You know what?




□ 107a - In the case of him - □




跡部さんとケンカをした。原因は至って小さい、ささやかなものだと思う。
何かの拍子に「俺様と鳳の誕生日どっちが大事なんだよ」みたなことをいわれ、売り言葉に買い言葉で「そっちが仕事休んでパーティーに来ればよかったじゃないですか!」と言い返してしまった。

はい。私がドレスを着るのを駄々こねたからです。あとチョコレート用意してなかったのを根に持たれてました。


だってチョコは手塚くんだけって決めてたんだもの。誠意って訳じゃないけど今回は誰彼あげたくないって思ってしまったから。だから跡部さんにもあげなかったんだけどそれが癇に障ったみたいで。
どうせいろんな人からチョコなりなんなり貰ってるくせに何で私のチョコなんか欲しいんだよ。既製品なら自分で買ったっていい話じゃない。

「……そういうことじゃないってことくらいはわかってるんだけど、さ」

今思っていることは子供のいいわけだ。別にあげてもよかったのでは?今更考えてるけどなりに譲れないと思ったのだ。友チョコでも義理チョコでも今年はあげたくなかった。ただそれだけで。


「…来年はちゃんと渡しますっていえば許してくれるかな…?」

のそりとダイニングテーブルにある椅子から腰を上げると溜息混じりに玄関に向かった。まさか宍戸くんの言葉がそのまま的中するとは。こんなことなら日吉や滝さんの忠告をちゃんと聞いておけばよかった。

でも跡部さんも跡部さんだよ。チョコごときで何もそこまでへそを曲げなくてもいいじゃないか。
そんなことしたら今日の夕飯にリクエストしてきた目玉焼きハンバーグ食べられないんだぞ。………そんなものより美味しいもの外で食べれるだろうけどさ。

自分で自分にダメージを食らいながらも跡部さんの部屋のインターホンを鳴らしてみたが応答する気配はなかった。そこでダメ元でドアノブを捻ってみればカチャリと開いて。鍵をかけてないことに喜んでいいのか不安に思っていいのかわからないまま「お邪魔します」といって中に足を踏み入れた。



年始早々空き巣にでも入られたのかっていうくらい凄い部屋になっていたリビングはハウスキーパーさんのお陰でいつも見るモデルルーム並の美しさに戻っている。あの日もお風呂から上がった跡部さんと一緒に掃除をしたけど今日ほど部屋が静まり返ってはいなかった。

「跡部さん、」

リビングを覗けば長いソファの端っこの方でぽつんと肘をつき、不機嫌を露にしたまま座っている。彼は外を見たままチラリともこちらを見ないし言葉も返さない。話たくないようだ。そんな子供っぽい対応には妙に不安になった。

こんな跡部さんは知らない。今まで見たこともなかった。中学の時も多分高校の時も。今迄の彼女達になら見せてたのかな?


「跡部さん…」

思いもしない思考に余計に不安になる自分がいて戸惑った。何でそこで昔の彼女達のことを思い出すんだ。もしかして峯岸さんと婚約を解消したって聞いたから?だったらぬか喜びもいいところだ。それで昔痛い思いをしたじゃないか。

ああもしかしてこういう関係に飽きてきたのかな。ただ私にメイドみたいになんでもいうことを聞いて欲しいとか思ってんのかな?友達じゃなくなったのかな?だからこっちを見てくれないし何も反応してもらえないのかな。そう考えて胸の辺りがぎゅっと締め付けられるように苦しくなった。

「跡部さん。ごめんなさい、今年はどうしても手塚くんだけに渡したかったの。だからその、ごめんなさい。他の人には渡したくないんだ……でも、来年だったら」
「来年じゃおせーんだよ」


下を向き、張り詰めた緊張を逃そうと、もじもじと動かす指を眺めながら何とか言葉を紡げば途中で言葉を遮られ顔をあげた。

スプリングの音と共に立ち上がった跡部さんはゆっくりと身体を反転させるとその長い足で意図も簡単にとの距離を縮めてきた。しかも視線はとても強く、怒ってるように見えては戸惑い後ろに下がる。

逃げ腰で下がったが元々出入り口にいたせいかすぐに廊下の壁にぶつかりすぐ目の前には跡部さんが立ち止まる。その距離感に何となく息を飲んだ。



「来年じゃ、お前は手塚のものになっちまうだろ」
「ものって…私はものじゃ……それに、手塚くんと付き合うと決まったわけじゃ」
「付き合う気がなくて本命のチョコ渡すわけねぇだろ」

そういう意味でお前は渡したんだろ?といわれは顔が熱くなった。確かにそうかもしれない。頭では友達だからとか、手塚くんの告白を断ってしまったからとか、後ろめたさとか罪悪感とか悪い方ばかり考えていて自分の本心を考えていなかった。

