□ 112a - In the case of him - □
跡部さんがお風呂に入ってしまい、暇を持て余したはある意味自由に見て回った。ソファの座り心地を堪能したり冷蔵庫の中身やお酒とかお茶の種類を数えてみたり(みんな美味しそうだった)。案内を見たら有料だけどBAR設備もあってここでも飲めるのか!と驚愕したり。
でもそこそこのところで眠くなってきてカーテンを閉め、ダイニングとリビングがひと部屋になってる場所のソファにだらしなく座り込んだ。思ったよりも酔っぱらっているらしい。
身体はぽかぽか、意識もぼんやり気味だ。職場の愚痴をぶちまけたせいか妙にスッキリしていてこのまま心地よく眠れそうだと思った。
だらしなく座ったまま転寝を始めたは重い瞼に逆らわず閉じるといきなりバチャン!という水の音が響き目を開いた。何となく目の前で水が跳ねた気がしたがそれは違ったらしい。
それはそうだと後から思った。今自分がいる場所はリビングダイニングで洗面所でもキッチンでもない。そしてお風呂でもない。
「お風呂?」
口にしてピンときたはふらりと立ち上がるとそのまま覚束ない足取りで浴室へと向かった。
「跡部しゃん?らいじょぶれすかぁ?……開けますよぉ?」
なんとなくふわふわとした足取りに『おお?』と思ったがまさか呂律が回らないところまできてるとは思わなかった。転寝でぐんと酔いが回ったのかもしれない。
浴室の中からもぞもぞと喋る跡部さんの声が聞こえたが殆どはザァァ、というシャワーの音でかき消されてしまっていて聞き取れなかった。何となく不安になってドアを開ければバスタブから飛び出すように彼の両足が引っかかっていて思わず「にゃあ!」と叫んだ。
「え、にょ!跡部しゃん?!何やって…にゃああ!」
「うるせーよ。響くだろうが…」
足しか見えないことに驚き駆け寄れば何故か上半身だけ裸の跡部さんが水も滴るいい男みたいに濡れていた。体勢は、まあ、息苦しそうだが。下は脱いでいないことにホッとしたがいきなり視界に入った肌色には少々驚いてしまい咆哮してしまった。
狼狽しているを余所に跡部さんはというと苦い顔で眉を寄せ「いってぇ」と後ろ頭を擦っている。ぶつけたのか。ぶつけたのか跡部さん!
何やってるんですか!とバスタオルを取り出し、跡部さんの手を握って引っ張り起こせばシャワーがにもかかり「にぎゃあ冷た!!」と叫んだ。
「な、何れ水なんれすか!…いでっ……風邪ひきますよ?!」
「……酔いを冷まそうと思ったんだよ」
狼狽ついでにバスタブに膝を打ちつけくぐもった声と一緒に涙目になれば跡部さんは溜息で返してくれた。私は跡部さんのお陰で一気に眠気が覚めましたよ。バスタブの淵に座り込んだ跡部さんの顔や肩を甲斐甲斐しく拭いていれば髪をタオルで撫でたところで彼の顔が歪んだ。
「うわぁ。これ、たんこぶ…?」
「だろうな。いてぇ」
だからあんまり触るな、と注文をつける俺様には思わず噴出した。笑ってはいけないんだけど自然と出てしまった。跡部さんとたんこぶってあわないよね。
「何笑ってんだよ」
「…すみませんなんれもないれす。フフ」
いつもとは逆の位置のせいか見上げる彼がどうにも不貞腐れてるように見えてしまったは笑いを中々引っ込められなかった。たんこぶがの中でかなりヒットしたらしい。
ツボに入ってしまって口をもごもごさせていれば、顔に水がかかり思わず仰け反った。
「ふはっ冷た!冷たい!!跡部さんやめて!!」
「アーン?何の話だ?俺はバスタブを洗ってるだけだぜ」
「らったらこっちにシャワー向けないれくらさいよ!!ぎゃあ冷た!冷た!!マジ冷たい!びしょびしょになっちゃうじゃないれすか!!」
「泊まる理由が出来てよかったじゃねぇか」
「うええぇ?!あぶ!…もう!止めてくらさいってば!」
何を思ったのか、跡部さんはシャワーヘッドを掴むとそれをに向けてきたのだ。しかもお湯ではなく水を。驚いたは慌てて彼から距離をとったが跡部さんはうまい具合にシャワーの水力を使ってこちらに引っ掛けてくるから浴室を逃げ回らなければならなかった。
浴室内を右往左往して逃げてみるがどこに行ってもシャワーの水がを追いかけ濡らしてくる。こんなに広くてホースは短いのに何で届くの?!しかも足元だけならともかく顔にかけるとか酷くないですか?!
