You know what?




□ 104a - In the case of him - □




昔に一度だけ弱った跡部さんを見たことがある。

でも当時はそんな彼が意外過ぎて受け入れられなくてろくに慰めることもできなかった。だって自分は優勝校で彼は準優勝だったから。何をいっても慰めにならないってそう思ってた。


「よお、」
「ど、どうも」

全国大会も終わり表彰式の準備で待ってる中、は自販機の前に立っていた。足りない水分を補おうとミネラルウォーターのボタンを押したのだけどすぐ近くに跡部さんがいるなんて思ってなかった。

いつもなら禍々しいオーラで遠くからでも気づけるはずなのに、そう思いつつ跡部さんを見やると思ってた以上に疲れた顔がを見ていた。

「ここで何しているんですか?」
「ここが一番涼しかったんだよ」

喉も乾いてたしな。と呟く彼にむしろ自販機の熱で暑くないのか?と思ったがあえて言わなかった。


「……腕、大丈夫ですか?」
「アーン?まぁな」
「後でお医者さんに診てもらった方がいいですよ」
「…なんだ。そこまで知ってたのかよ」
「うちの参謀がそういってたので」

実は跡部さんは大会中に腕を怪我したのだ。しかも関東大会で立海と当たった時に。
相手は弦一郎だった。だからかも余計に気になっていたのだが全国大会ではそんな陰りはひとつも見せなかった。

一瞬治ったのかも、と思ったけど柳の言葉と跡部さんの発言を聞くと見せないようにうまく隠しただけらしい。柳と聞いて嬉しくなさそうな顔をした跡部さんにクスリと笑うと「これで冷やしてください」と少し飲んだペットボトルを差し出した。



「いいのかよ。温くなるぜ?」
「あんまり冷えててもお腹に悪いので」

前に冷たいものをがぶ飲みしたらお腹壊しちゃったんですよね、と笑うと彼はどんだけだよと笑って冷えたペットボトルを受け取った。

表彰式まではもう少しあるからも一緒になって跡部さんの隣に並んだ。背中を壁に張り付かせると結構冷たいことに気がつく。おお、と手の平もベッタリくっつければ腕にペットボトルをあてた跡部さんが鼻で笑った。


この頃のはやっぱり跡部さんが好きなんだろうと理解していて、鼻で笑われてもそれでも格好いいなと横顔に見惚れていた。
進学した先が別の学校なら、テニス部じゃなかったら、この気持ちをまた抱くことにはならなかったと思う。

合間を見て遊んでくれたりこうやって声をかけてくれるから勘違いしてしまうんだ。それでなくても跡部さんは見惚れてしまうほど格好いいのに。5月の合宿で彼の試合に対する姿勢がとても好きで格好よくてそう気づいたら跡部さんを追いかけるしか選択がなかった。


「なんだよ、じっと見て」
「っい、いえ、別に…その、腕痛くなかったのかなって思って」
「試合の時か?そりゃバレないように平気な面してたに決まってんだろ」
「痛かったんですね」
「今もスゲーいてぇよ」

だったら早く病院に行けばいいのに。あ、でも表彰式まだか。途中で抜けるのは跡部さんのプライドが傷つくのかな?どちらにしてもお医者さんに診てもらった方がいいですよ、と進言すると「今はこれがあるから大丈夫だ」、とペットボトルを見やった。

「そういやお前も怪我してなかったか?」
「え、」
「左足庇ってただろ」

ギクリとすればお前こそ病院に行けよと返された。別にの怪我は大会中のものではない。そそっかしい自分のせいだ。「こけて擦りむいたんです」、と正直に話すと跡部さんは気をつけろよ、と優しい言葉をくれた。



「そろそろですね」

アナウンスがかかり、戻らなきゃ、と温くなった壁から背を離すと跡部さんも動きだしサンキュ、とペットボトルを差し出した。

水滴がついたペットボトルで手を濡らしたはハンドタオルなかったっけ?とポケットを探ってみた。不快ではないがなんとなく拭きたかった。
見つけた柔らかい布地にそれを引き出せば、ペットボトルを掴んでる手首が熱くなりそのまま引っ張られた。

ぶつかった先はまだ試合後の熱気を纏ったままの跡部さんで、驚き身を引こうとしたが手首を拘束されてて無理だった。そしてもう片方の手がの頬を捕らえそのまま屈んできた跡部さんに口を塞がれた。


