You know what?




□ 105a - In the case of him - □




「…そういうことか」

ジローと向日に急用だと呼ばれて来てみれば、元青学の河村の店で鍋大会をすることになった。発起人は不二らしく「寿司屋で鍋するんか?」と質問する忍足にいつもの笑顔で頷いている。それはまぁいい。

店は狭いが寿司はそこそこうまいし、戦いを挑むような顔つきだったジローも今は鍋を囲んで楽しそうに食っている。跡部はそちらではなく忙しく動いているのことが気になった。

朝から用事があるといっていたので別行動をとっていたが、いざ店に来てみればそのは手塚とやってきたのだ。しかも手を繋いで。お陰で着いた早々に不二と乾に冷やかされ顔を赤くさせたのはいうまでもない。


「何か言ったか?」
「いいや?つーかそのバッグ、テニスしてたのか?」
「ああ。ここに来る前はテニスの練習をしていた」
「ふぅん。練習ねぇ…」

同じテーブルに座っている手塚に言葉を拾われた跡部は気のない返事で返したが頬杖をついた表情は曇っていた。に視線をやればエプロンの下でひらりとはためく白いチュールスカートが目に入る。

随分ファンシーなものを持ってるじゃねぇの。その格好俺は見たことねぇんだけどな?そう考えて余計に面白くなくなる。以前ジローや忍足達の会話を聞いているから見当はついていたが目の当たりにすると一段と胸の辺りがもやもやとする感じだ。



ついっと視線を動かせば手塚もの行動をじっと見ている。隠す気もないらしい。
つけてる紺色のエプロンは色気がねぇがふわふわとしたスカートが翻る姿はそれなりに想像を掻き立て視線を釘付けにする。同じかどうかはわからねぇが似たようなことを手塚も考えているんだろう。

「お、やってるねぇ」
「親父」
「あ、お邪魔してます」
「いやいや。お邪魔してるのはこっちだよ……」
「どうしたの?親父」
「…っおー。ちょっと忘れ物をしてな…ああ、あったあった。…つーか、こうしてみるとなかなか…いい絵になってるじゃねぇか。まるでタカシに嫁さんが来たみてーだな!!」
「「ええっ?!」」
「「ぶほっ」」

気持ち悪いほど手塚の視線が柔らかくなってるのを見て居心地悪く酒に口をつけると河村の父親がやってきてぐるりと見回しにこやかに笑った。

そんな彼に跡部達が会釈なり挨拶をすると河村の父親はカウンターの中に置いてある私物を手に取り奥へと戻ろうとした。が、振り返った彼は何を思ったのかと河村を見て新婚夫婦みたいだと笑い2人を赤面させ、跡部と手塚は飲み物で咽た。
何言ってんだこの親父。しかも「どうだい?ここに嫁ぐ気はねぇかい?」とかいっている。


「よく見るといい男だと思うだろ?」
「えーと、」
「おーやじ!用が終わったならさっさと戻ってくれよ!!」

人の親とはいえ、何か一言いってやろうかと思ったが先に河村が部屋に戻るようにと急かしたのでいうタイミングを逃した。顔を見合わせたと河村はお互い赤いままで苦笑している。変な気配はないみたいだが余計なことを言って河村を煽るんじゃねぇよ、あの親父め。

「……さしづめ、エプロン姿のを見て自分達の結婚生活はこんな感じだろうか、と妄想していた。に98%」
「手塚も跡部も同じこと考えるなんて2人共気が合うね」
「「……」」



河村までを気にしだしたらどうするつもりだと酒を煽れば乾と不二が余計なことをいって跡部と手塚をからかった。
ついでに「隠れてるけど越前も想像してたのお見通しだよ」と越前をもつるし上げた。桃城の隣に座っていた越前は口を拭い、苦々しい顔で不二を見ている。不二には相変わらず勝てないらしい。

跡部も手塚と目が合いお互い居心地悪く視線を逸らせば「どうしたんですか?」とやっとこちらに来たが聞いてきた。辛うじて乾と不二の言葉を聞き逃したらしい。

「お前もいい加減に席に座れよ。腹すいてるだろ」
「そうですね。とりあえず出すものは全部出したし」

座ろうかな、とエプロンを外すの手を掴むとそのまま自分の隣に座らせた。はっ睨むんじゃねぇよ手塚。早い者勝ちだ。


「え、でもここの席って樺地くんじゃ」
「アーン?樺地は俺の前の席で取り分けてるから問題ねぇよ。なぁ樺地」
「ウス」
の分も取り分けてやれ」
「ウス」
「ああ〜っありがとう!樺地くん!」

