□ 115a - In the case of him - □
週末はどこもかしこも少し浮き足立っている気がする。日が暮れればもっとこの辺りは人で賑わうのだろう。
その賑わう場所にある女性が2人歩いている。行きかう人々に紛れ楽しそうに話しながら歩いてる姿は仲のいい友達だとすぐにわかるだろう。
しかし、昨夜降った雨に足元を汚され片方の女性は酷く落胆していた。
「あー折角のおニューがーっ」
「後でお店入って拭くしかないんじゃない?」
慰めるように肩を叩く彼女に友達はがっくりと肩を落とし同意した。降ったといってもお昼前には殆どが乾いてしまったが日陰の場所は乾ききれず歩く度に人の足に泥を弾かせていた。
2人の女性もそれで汚してしまい、早々に拭ってしまおう、ということでお店へと急ぎ入っていった。
中に入ると定員が素早く現れ席へと通してくれた。新しい靴を綺麗にしてくるとトイレに去っていった彼女を見送ったはメニューを見ながらパスタもいいなーと思った。そういえば日替わりランチも美味しそうだったな、と思う。
「何か美味しそうなのあった?」
「おかえりー。これとかどうよ」
早々に戻ってきた亜子にメニューを渡すと「あー美味しそー!でも太りそー!」と悩みだす。
今日は宍戸くん家にお泊りする亜子と会っていた。彼との待ち合わせまで暇だから遊ぼうと呼び出されたのだ。
「んでさーチョタくんマジありえなくてさー」
「いつものことじゃない」
「そうだけどーそうなんだけどー」
注文をして話しだしたのはさっきまで話していたものだ。相変わらず亜子と鳳くんは宍戸くんを取り合ってる日々らしい。一応仲はいいんだけどそこに宍戸くんが入ると一気にヒートアップするのだ。
話も「亮くんがチョタくんと遊んだ」とか「私がいる時に必ずチョタくんから遊びのメールがくる」などだ。
ちなみにこの話はかれこれ数年聞いている。そして鳳くんに会うとこれと同じ話を逆バージョンで聞く羽目になる。
アンタ達考えてること同じなんだよねーと思ったが口にしようものなら烈火のごとく怒って否定されるので敢えて口にしない。それは1度だけで十分だ。
「そういや、も何か話したいことあるっていってたよね」
「…うん。実はさ、この前早百合に会ったんだよね」
「え、マジで?」
注文していたものが届き、暖かいカップを両手で挟んでほっこりしていた亜子は驚いたように目を見開くと、ずいっと顔を寄せ「どういうこと?」と誰が聞いてるわけでもないのに声を潜めてくる。それに促されこの前マンションで会ったことを包み隠さず喋った。
「跡部さんに会いに来たみたい。でも会えなくて指輪置いてった」
「指輪?!」
「跡部さんが付き合ってた頃につけてた指輪らしいよ」
早百合が言っていたことをそのまま亜子にいうと彼女は「うわ、」と嫌そうに眉を寄せ「気持ち悪い」と顔を歪めた。
「それ会いたいって意味じゃん。また付き合ってってそういうつもりじゃん!」
「やっぱりそう?」
「絶対そう!うあーマジか。まだ諦めてなかったのかー」
いい加減気づけよー。
顔を歪めたまま折角温まったのに寒そうに震える亜子にもぶるりと震えた。
「え、もしかして毎日来てるとか?」
「ううん。あれ以来見てないよ。ていっても、私もこっちに帰ってきちゃったからわからないけど」
「もし来てたらストーカーっぽいよね…あーでも超マジありえないんだけど。あんだけみんなに迷惑かけたのに元サヤに戻ろうとか都合良すぎなんだけど」
「亜子大変だったもんねー」
「マジでやばかったんだってば!あいつのせいで何度別れの危機に陥ったか…」
うんざりと顔色を悪くする亜子に同情の眼差しを送ったはこれでも頼みなよ、とデザートメニューを差し出した。が、それは太るからと拒否られた。
跡部さんと早百合が付き合いだしては更に足が遠のいたから亜子伝にしか知らないが、別れ間際の2人は相当な修羅場だったらしい。
