□ 106a - In the case of him - □
例年通り(弦一郎はいないけど)真田家で新年の挨拶をしたが、この時期に入ってやっと時間がある人だけ集めて元立海組でかなり遅い新年会をした。1月はみんな他の新年会やら仕事で時間が合わなかったらしい。
幹事は懐かしい西田が取り仕切ってくれ、吾妻っちや飯田ちゃんなどの懐かしい面々とも顔を合わせることになった。
「ちょっと!何で俺だけぞんざいなんスか!!」
きゃー!お久しぶりー!と西田や後輩達に挨拶をしていると後ろで赤也が拗ねた顔でを睨んでいる。
その顔に飯田ちゃんと「えーだってねー」と顔を見合わせれば「先輩なんて嫌いっス!」とまるで弟みたいにいじけてどこかに行ってしまった。だってアンタとは仁王の誕生会で会ったじゃないか。
丸井の隣で蹲る赤也に、冗談混じりに「赤也〜ウソだよ。こっちにおいで〜」と両手を広げてみたらまるで飼い犬のように突進してきたので思わず避けてしまった。
「いってー!!何で避けるんスかぁ!!」
「いやなんか、当たったら私もただじゃすまない気がしたから」
どう考えてもお腹かどこかに酷いダメージを受けそうだったので回避したのだけどそのせいで赤也はたんこぶをつくり、それを見ていた丸井達は豪快に笑って益々赤也の機嫌が降下したのだった。だからゴメンってば。
そんなこんなで始まった飲み会は赤也の機嫌以外は上々で、皆瀬さんと柳生くんの婚約お祝いと冷やかし大会で盛り上がり、吾妻っちと西田が付き合ってることを赤也がぽろりと暴露した為それも大いに盛り上がった。
「あ、」
西田達に囲まれて話に盛り上がっていると、震える携帯に気がつき中を確認したら手塚くんからのメールで思わず口元が綻んだ。あちらもあちらで元気にやってるらしい。
どう返信しようかな?とウキウキしつつ西田達の話をそっちのけで考えてしまう自分も大概だが手塚くんの顔が浮かんだらそれはとても些細なことに思えた。
「うーん、」
「どうしたんだよ、」
素早く帰国する時は教えてね。と返信しメールBOXを閉じたが、ふと視界に入った携帯の時間を見ては首を傾げた。それに気がつき声をかけてきたのはジャッカルだ。コイツも結構飲んでるみたいだが意外と強いのか酔ってる気配は感じられない。
顔色、じゃなくて目とか口調で判断しなきゃいけないのがちょっと難点だけど。
「いやさ。仁王来るっていってたのにこないなーって思って」
「そういやそうだな」
「久しぶりにドタキャンじゃね?」
「ありえますね。にお先輩なら」
西田にも聞いてたしメールした時も行くようなこと書いてあったからてっきり来るものだと思ってたけど待てど暮らせどアイツはやってこない。立海3強がいないってだけでも羽を伸ばして飲めるいい機会だってのに。
「仁王先輩は白状だから…」とここぞとばかりに文句をいう赤也を尻目にお酒に口をつけると丸井が「あ、そういえば」といってこっちを見てきた。
「お前、仁王に何かしただろ?」
「は?何で?」
「昨日連絡した時"の尻軽ド阿呆"とかいってたぜ」
「え゛、何それ」
私何かしたの?むしろ仁王と会ってすらいないんだけど。
そんな内容のメールも一切なかったのになんで?と眉を寄せれば酔っ払いの赤也が「あーさては先輩、仁王先輩を苛めたんじゃないんスかぁ?」とよくわからないことをいってきたので腹いせに枝豆を奴の口の中に目いっぱい詰め込んでやった。
******
よくわからない濡れ衣を着せてきた仁王に抗議のつもりで連絡を取ろうと試みたが数日経っても返信も応答もなかった。よもやまさか死んだのでは?と飛躍した心配もあって柳生くんや皆瀬さんにも協力を仰いだところあちらには連絡が返ってきているようだ。私だけ何故?!
