You know what?




□ 103a - In the case of him - □




ふわぁ、と欠伸をかいたは腕を伸ばし凝り固まった筋肉を伸ばす。目をぎゅっと瞑ってみたがなんとなくシバシバする感じだ。
目のつけ根を指で押しながら『ああ〜手塚くんみたいだなぁ』と不意に思ってしまい、そう思ってしまった自分に吹いて机に突っ伏した。

いや確かに手塚くんメガネだから勉強で目を酷使したらメガネ外して同じことしそうだけども!今ここで思い出すことか?!と自分につっこんで少し熱くなった頬を手で煽った。
するとタイミングよくメールを受信した音が鳴り、中を開けばこれまたタイミングよく手塚くんからのメールでドキリとしてしまった。


う、うわぁ!うわぁ!なんか以心伝心的なものを感じる…!


ただがそう思っただけなのだが、彼を考えていたところにメールが来たものだからなんとなく頬が緩んでしまう。ニヤニヤと嬉しそうにメール内容を読んでいるとそこへこれまたタイミングよく呼鈴の音が響いた。


「ぎゃあっ!…お、お客さん?」

ニヤニヤとしかし真剣にメールを見ていた為は驚きのあまり何センチか飛び上がった。この醜態を立海の面々が見ていたら爆笑していただろう、というくらいの狼狽振りだ。

しかしその知らせはマンション入り口のインターホンではなくドアホンらしい。何で?今日は早いって連絡あったっけ?と思いながらもドアを開ければやっぱり跡部さんが立っていた。


「こ、こんばんは」
「よぉ。夕飯は食ったか?」
「いえ、これから作るところですけど」

仕事終わりにしてはいつもより随分早くないですか?と首を傾げると「そりゃ丁度良かった」と頷き、それから「出掛けるぞ」と誘ってきた。

「え?どこにですか?」
「アーン?勿論夕飯食いにだよ」

わかったらさっさと用意して来い、といっての背を押した。



訳がわからぬまま着替えて、貴重品を持って部屋を出ればそのままエレベーターで地下まで下がっていく。地下は駐車場になっていて住んでる人なら誰でも使えるが、車を持っていないには無用の場所だった。

どの駐車場もたいして変わらないがコンクリートで固められた壁に高級車がぞろぞろ並んで止めてある。ここだけでいくらくらいになるんだろう、と下世話なことを考えているとすぐ目の前に黒塗りの高級車が止まり運転手の人が後部席のドアを開いてくれた。


「あの、跡部さんどこに食べに行くんですか?」
「どこってレストランに決まってんだろ?」

いや、知りませんよ。ふかふかのシートに恐々と座りながら跡部さんに聞くと愚問だといわんばかりに返された。その脳内のご予定を聞きたいんですがね。勿論運転手さんは目的地を知ってるようでさっさと車を発進して大通りに出た。


何も知らないで行くのは正直不安なんですが。跡部さんチョイスってことは結構格式ばったお店だよね?というか下手するとドレスコードあるお店じゃない?そこまで考えが到ったところでは顔色をなくした。

これでもし跡部さんもラフな私服なら何とかなるかもしれないが隣で座ってる彼は品のいい高そうなスーツで、かたやの服はニットのセーターとパンツ+ブーツという庶民私服丸出しな格好だ。
エレベーターに乗ってる時から格差は感じてたけどこれはかなりやばいんじゃないだろうか…。

今はコートで隠してるけど(コートも庶民感拭えないけど)室内で食べるとなると隠すことも出来ない。


「あの、跡部さん…つかぬことをお聞きしますが、そこのお店はドレスコードがあったりしませんか?」

恐る恐る、ぶっちゃけ顔色悪く伺ってみれば跡部さんが「あ、」と思い出したような顔になって「そういえばあったかもな」と返してくれた。死にたい。



「すみません。帰ります」
「は?何いってんだよ」
「その食事は次回改めてということで。あの、ここで下ろしてください」
「バカいってんじゃねーよ。んなことくらいで追い返すような場所に行くわけねぇだろうが」
「んなことあるからドレスコードがあるんでしょうが!」

何いってるんですか!と言い返すと跡部さんは更に呆れた顔になっての格好を上から下まで見て「大丈夫だろ?」と適当なことをいった。この人全然わかってない!全然わかってないんですけど!!