跡部さんが日本と海外を行き来し始めた頃から折り合いが悪くなり、他校同士というのも拍車をかけたようで3年の夏辺りで別れたと聞いた。その前後で早百合が氷帝に行ったり忍足くん達に説得するようにお願いしたり色々頑張ってたらしいんだけど結局元に戻ることはなかった。
「早百合も色々大変だったんだけどさ。親離婚したり、亮くん達に相手してもらえなかったり、挙げ句の果てには跡部くんのファンクラブにシメられたり…」
「え、その話聞いてないんだけど」
親離婚してたの?!と驚けば「あーごめん。これ本人に口止めされてたんだ」と今更気付いた顔をした。そうか。だからあの後取り憑かれたように勉強熱心になって進学せずに就職したのか。思い浮かぶ背中にやっと納得した。
「跡部くんと別れた原因もあると思うよ?見返してやる!て早百合もいってたし」
「…やっぱ強いなー早百合。渡瀬さんもそういうとこ気に入ってたもんな」
「強過ぎても困りもんだと思うよ。覚えてる?最初に私が亮くんに別れ話された時の話」
「…う、うん。確かナイフ持ってきたんでしょ?」
今思い出してもゾッとする出来事には「いつ聞いてもへこむ話だね」と零した。
これは宍戸くんが亜子にいっただけで他のみんなからは一切聞けていない話なのだが、部活中に単身で乗り込んだ早百合がナイフを振り回し跡部さんを切りつけようとしたのだそうだ。
幸い、跡部さんも他の部員も怪我をした人はいなかったが、「別れるなら死んでやる!」と今度は自分にナイフを突きつけたらしい。
それも程なくしてやってきた守衛さんに取り押さえられ事なきを得たのだけどその時のコートは騒然としていたようだ。
それで宍戸くんが亜子と別れるというのも変な話だけど、それだけ彼にとってとてもショッキングなことだったのだろう。
「今考えてもさ、あんな早百合と付き合えとはいわないけど、別れる跡部くんも相当図太いよね」
「そうだねー」
「そう考えると大して早百合のこと好きじゃなかったんだろうなぁ」
「……」
「氷帝には峯岸さんとか渡瀬さんもいたし、化粧のせいもあるけど結構可愛い子多かったじゃん?早百合も可愛いかったけど見た目は埋もれる程度だったもん」
「…性格が好きだったんじゃないの?」
修羅場の時はともかく、一緒に遊んでた頃は大人びてしっかりした子だった。そう思い返していると「…まあ、悪くはないね。氷帝のお嬢様達よりは」と亜子も同意していた。
「つかさ。さっきから他人事だけどアンタ跡部くんと付き合い始めたんだよね?」
「えっ何で知ってんの?!」
何で文句の1つも出てこないわけ?と指摘する亜子には大いに驚いた。跡部さんと正式に付き合おう、という関係になったのはつい2、3日前だ。その間誰にも会ってないし話してもいない。
もしかして跡部さんが吹聴してるのか?と危惧すれば「随分前に跡部くんがに告ったって亮くんから聞いたのよ」と返され何だ、と胸を撫で下ろした。それは更に前の情報だわ。しかしそんなを見ていた亜子は目を剥くと「何で教えてくれなかったわけ?!」と前のめりに追求してきた。
「うちら友達じゃん!」
「あーいや、これには事情があって」
「事情〜?!どうせのことだから跡部くんと見合わないからこっそり付き合うべきだ〜なんて考えてたんでしょ?」
「うっ…」
亜子になら喋ってもいいかな、とは思ってたけどこっそり付き合うべきだ、と内心思っていただけに図星を突かれたような気分になって言いよどんでしまった。
「〜アンタ控えめ過ぎ。もっとアピールしなきゃ!」
「アピールって……その為に付き合ってるわけじゃないし」
跡部さんをステータスの1部みたいにいわれてるみたいで、なんとなくムッとすると亜子は苦笑して「違うから」と手を振った。
「そうじゃなくて、もっと堂々と付き合ってればいいのよ。もう学生でもないんだしさ」
「…そうはいっても、大人は大人で面倒じゃん」