特に思い当たることないんだけどな、と思いつつ、そういえば不審な態度をとってる人がもう1人いたのを思い出した。
は点滅するメールの受信欄を見つけると、なんともいえない顔になり確認もせずバッグの中に仕舞いこんだ。
「ええっチョコ用意してないの?!」
「ちょっ声大きい!!」
大きな両面開きのドアを潜るとこれまた広いエントランスがある。キラキラと垂れ下がっているシャンデリアがこれでもかというくらい大きく達を出迎えていた。
本日は鳳くんの誕生日パーティーで都内にある迎賓館にお呼ばれしていた。お祝いの相手が鳳くんとあって来ている面子もなんとなく気品があってセレブの雰囲気がある人達ばかりだ。
なんとなく肩身が狭い気がして小さく歩いていたが亜子の驚いた声は吹き抜けのホワイエでよく響いた。宍戸くんに呆れた目で見られてしまった。申し訳ない。
「え、試験勉強忙しいわけ?」
「それもある」
「ジローくんとか楽しみにしてたんじゃないの?」
「ん?呼んだ?」
ホワイエの端の方で立ち止まった達にジローくんも寄って来てなんとなく嫌な予感がした。ジローくんここ最近跡部さん擁護派になってるんだよなぁ。
「ってば跡部くんにチョコ用意してないんだって」
「ええ?!マジで?」
「ジローくん声大きい!!」
何で?!と食いつかんばかりに前のめりで来るのでは仰け反って「今勉強で忙しいの!」と反論した。
「甘党のお前がそれくらいでチョコ用意してないとかおかしくね?」
「いや、おかしくないよね?まるで自分の分も用意するような感じだよね?その言葉」
「そうじゃなくて俺達の分用意してくれるなら跡部の分くらいどうってことねぇだろって意味」
「ってばみんなの分も用意してないんだってよ」
「はぁ?!マジで?」
「岳人声でけーっての!」
てっきり自分の分も用意してくれてると思ってたらしい岳人くんも混じってきて、でも自分の分がないとわかると目に見えて落胆の顔をしたが声が大きすぎて宍戸くんに小突かれた。
「何で俺だけ…」と悔しそうな顔をしたが宍戸くんは気にせずを見て「跡部の分くらいは用意しといた方がいいんじゃね?」と助言してくれた。
「アイツ、仲間外れとか欲しいものもらえねぇと拗ねるクセあるだろ?その後のご機嫌取り面倒くせーんだぜ?」
「その間周りへのとばっちりも酷いですしね」
「前は樺地がフォローしてくれてたけど今はいないからさんがダイレクトに八つ当たりされるかもね」
「…え、そうなの?」
拗ねるってのはなんとなくわかるような、わからないような。それよりも周りへのとばっちりとか八つ当たりとかそんなことがあるとは知らなくて冷や汗を流せば日吉と滝さんが口を揃えて「遅くてもいいからチョコ用意しといた方が身のため」と進めてきた。
でもさ。チョコってさ、一応告白の手段に使うアイテムじゃない?それを私が、跡部さんのために用意するってどうなの?
「…何も、バレンタインに託けなくてもチョコならいつでも」
「手塚にも渡したんだから別に跡部に渡したって俺らに渡したって問題ないC」
ていうか、むしろ手塚にフライングで渡してんじゃん。と渋るにジローくんは面白くなさそうな顔でホワイエの奥にある部屋へと歩いていく。その爆弾発言によって亜子や日吉達に「はぁ?!」と大声を出されたのはその数秒後だった。
招待された会場は想像してたとおり結構な人数が招待されてるようだった。
大きなシャンデリアがある広めのホワイエを抜けるとダイニングに使われるホールがある。ここはテーブルもあるが大体はビュッフェ用の料理が並んでいてどれも美味しそうな色と匂いを漂わせた。
ダイニングのすぐ向こうには大きな庭があって、暖かい光が庭を美しく照らしている。その美しい庭を見るには窓枠が邪魔だといわんばかりに掃き出し窓も外され、今はスクリーンのように庭を一望することが出来る。
季節柄、外に出るにはコートが必需品なのだけど、今日はとてもいい天気で気温もそこそこ高く、思ったよりは寒くない気がした。庭には白いテーブルと椅子が転々と並べられ、端の方では音楽を奏でる奏者もいる。今回参加している面々は殆どがその庭で楽しく談笑していた。
