You know what?




□ 111a - In the case of him - □




消沈するを見てられなくて無理矢理飲みに行くことを決め車を走らせた跡部は、とある場所に連絡した。そしてが帰りたい、などという前に目的地まで飛ばした。

その目的地がホテルだとわかったの顔色が悪くなったが無視して彼女の手を引き受付をすます。それから深夜までやってるというスカイラウンジのBARに向かう為に最上階のボタンを押した。ぐんぐん登っていく音と数字をぼんやり眺めていれば、おずおずとが声を発した。

「あ、あの、どこに行くんですか?」
「アーン?酒を飲むに決まってんだろ」

飲むぞっていっただろ?といってやれば、そうだった、と思い出した顔で、でもまだ不安そうな色を滲ませ「そうですか」とが零した。

別に下心はねぇ。ゼロじゃねぇが今日は仕掛けるつもりはない。こんな時間に酒を飲めば帰る気なんてなくなるから部屋を取ったまでだ。ただ、空いてる部屋がツインしかないといわれてだったらも泊めるか、と思ったのは秘密だが。
本当はもう1部屋とるつもりだったがそれを聞いて止めてしまった自分に下心ありまくりじゃねーか、と内心つっこんだのも内緒だ。


BARに入るとスッとウエイターが現れ窓側の席に案内された。店内は薄暗くて奥まで見渡せなかったが客はそれ程いないらしい。時間も時間だしな。

半円のソファにを座らせ跡部もその隣に座った。目の前にも1人がけのソファがあったからは不思議そうな顔をしたが座りやすいようにクッションを移動させ深く腰掛けた。別にくっついて座ってるわけじゃねぇんだから構わねぇだろ。

寄越されたメニューを軽く見てに手渡してやれば、なにやら食い入るようにじっと見ていてメニューが見えにくいのか?と思った。

店内は夜景を引き立たせる為に手元のライトと足元が辛うじて見える程度の照明しかない。ついでにメニューも黒地に白文字だから見えにくいのかと思ったのだが、彼女の視線を追えば軽食やデザートの欄を見ていて思わず噴出した。


「っ?!……だ、だって、仕事帰りですし」
「ああ。別に構わないぜ。好きなのを食えばいい」

さっきまでしょんぼりと大人しくしていたから遠慮して選ぶに選べないのかと思ったがそうではないらしい。噴出した跡部に振り向いたはムッとしていたが、手元のメニューを覗き込んでいた跡部が思った以上に近くにいて、声が尻すぼみになっていた。可愛い奴。



「よく来るんですか?」
「客として入ったのはこれが初めてだぜ」

それぞれ注文して、届いた酒を一口飲んだがこちらを見てくる。その視線になんとなく心地よい気分になりながら「ここのオーナーと知り合いなんだよ」と零せばはおおいに驚いていた。

親父と会社の延長で知り合っただけで俺自身がスゲェわけじゃないんだが、に「凄いですね」と素直に感心されると何となく得意げになってしまう。「まあな」と返した自分が急に恥ずかしくなって体温が上がった。俺は自慢したいガキか。


「私、横浜の夜景を上から見たのってもしかしたら初めてかもしれません」
「そうなのか?」
「観覧車くらいならあるんですけど、こういうお店って気後れしちゃうんですよね…」

美味しいお店だとそっちに気が行ってちゃんと楽しんだことなくて。と漏らしたはグラスを持ちながら窓の外を見て「綺麗ですね」としみじみ呟いた。その横顔がとても綺麗だということをは知っているんだろうか。

「それで、新しい仕事先はどうなんだよ。俺達と遊ぶよりも仕事を優先してるがそんなにやりがいがあるのか?」
「あー…まあ程ほどには」
「その割には随分疲れた顔をしてるじゃねぇか」
「仕事ですから」


花見の話や他愛のない話をしつつ、率直に聞く跡部には一瞬苦い顔になったが顔を逸らすことでそれを隠した。今の職場は余程きついらしい。実家とはいえ帰ってすぐに寝るというのは新人か激務をこなしてるかだ。

