□ 116a - In the case of him - □
パチリと目が覚め、見慣れた天井をはボンヤリ眺めた。久しぶりに帰って来た自分の部屋(と言い切ってしまうのはちょっと気が引けるけど)の天井には帰ってきたんだなぁ、とぼんやり思った。
合宿はまだ始まっていないが前倒しで東京に戻ってきたのだ。もぞもぞと起きたはなんとなく落ち着かない雰囲気で布団から這い出し、カーテンを開ける。今日は快晴のようだ。東京の桜も粗方散ってしまったが青々しい木々が転々と見え、忙しく動く車の姿も見える。
それからふわふわとキッチンに行ったり顔を洗ったりしていたらテーブルに置いていた携帯がブルブルと震え着信を知らせてきた。
表示された名前を見るなり『あ、面倒かも』と思ったが無視するわけにもいかず散漫な動きで通話ボタンを押すと『起きたばかりか?』と呆れた口調で怒られた。
「起きたばかりだけど、でもまだ7時よ?」
『俺の起床は4時だ。も健康的になれるぞ』
「その健康法はおばあちゃんになるまでとっておくからいいです」
何が悲しくて休みの日にそんな早起きしなくちゃいけないんだよ。そう思ったが少し考え、「気が向いたらそうするよ」と言い換えた。それからU-17の話やお互いの家の話など他愛のなことを話していたらしっかり目が覚めてしまった。
通話を切り、ベッドから這い出たは伸びをするといつもの癖でテレビをつけた。その間にカーテンを開けるとニュースキャスターの慌てるような声が聞こえてくる。その声に引き寄せられるようにの視線もそちらに向いた。
『今入ってきた情報によりますと、海外から帰国した跡部景吾さんが空港で倒れ、救急搬送されたもようです』
「え…」
『詳しい情報は情報が入り次第、追ってお伝えします』
聞こえた跡部さんの名前と救急搬送には足元がふらつき、近くにあったソファをきつく掴んだ。
数分後、情報が入ったのかテレビのコメンテーターは心配といいながら色んな憶測を取り付けて大袈裟なことを言い触らしている。
心身的ストレス?脳梗塞?心臓病?この人達は何をいってるんだ。仕事に行く前の跡部さんは何もおかしなところはなかった。
いや違う。
ずっと前からその兆しはあったじゃないか。
その場で動けないまま、消したいのに消せないテレビを食い入るように見つめていると、狙ったかのように携帯がテーブルの上でブルブルと鳴り響く。その音にビクッと肩を揺らしたは怖々とした目で携帯を見つめた。
バタン、とタクシーのドアが閉まる前に走りだしたは、目の前の自動ドアが開くのもじれったく感じつつ中に入った。ここは都内でも有数な総合病院で、初めて入ったは大きなロビーでキョロキョロと辺りを見回した。
出入り口には大抵案内がついているものだが広いロビーではその案内すらわかりにくい。やっと病棟の案内を見つけ、エレベーターに向かうとそこには以前名刺をくれた佐々原さんが立っていて、を見つけるなり軽く会釈をしてくれた。
「急にお呼びだてして申し訳ありません」
「いえ。あの、跡部さんは」
「部屋でお待ちしております。私がご案内しましょう」
そう言うなり、彼は登りのエレベーターボタンを押し、ドアが開くとを乗せて階を押した。
「あの、容態は…」
「大丈夫ですよ。ですが私が言うよりも本人の口からお聞きした方が安心されるでしょう」
不安に耐えるように己の両手をぐっと握り佐々原さんを伺えば、彼は安心させるように微笑んだ。
エレベーターを出ると温い空気と独特な匂いがに纏わりつく。幸村のお見舞いの時にも嗅いだがあまり好きになれない匂いだ。そう思いながら佐々原さんについていくと1番奥の部屋で立ち止まり静かにノックをした。中から「入れ」という声が聞こえてきての心臓はぐんと早くなる。
先に入るようにと開けられたドアに恐る恐る足を踏み入れるとここはどこのホテルだ?と言わんばかりの個室があって思わず目を瞬かせた。木の優しい色と白で統一された病室には大きなテレビとソファ、洗面所があって、奥のドアもあるからあれはトイレなのかもしれない。
そんな部屋の中央奥には少し大きめなリクライニングベッドがあって座りやすいように立てられたベッドを背もたれに跡部さんがこっちを見ていた。
「よぉ、」
「"よぉ"じゃありませんよ社長。心配して来て下さったのに何で仕事をしているんですか。さっきまでやりたくないと駄々をこねていたのに」
「ばっ…!余計なこというんじゃねーよ!!」
後から中に入ってきた佐々原さんはドアを閉めるなりそう言って溜息を吐くと跡部さんが慌てたように噛み付いた。
見れば跡部さんの手元にはタブレットや書類が何枚もあって布団の上にはファイルがいくつもあった。そして彼の腕から透明なチューブが伸びていて点滴の袋が目に入る。それを見てサァッと血の気が引いた。
「佐々原。記者に見つかってねぇだろうな?」
