You know what?




□ 102a - In the case of him - □




「ハァ…」

広い空間にぽつりと嘆息を漏らす男性がいる。彼は目の前にある、よく知っているがよくわからない物体を見つめたまま難しい顔で見つめていた。その物体はゴウンゴウン、という音をさせて動いているが表面は水浸しで床も彼の足元まで濡れている。

その光景を見ていた跡部景吾はまた人知れず溜息を吐いたのだった。

年越しを日本で、しかもと過ごしたい。
そう思ったまでは良かったが結果は大所帯になり、何故か青学まで巻き込んで年越しをする羽目になった。その後は実家に帰ったのだが久しぶりに会ったせいか宴会が楽しかったのかジロー達が飲み会の続きをやりたいと言い出した。

それ自体は構わなかったのだが桃城達まで残った宴会は大いに盛り上がり広々とした跡部の部屋は食べかすと酒瓶と缶というゴミだらけの部屋になったのはいうまでもない。


大きなリビングはジローや向日が勝手に持ってきた客間用の布団や毛布が無造作に置いてあったりトランプが散乱していたり、誰かが買ってきたらしいボードゲームも散らかされたまま放置してある。
ハウスキーパーも正月休み中なので跡部はその中で過ごさなくてはならない。

最初はそれほど気にならず、ダイニングで簡単な食事をしたり外食したりしていたが時間が経つごとに段々気になりだして気になりだしたら腹立たしくなり何となくグラスや空き缶をシンクまで持ってきたが数の多さと何で俺がこんなことしなくちゃならないんだ、という気分になり早々に止めた。

それから食べかすや酒臭い匂いのついた布団カバーや毛布を洗った方がいいんじゃないかと思い、だったら自分の服も洗濯してしまおうかと洗濯機まで行ったまではよかったのだがドラム式の洗濯機に跡部はぴたりと動きを止めた。

そう、彼は使い方をよく知らなかった。

洗濯機の使い方に限らず家事全般の殆どを知識のみしか知らない。だから洗濯機も動かせるには動かせるが洗剤をいつ入れるのかも知らない。色物を分けたりネットに入れたりなど細かいところは知らないのだ。

その為インターネットを駆使して(説明書が見つけられなかったため)調べてみてスタートボタンを押してみたが本当にゼリーみたいな洗剤がちゃんと溶けてるのか妙に気になって扉を開けてしまった。



「くっそ…何で正月早々俺がこんな目に………っくしゅ!」

洗濯機を開けたら開けたでビービーと音が鳴るは回転してた水が跳ねて跡部の上半身を濡らすわ、床もびちゃびちゃになるわで彼のやる気はぽっきり折れてしまっていた。

「……に会いてぇな」

慌てて蓋を閉め、洗濯を再開させた洗濯機の回転を見つめながらぽつりと漏らした。別れてからなんだかんだと3日経っている。まあたかだか3日だがされど3日、というところだろうか。


あの夜、キスを中途半端に止められてしまってからどうにもモヤモヤとしたものが跡部の中に渦巻いていて落ち着かなかった。それは酒を飲んでも、ジロー達とバカ騒ぎをしていても消えなくてむしろ時間が経てば経つほど何かが肥大していくイメージさえした。

欲求不満な子供でもあるまいし、と自嘲気味に笑ったがつり上げた口元がすぐに戻ってしまうほど跡部の心境はただならないほど落ち込んでいるらしい。
しかしがここに戻ってくるのは4日で明日になる。それまではこの状況も含めて何とかしなくてはいけない、そう考えてまた溜息が漏れた。面倒くせぇ。このまま風呂に入って寝てしまおうか。


「……?」

濡れた髪をかき上げたところでインターホンが鳴り響く。こんな時間に誰だろうか。秘書から何も聞いていないし、ジロー達は先程帰ったから戻ってくるはずもない。
誰か携帯でも忘れたか?と思いつつ濡れた足で玄関まで行くと無造作にドアを開けた。

「…………、」
「あけまして……、て、あれ?お風呂入ってたんですか?」

口元までしっかり隠すようにマフラーを巻きつけたが赤い鼻で目をパチパチと瞬かせている。跡部も跡部でまさかがいると思っていなくて固まってしまった。しばらくお互い見詰め合っていたが身震いをした跡部がくしゃみをするとは慌てて謝ってきた。