の場合は確実に後者だからもし手当てもないくらい過剰に働かせてるなら訴えてもいいんだぞ、と助言しておいた。そしたら彼女は急に慌て出し「そ、そこまでじゃないですから!」と否定してくる。

「そんな隠せないクマを作ってる奴が何いってんだよ」
「え?!嘘!ちゃんと隠し……だ、騙しましたね?!」
「チゲーよ。いつもはこの時間寝てるだろ。だからクマが出てんだろ」



少なくとも自分は友人だから職場よりは気を張らなくて済むのだろう。が気を許せる相手だとわかってなんとなく嬉しくて彼女の目の下を指でなぞる。揺れる肩を気にせず「可哀想にな」と同情を漏らせばの頬がほんのり赤く染まった。

「し、仕事ですから…」
「慣れてる人間をこき使って過労死させたら意味ねぇだろうが」
「か、過労死はしませんよ!」

怖いこといわないでください!と焦るに跡部は笑うと「ものの喩えだよ」と手の平で頬を撫でた。

「お前が倒れたんじゃ俺も気が気じゃねぇからな」
「……」
「ついでにジローや忍足達も黙っちゃいねぇかもな」

忍足なんか診断書を出してジローも店を訴えるかもしれないぜ?といってやればまたは慌て出し「それは勘弁してください!」と訴えた。


「まだ、こっちの仕事に慣れてないだけですよ。そりゃまあ、新人が入れ替わり立ち代りして育てる間もないというか、人手不足ですけど…店長は楽観主義でまともにバイト募集してないですけど…」

でも、もうちょっと過ぎたら新入生の子達がバイト探しで来てくれるかもしれないし!と一生懸命フォローするに跡部は髪をかきあげるとポケットにあった携帯を取り出し、とある番号にかけた。

「夜分に申し訳ありません。ええ、景吾です。ご無沙汰してます」
「あ、跡部さん…?」


いきなり電話をしだした跡部を驚きながらも固まって見ていたを眺めながら、跡部は世間話も程ほどに一通りいいたいことをいって通話を切った。その時間は10分もないだろう。それだけでも相手が誰かわかったは顔色を悪くし口を半開きのまま跡部をじっと見ている。

「あ、跡部さん…さっきの人は、もしかして」
「ああ、グラスが空じゃねぇか。次は何飲む?」
「いえ、さっきの電話の相手って…オーナーでしたよね?」

確信めいた声と名前に跡部はフッと笑みを漏らすと「ホラ呼んでやるからさっさと決めろよ」といってメニューを押し付けた。



電話の内容は勿論の勤務時間のことだ。とバレるような直接的なことはいっていないが神奈川の支店は人手が足りないのに繁盛しているらしい。その手腕を是非その支店の店長から伺いたい、と申し出たのだ。

最近どこぞのチェーン店が重労働で一斉に検挙されているからどこの店も過敏になっている。視察が入れば1発でバレるだろう、そう笑えばは難しい顔で跡部を睨んだ。

「……なんてことするんですか…」
「アーン?そりゃ働くのと健康はイコールだからだろ?」
「それにしたって…」
「それに俺は榊監督にの面倒をみるように、とも言付かってるんだ。お前に何かあったら俺も困るんだよ」
「いつの間に…」

榊監督の名前が出た途端、じと目で見ていたの目が丸くなり、そして眉が困ったように垂れ下がった。


は知らないだろうが食事を一緒にとるようになってから内々に榊監督と連絡を取ってそういうやり取りをしていたのだ。そうすれば榊監督の手を煩わせることもないし、の部屋に出入りしていても咎められることもない。

その辺はいい大人なのだから榊監督も口出しはしないだろうが保険はかけておいた方がいい。新しい酒が入ったグラスを両手で持ちながらはがっくりと肩を落とすと「跡部さんには敵いませんね…」と溜息混じりに零した。


「今頃俺様の凄さに気づいたってのか?アーン?」
「いえ、十分過ぎるほどわかってますけど…でも、4月後半になったら東京に戻るみたいですよ」
「本店に戻るのか?」
「いえ、そうじゃなくて、U-17の合宿に呼ばれてるんです。観月さんに」
「じゃあこっちに戻ってくるのか?」
「はい」