はじめは何が起こったのかわからなかったが伝わってきた少しカサついた唇と燃えるように熱い手にの頭が一気に回転する。驚き慌てて彼を押し退ければ、バランスがとれなくてたたらを踏み反対側の壁にぶつかった。

「な、なにす…」
「試合には負けたが、勝負はまた俺の勝ちってところだな」

勝負?と疑問符が浮かんだがさっきとはうって変わって勝ち誇った笑みを浮かべた跡部さんが手を伸ばしてきて咄嗟に逃げ出した。跡部さんが好きなら逃げることはなかったのに、でもどこか怖くていきなりされたキスに動揺して思考が定まらなかった。



?どうした?」
「ううん、なんでもない」

汗だくになって立海の集合場所に向かえば従兄弟の異様な雰囲気を察して弦一郎が声をかけてきた。それをそぞろに返したは同じように声をかけてきた幸村にも微妙な笑顔で返し手で口を隠した。

あんな乱暴にキスされたの初めてだった。跡部さんとのキス自体久しぶりだったから余計に動揺した。
何で跡部さんは付き合ってもいないのにキスするんだろ。もしかして私の気持ちを見抜いてるのかな?

「あ…」

汗を拭おうとハンドタオルを探したがポケットに入ってなくて、そして買ったはずのペットボトルがないことも気づいた。全部あそこに置いてきてしまったのだろう。
取りに行かなきゃ、と思ったがまだあそこに跡部さんがいる気がして恥ずかしくてどうにも手足が動かなかった。

そのうち集合がかかり仕方なくは後で取りに行こう、そう思った。







「勝負って、なんの勝負だったんだろう…?」


参考書を広げ机に向かいながらはぼんやりと昔の思い出に浸っていた。本当は試験勉強に集中しなければいけなかったのだけど、どうにもあの時の跡部さんの発言が気になりぐるぐると考えてしまっていた。

もしかしたら、彼は私のことを本当は覚えているのかもしれない。
先日の跡部さんとの会話でそう思うようになってから昔の記憶を掘り出しては反芻している自分がいる。


しかし思い出せば思い出すほどからかわれてたような、曖昧で不可思議な態度の彼しか思い出せない。あの後も、戻ってはみたけどハンドタオルもペットボトルもなかったしな。試しに落し物センターで聞いてみたけど届けられてなかったし。

かといって跡部さん本人に聞くのはなんとなくできなくてそのままにしてしまってた気がする。

「あー…そうか。その後か」

もしかしたら聞く気はあったけど、次に会えた時でいいだろうなんて思ってたら聞けるような心境じゃなくなってそのこと自体蓋をして忘れていたんだった。


「…ダメだ。集中しよう」

今思い出しても感じる不快感に眉を潜めたは溜息を吐いて目の前の参考書に目を通した。が、その文字は一切入る気配がない。元々集中力が切れて跡部さんのことを考えていたのだから当然といえば当然なのだが。

それでもぼんやり昔のことを思い出してた時の方がまだ心はザワザワとせずにすんだことを思うとあの後の記憶はにとって相当嫌なことだったんだなぁ、と今更に理解した。


「私もまだまだ、だなぁ」


もう終わったことを未だにじくじくと考えて苛立つなんて。
跡部さんの言葉で振り回されるのはもうたくさんなのだ。それはもう十分知ってるはずなのに。

それでも"昔の自分をいい意味で覚えてくれている"と、期待してる自分が垣間見えては自嘲気味に笑うしかなかった。



******



ブラブラと目的もなく街中を歩いていれば身体は寒さに晒され冷えていく。ぶるりと身震いをして肩を竦めれば足元に何かが絡みつき思わずそれを拾い上げた。見ればいかにも高級そうなマフラーで、とても手触りがよく触ってるだけで暖かさを感じた。

落し物かな?とキョロキョロと見回したが辺りを歩く人でこれを探してる人はいなかった。こんな高そうなもの探さないわけないんだけどな、と汚れを落とし綺麗に畳むと前方に綺麗な女の人が携帯を見つつ何やら戸惑ってる様子が見えた。

どうしたんだろう、とぼんやり見ていたら視線に気付いたのかその女性は顔を上げと視線を合わせてくる。あ、ヤバ、超美人…!と驚いていると彼女はまっすぐこちらに歩み寄ってきた、


「ちょっとよろしいかしら。このお店の場所を教えていただきたいのだけど」

そういって見せてきた地図を覗き込むと丁度自分が働いてるお店で、「あ、ここなら知ってます。案内しましょうか?」と彼女を見上げた。まるでモデルみたいな顔立ちとスタイルに溜め息しか出ない。
目だってコンタクトじゃないオリジナルの青色で凄く綺麗だ。