跡部さんの目はいったいどうしたっていうんだ!といわんばかりに論争を続けていると車がスッと止まりは外を見やった。やばい、もうついたの?!案外近いね!心の準備もまだ出来てないんですけど…!、と看板を見て顔面蒼白になった。三ツ星レストラン……っ!!!


「む、無理無理無理無理!マジ無理です!」
「何いってんだテメーは!ガキかよ!」
「子供で結構ですから!帰らせてください!」

無理矢理車から下ろされ、お互い綱引きよろしくな感じで引っ張り合ったが男女の差というか、跡部さんの腕力が強かったというかあっさりお店の前まで引き摺られていった。
車を見れば運転手さんが礼儀正しくお辞儀をして達を見送ってくる。そんなことしないでください!ドア閉めないでください!私を乗せて!私も連れてって!!お店のドアを潜りながらは泣きたくなった。

「だったら服買いに行くか?」とかのたまう跡部さんに激しく抗議したい。問題はそこじゃねーよ!その金どっから出るの!そんな所持金ねーよ!!ふぬー!と引っ張りあったが結局店の中まで連れ込まれが諦めるしかなかった。


「いらっしゃいませ。跡部様」
「…ああ、」

ちょっと息切れしてる跡部さんに少しだけ申し訳なく思ったが(だってウェイターさんが赤い顔で笑い堪えてる)、の方は今にもその場で崩れそうなくらい息切れしていた。
何かこれ、駄々っ子の子供がお母さんに怒られながら引っ張られてる状態じゃないだろうか?やばい、恥ずかしい。死にたい。



、行くぞ」
「……」
「…大丈夫だ。気にならねぇ場所をとってある」

自分の痴態にようやく気づいて羞恥心に耐えられなくて顔を両手で覆うともう息が整った跡部さんがの肩を抱いて歩き出した。どうやら席に案内してくれるらしい。

肩に回された手に逃げれる気も失せて大人しく店を歩いていくと角を曲がった奥の方にこじんまりとしたフロアがあって達はそこに通された。


「あ!来た来た!!!」
「おーようやく来おったな」
「おっせーぞ!こっちは腹減ってるんだからな!!」
「……みんな」

1歩中に入れば真ん中にてこれまた高そうなテーブルがあったがその席にジローくん達もいて驚いた。振り返り跡部さんを見やれば「だから気にならねぇっていっただろ?」と得意気に笑っている。急かすように背中を押す跡部さんに慌てて席につけば斜め前の席に跡部さんが座った。

「んじゃ、始めてくれ」
「かしこまりました」


コートを脱ぎ、促されるまま席に座ったは目の前の銀食器やら天井の装飾に気を取られていると跡部さんがさっさと決めてしまい、ウェイターさんが出て行く。そのことに驚き見やれば跡部さんはまた得意気に笑った。

「え、あの、跡部さん…?」
「ああ。何か飲みたいものでもあったか?」
「いえ、そうではなくて」
「あー予約の時にコース決めちまったからな」
「跡部のお勧めのコース料理が出てくるらしいぜ!」
「どこかの誰かさんの為にわざわざチョイスした料理なんやろ?」
「ぜってー美味しいよね!」

ね!!!と同意を求めてくるジローくんには事態が飲み込めない顔で「う、うん…?」と曖昧に返した。もしかして今日誰かの誕生日でしたっけ?樺地くんの誕生会はやったばかりだし。