パパラッチとか格差とかさ。一応付き合う、て決めたけどそういうところはやっぱり不安でポツリと零せば亜子も「気持ちはわかるけどね」と同意した。
「でもさ。何かの場合はもっと前に出ていいと思うんだ。だって折角跡部くんと付き合えたんだよ?嬉しいじゃん!」
「…うん、」
「あの跡部くんが前みたいににつきっきりで、しかも今度はデレデレした顔しながら遊ぶのかと思うと面白いじゃない?」
「そんな顔見れるとは思わないけど…」
というかちょっと怖い。デレデレ、というワードに忍足くんが出てきたからかもしれないけど、それでも鼻の下を伸ばす跡部さんが想像しづらくて眉を寄せれば「えー?時々見せてたよ!」と返され目を見開いた。マジでか。
「そんな跡部くんとが付き合うってさ。うちらも嬉しいし、何よりに幸せだなぁって笑ってほしいんだよね」
「亜子…」
「だからさ。もっと自信持って。隠れて付き合ってたら勿体ないよ」
だって跡部くんのことずっと想ってきたじゃん。お似合いだと思ってるよ。そういって微笑む亜子には不意打ちを食らった気分になり鼻がツンと痛くなって泣き出しそうだった。
******
待ち合わせた居酒屋に足早に入るとは店員に予約の名前を告げ席に通してもらった。
間仕切りの半個室にいたのはジローくんで手を振ってを呼ぶと広げられてるメニューを見てとりあえず飲み物を注文した。
それからお酒を飲みつつ食べたいものを注文していくとおもむろにジローくんが口を開いた。
「つーか、やっとって感じだよねーと跡部」
「お陰様で…」
「からの連絡、いつくるか今来るかずっとそわそわして待ってたんだぜ」
「それはそれは…ていうか、何でそんな待ち焦がれてるの」
まるでサンタクロースを待ってる子供みたいにニコニコと微笑むジローくんを見ては恥ずかしいようなこそばゆいような気持ちでいっぱいだ。亜子の件もあり、跡部さんと付き合ってるというのはジローくんにも伝わっていたらしい。報告の連絡をすれば早速飲みに誘われた。
「今日は飲み明かすぞー!!」と意気込み「かんぱーい!」と来たジョッキを景気良くぶつけてくる彼はかなりの上機嫌だ。
「ジローくんには色々お世話になったよね」
「ホントホント!でも感謝してほしいのはどっちかっていうと跡部だけどねー」
気づくの遅すぎ!と髭のように泡をつけて文句をいうジローくんには吹き出しながらも「私も大概だったけどね」と返せばまったくそのとおりだと返されちょっとショックだった。
「あ、そうだ。は知らないだろうからいうけど、跡部、と付き合ってるってメディアに公表する気は今のところないみたいだよ」
「おお、そうなの?」
枝豆を取れば心臓に悪いことをいうジローくんにビビリながらも頷いた。跡部さんなら公開処刑も仕方ないかもしれない、と思っていただけにありがたい。って今も普通に過ごせてるんだから大丈夫なんだと思うけど。
「の生活とか考えてくれてるんじゃん?」
「確かに、跡部さんと付き合うとその辺大変だもんね…」
「でも、俺らには普通に牽制の意味も込めて宣言してたけどね!……ホントホント。ぶふっ!何その顔!オモシレー!!」
「いや、普通に報告でいいじゃん」
「いやぁ?あの時の跡部の顔見たら絶対もそう思うって!なんかさ、俺凄いだろ!みたいな自信満々でいってきたからね!しかも"だから手を出すんじゃねーぞ"までいったし!本当だって!……ぶはっやめてよ笑わせないでって!」
「……」
「んでんで!最後に"ニヤッ"て笑ったんだよね〜!ああいう時の顔って跡部チョー!嬉しC時にするんだぜ!!」
、愛されてるー!と笑うジローくんには穴があったらそこに埋まりたい気持ちでいっぱいだった。何やってんの跡部さん!何でここにいないの跡部さん!!何で私ばっか羞恥プレイされなきゃなんないの?!
ニヤっていう顔ジローくんが真似したんだけどそれが格好いいんだけど異様に恥ずかしいと思ってしまうのは何ででしょうかね?!跡部さん助けて!!
