You know what?




□ 110a - In the case of him - □




桜も芽吹き、そろそろ花見シーズンに差し掛かる頃、跡部はとあるテニスコートに立っていた。去年から始めたテニス合宿をする為である。とはいっても、皆その後の飲み会に興味が注がれているようだったが。

今日は近くにいい花見場所があるというので後で花見も楽しもうということになっているのだが、跡部はいまいち気乗りしていなかった。


ちゃんがいのうて寂しそうやな」
「うるせーよ」

準備運動をしていると隣に忍足がやってきてダラダラと柔軟を始めた。昨日も夜勤で目の下のクマが酷いことになってるが向日に叩き起こされたらしい。やる気がなさそうに柔軟をする忍足にテニスなんかできんのか?と思っていると「俺も寂しいわ」と欠伸を噛み殺しながら呟いた。

ちゃん用に新しいテニスウェア持ってきたんやけどな」
「…テメェな。は着せ替え人形じゃねーんだよ」

まったくどんなもの持ってきやがったんだ。と眉を寄せればポケットに入れていた携帯で画像を見せてきた。…なかなか可愛いじゃねーの。
だが、忍足の好みが色濃く出ていてこいつの前で着せたくねーなと苦い顔をすれば「持って帰ってちゃんに渡してや」と犯罪者ような顔で忍足がニヤリと笑った。


「そういやって今神奈川に帰ってるんだっけ?」
「そうそう。実家から通ってる…ってがいってた」

同じく柔軟をしている向日に亜子がそんな風に返して「ていうか、あの子働きすぎじゃない?」と跡部の方を見てくる。それはまあそうだが同じ会社でも部下でもないの勤務状況まではどうしようもねぇだろ、と溜息を吐いた。

一応事前報告があったが日程調整までは間に合わず、跡部が海外に出張している間には神奈川へと帰ってしまっていた。神奈川にも支店を出し手を広げるということだから仕方ないといえば仕方ないが何もを行かせることはないだろう、と思ったのはいうまでもない。

期間は長くても1ヶ月程らしいが既にに会えないストレスで眉間の皺が取れなくなっている。あのマンションに帰ってもに会えないのかと思ったら一気に足が遠のいたくらいだ。



ついでにいえばまだにOKの承諾も得ていない。態度からして跡部に嫌悪感や否定的な感情で見ていないことはすぐにわかったがそれはそれ。言葉で気持ちを聞きたいと思ってしまうのはどうにも避けられないようだ。
我ながら子供染みてるな、とは思うが人間の心理として受け止めるしかないだろうな、と感じていた。

だからこそ海外にいても声を聞きたいと思ったし、同じ日本にいても会いたいと願ってしまう。それだけのことを真剣に想っているんだろう。

「つーかよ。ジローはどうしたんだ?」
「ばーちゃんが具合悪いとかでお見舞いに行くとかいってたぜ」
「花見には参加するつもりらしいですよ」

さっき連絡きました、という日吉に「あ、俺も来てる」と鳳も反応していた。恐らく一斉送信で送ったんだろう。ラケットを差し出してくる樺地に視線をくれてそれを受け取った跡部は、何となく昔のことを思い出し溜息を吐いた。まああの頃とは状況が全然違うだろうがな。


「ほならちゃんも花見だけでもくればええのに」
「なー。折角みんな揃ってるのによ」
「多分無理だと思う。激務で帰ったら即行寝てるみたいだよ」

メールもなかなか返ってこなかったし、と肩を竦める亜子に長い道のりだな、と溜息を吐いた。

「なんや跡部。恋焦がれる乙女みたいやで?」
「…うるせーよ」

溜息ばかりでこっちまで気が滅入りそうや、とぼやく忍足にラケットを構えると「さっさとコートに入れ」と思いきり奴にボールを投げつけた。



程よく身体を動かし夕暮れ近くで引き上げるとシャワーで汗を流した跡部達は徒歩で桜が見える場所へと赴いた。道路沿いにある桜並木道は日の当たりがいいのか大分桜が綻んでいた。