差し出されたとり皿には礼をいって受け取ると河村から飲み物を貰い軽く乾杯をした。そしたら後ろにいたジローや忍足もグラスを差し出してきたのでそちらとも乾杯していた。お前らはに構いすぎなんだよ。大人しく鍋をつついてろ。


「それにしてもちゃん。そのスカートかわええな。似おうとるで」
「あはは。ありがと。この前亜子から貰ったやつなんだ」
「そうなん?道理で初めて見る思たわ」
「…忍足くんは私の服装を逐一覚えてるの?」
「そりゃちゃんやし。スカートなんてちゃんの脚がより一層綺麗に見える必須アイテムやん。のぅ跡部」
「アーン?まぁな」
「出来れば合宿の時にその格好見たかったわ」

今日はデジカメ持ってきてへんし。と肩を落とす忍足にの顔が引きつったのはいうまでもない。聞き耳を立てている面子は大体引いている。
それもあって「後で携帯で撮らせてな」と頼み込む忍足の鼻の下が伸びきっているのを見た向日が「侑士、キモイからやめろ」と冷たく切り込んでいた。



「つーかよ。まさかと思うけどその格好でテニスしてたわけじゃねーよな?」
「勿論だよ。ちゃんとジャージ着てやりました」

手塚くんとテニスするのにそんな格好じゃ出来ません!と向日に豪語するに跡部はチラリと手塚を見やれば素知らぬ顔で鍋をつついていた。内心スカートでも良かったかもな、て思ってそうだが顔には全然出ていない。ムッツリめ。

「俺はその格好でひらひらとコートを走ってもろた方が楽しいけどなぁ」と呟く忍足に俺を含めた何人かが同意した。デートならそれぐらいの方が気楽で楽しいんじゃねぇの?つうか、こいつらはテニスのこととなると普段以上に生真面目になるな。まあ、お陰で俺は安心できるけどよ。


忍足に褒められてなんでもない顔をしながらも照れくさそうにするを見て、思わず口元が緩んだ。まったく人前でんな顔するんじゃねぇよ。忍足がまた写メ撮らせろとか騒ぐだろ。

樺地に取り分けてもらった鍋の具を食べるに、手塚と付き合ってるわけじゃなさそうだな、と踏んだ跡部は彼女の耳元まで顔を近づけた。忍足の後ってのが気に食わねぇが俺も一応いっておくか。

「忍足に先を越されたがその服似合ってるぜ」
「……ど、どうも」
「そのまま笑えばもっと可愛いんだがな」
「べ、別に可愛くなくていいです…」

頬を染めたまま口を一文字にするに「じゃあ"綺麗だ"っていわれる方がいいか?」と他の女ならKOされてしまうくらいの微笑みを至近距離で魅せれば彼女は益々頬を赤くし、顔をしかめた。そこで顔をしかめるのかよ。

嬉しい顔を出さないようにしてるのがバレバレで跡部は思わず噴出しそうになったがすんでで留めた。なんつー顔してんだよ。そんな顔手塚に見せたら引かれるんじゃねぇか?


「しかしまぁ、俺としてはこの前の服装の方が好みだけどな」
「……は?……っ!」
「あー。あの黒タイツの時か」

確かにアレはいい脚拝めたわ。とぼんやり思い出している忍足にはまるで熱いものを口に入れてしまったかのような顔で頬を染めると「忘れて!」と奴の背中を叩いた。それからじと目で睨んでくるに跡部は挑発的な笑みで彼女を見返した。



この前というのは樺地の誕生会の時だ。それ相応の格好、ということで私服がネタ切れしたは随分着替えに手間取っていた。
そこで俺がの服をコーディネートした訳だが忍足や男共からは好評、からは大不評を買った。まあ本人がほぼ買ったことがなかったミニスカートをチョイスしたからな。

「この年齢でミニスカはアウトですよ!足太いのに!!」と非難してきたがほっせー脚で黒タイツも穿いてたんだから問題ないといって一蹴した。つーか、俺のチョイスに間違いはねぇんだよ。

そのお陰では四六時中スカートの丈を気にしつつ、その光景を忍足が鼻の下を伸ばして動画撮影していたわけだが(全部後で消しておいたが)、そのことが余程お気に召さなかったらしい。
スカート丈を気にして男共の視線誘導してたお前の手の方がよっぽど罪作りだと思うがな。日吉なんかずっと目が泳いでたの気づいてねぇだろ。


「安心しな。"この前の格好"を"詳しく"話したりしねぇよ」
「ほ、本当ですか…?」
「ああ」
、」

俺もここで話すほど酔狂じゃねぇよ、と思いつつもじっとこちらを伺っていると見つめ合っていれば水を差すように手塚が割って入ってきた。
一人前に嫉妬か?と見やれば何食わぬ顔で「早く食べないと煮詰まるぞ」と鍋の心配をしている。テメェは鍋奉行キャラじゃねぇだろ。それは奥テーブルに座ってる大石の役目だろうが。