「あ、そういえば今日は亜子と宍戸くんいないんですね」
「教師に平日来いっつーのは大変だからな」
「それに亜子ちゃんも呼べんやろ?だから宍戸誘うのやめたねん」

白と暖色のライトが心地よい個室で注がれた飲み物を口にしながら跡部さんを伺うとそれを味わうように飲み込んでからこちらを見てきた。


「アーン?俺はただにここの飯を食わせたかったのと、暇なお前らを誘っただけだぜ?」
「は?誰が暇やねん」
「そうだぞ!別にうまい飯に釣られたわけじゃねーぞ!!」
「岳人。それ釣られたってバラしてるようなもんやで」
「えっマジで?」

忍足くんにつっこまれ、驚く岳人くんに噴出しながら確かに食べさせてやるっていわれたら暇じゃなくても釣られちゃうだろうなと思った。跡部さんがチョイスするお店って絶対に美味しいって信頼できるし。この個室だって品があって緊張するけど雰囲気いいし。


「すみません。私まで呼んでもらって」
「バァカ。元々お前を呼ぶつもりだったんだよ。おまけはあいつら」
「おまけってどういうことだよ!!」
「聞き捨てならんな」
「俺は勉強で家で篭ってるを気分転換に誘っただけだっつーの。それに元々外で食う話もしてたしな」
「あ、そういえば」
「…お前忘れんなよ。つーか、まさか飯食い忘れるほど勉強に熱中してんじゃねぇだろうな?」

そんなことしてたら身体壊すぞ、と心配してくる跡部さんには目を瞬かせ、それは大丈夫ですと返した。勉強よりも食事と睡眠の方が大事だって本能がわかってるのでその心配はないと思います。


「…ありがとうございます。跡部さん」
「まだ礼をいうのは早いぜ。お前の嫌いな食べ物があるかもしれねぇぜ?」
「大丈夫ですよ。跡部さんが選んだんだからきっとどれも美味しいです」

それなりに嫌いなものはあるけどそれも踏まえて跡部さんなら食べれるものを選んでくれるってわかってるから。変に自信があってそんな自分を不思議に思いながらもクスクス笑えば、跡部さんは目を丸くして、それから照れるように視線を迷わせると「ま、好きなだけ食べな」といってグラスを傾けた。



******



跡部さんの気まぐれは本格的なものだったらしい。「俺も手伝ってやる」と始めた後片付けは意外と続いていた。まだちょっと心配でも一緒になって洗っているがそれがまた楽しいのか上機嫌な跡部さんがお皿を洗ってくれている。

今迄指示を出すだけ出して見ているくらいしか見たことがなかったは目から鱗状態だが、彼に『不得意』という文字はないようで皿洗いをソツなくこなしていた。

「跡部さんって家でお手伝いとかってしたことあるんですか?」
「アーン?あるに決まってんだろ」
「どんな手伝いですか?」
「あー親父達の仕事の手伝いや飛行機や車のメンテナンスだったか」
「お母さんのお手伝いは?」
「基本はしねぇな。大抵自分でなんでもこなしちまうから…買い物に付き合うくらいじゃねぇか?」


手伝いとは違うがな。とぼんやり思い出したことを述べる跡部さんには不思議な気持ちになっていた。どうやら皿洗いや後片付けは殆どしてなかったらしい。聞かされて余計に驚いてしまう。

それからなんとなく、こんな話を以前はしなかったな、とも思った。跡部さんの家が凄かったのはわかってたつもりだったけど、跡部さんの家族の話なんて聞いたことなかった。それで何となく好奇心が生まれた。

「ご両親とケンカしたこととかあるんですか?」
「あるぜ。親父とはよくケンカしてたな。高校進学の話で殴り合いして執事達が止めに入ったくらい派手なケンカしたぜ」
「ええ?!」


カラカラと笑って話す跡部さんには想像できなくて思わず声を上げると「意外か?」とこちらを見て口元をつり上げた。

「超意外です…え、と、怪我とかしなかったんですか?」
「したにはしたが、たいしたことはなかったし、2、3日もすれば治ったからな。親父の方が治り遅くて愉快だったぜ。目の周りに痣とかマンガでしか見たことなかったしよ」
「……ご、豪快ですね」