それを眺めながら歩いていくと間に公園があって、屋台はまだ出ていないがライトアップだけはされていた。跡部達が来た時に丁度ライトが点灯し向日達が「おおっ」と声を漏らしたが下から照らされた桜も中々綺麗だった。

そこから横道に抜ければ川にぶち当たり橋を跨いだ。そこは川を挟むように桜が立ち並び、川下りをしたらさぞや風流なのだろうな、と容易に想像できた。


「亜子〜写真に気をとられて落ちんじゃねぇぞー」
「だい、じょーぶ!……よしっと!に送ろ!」

柵に手をかけ、腕一杯に伸ばして写真を撮った亜子はいそいそとにメールを送っていた。この時間だと夕飯前だからもしかしたら休憩してる頃かもな、そう思った跡部も手頃な桜と撮ってメールボックスを開く。
別に返事が欲しいと強請ってるわけじゃねぇ。この桜をにも見せてやりてぇだけだ。


「は!もしかして跡部くんもに送ってる?!」
「アーン?だったらどうなんだよ」
「私の方が先に返信貰うもんね!」
「なんだと?!俺の方が先だぞ!!」
「なんや。自分らちゃんに送るんか。ほなら俺も今送っとこ」
「……さすがにも迷惑だろ」

負けないぞ!とこっちを見て意気込む亜子達に跡部は鼻で笑って送信ボタンを押した。1番は俺様だ。


「にしてもジローの奴おせーな」
「迷ってるんとちゃうか?」
「迎えに行った方がいいでしょうか?」
「それ以前にどこにいるかを聞かないとだろ」
「ウス」
「…仕方ねぇな」

桜を眺めながら大人達がダラダラ食い物を食ったり酒を飲んで歩いているが誰もジローに電話をする気がないらしい。それを見た跡部は携帯を握ってたのもあってジローに電話をかけてみた。寝てたとか言い出したらシメるぞ。


『もひもひ〜…』
「…テメェ。寝てたな」

予想通りかよ、と額を押さえると『うん、寝てたー』と悪気なく返された。相変わらずだな。
大人になって大分まともになったのかと思ったがジローの睡眠欲は他の人間より強く出来てるらしい。仕方なく花見はどうするんだ?と聞けば『うーん』と渋るような声で返してきた。


『だっていないしなー』
「花見がしてーっていったのはテメーもだろ」

正確には向日と亜子と鳳だが、ジローも乗り気だったのを跡部は忘れてはいない。「花見できなくていいんだな?」といってやれば『うーん』とまた渋った声を漏らす。どっちなんだよ。

『跡部はと会えなくて寂しくねぇの?』
「…そりゃ、」
「跡部。変わって……おいジロー!お前寝てないで来いよ!桜スゲー綺麗だぜ!!」

マジマジ!超綺麗なんだって!と跡部の携帯を半ば強引に奪った向日は、楽しそうに「早く来いよ!」とジローを誘っている。そんな光景を見ながら、跡部はジローにいわれた言葉を思い返し眉を寄せた。会いたくねぇわけねぇだろ。

携帯が戻ったら聞くまでもねぇ、といってやろうかと思ったが、その前に「ジロー来るってよ!」と数分もしないうちに向日がにんまり笑って通話を切ってしまったので跡部は溜息を吐くしかなかった。



******



川沿いから公園に戻った跡部はぽつんと設置してあったベンチに座り、他のメンバーを待っていた。
ジローとの電話の後、彼を途中まで迎えに行く班と買出し班と待ってる班にじゃんけんで分けたのだ。樺地がシートを調達してくるといっていたので恐らくここで花見をすることになるんだろう。

見上げればライトアップした桜が星のように視界いっぱいに花を咲かせている。この場所は今日からが見頃みたいだな、と思いつつ視線を下げれば携帯から受信の音が鳴り響く。


「日吉。お前にも返信が来てるんじゃねーか?」
「…俺は先輩に送ってませんよ」

わかっていたがわざと話をふると携帯を弄っていた日吉が嫌そうに眉を寄せた。それにニヤリと笑って携帯を開くと、案の定からの返信で『楽しそうでいいですね。こっちは花見帰りのお客でいっぱいです』とあった。