そうか、私は手塚くんが好きなんだ。
だからチョコを誰にも渡したくなかったんだ。

わかってるようでわかってなかった気持ちがようやく形になって見えて我に返れば目の前の跡部さんは難しい顔で嘆息を吐いた。


「お前、俺が渡した花束の意味考えてなかっただろ」
「え?」
「愛の告白はチョコレートだけじゃねぇんだよ」

花束、といわれはバレンタイン当日を思い出した。そういえば鳳くんのパーティーに出かける直前、跡部さんから花束を貰っていた。しかも大きくて真っ赤なバラの花束だ。渡してきたのは宅配の人だし出かけなきゃだしで深く考えてなかったんだけど。
帰ったら帰ったでどうやって花瓶に生けようか随分悩まされたのは覚えているんだけど。

「その顔じゃカードの存在にも気づいてねぇんだろうな」とまた溜息を吐く跡部さんにも思わず眉を寄せた。カードくらい気づきましたよ!でもうっかり花瓶の中に入れてしまって文字が滲んで読めなかったですけど。


もしかして結構重要なことでも書いてあったのだろうか。それを忘れているせいで跡部さんが怒ってるなら謝った方がいいのかな?そんなことを考えていると難しい顔をした跡部さんは何故かの前で跪き、そしての手を手に取った。

「このタイミングでいうのはムードも何もねぇんだが……背に腹はかえられねぇからな」
「え、……あとべ、さん…何を……」



「好きだ」



「…っ」



「お前のことが好きなんだ、



ゆっくりと見上げ真っ直ぐ見据えるアイスブルーはを写す。その真剣な瞳に自分は大きな見落としをしているんだとわかった。私はこの状況に陥るまでバラの意味も彼のプレゼントの意味もこれっぽっちも真剣に考えていなかった。

彼は他意なく大きいものも小さいものも高いものすらも簡単に誰にでも買い与えていた。だから今回もそうなのだと勝手に思いこんでいたんだ。
困惑しながらも彼の言葉が水のように簡単に浸透してその言葉の熱さだけがの身体に乗り移る。


私を、好き?

跡部さんが?

あの、跡部さんが?

こんな庶民を?

いつ?

どうして?

本当に??


鈍く回転していた思考がやっと言葉の『重さ』を理解し、動揺しだした。そういえば花言葉は赤いバラは"情熱の愛"じゃなかったっけ?と余計な雑学まで引っ張り出してしまい顔が急激に熱くなった。

そんなを跡部さんは微笑ましそうに目を細めるとそのままの手の甲にキスを落とした。


「お前をみすみす手塚に渡したくねぇ」


柔らかい唇が離れ、それを追えばバチンと跡部さんの視線とかち合った。それからあの時濡らしてしまったカードの言葉がそれだったのだと知ってまたドキリと心臓が跳ねる。まるで心臓が耳元にあるかのように煩くて早い。それがを焦らせた。



跡部さんが私を好きだなんてわけわかんない。わけわかんないし、意味もわかんないし、何でそんなことになったのか全然わかってないのに頭から煙が出そうなくらい熱くて。鼻がツンと痛くなって、その痛さで泣きそうになってる自分がいる。

意味わかんない。

意味わかんないのに泣きたい。

ていうか本当に泣きそうだ。


そんな顔を見ていた跡部さんは困ったように微笑むとの手を握ったまま立ち上がりお互いの息がかかる距離まで詰め寄った。

「たとえ、お前が手塚や他の誰かを好きでも、必ず、絶対に、俺を好きになる。それこそ、チョコを俺様に渡さなかったことを後悔するくらいにな」

必ず、絶対に、と力強く紡がれた言葉は有無を言わさずの中に入り込んできて、心拍数を上げていく。

抗う、なんて言葉は元からなかったかのように、

疑う、なんてなかったかのように、


心のどこかで跡部さんの言葉を信じてる自分がいる。


そう感じたら今迄どこか冷たかった胸の奥が妙に熱くなって全身がぽかぽか温かくて、涙が零れた。
そしてじっと見つめてくるアイスブルーを受け入れるようにそっと瞼を閉じたのだった。



******



「え、神奈川にですか?」
「そ。実家もそっちだからお願いできないかと思って」

このとおり!と手を合わせるマネージャーには内心『ええええええ〜…』と思いながらも「ちょっと考えさせてください」とだけ返し更衣室を後にした。

そろそろ試験勉強も大詰めだからと休みの話をしに行ったら、返ってきたのは試験後から神奈川の支店のオープニングスタッフに入らないか?という誘いだった。
いやまあ、その前に社員契約の話が出てたし地元が神奈川だからそういう話が来るのはわからなくもないけどこの時期に?