「勿論です。この病院にいると気づいてる人間は少ないでしょうし、口止めできる面々にだけ話を通してますから気づかれても当分は大丈夫でしょう」
「ならいい。おい、いつまでそこにボウっとつったってんだよ」
2人のやり取りを見ていたら跡部さんがこっちを見てきたので、佐々原さんの視線もこっちに向いたがの顔を見て苦笑した。
「…何もこんな時にお呼びしなくても、もう少し回復なさってからの方がよろしかったのでは?」
「アーン?どうせ報道見ちまったんだろ?だったら今呼んでも後で呼んでも同じじゃねーか。それより」
こっちにこい、と点滴が繋がれてない方の手を差し伸ばしてくる跡部さんにはハッと我に返って出入り口に留まっていた足を動かしベッドの傍らまで近づいた。
「そこじゃねーよ、こっちだこっち。……なんだよお前、顔真っ青じゃねーか」
まだ遠いと手招きされ、手を掴まれたと思ったら跡部さんの隣にまで来てしまった。
俯いても見えてしまう顔色を見られ、眉を寄せたは「跡部さんだって似たようなもんじゃないですか」と小さく言い返した。
「…容態は、大丈夫なんですか?」
「ああ。大したことねぇよ。テレビは心筋梗塞とか脳梗塞とか俺のことを殺す勢いで大病を上げてるがただの過労だ」
「過労…?」
「今動かしてるプロジェクトの関係で忙しかったんだよ。そのツケがこれだっただけだ」
「……本当に…?」
「ああ。この点滴もただの栄養剤だ」
「それだけじゃありませんよ。どうしてもさんとゆっくりデートするまとまった時間が欲しいからといって前倒しで仕事をしていたのも原因の一つです」
「おまっ!それは言うなっていったじゃねぇか!」
「おっと、これは失礼しました」
つい口が滑ってしまいました。とベッドに広げた書類をまとめながら笑う佐々原さんに跡部さんは焦って怒ったが、言い訳しようと見たの顔に目を見開いた。
ボロボロと瞳から零れ落ちる涙は堰を切ったかのように流れ落ち、床や布団にシミを作っていく。片方の手は跡部さんに握られていたから空いてる方の手で涙を拭ったが止まる気配はなかった。
「だ、から、無理しないでって言ったじゃ、ない、ですか…っそんなことしてまで休み作られても、全然、嬉しくない…っ」
「……っ」
「ほら、私が言ったとおりじゃないですか。そんなことをしてもさんは喜ばれないと」
「…うっうっせーな。お前は黙ってろ」
つーか、いつまでいんだよ!!と睨んだ跡部さんに佐々原さんは肩を竦めて笑うとまとめたファイルらを整えテーブルの上に置いた。そしてそっとその場を離れ出て行く佐々原さんを見届けた跡部さんはの手を引っ張りベッドの端に座らせ視線を合わせた。
髪を梳きながら見つめる跡部さんにこれ以上泣き顔を見せたくなくて乱暴にこすると「ああ、やめろって」とその手を取られた。
「ニュースを見て…佐々原さんから、電話が来て…ずっと心配だったんです。も、もしかしたらデートだけじゃなくて、私の作ってる料理もいけなかったのかなって…」
「んなわけねーだろ」
「だって、私…ちゃんと、計算してたつもり…だったけど、跡部さんに合ってないものを出してたのかなって…もし跡部さんに何かあったら、試験受かっても意味ないって、思って…っ」
自分のは食べたいものを中心に考えがちだったが、跡部さんに食べてもらおうと思ったらそんな手抜きはできなくて。
完全じゃないにしろとりあえず本で調べたり興味ありそうな料理で計算したりノートを埋め尽くす勢いで書き込んでいたのだけどそれももしかしたら間違いだったんじゃ?そう思ったら寒気どころか手足が震えて。
今も冷たく震える手をぎゅっと握り締めると跡部さんは包み込むようにその手を握り締めた。
「何でそんな風に考えちまうんだよ。この俺様がお前の飯を残したことがあるか?」
「…ううん…」
「この俺を見ろよ。多少なり疲れてるところはあるが見た目は変わんねぇだろ?」
お前の中の跡部景吾と何ら変わりねぇだろ?と口元をつり上げる跡部さんに静かに頷けば彼はの頭を撫で「大丈夫だ」ともう一度優しく微笑んだ。その顔を見たらやっと安心できてまた涙が零れた。
「…よかった…無事で…倒れたって聞いて、頭の中が真っ白になっちゃって……跡部さんに何かあったら…私、どうしたらいいか……っ」
「……っ」
「無事で、本当によかった…っ」
安心して嬉しくて笑いたいのに上手く笑えなかったは涙と一緒に手で顔を覆って隠した。跡部さんの前で泣き癖がついてしまったのか涙が全然止まらない。
何度拭っても広がるだけの水にくぐもった声を漏らすと背中に温かみを感じ、そして包まれた。顔を上げれば瞳潤ませた跡部さんがを愛しそうに見つめ微笑んでいる。
「心配かけて悪かったな」
頬に張り付いた髪を耳にかけ、首に手を当てると、跡部さんは額に顔を近づけ、それから両頬に、鼻先に、そして唇に口づけた。触れるだけのキスにもどかしい気持ちになって跡部さんを見つめると今度は食むようにキスをしてくる。