そういやあっちは少しだけ開花が早かったな、と思い出しと花見がしてーな、と思った。つーか、会いてぇ。ジローにいわれたからじゃねぇぞ。


「ジローが来たら神奈川で花見でもするか」

本当はと2人きりがいいが他の奴らと一緒の方が喜ぶし亜子も帰りやすいだろう、そう思って口にしたが携帯の光がフッと消えるのと同時に「何を馬鹿なことを」と日吉が溜息を吐く。

「そんなところに行くくらいなら帰りますよ」
「アーン?テメーはの驚く顔が見たくねぇのかよ」
「仕事で疲れてる人のところに押しかける方が迷惑だと思いますが」

さっきの話、もう忘れたんですか?とまた溜息を吐く日吉に跡部は片眉をあげた。忘れちゃいないが顔を見るくらいいいじゃねぇか。だって喜ぶだろうしな。つーか今日は機嫌が悪いなコイツ。羨ましいならテメェもにメールすればよかったじゃねぇか。


「あれ?ジロー達まだ来てねぇの?」
「さっき行ったばっかだろうが。つーか、テメーこそジローはどうしたんだよ」

今日というか、の話をする時だけ顔をしかめるな。と思いじろりと日吉を睨めば、だらけた歩きで向日がこちらの方に歩いてきた。ジローを迎えに行ったはずだろ?と聞けば途中でトイレに行きたくなって忍足に全部押し付けてきたらしい。じゃんけんで分けた意味がねぇじゃねぇか。



「つかピヨっこ。お前、志木とはどうなったんだよ」
「……どうもこうも。何もありませんよ」
「え、だって今年チョコ貰ったって聞いたぜ?」
「たまたま貰っただけですよ」
「んなわけねーだろ。元彼にチョコ渡すなんて意味深じゃん」
「…向日さんはどう思ってるか知りませんけど、志木とは普通の友人ですよ」

ベンチの近くには歩道と植え込みとの間に低い柵があってそこに日吉が座っていたが、その隣に向日も座り込んだ。ぼんやり見える表情はとても嫌そうにしているが向日は追求を止める気はないようで「ホワイトデーは何か返したのか?」と聞いている。

どうやら元氷帝のマネージャーが日吉にバレンタインチョコを渡したらしい。日吉がいうには話の流れで受け取ることになったらしいが、向日はそれを意味深だと、気があるんじゃねーかと勘ぐった。


そういや、の奴手塚にチョコを渡してたな。つい先日のように感じる出来事を思い出し跡部はなとなしにムッとした。自分は結局その後もチョコを貰えなかったのに日吉は棚ぼたでチョコを貰ってるのかよ。そんな考えが浮かんでしまったからだ。

勿論大人である自覚はあるので表立ってそんなことに目くじらをたてはしないが、やはりどこか気にしている自分がいるらしい。

自分はそこまで小さな人間だったか?と疑問に思ったが、どうしても忘れることは出来なかった。思い出したら少し腹が立ってきたな。


「あ、チョコで思い出したんだけど跡部はから貰ったのか?」
「何でんなことお前らに教えなきゃなんねーんだよ」
「貰ってないんですね」
「……」
「え、マジで?」

あら可哀想、という視線に「どうせ俺が食べずにどこかの施設に流れてくとでも思ったんだろ」と言い返してやった。
それにあれはカード等で自分の気持ちを伝えるものであってチョコごときに重きなんか置いてねぇんだよ、と思ってもいないことを口走れば2人に「へぇ」という顔で見られなんとなく体温が上がった。これじゃただの言い訳じゃねぇか。



「俺はてっきり手作りでみんなに配るもんかと思ってたけど」
「お金がないのにそんなことできませんよ」
「まー確かにな。でも来年はくれるんじゃね?去年は真田とか幸村とかにも渡したっていってたし」
「幸村…?」