靴も下着も濡れちゃいます!と抗議すれば跡部さんはケラケラ笑ってシャワーを思いきり振りに水を飛ばした。スローモーションで飛んでくる水飛沫を見ていたが次の瞬間には頭から被ることになり思わず瞼を閉じた。あれ?今「うわっ」とか聞こえなかった?
「…あ、あれ?」
「……」
「ぷ、もしかして、」
「アーン?何だよ」
恐る恐る目を開ければまたもや水も滴るいい男がそこにいた。さっき拭いたはずなのに…と思ったが自分の格好と彼の姿を見比べ噴出してしまった。
「あははは。跡部さんれもそういうことあるんれすねぇ」
「アーン?ちょっと手元が狂っただけだ」
酔ってるから細かい動きが出来なかったんだよ、と言い訳をする跡部さんに可笑しくなってまた笑った。ドジっ子跡部さん可愛い。浴室がびちゃびちゃになって自分達もずぶ濡れだがその光景も含めて可笑しくて仕方ない。
「もうこれどうするんれすかぁ」と顔に張り付いた髪をよけながら笑えば「どうせ明日には乾いてるだろ」と適当に返された。
「風邪ひかないうちに拭けよ」
「水かけたのは跡部さんじゃ……くしゅん!」
「だからいわんこっちゃない…ホラこっち来いよ。俺が拭いてやる」
「いいれすよ〜これくらい…くしゅんっ」
びちゃびちゃと濡れた音を鳴らしながら跡部さんが近づいてきて、彼が使ったタオルでの顔を拭いてきた。別に構わないけどかなり湿ってます。新しいのがいいなぁと思ったが視界が跡部さんの生肌しか見えなくて大人しく目を閉じてるしかなかった。
「あー大分冷えちまったな」
「跡部さんが水をかけるから…」
「悪かったな」
あっさり返された言葉に思わず目を見開いた。跡部さんが謝った。あ、いやでも、再会してからそれとなく聞いてる言葉だ。
俺様だってふんぞり返ってたように見えてたのは昔の話。それも多分が知らないだけ。跡部さんだってミスだってするし悪いと思ったら謝ってもくれる。が描いていた跡部さん像は大分"ヒビ"が入っていて今にも崩れそうだ。それがいい意味なのかどうかはわからないけど。
つらつらとそんなことを考えていたらふと、心の中に仕舞っていた言葉がぽろりと零れた。
「跡部さん…。私ね、手塚くんに会いたかったんれす」
「……」
「報道のこともあったけど、手塚くんは期待されてるプレーヤーらから練習の邪魔をしちゃいけないなって思ってて」
「……」
「メールも電話も迷惑かもしれないって思ってて…でも、声が聞きたくて…それれ先週、思いきって会えないかなって誘ったんれす」
電話だけじゃ物足りなくて、メールだけじゃもどかしくて、距離も仕事の忙しさも全部かなぐり捨てて会いに行きたかった。会えたら手塚くんを見れたらそれだけで幸せになれるから。そう思ってた。
「れも、そういうのっれ何か違う気がしてきて…そうしたら、本当に手塚くんに会いたいのかな?って思って」
ゴシップ記事が出た時は妙に負けたくない気持ちがしゃしゃり出て躍起になって連絡してたように思う。なんとなくここに自分はいるんだよってアピールしたくて。勿論、そんなゴシップなんか気にしないでほしい、という気持ちがあってこそだけど今となってはわからない。
「私、ひろい女なんれす。悪い女なんれす」
「…何でそんなこと思うんだよ」
「跡部さんに話を聞いてもらったら凄く心が軽くなって、別に無理して手塚くんに会わなくていいかって思ってる自分がいて……っ」
そう、私はただ溜まったストレスと文句を誰かにぶちまけたかったのだ。近くにいる亜子でも弦一郎でも幸村でも仁王でもなく、勿論跡部さんでもなく手塚くんを選んだ。ただそれだけのために。
これを酷いといわずしていわれようか。相手は忙しいプロのテニスプレーヤーなのに。手塚くんは自分好いてくれて優しいって知ってるから。だから甘えようとした。なんてことをしてるんだ、と自分自身を責めるように唇を噛めば俯いたのもあってかぽろりと温かい涙が零れた。
「っ跡部さん…?」
「…何をいうかと思えば。バーカ、それは普通のことだよ」
穴があったらそこに埋まってしまいたい気持ちになりながら涙を拭こうと手を上げるとその手首を掴まれそのまま跡部さんに抱きしめられた。押し付けられた彼の肌にドキリとは目を瞬かせたが耳元で聞こえる優しい声色にじわりと体温が上がる。