「はぁ〜まるでおとぎ話の中にいるかのようだよ」
「そうだね…」
品のいい話し方に品のいい服装と顔ぶれに感慨の溜息を吐くと亜子も一緒になって溜息を吐いた。
さっきのさっきまで手塚くんと何かあったのか?!跡部さんは知ってるのか?!など問い詰められてたんだけど周りの空気にあてられたというか空気を読んだというか、そんな子供っぽい大騒ぎをしてる方が恥ずかしいと気づきその話は一旦中断、ということで収まっている。
(としてはそのままなかったことにしてほしいのだが)。
迎賓館というだけあって作りがレトロだけど豪華で、亜子と一緒に口を開けたまま眺めてしまった。
滝さんが言うには民間用にリフォームしてるからちょっと下品な作りになってるらしいがにはその良し悪しはわからなかった。
どちらかといえばこの迎賓館はよくウエディングに利用されてるというので「結婚するならこういうところでしたいな〜」と零した亜子の気持ちの方がよくわかる。
参加してる人数は100人もいないだろうけど誰も彼も普通とは違うオーラがあっていまいち場に馴染めない感じだ。一応ドレスコードに合わせてそれらしい格好をしてるけど、どうしても格の差を感じて仕方がない。
「ビビってると余計にみすぼらしくなるんじゃないですか?」
「ぅおう。相変わらずいうことが辛辣だね。日吉くんよ」
「俺だって帰りたいんですよ」
「相変わらずオブラートねーこというよな。お前」
テーブルの一角を占拠していた達は周りを眺めながらちびちびとワインを飲んでいるとそんな会話をして日吉を見た。
彼は着こなしはきっちりだが顔は完全にやる気をなくしていてそれを見咎めた宍戸くんが「それ長太郎の前ではいうなよ。傷つくから」と嗜めている。それにすら「はぁ。そうですね」とぞんざいに返す日吉は本当に帰りたいようだ。
「。このローストビーフ超うまいよ!」
「ジローくんは幸せそうだね」
口いっぱいにもぐもぐと食べてるジローくんに少し癒されたが、ほぼアウェイの空間にどうしたらいいのもか、と首を捻った。私も何か食べようかな。お腹減ってないけど。
「遅くなってすみません!来てもらったのに」
「鳳、もう帰っていいか?」
「ええ?!」
「おい日吉!!」
いった傍から!!と怒った宍戸くんに一緒にいた岳人くんが噴出した。どうして?!と驚愕した鳳くんと顔をしかめた日吉が可笑しかったらしい。亜子も肩を震わせていても似たような顔になった。本当君達いいコンビだよね。
まぁまぁまぁ。これでも食べて落ち着きなさい。とジローくんが持ってきたデザートのお皿を日吉に差し出せば嫌そうな顔はしたものの受け取ってくれた。
「大丈夫。日吉も心の中では鳳くんのことお祝いしてるから」
「は、はい」
「そこまでじゃないです」
「でなかったらここに来てないし」
ね!とにこやかに日吉を見れば奴はちらりとこちらを見てそっぽを向いた。相変わらず可愛げのない奴だ。けれども、の言葉は当たっていた。今日は跡部さんもいなければ樺地くんも仕事でここにはいない。ついでに忍足くんも急患が出たとかで病院に借り出されている。
さっきプレゼントを渡した時に樺地くんのプレゼントは見たけど言葉にしてお祝いしてくれるのは同級生だと日吉しかいないから彼なりに気を遣ってここにいるのだ。素直じゃないけどね。
その辺もわかってるのか鳳くんはにこやかに微笑むと達と日吉に向かって「ありがとうございます。俺、幸せ者ですね」と感激していた。
「照れるなよ日吉」
「照れてません」
「ありがとう。日吉」
「おっ日吉の顔が赤くなった!」
「「可愛い〜」」
「黙らないとその口にケーキつっこみますよ」
「何で私だけ見て言うの?!」
亜子もいったじゃん!と慌てれば赤い顔の日吉がニヤリと笑ってどう考えても一口で食べれなそうなケーキをの前に構えた。照れ隠しに私に攻撃しないでもらえますか?!