来年はくれねーかな。とぼやく向日に跡部は「幸村にも渡してたのかよ」と再度聞いてみた。

「ああ。そうみたいだぜ?……あれ?どうした跡部」
「…その人、先輩の元彼ですよ」
「…あ、」

そうだった。と我に返る向日に隣にいた日吉が額を押さえ溜息を吐いた。それが余計に腹立たしくて跡部も眉を寄せた。
のことだから他意もなく幸村にチョコを渡すだろうが、それが自発的なのかどうかで意味も違ってくる。それを探ろうと向日に聞いてみたが奴もそこまではわからないと返してきた。


「鳳の誕生会の時、が"今年は誰にも渡さない"って亜子に話してるところちょろっと聞いただけだし」

じゃあ、今年は幸村にも渡ってねぇってことか。手塚にだけ渡して頑なに俺に渡すのを拒んだからな。幸村には渡してたとかいわれたらただじゃおかねぇ。しかし、義理でも相手が幸村かと思うと妙に引っかかる。

「…あいつらは、別れたんだよな?」
「じゃねーの?でなかったら俺達とか青学と遊んだりできなくね?」

昔のあいつらを考えるとさ。物凄い過保護だったじゃん、といわれ跡部も頷いた。確かに真田や幸村の対応はある意味異状だったように思う。彼らから言わせてみれば跡部達が特別だったのだが。

それを差し引いても随分な可愛がりようだったなと、よくもまあ手放せたなと考えていると日吉が「今は手塚さんなんじゃないんですか?」と口を挟んだ。



「ん?どういうこと?」
「たまたま先輩からメールが来て、返信かと思って開いたら手塚さん宛だったんですよ。だから手塚さんにチョコ渡したんじゃないですか?」
「ど、どんな内容だったんだ?」
「…………」
「いえ!誰にも言わないから!!」
「向日さんにいうと拡散されるから嫌です」
「はぁああ?!ひよっこ生意気だぞ!先輩のいうこと聞けねぇのかよ!」
「何年前の話をしてるんですか。いい大人が…というか、生憎向日さんを先輩と思ったことは1度もありません」

だからいうつもりもありません。とそっぽを向くと向日が怒りを表すように地団太を踏んだ。そういうところが学生のままだということを彼は知らないのだろう。その光景を見た日吉もうざったそうに溜息を吐いた。

しかしこうなると向日は相手が話すまで食らいついてずっと放さない。忍足のように向日の嫌なツボを知っていれば呆れて諦めるだろうが、日吉はの尊厳を奪うような嘘はつけない。
そして本人は口ではきっと認めないだろうが心の奥では向日を信頼していて最後は折れる、というのを知っている。

そんなことを考えながら傍観していれば喚く向日に痺れを切らした日吉が頭が痛そうな顔でまた溜息を吐いた。


「……確か、どこかに行く話でしたよ。どこかのテニスコートで遊ぶ話をしてました」
「それのどこら辺がデートなんだ?」
「知りませんよ。本人に聞いてください」

何だ、期待して損した!と前のめりに聞いていた背を戻した向日はさっさと標的を変え「それよりお前とってどんな話してんの?返信は何てきた?」と日吉を質問攻めにして彼を不機嫌にさせた。その光景を見ながらある意味跡部も似たような顔をしていたが話には混ざらず、日吉を呼んだ。

「そのメールはいつの話だ?」
「…先週末ですけど」
「跡部?」

急に立ち上がった跡部に驚いた顔をした向日はどこに行くんだ?と聞いてきたがそれには応えず「用事が出来たから先に帰るぜ」といってその場を後にした。多分日吉なら察するだろう。



駐車場に止めてあった自家用車に乗り込んだ跡部はエンジンをかけミラーを確認した。写った自分の顔は不機嫌に染まっていてこれから向かう場所にも相手にも似つかわしくないものだった。
それでも気持ちを入れ替えることはできなくて、そのまま跡部は思いきり跡部はアクセルを踏み車を発進させた。