そんなに俺とが仲良くしてるのが気にくわねぇか?とニヤついた顔でにぴったりくっつけば「跡部さん、食べにくいです」と苦情を言われた。


「アーン?そこは気を利かせて俺に食べさせてくれてもいいんじゃねぇか?」
「跡部さんの器にもまだ入ってるじゃないですか」
「んじゃ、これをお前に食べさせてやるよ」
「い、いいですってば」
「跡部。大人しく食べれないのか?」
「あぁ?何だ手塚。羨ましいのか?アーン?」
「行儀が悪いといっているんだ」
「ハッ負け惜しみにしか聞こえねぇな」
「……」
「……」

「あ〜!!なぁにやってんだよ桃!」



ぴたりとくっついた腕にビクリと反応するが離れようとしたので、そのまま腰に手を回せばわかりやすく手塚が睨んできて鼻で笑ってやった。やっと感情を出したな。そうじゃなきゃ面白くねぇ。のことが好きならもう少し焦るべきだぜ手塚。なんてたって俺様がこいつの隣にいるんだからな。

手塚を使ってに俺の感情を理解させるのが1番手っ取り早いと思った跡部は挑発的に口元をつり上げるとメガネを光らせた手塚が無表情ながらも強い瞳で見返してきた。
リスクがないといえば嘘になるがこういう賭けは嫌いじゃない。それに久しぶりにコートで対峙した時のような視線の手塚になんとなく心地いい緊張感を感じて跡部は内心苦笑していた。


そんなことを思いつつ手塚と牽制しあっていれば隣とその奥のテーブルで騒ぐ声が聞こえそちらに視線がずれた。見れば菊丸が桃城を見て指摘している。どうやら手塚のラケットバッグを倒したらしい。ついでにチャックも開いてしまったようで中身も零れ出ている。

「うわわ!すんません!!…て、アレ?これって?」
「可愛い箱だね」
「これ手塚部長のっスか?」
「いや、この場合は"手塚が貰ったもの"だろう。こういったものを手塚が買うとは思えないしな」
「確かに。ていうか俺これ知ってる!夕方辺りに行くと大半が売り切れてる美味しいチョコのお店じゃん!」
「俺もこのチョコ、バレンタインの時に貰ったことあるな。半分以上彼女に食べられたけど…」
「でもバレンタインはもう少し先だよね?手塚ってチョコ好きだったっけ?」
「……」

桃城が見つけたのは手の平に収まる程度の小さな箱で、可愛らしい色合いとデザインでラッピングされている。
そんなものを手塚が好んで持っていたら見る目が変わりそうな代物だ。そんなことを考えた越前や海堂は苦い顔をしたが店を知っている菊丸や大石は興味津々に見ている。

そして河村の何気ない一言で不二と乾はニヤつき、跡部は視線だけに向けた。

跡部の隣ではいつもより多く瞬きをしているが落ち着きなく視線を動かすと、そのまま周りの視線から逃げるように俯き、無心で残り少ない鍋の具を食べたのだった。



******



元々低かった気温が2月に入ると更に下がって昨日は雪が降った。雪は溶けたが寒いこんな日は家で大人しくしてるに限る。仕事も休みだし。そんなことを考え引き篭もっていたら「どうせ暇だろ?」と跡部さんがやってきてを連れ出した。

つれてこられたのはまたもや高そうな、というか絶対高い会席料理のお店で、またもや出入り口でひと悶着した。しかし跡部さんも手馴れたもので力の反作用を利用して意図も簡単にを店内へと連れ込んだ。
何その手馴れた作業、と戦慄したが跡部さんは素知らぬ顔で席に案内されていた。

メニューもいつものように何も見ぬまま跡部さんが淡々と注文して、来た順に食べるという流れになっている。ちなみにここのお店は季節によって出すものが違うらしく冬はフグをメインで出しているらしい。


「うま…」
「そりゃよかったな」

さっきからそんな調子だが跡部さんは気にもせずとりあえず返してくれる。この出汁超美味しい。やばい、ハマる。とニヤニヤしながら食べていたら「それは抑えろ」と指摘された。ちょっと気味が悪いらしい。失敬な。

最初は壁に龍の絵が豪快に書かれていて雰囲気も敷居が高くて臆したけど、料理を食べ始めたら左程気にならなくなった。勿論、完璧な料理にビビらないわけじゃないけど口にした途端脳が恐怖よりも食の方に移動した為、恐怖神経はかなり鈍っている。