驚きの発言に跡部は目を瞬かせるとも同じように目を丸くして「跡部さんには話行ってないんですか?」と聞かれた。そういえばそんな話があったような気がしたな。会議の予定に埋もれて忘れてたぜ。



「お仕事忙しいんですか?」
「いつものことだ。だが、調整する」
「無理なら参加しなくてもいいんじゃ」
「俺が行かねぇとガキ共を統制する奴がいねぇだろ」

お前のために行きたいんだよ、とはいえず強がりを言えばは何度か目を瞬かせ、それから小さく噴出した。
「跡部さんって本当テニスが好きなんですね」って。外れちゃいねぇが大半の目的はお前をガキ共から守る為だ。

前回来ていた奴らも参加するんだとしたら警戒するに越したことはない。というか、コイツは結局あいつらにどういう目で見られてたのか知らねぇのか?どこをどう見たら俺がテニスしか見てないみたいな奴に見えるんだよ。真田じゃねぇぞ。


しかしさっきまで見れなかった笑みに跡部はホッとして、それから少し嬉しくて持っていたグラスの中身をカラにした。

「ちなみにコーチは誰が来るって聞いたのかよ」
「……いえ、」
「手塚には聞いてねぇのか?」
「私も今日聞いたばかりですから」

だから何も知らない、と零すは本当に寂しそうで、丸めた背中のせいでいつもよりもよりか弱く見えた。
その背中を撫でてやらずに跡部は手を挙げウエイターを呼ぶとが見ていた軽食を注文し酒の追加もした。2人分だ。

「後のことは全部俺が面倒みてやるから。今日は飲み明かそうぜ」



******



閉店ギリギリまで居座り、の溜まってた仕事の愚痴を心行くまで吐き出させた。相当職場に苛立っていたらしい。俺が電話したから余計にタカが外れたのだろう。ほろ酔い気分で店を出た跡部達は、緩やかな足取りで柔らかいカーペットの廊下を歩く。

そこまで量は飲んでないが酒はそこそこ回っていて、「このホテルのスイートルーム見たことないだろ?記念に見ていけよ」という見え見えな誘い文句も、酔ったには面白かったのか「うん!見たいです!」と簡単に乗せられていた。

跡部も跡部で、警戒心の薄いに喜んでいいのか心配していいのか一瞬考えたが、口は正直で「だったら俺が直々に案内してやるよ」との手を引いて部屋へと向かった。


「わわっ!広い!」

鍵を開け、先にを入れてやれば、興味深々に進んでいき、ひらけたところで「ありえない!広い!」と笑った。跡部も足を進めると応接間が見え、に視線をやればキョロキョロと部屋を見回し窓の外を見て「綺麗ですよ」とこっちを振り返り跡部を呼んでくる。

酔ったは陽気になる。些細なことでもクスクス笑ってスキンシップも増える。甘えるような仕草にムラッとしてちょっとだけ戸惑ったが、笑った顔も含めて全部が愛らしくて心地よくて好きなようにさせていた。

笑顔で手招きする彼女に引き寄せられるように近づいた跡部は、彼女を挟むように窓に手をついた。彼女の肩に顎を乗せ、窓の外を見やると夜景がよく見えたが時間が時間のせいかBARで見た時よりも華やかな光が減っていた。

それでも楽しいのかはぼんやりと窓の外を見ていて、何となくその視線をこちらに向けさせたくなった。


。あっちにも部屋があるんだぜ?」
「あ!そうだった!」

ハッと気づいたが窓についていた手を掴むとそこを潜り抜けベッドルームの方へと向かっていく。いやそこはもう少し会話を楽しむところじゃねぇのか?