******



「U-17選抜選手の合宿、ですか?」
仕事休憩の合間にオーナーに呼ばれて神奈川に来てまでなんだろう?と思えばそんなことをいわれた。

「ああ。前回手伝いに入ってくれただろう?その時一緒に入っていたコーチの観月くんが君をいたく気に入ってね。今回の合宿にも是非手伝ってほしいと打診があったんだ」
「はは、ははは…」

それってもしかしなくてもこき使われるフラグでしょうか。観月さん、何で私のこと忘れてくれなかったんだよ。しかも今回も観月さん中心で回す気のようでどう考えてもマネージャーをやらされるとしか思えなかった。給料も前より出してくれるとかいわれたら余計に警戒するじゃないか。


「前向きな方向で考えさせていただきます」
「いい返事を待ってるよ」

今回参加する子供達も君が知ってる子が何人かいるはずだから。と微笑むオーナーに絶対断れないわ、と肩を落とした。

実家の神奈川に戻って職場の支店があるお店で働くことになっただが思ってた以上に忙しくて家では泥のように眠ることが殆どだった。実家とあって食事が出るから苦労は半減してるけどそれにしたって忙しい。

人手不足だしバイトの子もなかなか入ってこないし入ってもすぐ辞めてしまう子ばかりだ。その上店長も投げっ放しの人だから仕事ばかりが増えて挟まれたはたまったものじゃない。こんな状態じゃ当分戻れないだろうな…と落ち込んでいたところに舞い込んだ話だった。

「…こっちの仕事に慣れてきたところなんだけどなぁ」
そうごちたが、誰も同意してくれる人はいなかった。


仕事も終わり、職場を後にしたはへとへとになりながらも自転車に跨り家へと走った。本当は車の方が楽なんだけど家族共用の車を占拠できるほど権限はないので大人しく自転車を走らせている。

U-17は幸村や弦一郎達もお世話になってるから合宿事態は理解しているが、気になるのは別の方だった。観月さんのことだから実力がある人をコーチに呼ぶはずである。



その時期だとまだ弦一郎が日本にいるはずだ。あとでツアーの日程を聞いておかないといけないな。それからメニューもコーチと詰めないとならないし。リョーマくんもまだ国内にいるみたいだけど最近来たラインが沖縄だったからなぁ。羨ましい。

後で連絡してみよ、と思いながら青になった信号を確認してペダルを漕ごうとしたはすんでで止まった。右側で同じように止まっていた車が発進したがは動けず、じっと前を見据えた。


「もしかしたら、会えるかな…」

手塚くんに。



家に着くと、の家のすぐ目の前に車が止めてあり誰だろう?と思った。こんな時間にお客さん?と思いながらライトを切って家の門を開けると車のドアも開いた。

「え、跡部さん?」

そのまま視線をやれば跡部さんがいておおいに驚いた。確か数時間前だけど花見をしてる画像とメールが跡部さん達から送られてきたはずなんだけど。

返信も返したはずなんだけど見間違い?と思いつつ「どうしたんですか?」と聞いてみたら「少し時間あるか?」と車を見て返された。時間を確認するとわかってはいたが結構いい時間で少し迷う素振りを見せた。今日は幸村の電話もかかってくる予定だ。ついでに仁王も。


何の用事かは不明だけど前者は恐らくガーデニングの話だろう。
前に一緒に買った種がどうなったか成長の記録を逐一報告してくれるからなんだか自分が育ててる気分になるんだけど育ててるのは幸村なんだよね。
グリーンカーテンも面白いよね、といったら乗り気だったからその話かもしれないけど。

後者は本当によくわからないがなんとなく連絡してくる。主に職場の愚痴だ。が神奈川に移動してから、なのだが仁王の仕事への態度と遅刻が悪化してるらしく最近の口癖は「もう辞めようかの」だ。

何故私に聞く、と返したが今のところいうだけで行動には移していない、らしい。むしろその前にクビになるかもしれないけど。アイツは何の為に働いてるんだろう。どうやら同じ職種で働いてるようだから話は聞いてやれるけど止めるか続けるかは本人次第だ。