ブランドですら霞んでしまいそうな品のある女性に、この光景を誰かが見ていたら自分は灰かぶりのシンデレラ並にみすぼらしいような気がした。やめよう、死にたくなる。


「あら。よろしいの?ご用事があるでしょう?」
「すぐ近くなんで大丈夫ですよ」

丁寧な言葉にやっぱり育ちの良さを伺えた。漂ってくる香水も凄くいい匂いで同性なのにドキドキしてくる。先を歩きながらチラリと視線を向けるとニコリを微笑まれ顔に熱が溜まっていく。綺麗な人だ。なんだか直視できなくて前を向けば「助かったわ」と心地よい声が聞こえた。


「この辺りを1人で散歩していたのはいいのだけど、目的地がわからなくなってしまって。携帯の地図も慣れてないのよね」
「画面が動いちゃったんですか?」
「そうなの!それで余計に迷っちゃって!こんなことなら最初から佐々原のいうことを聞いておくんだったわ」

スマホの地図は横も見れる分微妙な角度でコロコロ変わる為見にくいことがある。試しに固定の方法を教えたら彼女は嬉しそうに微笑んだ。
よりは確実に年上なのだがこの人の反応はとても可愛らしかった。微笑ましい雰囲気にほんわかしていると彼女はが持ってるマフラーに気がつき、視線を落とした。



「それはどうなさったの?」
「あ、これはさっき拾って。一応交番に届けようかな、と思ってたんですが」
「見せてもらってもいいかしら?」
「はい。どうぞ」

がマフラーを巻いていたから気になったのだろう。マフラーを彼女に差し出せば、アイスブルーの瞳が丹念にマフラーを眺めそして「やっぱり、」と零した。

「これ、私のだわ」
「そうなんですか?」
「ええ。車を出た時手に持っていたのだけれど、気づいたらなくなっていたのよ。あの時コートも脱いでいたから落ちたことに気づかなかったのね」


この歳で落し物なんて、と溜め息を吐く彼女にそういえばこんだけ寒いのにマフラーしてなかったな。と今更気づいた。

「なら見つかって良かったですね。今夜は更に冷え込むっていってたのでマフラーないとかなり寒いですよ」
「……そうね。ありがとう」

今はまだそれ程じゃないが、ご飯を食べて出てきたら一気に気温が下がるだろう。そう思って微笑めば彼女は一瞬目を瞬かせ、それからにっこり微笑んだ。そんな彼女にとても良く似合うマフラーだと思った。


それから少しして目的地であるお店に辿りつくと店先で男の人が時計を見つつ何かを待ってるように靴を鳴らしていた。「佐々原だわ」と隣の彼女が言うと優雅な足取りで彼に向かっていく。その足音に気づいた男の人はこちらを見やると目を大きく見開き彼女に駆け寄った。

「心配しました」と心底安堵した顔で零す男の人と彼女の会話を少し離れたところで聞いていると、ふと彼女が振り返り手招きしてきた。どうやら礼を兼ねて食事をしないか?ということらしい。



「いえ、大したことしてないですから」
「でもそれでは私の気が済まないわ」
「あー…じゃあ、ここのお店の本日のメニューを食べてください」

チラリと見えた手書きの看板を見たがそういうと彼女は不思議そうに看板に振り返った。

「そのメニュー、店長のオススメなんです」
「そう……。できれば貴女にお礼がしたかったのだけれど」
「私、ここで働いているんです。今日は休みなんですけど…なので、ここで食事をしていただけたら十分お礼になります」


道案内とマフラーを拾ったくらいで食事を奢ってもらうとかの方が気後れしてしまう。そう思って「それじゃ、私はこれで」と去ろうとしたら「…せめて、お名前を聞かせてもらえないかしら?」と美人さんが引き止めてきた。名乗る程でもないと思うけど。そんなセリフは言わないけど。

です」
さんね。本当にありがとう。貴女みたいな心優しい人に出会えてよかったわ」

またお会い出来るといいわね、とにこやかに微笑む彼女にも習って微笑んだ。
それからずっと話を聞いていた彼がずいっと前へ出てきて、胸ポケットから名刺を取り出しそれを差し出した。


「先程は奥様が大変お世話になりました。もし何かあればこちらにご連絡ください」

そういって半ば強引に手渡してきた彼に驚きながらも受け取ると、佐々原と言われた彼は綺麗に微笑んで一礼をし、美人と仲良くお店の中へと入っていった。絵になる2人だったな。


「え………あ、アレ…?」

そんな2人をぼんやり見ていたはしばらくして名刺に視線を落とすと並べられた文字の羅列に思わず声を上げた。あれ?この会社名って…え?じゃああの人って…ていうか、あの女性ってまさか…?