「お前のせいじゃねーよ。デートも俺がしたかったからだし、やったことに後悔はしてねぇ」
「……」
「少しでもお前と一緒にいれるんだ。それでぶっ倒れるなら本望だ」
「…何言ってるんですか」
ダメですよ、とニヤリと笑った彼を見て小さく吹き出すと、跡部さんは嬉しそうに微笑みもう一度キスをした。そのキスは段々と深くなり、差し込まれた舌にも舌を伸ばすと跡部さんはピクリと反応して薄く瞼を開いた。
彼の視線の先には目を閉じ一生懸命応えてるがいて、少し動揺したように瞳を揺らしたが赤く濡れた頬を見てまた瞼を閉じるとより一層抱きしめる腕を強くした。
息苦しさに胸を押して離れたが唇の先はつけられたまま目を開けると跡部さんと目が合いまた深くキスをする。
ここが病院で、跡部さんが病人ということも佐々原さんが出て行ったかどうかもわからないままキスに夢中になっていると、やんわりと胸を触られ、その手がコートのボタンに手をかけると思い出したかのように「あ、」と声を漏らした。
「…どうした?」
「私、その、急いでて…ちゃんと着替えてなくて…」
電話をもらって慌てて出てきたから髪もろくに梳かしてないし、下は穿き替えたけど上は部屋着のままで。しかも下着もつけてないとかとても恥ずかしい格好で。
履いてきた靴もちぐはぐというのを今更気がつきながら跡部さんにもごもごと消え入りそうな声で白状するとぎゅうっとキツめの抱擁を受けた。
「…可愛いな、お前」
「……っ」
「…、」
呼ばれるままに顔を上げれば赤らんだ頬の跡部さんが欲を孕んだ瞳で見つめている。無言のまま瞼を閉じれば頬にさっきよりも熱い手がの頬を覆った。ちゅ、ちゅ、と額や頬に受けるキスは蕩ける程優しくてはそれだけで心臓が壊れてしまいそうだった。
ハァ、と浅くなった呼吸を吐き出せば唇が重ねられ熱を分かち合うように舌を絡めた。頬から降りた跡部さんの手はを抱えると、ベッドに靴を脱がせないまま自分の足の間に座らせ、キスをしたまま器用にコートのボタンを外していく。
その状況を他人事のように考えていると不意にお腹の辺りに温かさを感じピクリと反応した。
直接肌を撫でられる感触に反応したが不快には感じなかった。
拒絶しないに手はどんどん服の中を潜っていく。そうして辿りついた先を撫でたり包み込むように触られ、思わず声が漏れた。
「……大丈夫だ。ここは俺達だけだし、検診も当分こねーよ」
不安そうに見たのが伝わったのか彼は安心させるように微笑み頬にキスを落とす。そこでやっと安心したのか張り詰めていたらしい肩の力が抜け跡部さんに寄りかかるように抱きしめた。
無事で本当によかった、と彼の体温を噛み締めていればまたキスをされ、今度はさっきよりも激しく唇を貪られた。それがなんだかとても嬉しくても返すようにキスをすると「…っ」と切なげに名を呼ばれベッドに押し倒された。
唇を貪り、耳を愛撫され堪らず声が漏れ、その声が恥ずかしくて手で口を覆った。しかし跡部さんはそれが気にくわないみたいで口を隠した手をとると指を絡めるようにベッドに縫いつけ晒された首筋に顔を埋めた。
「跡部、さん…っ」
時折強く吸われる刺激に頭がチカチカして、身体が熱くなる。吐く吐息すら熱を帯びてるように思えて彼に触れられてる部分から溶けてしまうんじゃないだろうか?と思った。
立てられていたリクライニングはいつの間にか普通のベッドになっていて、脱がされたコートも今はどこにあるかわからない。たくし上げられた服のせいで少し肌寒いが跡部さんに触れられてる箇所だけは熱くて心地よくて甘ったるい声が漏れてしまう。
自分じゃないような声色にまだ少し戸惑いはあるが、魔法のような手を持つ彼にかかればのささやかな抵抗など意図も簡単に解かれ、彼の前で全部曝け出されてしまうらしい。
雨のような口づけがゆっくりと降りていき、その刺激に堪らず跡部さんの手を掴むと、ぬるりと生温いものに触れた。
「…あ、っ?!あ、跡部さん…う、腕!血が…っ」
見れば自分の手の平に血がついていて、視線を下げれば彼の腕から血が流れていてぎょっとした。
の声に顔を上げた跡部さんは私の表情を見て「ああ、」と声を漏らすと「点滴とったからだろ」とさも当たり前のように答えた。
「点滴をとったって…!む、無理矢理とったんですか?!」
「別にすぐ止まるだろ。このくらいの血で死んだりしねーよ」
「だからって…っ抜いたら…だ、ダメ、ですよ…っ!」
ベッドの端を見れば無残に抜かれた点滴が血の色に混じってシーツにシミを作っていて、は一気に顔色を悪くすると跡部さんをはね退けベッドから逃げ出した。いいじゃないか、じゃないですってば!腰に絡みつかないでください!!ベッドが余計汚れるじゃないですか!!