何だか面倒なことになってきたぞ、と思いつつキッチンに戻るとメガネをキラリと光らせた彼がラケットではなく下げてきた皿を持ってこちらに寄ってきた。


さん、どうしましたか?」
「ああ、織田くん。もうそんなそんな時間か」

そろそろ遅番組が揃う頃か、とか考えつつ食器洗い器に向かえば織田くんもの後をついてきた。実は受験が終わった織田くんが1月から入っていてこうやって一緒に働いていたりする。見た目のよさと手際の良さもあって店側にもお客側にもウケがいい仕事っぷりだ。

そんな織田くんはと一緒に並んで溜まった食器を食器洗い機に入れつつこちらを伺うように覗きこんできた。そういう仕草、ちょっとドキッとするから控えてほしいんだけど、本人は無自覚なんだろうなぁ。女タラシの素質ありそう。


「浮かない顔をしていますが何かありましたか?」
「うーん、それがね。来月の半ば辺りから神奈川の支店に行けっていわれてさ」
「えっ」
「あーちゃんに白羽の矢が刺さったかー」
「超意外ですよ。私より佐上さんとか檜山さんとかが適任じゃないですか?」
「そうはいってもあの2人も大事な戦力だからなぁ」
「……私は戦力になれてないってことですか…?」
「いやいやいや!そうはいってないって!ちゃんも大事な戦力です!」

話に混ざってきた先輩と話しながらこの感じだと本当に神奈川に行かされそうだなぁと思った。きっと恐らく実家から通えっていうんだろうな、マネージャー。



まあ、火事の一件があって家にいてほしいみたいなこと両親もいってたからなぁ。弦ちゃんに関しては言わずもがな、なことになってるけど多分神奈川にいた方がアイツも安心するだろうし。でもなぁ。今はちょっとなぁ。

「ん?織田くんどうかした?」
「…いえ、その、さんいつ帰ってくるかな、と」
「あーそれもそうだよね」
「2〜3ヶ月くらいじゃないか?オープニングだけだろ?」
「その間寂しくなりますね」

しゅん、と残念そうに頭を垂れる織田くんにはなんともいえない気持ちになって「2、3ヶ月なんてあっという間だよ」と彼になのか自分になのかよくわからないまま元気付けた。



******



でもそうか。織田くんに仕事教えてたの私だったや。飲み込み早かったしバイト初めてだっていうのに妙に手馴れてて殆ど教えていないんだけど。でも慕ってくれてるようでちょっと嬉しいかもしれない。

まるで学生時代の時みたいに後輩が出来た気分になってニコニコしていると「何、ニヤニヤしてんだよ」と後ろから小突かれドキリとした。


「な、何するんですかっいきなり」
「お前、今他の男のこと考えてたろ」
「なっなななな何をいってるんですか!!」

振り返ればお約束のように跡部さんがいてまた心臓が跳ねる。この前から私の心臓はこんな調子だ。不具合にも程がある。
ていうか、この人怖いんですけど!幸村とか柳とか不二くんみたいに見透かしたこというの止めてくれません?!心臓に悪い!

久しぶりにインサイトの恐怖に晒されたわ。恐ろしい、と両腕を擦ればムスっとした顔の跡部さんはそのままにじり寄ってきてが座っているソファの隣にどかっと乱暴に座り込んできた。

「んで?何考えてたんだよ」
「何って…?」
「俺様といることよりもここにはいねぇ男(ヤツ)を考えてたんだろ?どれだけの男なのか聞かせろよ。アーン?」

ここにヤ〇ザがいます…!
何で凄んでくるんですか?!ていうか何でそんな迫力ある顔で迫ってくるの?!怖いんですけど!


跡部さんも跡部さんでこの前からこんな感じで行動が不安定だ。今迄どうでもいい扱いをしてたのによくわからないうちにのことを好きになっていて、よくわからないまま"お付き合い"を始めてしまっている。

この前はうっかり"嬉しい""かも"とか思って受け入れてしまったけどこの関係はあってはならないものじゃないだろうか。跡部さんは御曹司、こちらはしがない一般庶民だ。格差にも程がある。

何かの魔法にでもかかってしまってるんじゃないだろうか、と動揺を隠せないまま涙目でソファの端まで追い詰められたは背もたれに手をつく跡部さんを見上げ口元を引くつかせた。この格好、可笑しくないですか?



「べ、別に、ただちょっと後輩が出来て嬉しいなぁって…思って」
「……は?」
「ですから、バイトの後輩が神奈川の支店に行くっていったら"寂しくなりますね"っていってくれて…それでちょっと先輩気分を味わえた気がして嬉しかっただけです…!」

を覆いかぶさるように手をつく跡部さんにドキドキしながらも質問に答えれば(目は合わせられないけど!)、彼は呆けた顔でじっとこちらを見、それから眉をぎゅっと寄せて「はぁ?」と凄んできた。怖いです!怖いですから!!