「人間誰しもストレス溜まれば誰かにぶちまけたくなる。話せば楽になることだってあるだろうし、ストレス解消に身体を動かすのだってある」
向日のダイエット合宿がいい例じゃねぇか。と笑う跡部さんにそんなこと思ってたんだ、と今更に知った。私はてっきり岳人くんと私をいびる会だと思ってました。
「お前は元々そんな誰彼構わず人に文句をいう奴じゃねぇんだから。それが普通だよ」と後ろ頭に置かれた手が撫でるように動きは不意をつかれまた涙が零れた。
「つうか、1番遠い手塚に話すんじゃなく俺にしとけばよかっただろうが」
いつでも聞いてやるのに、と呆れたような声がの鼓膜を震わせる。そんな優しい言葉にはまた涙が零れて、でもそれを振り払うかのように首を横に振った。
「嫌れす…跡部さんにはいいたくない」
「……何でだよ」
「だって、これ以上、迷惑かけたくないし」
「……」
「嫌われたく、ないんれす…」
言葉にしてストンと腑に落ちた。
何で告白されても付き合い始めても跡部さんに頼れないのか不思議だった。既に頼ってるから、というのもあるけどでもそれは友達ラインから逸脱しないものだ。
こうやって触れてるのにいつかは自分じゃない人を選ぶんじゃないだろうか、そんな気持ちがあって、こんなに近いのにずっと遠くに感じてた。近くにいたらあの時みたいに傷ついて落胆して見放されるんじゃないかって思ってしまって。
そう思ったら自分はとても弱虫で意気地なしのちっぽけな人間に思えて余計に悔しくて泣けた。
******
最近出来た喫茶店はチェーン店だったが地元の人間には物珍しく見えるようで、連日人だかりが出来ていた。しかも丁度今は新作のメニューも出ているから新しい物好きの女性も多く入店している。
店内を覗けば席は殆ど埋まっていてみんな楽しそうにお喋りをしている。中でも特に目立っているのは少し奥の方にある2人席だ。騒がしい、というよりはソファ席の前に座っている彼のせいだろう。
背を向けて座ってるはずなのに女性達の目線がチラチラとそちらに向いている。ただ1回歩いただけで集まってしまう集客力にソファに座っていた女性はカラ笑いを浮かべていた。
「こっちは何かあったんじゃないかって心配したんだぞ」
「うん。ごめん。お陰様で何もありませんでした」
少しだけ不機嫌そうに眉を寄せる彼に隣にいたカップルの女性はそれすら格好いいな、と思っていたがいわれた当の本人は苦笑するしかない。どうやら彼が電話した日に彼女は途中で通話を切ってしまったらしい。
しかもその後連絡しても通話できず事件にでも巻き込まれたんじゃないかと心配していたというのだ。
それを盗み聞きしていた隣の席の女性は何て薄情な女だ、と彼の目の前に座る彼女を白けた目で見やったが、彼女はただ謝るしかなかった。
「…仁王と一緒にいたわけじゃなかったんだな」
「さすがにないよ。アイツ今東京だし。それに仁王の電話も出れなかったからラインが酷いことになったし」
見てみる?と呼び出した画面を彼に見せれば不快そうに顔をしかめ「ブロックした方がいいんじゃないか?」と助言してきた。
「そんなことしたら本気でストーカーになりそうだしなぁ」
「…警察に相談しようか?」
「ちょっアンタがいうとシャレにならないんだってば!……いやいやいや、友達に接近禁止命令出すとかありえないでしょうよ」
「なら俺からいっておこうか?に近づくなって」
「うわ、1番効果ありそうだけどっ…可哀想だからやめておくよ」
傍から聞けば警察に言うのが後では?と思うが彼女にとっては彼の方が怖い存在らしい。そんなまさか、と隣の席の女性は思ったが自分の彼氏が不機嫌そうにしてるので慌てて会話に戻った。
「じゃああの時何してたんだ?」
「え、あー…」
「外にいたんだろ?1人じゃないよな?」
隣のカップルが席を立つのを横目で見ながらは手元のグラスに視線を落とした。食べたかったケーキはもう完食していて残っているのはグラスに入っているアイスティーしかない。カランカラン、と氷をストローで掻き混ぜながらなんていおうか言いよどんだ。
去年の後半くらいから幸村の行動もちょいちょい不審なんだよなぁ。前までなら笑って…の以前にこいつに恋愛相談自体したことなかったけど。逆はあったけどね!!