青くなっていいのか笑っていいのかよくわからず、差し障りのない程度に返すと、お湯を止めた跡部さんは「俺も若かったしな」と苦笑した。



「お陰で日本の高校で立海や青学と再戦できたから、殴り合いのケンカも意味があったがな」
「……幸村達と戦う為にケンカを?」
「そうでもしねぇと折れねぇって思ったんだよ。親父もじじぃも高校は海外で学ばせるつもりだったからな。跡継ぎに必要なのは球遊びじゃなく帝王学だとかぬかしたからキレた」
「キレ?!……たって…」

跡部さんが?!と瞠目すればそれこそ彼は笑って「だから俺もガキだったんだよ」とタオルで拭いた手での頭を撫でた。そんなの見たことも聞いたこともないよ。
怒ることはあってもそれはテニスをしてる時や仕事の時くらいで、それ以外で声を荒げることも、ましてや暴力を振るうことも想像できなかった。

の中の跡部さんは冷静に淡々とソツなく何でもこなせる完璧超人みたいな人だった。も受け取ったタオルで手を拭くと頭に乗っていた手がこめかみを通り頬で止まった。


「負けまたまま尻尾を巻いて逃げるのは氷帝も俺様も許さなかったし、何よりテニスは"俺"が"俺"として立っていられる最高のスポーツなんだよ」


だから親父にも誰にも譲りたくなかった。侮辱されて許せなかったんだ。そういって薄く微笑む跡部さんには胃の辺りがぼっと熱くなって顔の体温が上がった気がした。

見つめられて目が合っただけじゃない。もまたテニスが特別だった。選手ではなかったけど同じ部員として一丸となって盛りたてたからだ。幸村達と同じくらいもテニスに本気だった。そう思ったらわぁっと身体中が熱くなった。

「私も、テニスに関わってる時が1番落ち着くなって思ってて…跡部さんと違って全然ちっぽけなことなんですけど」
「……ちっぽけじゃねぇだろ。お前だってずっと立海を支えてきた仲間だったんだから」
「え?」
「お前がいたから立海は三連覇できたっていっても過言じゃねぇよ」


中学の時はまあおまけにしといてやる。と笑った彼には目を見開いた。
え、ウソ。それってもしかして、以前のことを思い出したってこと?

「…?」
「あ!…いえ、だったら私もいた甲斐があったなって思って」
「そりゃそうだろ。俺達プレーヤーはお前達に支えられてるからこそ勝ちぬけたんだ」



戦うのは1人でもそこに立てるのは自分1人の力じゃねぇよ。そういって微笑む跡部さんにどんどん身体がぽかぽかしてきて「そうですね」と頷き下を向いた。

ささやか程度に聞こえるテレビの音以外至って静かな部屋で達は向き合ったまま沈黙していた。
別に話そうと思えば話せたけどなんとなく続けられなくて、頬に触れる跡部さんの手が気になってそのままにしていると彼の親指が頬を撫でビクリと肩が跳ねた。

さわさわと触ってくる跡部さんに耐えられなくなって1歩引けば上機嫌に微笑んでる彼が見えてなんとなく顔が熱くなった。目が合ってしまった…っ無言のままじっと見つめてくる跡部さんに耐えられなくなったは視線を左右に揺らすとタオルを持ったままリビングへと向かった。


「な、何でついてくるんですか!」
「アーン?別にソファに座るだけだぜ?」

何でかぴったりくっついてくる跡部さんに過剰にも反応すれば彼は笑っていつもの定位置に座っている長ソファに座り込んだ。な、何だ。そうだったのか。と思ったが自意識過剰な自分に気がつき顔を真っ赤にするとそのまま洗濯籠が置いてあるところまで素早く逃げたのだった。くそう。





2013.11.05
2014.10.04 加筆修正
2015.12.31 加筆修正