そんなことを考えながら「少しなら」と答えると跡部さんは車に乗るように即した。

自転車を置いてまだ起きていた母親に一言いって車に乗り込んだはとあることに気がつきシートベルトをしめる手を止めた。そういえば助手席に乗るの初めてだ。それ以前に跡部さんが運転する車に乗るのも初めてだけど。
そのことになんとなく緊張して跡部さんを伺えば彼は特に何もいわず、無言のまま車を発進させた。



流れる風景と無言の跡部さんに少し居心地が悪くてお尻の辺りをむずむずさせたが何をいえばいいのかさっぱりわからなかった。沈黙が重い。何だろう。何かあったんだろうか。というかどこに連れて行くつもりなんだろう。跡部さんを伺ったが何を考えてるのかよくわからなかった。

そうこうしていくうちにベイブリッジの近くまで来てしまって全然少しじゃない、と心の中で反芻した。

「あ、あの、どこまで行くんですか?」
「……あー。考えてなかった」
「へ?」

思わず目を丸くすれば跡部さんは頭を乱暴に掻いて「ナビつけてねぇし。どこだよここ」とはいう始末。無心で運転してたのか。とりあえず止まろうとということになり近くの大きめな駐車場に車を止めた跡部さんは早速ナビをつけて検索しだした。

そんなことしなくてもとりあえず県内ですよ、とベイブリッジがある方を指差せば、瞬きした跡部さんが微妙な顔になった。私も微妙です。

「…ったく。お前がシートベルトを締めるからだぞ」
「え、だって締めないとキップ切られるじゃないですか」
「俺は車内で少し話すつもりだったんだよ」
「だったらそういってくださいよ」

何で私が怒られなきゃならないんだよ。いってくれなきゃわかんないじゃん!と唇を尖らせれば「まあいい。降りるぞ」と跡部さんがドアを開けた。この微妙な空気を外に出て忘れたいらしい。それには同意だけどここで、かあ。


「あんまりお勧めしませんけど」
「?いいから来いよ。話も終わっちゃいねぇんだ」

全然わかってない跡部さんには溜息を吐くと仕方なく車の外に出た。



駐車場を抜けると目の前に大きな公園が広がっていて跡部さんは目的地もないだろうにずんずんと歩いていく。

はこのままはぐれたフリをして帰ってしまおうかとも考えたが、見透かされたように跡部さんに手を掴まれずるずる引っ張られた。傍から見たらただのカップルだが昼間に達を見たらぐずる子供を引っ張り歩く父親の図だろう。

潮の匂いがより一層濃くなったな、と思えば波の音も聞こえ停泊する船も見えた。ひらけた視界には観覧車やベイブリッジの夜景がキラキラ輝いていてその反射で揺れる波も幻想的に魅せてくる。
しかし「この辺りでいいか」とのたまう跡部さんにマジか、と思ったのはいうまでもない。

周りはいちゃいちゃしてるカップルしかいないこと気づいてないんですか?どんだけ強靭な心臓をしてるんだ、と恐々見ていると跡部さんは近くに誰もいない海辺まで歩いていきもその隣で仕方なく立ち止まった。


「…少し、痩せたか?」
「だと嬉しいんですが。多分目の錯覚です」

むしろ太りました。仕事の辛さでやけ食いが増えてここ2週間で結構太ったのだ。その分動いてはいるけど体重計はプラスになっていくばかりだ。
1ヶ月もいたらどうなってしまうんだろう。そう遠い目をしていれば「そうか?」といって跡部さんがの頬に触れてくる。その何気ない行動に顔を引けば跡部さんと目が合った。

「先週末、仕事だっていってたよな?」
「え…はい」
「本当に働いてたのか?」

じっと見つめてくる跡部さんの話が見えなくて眉を潜めれば「手塚とデートしてたんじゃねぇのか?」といわれギクリとした。何でそんなことを知っているんだ?とゾッとしたが思い当たる節に気づき苦く歪めた顔を背けた。確か今日は日吉も一緒だ。