「あーでも、そうなるとこうやって2人きりで飲むことも出来なくなんのかなー?」
「うーん。どうだろうね?」
「えーっわかってねーの?!跡部スッゲー嫉妬深いんだぜ?!」
「…いや、それは、なんとなく知ってる、かも」
「でしょー?!今日だって跡部が海外にいるから誘えたもんだし……あ、もしかして、跡部にいっちゃった?」
「あ、いってない」
「……」
「……」
「ま!なんとかなるか!!」
「…だねー」
後日、この件で跡部にねっちり搾られるとは露知らず、から笑いを浮かべた2人は次々と置かれた料理に箸をつけた。
「でも、そうだよなー。良く考えたら俺とが付き合ってたかもしんないのになぁ」
「ぶほっ…何、いきなり」
「だってそーじゃん?卒業して全然会えてなかったのにまさかの再会してさ。こうやって飲んだり遊んだりしてなんとなーくいい雰囲気にもなってたじゃん。俺達」
「(?なってた…かな?)う、うん」
「それをみすみす跡部に渡したのって何か勿体ないなーって思ってさ」
「そんな気ないくせに」
「え〜っあるよー!あるある!俺のこと好きだもん!」
「またまた。まぁ私もジローくんのこと好きだけどね」
「友達としてだろ?」
「そっちこそ友達としてでしょ?」
お互いに好きだと告白してぶはっと吹き出したは「なにこれ!」と笑った。
「ええ〜ちょっと笑わないでよ。俺結構真面目な感じだったのに」
「何言ってんの!そんな笑い堪えるような変な顔されたら誰だって笑うじゃん!」
むしろ笑わせる気満々だったじゃん!とつっこめば「だって、すぐ笑ってくれるC〜」とジローくんも笑った。
「つーか、俺がのこと好きになった時にはもう跡部のこと好きだったもんねー」
「えーやめてよ。それもう時効じゃん」
勘弁してください、と頭を下げれば「どうしよっかな〜」と考える素振りをしてくる。折角頭下げた意味がないじゃないか。というか、ジローくんのその告白毎回聞かされてるから真実味がだんだんなくなってきてるんだけど。ネタじゃないの?と聞きたくなるじゃないか。
「そういやまたこっちに戻ってくるんだっけ?」
「うん。といってもU-17の合宿所のお手伝いだけどね」
「えーそうなの?じゃあ頻繁には会えない感じ?」
「どうだろうね。人数にもよるだろうし」
「そっかー。合宿じゃ俺コーチに入れねーもんなー」
「そうなの?観月さんに相談してみたら?」
「え?!合宿の監督って観月なの?!」
ルドルフの?!と驚くジローくんに頷いて答えれば「マジでー?でも何かわかる気がするC−」とカラになった枝豆をぽいっと捨てた。
「じゃあちょっとは話できるかも。それでみんな集まったらおもしれーかもね!」
「そうなったら楽しいかもね」
うちらは、だけど。そんな話をしていたら跡部さんからメールが飛んできてジローくんに断りを入れ受信BOXを開いた。
「跡部、なんだって?」
「うん、と。そろそろ日本に帰るって」
「え、早くない?もう少しかかるとかいってなかったっけ?」
「いってたと思う。……もしかしてまた無理してるのかな?」
前も仕事を切り詰めて体調崩してた気がするんだけど…。思い出すクリスマス後の跡部さんのダウンっぷりに一抹の不安を抱いていれば「早いことにこしたことなくない?」とジローくん。
「何で?」
「だっての飯食えば元気になるだろうC」
「…そういうもんかな?」
確かに栄養あるもの食べた方が元気になりやすいだろうけど、そう返せばジローくんは「ブッブー!」と何故か腕でばってんを作られた。
「が作った飯がいいの!そんでと一緒に食べるのがいいんだって!」
「…ジローくんって案外ロマンチスト…?」
そういう思考って女子の特権だと思ってたよ、と零せば「男だってそういうの妄想するって!」と力強く返された。
「自分が好きで可愛い奥さんの手料理って男はたまんないと思うよ」
「おっ!!…くさんじゃないし」
何故そこで奥さん…!と動揺すればジローくんはしてやったりな顔でほくそえんだ。くそう。
2016.01.23