こっちに向くどころか離れてしまったに跡部はなんともいえない顔になった。に密着していた跡部のことなんて見えていないかのような態度に、今の自分の状況が見えた気がしてほんの少しショックを受けた。



「跡部さん、跡部さん」

寝室に消えたが戻ってきて跡部の手を引っ張ると「ベッドルームも豪華ですね」とにこやかに見上げてくる。そのに手を引かれ寝室を覗けばベッドが2つ並んでいて、なんとなく心臓が跳ねる。

「…アーン?当たり前だろ。スイートをとったんだから…」
「そっか。スイートってこんな感じなんですね。あ、でもお風呂は結構普通でしたよ!」

ベッドから無理矢理視線を外せばまた手を引っ張られ今度はバスルームを覗く。何の見学会だ、と呆れたがの手を放す気は勿論なくて、むしろ握り返している自分がいる。現金なもんだな、と内心つっこんだ。


「跡部さん。あっちのガラス戸は何ですか?」
「シャワーだろ?」
「え、でもバスにもシャワーついてますよ?」
「まあ好き好きだが、そのシャワーは掃除とか泡風呂を流す為のものじゃねぇか?」

基本洗うのはあっち、とシャワー室を指差せばは感心したように目を瞬かせていた。それからしばらくシャワー室のヘッドを見て驚愕したり(切り替えがいくつもあったからな)、アメニティグッズを見て楽しんでるを眺めていたが、ふと鏡に写った自分を見て彼女の手を引っ張った。


「んじゃ俺は風呂に入るから。お前は出ろ」
「えーっ」
「えーっじゃねぇだろ。一緒に入りてぇのか?アーン?」

無理矢理背中を押す跡部には不満を漏らしたが、本気でいってるわけじゃないな、と思った。でなきゃ俺が困る。いや、本音は困らねぇが。そんな問答を脳内でしながらを追い出した。バタンとドアを閉めた跡部は盛大な溜息を吐く。

鏡に写った自分はまるで飢えた獣みたいな目でを見ていた。勿論理性はあるし制御もできるが、このまま一緒にいたらを襲ってしまいそうな危険性はあった。無自覚でそんな顔してたのかと思うと情けなくて仕方ない。

つーか、にバレてねぇよな?引かれてないよな?それでなくともガキの頃の女関係で引かれてるんだ。(一方的に)一応付き合ってはいるが、思春期みたいな勢い余って押し倒したとかそういうのは避けたい。



「……何だよ」

いきなり聞こえたノック音にビクッと肩を揺らすと、ゆっくりと目の前のドアが開き、隙間からがこっそり覗いてくる。その視線にドキリとしながらもつっけんどんに聞けばがフフ、と笑った。可愛いから止めろその顔。

「跡部さん。気づきました?」
「アーン?何がだよ」
「何か足りないの。わかりません?」

「脱いでなくて良かった」と笑うにそんなことしてたらお前の為にも開けさせねぇよ、と思ったが足りないもの、といわれ首を傾げた。
バスローブも中にかけてあるし、タオルも風呂に入る為の必要なものも全部揃ってるから足りないものなんてないはずなんだが。何がねぇんだ?と素直に聞けば手を出すようにといわれ、彼女の前に差し出した。


「跡部さんが急かすから持ってきちゃった」

これがないと困るでしょ?と差し出されたのはアメニティグッズの中にあったシャンプーで、確かに、と思ったがあれは2つずつ用意されてるからそれ程困るわけでもなかった。
しかしそれを目の前の彼女に指摘するのはどうかと思い、とりあえず「ああ。ありがとな」と礼をいえばはふにゃりと笑って、「えいや!」と跡部の胸を指でひと突きしてドアを閉めた。


「なに、アイツ…つーか、マジ…ああもう、」


可愛いじゃねーの!!


閉められたドアを見ていた跡部はそこに凭れ掛かれ、呻いた。天然か?自覚あんのかよ?誘ってんじゃねーのか?食われてーっていってるようなもんだろ!!しかも照れ隠しに何してきてんだよアイツ。「えいや!」って何だよ!「えいや!」って!可愛いにも程があるだろ?!

突かれた胸はたいして痛くなかったが違った意味で胸が痛くて仕方がない。「これが据え膳ってやつか…」と溜息混じりに零した声はバスルームに空しく響き、跡部はそのまましゃがみ込んだのだった。




君のハートを狙い撃ち。
2016.01.16