前に三ツ星レストランに連れて行かれたがその後も今回も混ぜて何回か跡部さんと食事をする機会が増えた。正直そこまで頻繁に出かけられるほど暇じゃないのだけど、跡部さんは絶妙な時に声をかけてくるのでホイホイと外に連れ出されてしまう。

何で今日はご飯作るの面倒だなって時に声かけてくるんだろう。インサイト…というより千里眼の域だよこれ。



「気に入ったみたいだな」
「はい。この天ぷらの衣とかパリパリで中がふわっふわでたまらん!です」
「ククっ真田かよ。そういや真田の試合終わったんだろ?」
「あ、はい。無事終わって先週帰国しました」

美味しさに罪はない。それに負けただけよ、と自分1人劇場をしていると箸を置いた跡部さんが弦一郎の話を持ち出した。たまらん、で思い出したらしい。ちょっと恥ずかしくなった。

先日怪我もなく試合を終えた弦一郎が帰ってきたのだけど、本人としては自己ベストを叩き出しランクを3つあげたのだ。それに対しテニス関係者は大いに褒めちぎりパーティーまで開いてくれるという。それを聞いて親戚中が盛り上がったのはいうまでもない。

「んで、奴がリクエストしてたことはしてやったのか?」
「はい。手料理っていうんでおばさんと一緒に好物作って出迎えました」


そこまでが弦一郎の儀式になってるらしく、毎回そんな感じで帰ってきた彼を労うのだ。しかも今回は好成績を残せたし手放しでお祝いしたので弦一郎もかなり喜んでいた気がする。久しぶりに潰れるまで飲んでたしね。
コーチにまた怒られるんだろうな〜なんて考えていると「手料理か…」と呟いた跡部さんがこっちをじっと見つめていた。

「久しぶりにの飯が食いてぇな」
「久しぶりって、まだ4日くらいですよ」
「大分食ってねぇな」

何をいうかと思えばそんなことをいわれの表情が固まった。何いってんのかなこのお人は。「またまた。こんな美味しい料理食べれてるじゃないですか」と話を逸らそうとしたら「食べ飽きた」と返されちょっと引いた。ハッお金持ちっていいな!


「でもこの後も出張なんですよね?」
「そうだな。帰ってくんのは2週間後か」

あっちに行くと途端に日本食が恋しくなるから性質が悪いぜ、とぼやく跡部さんにクスリと笑えば「帰ったら何か作りますよ」と進言してみた。私も恐らく試験勉強漬けで料理作りたい症候群に陥ってるだろうし。

「ついでに迎えに来ても構わないんだぜ?」
「えええー…」
「真田に出来たんだから俺にだってできんだろ?」



いやそれは友達と親戚の差があって…と思ったが別に区別するものでもないかとも思った。でも腑には落ちない。ご飯作るならお迎えはせめて玄関までにしてほしい。それでなくても跡部さんの献立は気を遣うのに。

「玄関でお出迎えじゃダメですか?」
「空港の?」
「家の、です」
「……」
「……」

じりじりと見つめあい、そろそろの心が折れそうだってところで跡部さんが溜息と一緒に視線を逸らした。

「わかった。それで許してやる……が、その代わり帰ってきたら俺を持て成せよ」
「(うげ)……善処します」

持て成すってどのランクの話でいってるんだろうか?跡部さん基準だと合格ライン全然見えないんですけど。内心途方に暮れたが今考えてもどうしようもないのでとりあえずぽいっと頭の隅に追いやった。


「でもそうなると鳳くんの誕生会には跡部さんいないんですね」
「アーン?そうだな…つーかお前パーティーに出るのかよ?」

鳳も俺ほどじゃねぇが大々的にパーティーするだろ?と眉を寄せる跡部さんには肩を竦め「まあ、はい」と応えた。

本当は身内だけで内々にパーティーしようかってなったんだけど鳳くんが忙しくて時間が取れない為そういう処置に至ったのだ。日吉をお祝いしたのもあったし樺地くんも日にちはずれたけどお祝いしたから鳳くんだけしないのも可哀想だよねっていうことになって。

鳳くん本人は「気にしなくていいですよ」といっていたがパーティーに出ることになった途端届いた招待状に鳳くんの嬉しさが伝わってきて苦笑したのを思い出した。



「そういうでかいパーティーは苦手じゃなかったのか?」
「?…緊張はしますけど今回はみんなもいるしそこまで形式ばった誕生会じゃないって鳳くんもいってたので」
「………」
「跡部さん?」

大きなパーティーが苦手、だなんてどこで知ったんだろう?そんな話した記憶ないけどな、なんて思いながら黙り込む跡部さんを見て首を傾げた。誰かと勘違いしてるんだろうか?





2014.10.04
2016.01.02 加筆修正