あまりにも見覚えある名前に何度も目を瞬かせたのはいうまでもない。


まさか、ね…?



*****



冷たい空気を吸い込む。白い息を吐き出しは身体を伸ばした。天気は晴れていて心地いいが気温はやっぱり冷たい。カシャン、とジャージ姿で柵に寄りかかり身を縮みこませていればこちらに走ってくる人物が見えの顔が綻んだ。

「遅れてすまない」
「ううん。朝からトレーニングしてたんでしょ?お疲れ様」

私も今来たところだから、と微笑めばメガネを反射させた手塚くんがブリッジを持ち上げ優しく微笑み返してくれた。


今日は午前中に手塚くんとテニスをする約束をしていた。といってもはおまけで手塚くんが練習してる合間を縫って相手をしてもらうのだが。それでも2人きりで会うのは久しぶりで心が躍って今日も朝早くから目が覚めてしまった。

それに夜は夜で以前約束した青学と氷帝で鍋大会もある。手塚くんと1日一緒というわけだ。そして昨日こっそり手塚くんから連絡があって近くのテニスコートで落ち合うことになったからジローくん達に邪魔される心配もない。

不二くん達もいないのはちょっと緊張するけど、こういうのも悪くないよね。そんなことを考えながら準備運動していると視線に気がついた手塚くんがこちらを向いて「何だ?」と優しく目を細めるのではふにゃりと笑い返した。ああ、この顔好きだなぁ。


「練習はしてるのか?」
「最近は全然。身体もあんまり動かしてないからちょっと心配かも」
「なら準備運動をしっかりしないとな……勉強の方は大丈夫なのか?」
「ぼちぼちかな。一応この前も模擬試験受けたけど」
「結果はどうだった?」
「1回目はギリギリ。あとの2回は合格ラインは取れたよ」

でも、実際の試験までは緊張しっぱなしかなぁ。そういって柔軟を始めるとその横で手塚くんも屈伸を始めた。

「なら大丈夫だろう。は本番に強いタイプだからな」
「あはは。そう願うよ…っと」
「俺が押してやろうか?」

前屈みに身体を曲げていると手塚くんがそんなことをいってくれ快くお願いした。これがジローくんやリョーマくんだと悪戯されたり思いきり押されたりするのだけど手塚くんは至って真面目に押してくれるのだ。



やんわり押してくれる手に温かさを感じたり押し過ぎないように気を遣ってる力具合に心がぎゅっと締め付けられて、とてもぽかぽかする。
抱きしめてくれた時も力を入れすぎないように優しく包み込むように触れてくれたんだよな、と思い出しハッと我に返った。いけない。これから練習だってのに何を想像してるんだ。

「あ、ありがとう!…あ、私も押そうか?」
「ああ。頼む」

妙に熱くなった頬を隠しながら手塚くんを伺えば、と入れ替わるように座り込み身体を前へと倒す。うん、補助が要らないほど柔らかいですね。さすがです。

「もっと強く押してくれ」
「は、はい」


それでも乙女心というか下心というか、手塚くんの大きな背中を見ていたらとても魅力的に思えて見惚れてしまった。前にも何度も見てたはずなのに。程よく硬くて温かいな、とやんわり押していたら注文が飛んできて慌てて手に力を込めた。

もしかして変な触り方だっただろうか?普通に押してたよね?挙動不審じゃなかったよね?これが赤也とかジャッカルだったら心行くまで押すんだけど(痛がるまで)、手塚くんじゃどこまで力を入れていいのかわからない。というか背中を見れば見るほど抱きつきたい衝動に駆られる。

いやいやいや。これ柔軟だから。それが終わったら練習だから。それでも直に触れてる部分が温かくてドキドキしていると「もういいぞ」と声がかかり慌てて手を放した。私は欲求不満な男子中学生か。


「じゃあ始めようか」
「う、うん」

十分に身体を解し、さっきよりも身体がぽかぽかしてきた頃、手塚くんはそういってラケットを取り出した。しかしの頭の中は別のことでいっぱいになっていた。やばい、さっきから手塚くんと話がしたいとか触りたいとか余計なことばかり考えてるぞ。