「いやいい。別に風呂に入ってたわけじゃねぇ」
「え、でも…」
「それよりどうしたんだよ。戻ってくるのは明日だったろ?」

むしろこれから入りたいと思ってたところだ、と思いつつを中に入れてやると彼女は苦笑して「親の視線が痛くって」といってガサゴソと袋から四角い箱を取り出した。
「お土産です」といって差し出してきたのは某有名なシュウマイが入った箱だ。どうやら火事の一件で家族に随分搾られたらしい。


「何、気を使ってんだよ。むしろ世話になってんのはこっちだろ」
「でも、久しぶりに食べたいなって思ったんで。一緒に食べようかな、と」

疲れた顔をしながらもふにゃりと笑うに跡部はドキリと胸を大きく高鳴らせた。
食事を共にする半共同生活も当たり前になりつつあるが、こうやってがわざわざ一緒に食べる為に跡部の分も踏まえて買ってくる、という行為は思うよりも嬉しかった。

無性に会いたいと焦がれていただけにの雰囲気や笑顔が物凄く可愛くて仕方がない。じわりと上昇する体温を感じながら跡部は無意識に喉を鳴らした。


「うわっなんなんですか?!この部屋!!」

空き巣でも入ったんですか?!と酷い有様のリビングを見て漏らすに跡部はフッと噴出し、「チゲーよ」と苦笑した。

「ジロー達がさっきまでいたんだよ。が実家に帰った後、桃城達も含めて4次会…いや、5次会か?」
「え、桃ちゃんも残ったんですか?」
「それから越前に菊丸もだな。さすがに亜子と宍戸、不二…手塚は帰ったがな」
「それ以外は残ったってことですか」

よりにもよって1番大変な人達が…と口外に漏らすに跡部も笑って「お陰でこの様だ」と肩を竦めた。



「うわー…なんかお疲れ様です。って誰も片付けしてくれなかったんですね」
「…まぁな。俺の家の時は大体メイドかハウスキーパーが片付けるからあいつらも気にせず放置してくんだよ」
「ちなみに今回は…」
「正月休み」

家には誰かしらいたから跡部が片づけをするまでもなかった。だが今は違う。自分しかいないしこの汚い部屋のまま過ごすのは落ち着かないし少し苛立つ。
だったら家に連絡してメイドを呼ぶか、面倒でも片付けるしかないか、と思っていると「じゃあ片付け手伝いますよ」とあっさりの口から手伝いの申し出をされた。

「っつっても、こんだけあるんだぜ?お前だってゆっくりしたいだろ?」
「でも、2人でやれば早く片付くじゃないですか。……それに、どうせゆっくりするなら跡部さんとこれ食べながらゆっくりしたいですし」


跡部さんこれ食べたことなかったですよね?とシュウマイの箱を掲げて笑うにいいようのないほど感情が込み上がって溢れてしまった。

シュウマイよりもお前が食いたい、とか陳腐な台詞が過ぎってしまうくらい跡部の思考は単純に動き、素直に反応した身体は真っ直ぐと向かい合わせるとそのまま屈んで一直線に彼女の唇を奪った。


「…っ…あ、あ、あ、ああ跡部さん?!」


顔を離すと固まっていたの顔がじわじわと赤くなり少し潤んだ目で動揺を露にした。慌てふためく彼女に「お前が可愛いこというからキスしたくなったんだよ」と直球で返すとは益々顔を赤くして「なん、?!…そ、そんなこと、いってません!」と困った顔で怒っていた。器用な奴。

「て、ていうか、こういうの、しちゃいけないんですよ!」
「アーン?だったら大晦日の時もダメだったってことか?」

お前嫌がらなかったじゃねぇか。と痛いところを突けばは赤い顔のまま眉をグッと寄せて「うぐっ」と声を詰まらせた。それから小さく「だって、あれは…」と漏らしたが小さすぎて聞こえなかった。



「婚約者さんいるのに、」
「アイツとは別れたぜ。婚約解消してる」

そういえばこいつにはまだいってなかったか。ジロー達にもが来る前に今後の関係をどうするんだ?と詰め寄られ教えた気がする。順番的には先にいうべきはだったのだが自分の中で決着はついていたのもあって油断していたのかもしれない。

赤い顔のまま口を尖らせる生真面目な彼女にさらりと真実を教えれば、微妙に視線を逸らされた。思ったほど驚かねぇな。てっきりオーバーリアクションで聞き返されるかと思った跡部は黙り込むを覗き込むように見やった。


