、彼は悪戯気に笑って「そういわないとが困るだろ」と立ち止まった。つられるように立ち止まったも向き合うように見上げ、薄暗い中で幸村は切なそうに目を細めた。


「まあ当分はの居場所を空けといてあげるから、失恋したら戻っておいで」
「…嫌な予言しないでくれる?」

あまりにもにこやかに言うものだから口をへの字に曲げることしか出来なかった。しかも失恋予告とか酷くない?その当分もいつまでの話なんだかわからないし。ていうか、元カノが恋心持っててもいいのか?彼女できてもそんなことされたら迷惑じゃないの?

そんな疑問を口にはしないでも顔に出していれば「ずっと俺を好きでいればよかったのに」といわれ、益々微妙な顔になった。





2014.10.04
2015.2.05 加筆修正
2015.12.28 加筆修正