「だから、後輩が」
「そこじゃねぇよ。神奈川の支店?」
「はい。試験が終わった来月半ばから…」
「……」
「……」
「……」
「あ、」


オープニングスタッフで…と口にしようとしたところであることに気がついた。それに気がついたらしい跡部さんは長い溜息を吐き「最初にそれをいわなきゃダメだろ、普通」といって肩を落とした。

「あ、いや、いうつもりはあったんですよ?!ただ、タイミングが…」
「…あーそうだろうよ。可愛い後輩のことを考えて俺に報告することは忘れてたくらいだからな」

はぁー…、と溜息を吐く跡部さんには慌てて「いや、忘れてはいませんでした!はい!」と見え透いた言葉を並べるしかなかった。本当に忘れてたわけじゃなかったんですってば!


「だ、だって跡部さんだって明後日には海外出張に行くし、その期間だって決まってな………いえ、ナンデモアリマセン」
「…その間、どこに住むんだよ」
「とりあえず、実家かな、と…」
「ふぅん…」

じとりとした目で見下ろしてくる跡部さんに恐る恐る答えればやっぱり長い溜息を吐いた後、「とりあえずこの件に関してはキスで許してやる」と安いんだか高いんだかわからない要求を出された。



「キスって…ただ跡部さんがしたいだけじゃ……」
「アーン?したくて悪いかよ」
「…いえ、悪くないです、けど」
「けど?」
「キスってもっとこう……ぷ、」

キスは関係ないのでは?と言い返しそうになったが怒った顔から不貞腐れるような顔になった彼がこの前の告白を脳裏に過ぎらせ『なんか、可愛いかもしれない』と思ってしまった。これ、拗ねてるだけだ。

拗ねてる跡部さんなんて違和感あるけどなんとなく可愛いと思ってしまったは否定的な言葉を並べながらも本気で逃げようとしなかった。
視線は逸らしていたがそれも動きを止めた跡部さんが気になって戻してしまい、ムスっとしてるのがどうにも子供っぽくて思わず噴出してしまった。


「何笑ってんだよ。アーン?」
「あーいや、その、わわっ……っ」

クスクス笑うに気分を良くしたのか跡部さんが鼻先まで近づいてきてチュっとくっつけるだけのキスをした。それに驚き見やれば嬉しそうに不敵に笑う王様がを見つめている。

「つーか、お前こそ俺とキスすんの好きだろ?」
「なっなっそんなわけないじゃないですか!!キスとかべ、別に、私はっ」
「だったら何で嫌がったり逃げたりしねぇんだよ」
「そ、それは…その、なんというかその…」
「否定しても結局、俺様のキスのテクに酔いしれてるんだろ?アーン?」
「よ、酔ってませんってば…ひゃ!」

「ククッ…だったら心行くまで俺様のキスに酔いな」


痛いところを突いてきた跡部さんに五月は戸惑いながらも腕を突っぱねたが耳元で囁かれた声と吐息に持っていかれ徒労に終わった。

そして勿論キスもそれで終わるわけはなく、啄ばむようなキスを繰り返しそれからしっとりとしたキスに変わり腰の辺りから粟立つような震えが背中に走る。乗せられた体重が重いような心地よいようなわかるようでわかりたくない気分。

気持ちを確認するようなキスと時折かち合う視線に心臓は破裂しそうなくらい騒いできっとこの音は彼に伝わっているんだろうな、と思うと余計に恥ずかしいようなこそばゆいようなそんな気持ちになった。



「あ、とべさん…も、お」
「ダメだ。これくらいじゃ許してやんねぇよ」
「ふっ…ん」
「ほら、観念して力抜けよ

ずり落ちそうになる身体を引っ張りあげられ、服がずり上がったせいではみ出たお腹が冷えて寒い。それを直すことよりも耳や首筋を指の腹で擦られるのが気になって身を捩じらせれば逃げるなとばかりに跡部さんが体重をかけてきた。

重ねられた吐息も舌も熱くて仕方がない。差し入れられた手ですら熱くて。でもそれ以上に自分も熱くてのぼせそうでこのまま自分はどこかに行ってしまうんじゃないか?という恐怖さえ抱いた。


キスの先は見てはいけないとさえ思ってしまうほどに。


与えられる甘ったるいキスにまどろみながらもは意識が飛ばないように、何故か必死な気持ちで跡部さんの服を握り締めたのだった。




なんか物凄くアホっぽいけど見なかったことにしよう。
2016.01.07