「そうでなきゃ誰彼構わず手を出したりしねぇよ」
「……はぁ、そうですか」
「…信用してないって顔だな」
「跡部さんはよからぬ噂をたくさん持ってる方ですし」

それを鵜呑みにするのはちょっと、とあからさまに引いた態度を取るにさすがの跡部も戸惑ったが「でも、」と続けた彼女の頬がまた染まるのをじっと見つめた。

「婚約解消したのは信じます。……って!ちょっと!何でそこで迫ってくるんですか?!」
「アーン?信じたってことは俺がフリーだってことも理解したってことだろ?だからキスを」
「それとこれとは別です!!」

何でそこでキスになるんですか?!と非難するに跡部は今さっき見せた顔を見せてやりたいと思った。
潤んだ瞳でじっと見つめてくる視線は真剣そのもので。そんな顔されたら誰だってキスをしたくなるっての。


「というか、あの、跡部さん香水?コロン?変えました?」
「は?何でだよ」
「何か、いつもとちょっと匂いが違うなって思って」

お前も別に嫌じゃねぇだろ、と言う目で見ていたらは慌てて口を手で隠し距離をとろうとしたのでその手を掴み引っ張った。その引きあいの最中思い出したかのように発したので跡部は一瞬なんのことかわからなかった。が、その匂いの正体がわかって掴んだ手を放さないまま溜息を吐いた。

「洗剤だ。さっき誤って洗濯機のドア開けてかぶっちまったんだよ」
「何やってるんですか!」



水浸しはそのせい?!と驚いたは掴まれていた手を無理矢理放させると跡部を回転させ背中を押した。

「もう!それならそうといってください!!風邪ひいちゃうじゃないですか!!早くお風呂入ってください!」

ぐいぐいと背中を押すの声は怒ってるように見えて心配してるのがありありと見てとれて、さっきまで跡部に挙動不審な行動を取っていた彼女はどこに行ったんだと噴出してしまった。いや、振り向けば顔を真っ赤にしたがいるのだろうが。


「なんなら一緒に入ってもいいんだぜ」
「馬鹿なこといってないでさっさとお風呂に入ってきてください!!」

本気でいってるんだが。そう付け加えれば「冗談も程々にしといてください!」と一蹴された。
これがさっきまで襲われるとビビってた奴かよ、と思うと益々面白く思えて跡部は喉を震わせながら主寝室にある風呂場へと追いやられたのであった。



******



東京に戻ってきたは思ったよりも寒い今年の気候にブルブルと震えながらエアコン代と戦っていた。大体は榊さん持ちなので心配はないができるならば榊さんに迷惑にならない程度に使っておきたい、というのが本音であり理想だったりする。
ううむ、と思いながらも暖かい部屋に安心してる自分に私も炬燵を買うべきだろうか、と思った。

「なんつー顔してんだよ。悩みごとか?」
「い、いえ…」

声をかけられ手を止めたは慌てて首を横に振ると跡部さんは鼻で笑ってテレビの方に向き直った。今はニュースを見ているが勿論民放ゴシップ番組ではなくN〇Kの方で、海外のニュースもたまに見ていたりする。そこで少し前のことを思い出したは跡部さんをちらりと見やった。

婚約解消なんて一大事件なのだから、情緒不安定になったり落ち込んだりするものだと思ってたんだけどその様子も一切なかった。戻った早々に跡部さんの部屋を見て驚愕し、洗濯もろくに出来ない彼の手伝いをし、だだっ広いあの部屋を大掃除したのは記憶に新しい。

その際跡部さんに何かにつけてスキンシップとろうとしたりキスしようとしたりとセクハラ紛いなことをされたが……あれ?もしかして婚約解消って跡部さんにとって大したことない出来事なの、かな?


「何だよ。俺の顔に何かついてんのか?」
「(前向いてたのに何で気づいたんだろう)……べ、別に」


の部屋で食べた時はいつも決まってリビングのソファに座り、テレビを見ながら後片付けをすると何気ない会話をするのが定番になっていた。跡部さんの部屋と違って妨害する壁がないからこの距離感も会話のテンポも何となく良いのだろう。

そんな空気の中食器を洗いつつ跡部さんを伺っていると、呆れ混じりに笑った顔で彼が「だから、何なんだよ」とこちらを向いた。

「え、」
「そうやってチラチラ見られたら気になって仕方ねぇだろうが」
「す、すみません…」

なんとなくテレビを見てるから大丈夫だろうって思ってたけど、跡部さんに限って気づかない、という方がありえなかった。
バレた羞恥心で俯くと「なぁ」と跡部さんに声をかけられた。おずおずと顔を上げれば肘掛に頬杖をついた彼が真面目な顔でを見ていた。