不二くん曰く「さんに教えてる時の手塚を桃達が見たら、きっと新作の乾汁を見た時と同じくらいの顔で逃げていくだろうね」らしいからそれなりにハードなのだろう。教え方は優しいけど。



本気でかからなくては絶対怪我するぞ!と意気込んだは、「集中集中」と呟き自分もラケットを取り出した。そのラケットバックの隣には貴重品が入った荷物もあったのだがそれを見て「あ、」と声を上げた。

「あ、あの手塚くん!」
「?何だ?」
「忘れないうちにこれ、渡しておくね」

たいした物じゃないけど、と荷物から取り出し差し出した小さな箱は綺麗にラッピングされていて、手塚くんは切れ長の目を何度も瞬かせていた。可愛い。そんな彼をじっと見たまま動かずにいるとハッと我に返った手塚くんがの手から小さな箱を受け取った。


「たくさん貰うだろうし、甘いものはあんまり好きじゃないって乾くんから聞いてるからなるべく小さいやつ選んだんだ。既製品だから中も凄く可愛いんだよ。味も美味しいと思う」
「すまない。気を使わせてしまったな」
「ううん。そんなこと。バレンタイン前には海外行っちゃうんでしょ?」
「ああ」
「…ちょっと寂しくなるね」
「っ………、」
「あ!あとねっ定番のも作ってみたんだ」

どちらかというとこっちが本命かも、とタッパに入ったものを掲げれば手塚くんもすぐに合点がいったようで「レモンの砂糖漬けか」と微笑んだ。しかし会話はそこで途切れてしまい、沈黙が降りた。お互いもじもじとしていて顔も赤い。

傍から見たら何をやってるんだ?と思うだろうが達がそれに気づくことはない。お互いこれが精一杯の状況だ。


手塚くんは手塚くんでの「寂しい」というフレーズに何かいおうとしたが遮られてしまって言葉のタイミングを逃していたし、で手塚くんに抱く微妙な邪?な気持ちをどう対処したらいいのかわからないでいた。

ただ、手塚くんにはお世話になったし告白されて友達に戻って、それから彼をちゃんと異性として見るようになって、少しずつだけど惹かれてて。そんな彼に何か気持ちを表現できたら、と思いチョコを買ってみたのだ。



手塚くんに見合う恋愛感情かどうかまだわからないし自信もないから堂々と宣言はできないけど、でも、少しでも知ってほしいと思っていて。「貰ってくれると嬉しいな」とチョコレートを差し出せばはにかんだ手塚くんが「勿論だ。ありがとう」との手に重ねるようにその箱を受け取った。

…っ」

呼ばれた声に視線を上げれば熱を帯びた視線で見つめてくる手塚くんと目が合って。その強い視線にドキリと息を呑んだ。
しかしその見つめあいも近くでガシャン!と揺れたフェンスの音に邪魔され2人同時に肩を揺らした。

音が鳴った方のフェンスを見たがそこには誰もいなかった。まるでボールか何か当てたような音だったのだけどこのコートにはと手塚くんしかいない。随分離れた参道でランニングや散歩をしている人がいるがそれくらいだった。

だからというか、なんというか、元々内緒でこのコートに来たを現実に引き戻すには十分なきっかけだった。


「じゃ、じゃあ、練習始めよっか!よぉし!身体動かすぞー!!」
、」

気を取り直して声を上げたはタッパを置くと、そのまま空元気に腕を振りコートへと向かう。若干やけくそに見えなくもないがご愛嬌だ。そしたら後ろの方で手塚くんが呼び止めるので「何?」と振り返った。


「…………へ、」
「ありがとう。後でゆっくり食べさせてくれ」


肩に回された手にぐいっと力が入って一気に手塚くんとの距離が近くなる。そして彼が視界いっぱいになったと思ったら唇に柔らかいものが落ちてすぐに離れた。

一瞬だったけど何が起こったのかわかってしまったはみるみるうちに顔が赤くなって、目の前の手塚くんの頬も赤くなってるのがわかって余計にドキドキした。

嬉しそうに目を細め微笑む手塚くんにどうしようもなく胸が熱くなり締め付けられる。照れくさくも嬉しくなったはへにゃりと顔を綻ばせたのだった。





2013.11.28
2014.10.04 加筆修正
2016.01.02 加筆修正