何でコイツは私にだけ厳しいんだよ!と嘆いて代わりに岳人くんを生贄に差し出すと彼の顔は生クリームだらけになった。ゴメン岳人くん。
それから亜子の方を見やれば「そういうわけで宍戸さんを俺にください」、「は?どの流れでそうなったの?!無理無理無理!亮くんは私の!」と亜子vs鳳くんが勃発していて間にいた宍戸くんが頭を抱えテーブルに突っ伏していた。ご愁傷様。
「…滝くん。何撮ってるの?」
「メモリアル」
パシャ、という音に顔をそちらにやればいつの間にか挨拶回りに行ってた滝さんが帰還していてにこやかに携帯で写真を撮っていた。そんな個性の激しい氷帝ズに苦笑したのはいうまでもない。
******
時間が緩やかに感じる。木漏れ日に照らされながらグランドピアノを弾く鳳くんはそれはそれはもう様になっていて本業とかテニスであんな凄いサーブ打ってたとか全部吹っ飛んでしまうくらい優しくて美しい繊細な音色が迎賓館の庭で響いている。
ある程度鳳くんと話した後、彼の申し出でセッションが行われた。弦楽器に合わせ奏でるピアノは本当に綺麗で、冬だということを忘れそうなくらい穏やかで暖かい音色が響いている。それに耳を傾けていれば丁度弦楽器のみの演奏になった辺りで肘を軽くつつかれた。
隣を見れば滝さんがこちらを見ていて「ちょっと聞きたいことがあるんだけどいいかな?」と最低限の声で伺ってくる。改まってなんだろ?と思い頷けば彼の視線がのドレスに向いた。
「何で跡部がくれたドレスを着なかったの?」
「へ?」
思いもよらない発言に目を瞬かせればが応えるよりも先に「え?そうなの?」とジローくんが被せてきた。
「さっき跡部にさっきの写真と一緒にメールしたら"何で俺がやったドレス着てねーんだよ"って返ってきたんだけど」
「滝くん…(なんてことしてくれてんの…)」
「マジで?何で着なかったの?」
驚いたジローくんの声に日吉が振り返りこちらを睨んできた。はいはい。ごめんなさいね。そう思ってジローくん達に人差し指を立ててみたが「何で?」と再度聞かれた。くそぅ。早く鳳くん弾いてくれないかな。
実はパーティーの2日前に跡部さんから大きな荷物がやってきたのだが、中身を見たらなんとも高そうなパーティードレスが入っていたのだ。メッセージカードには『これを着て出席しろ』とか書いてあって困惑したの脳が更に困惑したのはいうまでもない。
何で誕生日でもないのにドレスをもらわなきゃならないんだ。というかそれ以前に亜子と前に結婚式用に買ったドレスで合わせて行こうって約束していたから、こんな高級なものは着れるはずもない。
馬子にも衣装なものを送らないでほしい、という意味も込めて『高価すぎて着れません』とメールしたのだ。まあそれで引き下がる跡部さんじゃなかったのでその後も着ろよメールが来てたけど。
まじまじと見つめてくるジローくんと滝さんに肩を竦めたは「ドレスが凄すぎて気後れしたんですよ」と溜息混じりに応えた。
「え、でも跡部が選んだやつだからに似合うんじゃない?」
「その辺は跡部もわかって送ってきてると思うけど?」
「次、機会があったらね」
早々にないと思うけど、他に答える術がなくてそれだけ返した。いやだからわかってるから、日吉こっち振り向かないで。ちゃんと聞いてるから!
「でも勿体ないな。きっと跡部も楽しみにしてたと思うよ?さんのドレス姿」
「さぁ、どうですかね」
「に似合わないもの跡部が送ってくるわけないC。あ、そうだ。跡部が帰ってきたらそれで出迎えてあげたら?」
「え?いや、それこそどうなの?」
ドレスでお出迎えってどこぞの貴族ですか。跡部さんは似合うかもしれないけど庶民にはハードル高いんですけど。ドレスで料理する気になれませんがな。そのためだけに着替えるのもどうかと思うし。
一瞬、高価なドレスに着替えて跡部さんを出迎える自分を想像してゾッとした。さすがにありえない。というか自分が出席しないパーティーにドレス送ってくるとかどんだけ余裕な気配り名人だ。
パーティーに出席できないくらい仕事が忙しいくせに。
そんな気配りする前に自分の体調管理と栄養あるもの食べてほしいよ、と考えていたらタイミングがいいというかなんというか携帯が震えだした。
何かあると困るので一応マナーモードで電源を入れっぱなしにしていたのだがこんな時間に連絡を寄越す人は思いつかなかった。しかも電話なのか振動も止まらない。
誰だ?と液晶を見ればぎょっとする人物の名前があって慌てて切ろうとした。