あの時は、まぁ、なんというかあまり面白くなかったけど…。幸村も面白くないって思ってるっぽいんだよね…多分。
仁王ですらこんな感じだし他の男の名前を出そうものなら柳並に無言の圧力で私を圧死させてくるんじゃないだろうか。そしてこの現状を知ったら私の身の安否は保障されるのかかなり怪しい気がしては何とか誤魔化せないか目を泳がせた。
それがよくなかったのか見透かされたのか、目を細めた幸村は「俺にはいえなこと?」と不機嫌そうな声でを追い詰めてくる。怖いです、精市さん。
「や、そんなつもりはないよ」
「じゃあ隠す必要もないよな?」
「……実はさ、えと、あー…あの時あ」
「あれ、じゃん。ていうか幸村くんも!」
声がする方を見れば隣の席に座ろうとした亜子がトレイを持って立っていて達を見るなり声を上げた。大人になってから亜子と偶然巡り会うなんてなかったも驚きどうしたの?と声をかけた。
「丁度時間が空いたからここに入っておこうかと思ってさ」
「でも、亜子の職場の近くにも同じお店あるじゃん」
「そりゃそうなんだけど。もわかってるでしょ?新メニュー!」
「まあそれで私も来たんだけど」
「まったく、こんな女ばっかりのお店に連れてこられた幸村くんの気持ちも考えなさいよ?あれ、でも幸村くんって甘いの好きだったっけ?」
席に座って幸村のトレイを見た亜子はカラになってる皿を見て首を傾げた。学生時代チョコもプレゼントもカード以外横流ししてた幸村の現状を知っている亜子には不思議だったみたいだが別に甘いものが苦手というわけではない。
「ここのお店のケーキは美味しいからね。も押してたくらいだし……でも半分はに食べられたかな」
「え、ちょっと幸村!」
「〜。アンタ意地汚いわね!」
折角楽しみにしてたのに、としょんぼりする幸村に慌てると亜子は食い意地張りすぎ!と非難した。違うんだ亜子!私は一口っていったんだよ!
そしたら「仕方ないな」って一口じゃ微妙に入りきらない大きさで幸村がケーキをカットして寄越してきただけで…!美味しかったけどその分私も苛められました!
半分は言い掛りだよ!と反論したが亜子裁判官が下した決断は「食べたら有罪」だった。無慈悲だ。
「ていうか、さっきから真剣な顔して何話してたの?」
「ああ。それがこの前に電話しても連絡がつかなかったんだよ」
「…幸村くんって真田くん並に過保護?」
ケーキのお皿を自分の前に並べなおしながら亜子はふと思い出したように聞いてくると、幸村はさらっと答え、亜子もさらっと核心を突いた。まあ、傍から聞いたらそう思うよね。
でもどうでもいい時は幸村は追及しないんですよ。勘がいいというか洞察力がいいというか。
いわなかったらいわなかったで後が怖いしいった方がいいのでは?と内心悩んでいると「深夜に女性が外にいたら普通は心配するだろ?」と幸村が言い出し亜子がこちらを見てきた。
「…。深夜に何して……あー!」
話すべきか、と考えていたら何かに気づいたらしい亜子がいきなり声をあげ「あの日か!」と話をふってきた。
「あの日って?」
「実はあの日さ。彼氏とケンカしちゃってに愚痴を聞いてもらってたんだ」
「え、亜子…?!」
「電話で仲裁してもらったから、それで繋がらなかったんだと思う。ごめんね、幸村くん」
「いやいいよ。それで彼氏とは仲直りできたの?」
「勿論!あの時はご迷惑をおかけしました」
「あーいや………仲直りできてよかったよ」
亜ー子ー!!これ完璧嘘ついたことになったじゃん!!幸村がにこやかに「へぇ。そうだったんだ」とこっち見てるじゃん!!間違いなく疑ってるじゃん!!
余計な気を利かせた亜子は『グッジョブ!』と自画自賛して慣れた感じにウインクをしたがは冷や汗しか出なかった。これ、バレたら余計に怒られるパターンなんですけど…!!
「あ、こっちだよ!」
「やっとレジ終わったよ…って、ちゃん?」
ちょっとこれどうしてくれるの、と亜子をじと目で見ていれば、亜子の目の前のテーブルにもう1つトレイが乗った。やってきたのは以前同じクラスになったことがある山本さんで、久しぶりに見る彼女にも驚いた。
「あ、幸村くんも…。お久しぶり」
「やあ。こんにちは」
少し離れているとはいえ幸村の隣に座った山本さんは緊張した面持ちで挨拶している。大人になって化粧してまた随分可愛くなったなと思う。染まってる頬が余計にそう思わせるのかもしれない。
隣で平然な顔をして挨拶する幸村を見ながら、この話はもう無理だな、と思いは人知れず溜息を吐いたのだった。
腑に落ちるって日本語は厳密にはないってベ様がいってて使うか小一時間悩みました。
2016.01.19