「聞いたんですか?」
「たまたまそういう話になっただけだ。勘のいい向日がしつこく聞いてきて仕方なく吐いただけだぜ」
「…岳人くん」

そういえば岳人くんってゴシップとかワイドショー好きなんだよね。私のことまで興味示さなくてもいいのに。それを跡部さんも聞いてたのか、と思い至ったは嘆息を吐き顔に落ちた髪を耳にかけた。

「会ってませんよ。本当に仕事をしてました」
「お前が手塚を好いてるのはお見通しなんだよ。今更嘘つくことでもねぇだろ」
「嘘も何も会ってません」

素直に吐露したが跡部さんは顔をしかめたまま責めるようにを見てくる。そんな顔をされたって本当なのだから他にいいようがない。だって手塚くんは。


「友達なんだから遊ぶ約束をしたっていいじゃないですか…」

それでなくてもワイドショーの人達がドイツまで行って手塚くんの友達周りに迷惑かけてるのに。このままだと日本に居づらくなってドイツに行ったまま帰ってこなくなったらどうしよう、と考えてしまうくらい手塚くんの周りは騒がしいのだ。
どこか静かでゆっくりできるところで好きなことをして遊ぼう、て思うのは友達なら当たり前のことじゃないだろうか。

そこまで考えて、私何跡部さんの前で躍起になって言い訳してるんだろう、と思った。しかも手塚くんのこと友達っていいきったし…間違ってはいないけど…ていうか跡部さん、それを聞くために神奈川に来たっていうの…?!


「跡部さんこそ、花見そっちのけで来ちゃってよかったんですか?」

というか、この話だってメールか電話でも良かったはずだ。そう思い口にすれば「お前に会いたかったんだよ」とはっきりといわれドキリと心臓が跳ねた。

「…だったらもう少し、楽しい話題で誘ってほしかったです」
「仕方ねぇだろ。それにこうでもしなきゃお前と会えねぇんだからよ」

「……嘘つき

そんなわけないじゃないか。だったら何であの時何もしてくれなかったんだ、そういう気持ちが沸き起こり苛立ちが込み上がったがすんでで留まった。



「何だよ、それ」
「別に?それよりも、いいんですか?みんなと花見しなくて」
「ああ?いいんだよ。花見なんて日本に帰ってくる為のおまけみたいなもんだ」

本命はお前に会うことだからな、と付け加えた跡部さんにはギクリとして身体を引こうとしたがその前に捕まり、次の瞬間には跡部さんの腕の中にいた。


「1日に何回連絡しあってんだよ」
「何回って…1日1通の割合ですよ。手塚くんが忍足くん達みたいにメール魔だったら笑えません?」
「……気は確かか?って聞くだろうな。…んじゃチャットは?」
「…まだ、ですね」
「電話もか?」
「………時々」

黙り込んだに力を緩めた跡部さんは顔を覗きこんできた。暗くてよく見えないだろうが眉を寄せているを察したのだろう。「そうか、」といってまたを抱きしめた。きつく抱きしめる腕が少しだけ心地よかった。


「…よし。飲むぞ」
「え?」

足元を撫でる冷たい海風と密着する体温にぼんやりしていれば突然跡部さんがそんなことをいって腕を解いた。そしての了解をとる間もなく手を掴みずんずんと駐車場の方へと向かっていく。足をもつれさせながらもついていけば跡部さんの車まで辿り着きそのまま助手席に押し込まれた。

「あの、跡部さん。私、今、お酒を飲む気分じゃ…」
「アーン?だったらカラオケがいいのか?」
「あーいえ、それも別に」
「ボーリングじゃ今の時間ねぇよな…テニ…ビリヤードは…まあいいとして。こういう時は気の晴れるようなことをして寝た方がいいと思うぜ?」
「いえ、明日も仕事ですから」
「その仕事でも鬱憤が溜まってんだろ?気分転換は必要だ」

つー訳で飲みに行くぞ。いっそ跡部さんが飲みたいだけなんじゃ、と脳裏を過ぎたが全部否定する気にもなれなくてなんともいえない顔のままはシートベルトを締めたのだった。





2016.01.16