そしたら目敏く覗き込んでいたジローくんがの手を止め、電話に出ろとにこやかに訴えてくる。いやいやいや、ここで出るのは不味いでしょう。とジェスチャーで返せば「トイレは室内の奥にあるからそこで話してくればいいよ」とやんわり滝さんも追い出すので仕方なくその場を後にするしかなかった。
ダイニングルームを通りシャンデリアが美しいエントランスをつっきってまっすぐ女子トイレに入ると、はまだ震えている携帯を取り出した。
「もしもし…」
『遅ぇんだよ』
「今丁度鳳くんが演奏してたんですよ」
だから出るに出れませんでした。と返せば少しの沈黙の後『そんなに退屈なピアノを弾いてるのか?』と切り替えされた。知りませんがな。それは滝さんにいってください。
少なくとも「私は心地よいピアノでしたよ」と応えたらそれはそれで不正解だったのか『今度俺様の演奏を聞かせてやる』といわれた。何張り合ってるんですか。
「それで、どうしたんですか?」
『どうしたもこうしたもねぇだろ。何で俺が贈ったドレスを着ねぇんだ』
「何でって元々亜子と打ち合わせしたドレスを着ていくつもりだったんです。跡部さんが贈ってくれたのはどちらかというともっとフォーマルな感じじゃないですか」
鳳くんに二次会の服装くらいでいいっていわれたんで、と返すと『ふぅん』とさも面白くないような声が返ってくる。
第一、あのドレスに合う靴とかアクセサリーとか諸々ないから着ようと思っても無理な話でしたけどね。そんなことをいおうものなら即行買い集めてきそうだから口が裂けてもいわないけど。
「それよりも、ちゃんと休んでるんですか?食事とかちゃんと決まった時間に食べてくださいよ。…あ、ドレスを買う時間で潰したりとかしてませんよね?」
『してねぇよ。お前が言うように俺は時間の使い方がうまいからな。仕事も自由時間も両立してる』
「…だったらいいんですけど」
もしドレスとか変な買い物をして支障をきたすようなことがあれば責任なんかとれないのだ。跡部さんの仕事を手伝うなんて以ての外だし。
「身体が資本なんですから。大事してくださいよ」と進言すると何故か電話の向こうからくつくつと笑う声が聞こえてきて思わず眉が寄った。何で笑うんですか。
『声が響くようだがどこにいるんだ?』
「女子トイレです。今は誰もいませんけど…鳳くんが外で演奏してるからここしかなかったんですよ」
『んじゃ今はお前と2人きりってことだな』
「ふたっ……電話ですけどね」
よく考えれば別に大したことじゃなかったのに耳元でダイレクトにいわれたせいか意味深に聞こえてボッと顔が赤く染まった。何をいうんだこの人は!こういうの2人きりっていいませんよ!多分!
『でもまあ、これでドレスコードを気にせずどこにでも食いに行けるな』
「その為にドレス買ったわけじゃありません」
『アーン?俺が贈ったドレスはそのつもりだったぜ』
「そんな高いお店には行きません」
それでなくても跡部さんに食費の大半以上を賄ってもらっているんだ。これ以上頼る気にはなれない。ていうか、外食しまくってたら間違いなく太る。
そういえば最近お腹の肉がたるんでるような気がする…と今思い出し眉を寄せれば『俺が行きてぇんだ。付き合えよ』と俺様が甘えるような声で誘ってきた。その声色になんとなく背中というか腰の辺りがむず痒くゾクリと震えた。
『俺が食べたものを知らなきゃお前だって次の日の献立考えるの面倒だろ?』
「うっ…………そんなに行きたいんですか…」
『お前のドレス姿が見てぇんだよ』
折角買ったんだしな。と零した跡部さんの顔は少し呆れながらも口元をつり上げる、そんな表情がぱっと浮かんだ。妙に優しい視線がこっちを見てるみたいで気恥ずかしい。
『今着てるやつも今度帰ったらちゃんと見せろよ』
「何でですか…」
『アーン?そりゃ見たいからに決まってるだろ。つーかそれ、亜子が選んだんだろ?あまり選ばない色だもんな』
「…よく、わかりましたね」
『が俺の好みを研究したのと同じくらい俺もお前のことを見てるんだよ』
「……っ」
『よく似合ってるぜ。綺麗だ』
あたかも耳元で囁かれたような声色と近さに思わずビクッと肩が跳ねた。携帯を耳にあてていたから余計に衝撃が大きかった。鏡を覗き見れば顔が真っ赤に染まっていて、引くまでに時間がかかりそうだと思った。夏でもないのに暑くて仕方がない。
なんてことをいうんだ、と睨みたい気持ちになったがそれと同じくらい直球で投げられた言葉が身体中に染み渡ってむず痒くて、それから認めたくないけどちょっと嬉しくて、思わず「…気が向いたら、着るかもしれません」と返してしまった。くそう。跡部さんめ。
。
2014.10.04
2015.2.05 加筆修正
2016.01.05 加筆修正