「もしかして、試験勉強に手こずってるのか?」
「へ?」
「お前、仕事のシフト減らしたんだろ?」
「え?…あ、はい。でも今月来月は受験組の高校生とかち合うからあまり減らしてもらえなくて…ああ、試験は3月なんでまだ全然大丈夫なんですけど」
「それで俺に作る飯の回数も減らしたいってことか?」

思ってもみない、というか想像すらしてなかったことを言われ、思わず目を瞬かせると、跡部さんは難しい顔をしたままソファから立ち上がりそのままの隣に立った。

「手伝うぜ」
「へ?」
「ずっとにやらせっ放しだったからな。作ってもらってるんだから片付けぐらいはしねぇとな」
「え?え?大丈夫ですよ?」


袖を捲くる跡部さんにようやく脳が理解してスポンジを掴もうとする彼を止めると、不満そうな顔で睨まれた。いやだって、以前洗い物頼んだ時お皿割ってましたよね?!その片付け私したんですよ?
それにこれ榊さんの食器だからなるべく大切に扱いたいんですよ。

「アーン?俺様がやってやるっていうのに何で嫌がるんだよ」
「だって跡部さん……だ、だったら!一緒にやりましょう!一緒に!!」

洗い方だって雑だったじゃないか。と思ったが、どうにも引かなそうな顔に一瞬迷って、そしてひらめいたとばかりに一緒に洗うことを提案してみた。


それでも1人でやるっていったらどうしよう、と危惧したが、跡部さんはコロリと態度を変えて承諾してくれた。…何か、気まぐれでお手伝いしたいと言い出した子供みたいだな。そんな失礼なことを考えながら跡部さんに泡を洗い流してもらうと、見る限りは大丈夫そうだった。
ちょっとだけ手を滑らせてお皿を割るんじゃないかってヒヤヒヤしたんだけど過剰な心配だったらしい。

時々「お皿は立てた方が水切りがいいんですよ」といってみたりお湯の温度の話をしたりしたが跡部さんは難なくこなしていた。前回の惨事は一体なんだったんだろう、というくらい何事もなかった。



「ありがとうございました。跡部さんのお陰ですぐ終わりましたね」
「…礼を言われるようなことはしてねぇよ。自分が食ったんだから当たり前だろ」

お湯を止め、タオルを渡すついでに跡部さんを労えば照れたように顔を背け乱暴に手を拭いていた。心なしか頬も赤い気がして、微笑ましく見ていると跡部さんは赤い顔で「お前も拭けよ」とタオルを押し付けてきた。そうか。これが跡部さんのデレか。

「つーか、本当に減らした方がいいか?」
「え?あー大丈夫だと思います。多分…」
「多分かよ……ああ、別に責めちゃいねぇよ。…そうだな。じゃあ、週の何回かは外で食うか」
「そうですね。いいと思いますよ」


そしたら勉強時間増えるし私も楽になる。何気に跡部さんの献立考えるの大変だったんだよね。考えること自体はそうでもないんだけど相手が跡部さんというだけで綿密に計算までしてプラン立ててたし。レパートリーだって増やさなきゃいけないと思って片っ端から料理本見たし。

勿論それは必要なことで無駄なものなんて何ひとつないけど、試験勉強と両立を考えるとちょっとだけ大変だよねーとは思っていた。

淡々と予定を決めていく跡部さんにきっと美味しいものを食べに行くんだろうなぁ、なんて考えていたら、こちらを顔を見た跡部さんが眉を潜め、「…お前も一緒に行くんだからな」と言い放ちを戦慄させた。

「ぇえ?!」
「当たり前だろうが。何で1人で食わなきゃならねぇんだよ」
「ええでも、」


歩くワイドショー男なのに。そんなことして大丈夫なの?…あれ、でも婚約解消したから浮気にならない?のかな?だったら気にしなくてもいいのか?と首を傾げると不機嫌顔になってしまった跡部さんがをじろりと睨んだ。

「俺と一緒じゃ不満だっつーのか?」
「え?そ、そんなことはないですよ?」
「だったらいいよな?」
「…は、はい」

有無を言わさない気迫に押し負けて頷くと、跡部さんは不機嫌顔を崩しホッとした顔で「んじゃ、予定を決めておくか」と早々にカレンダーを確認しだしたのでした。





2013.11.05
2014.07.13 加筆修正
2014.10.04 加筆修正
2015.12.31 加筆修正