テッシュを何枚かとって跡部さんの腕に押し付け心臓より高く持ち上げると佐々原さんを呼ぶかナースコールを押すかで迷った。
「……。むしろこのまま放置される方が健康に悪いと思わねぇか?」
「思いません!」
恨みがましく不貞腐れた目で見てくる王様を一蹴すると、彼は反抗するようにお尻を触ってきたので「ダメ!」と叩き落とし、ナースコールを押したのだった。
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血みどろのシーツを取り替えてもらい、点滴もし直してもらった跡部さんは最初とても不機嫌でどうしたらいいのか佐々原さんと一緒に微妙な顔になったが、彼の隣に座り手を繋ぎ寄り添えばその不機嫌も急激に治っていった。
それでいいのか跡部さん、と思わなくもなかったがあえて放っておいた。
だって間違いなく悪戯っ子な目になった跡部さんがこっちに矛先を向けてくるだろうし。
看護婦さんが来てる間、部屋付きのトイレに逃げ込んだは(これまた広くて驚いた)自分の身なりを整えていたのだが予想以上の顔色の悪さと寝癖が付いてる髪に愕然とした。こ、こんな顔で外に出てたなんて…っと思ったのは言うまでもない。
帰りも帰りで佐々原さんに送ってもらうという恐れ多いことになりそれでも萎縮してしまった。
「あの、今日は色々すみませんでした…」
「?……ああ、とんでもない。久しぶりにはしゃぐ社長が見れて面白かったですよ」
「(はしゃぐ…)」
「こちらこそ申し訳ありませんでした」
「え?」
「体調管理も含めスケジュールを組むのが私の仕事です。まだ社長の秘書になって日が浅いとはいえ、彼の言葉を過信して仕事を詰めてしまったことに深く反省しています」
「……仕方ないですよ。跡部さんがこうするっていったら本当にそうなると思える強さがありますから」
「……」
「でも、跡部さんも同じ"人"なんですよね…」
伝わってきた心音はと同じくらい早くて、あんな状態でも自分に会いたいと最初に呼んでくれたことが思った以上に嬉しくて。愛しくなって。
私でも跡部さんの助けになれるのかもしれないって思ったら、身体が想像以上にぽかぽかして。病室にいる間気持ち悪いほどずっとニコニコしていた気がする。
跡部さんは大抵のことは1人でこなしてしまうし、その方が彼のストレスにならないんだろうなと思ってた。に優しくしてくれることも、あくまで守るべき"女性"というカテゴリの中にいただけで、それ以上もそれ以下もないと思っていた。
彼の告白も本当は学生時代とさして変わらない、離れればあっさり切れてしまう程度のものなんじゃないかって不安になってる自分もいたんだ。
でも今日は、その全てのマイナスイメージが払拭されるほどは満たされて、跡部さんのことが『ああ、好きだなぁ』と心の奥底から思えたのだ。
自分に頼られる価値があるんだと彼に認めてもらえたみたいで、初めて跡部さんと対等に話せた気がしたのだ。
「あ、佐々原さん」
マンションの前まで送ってもらい、ドアを開けたは同じように外に出た彼を見て「私が言うのもなんですけど、」と出だしにつけて「跡部さんのことよろしくお願いします」とお願いした。
「もうあんな無茶はしないと思いますが、誰かが止めてくれないとまた根を詰めちゃうと思うので」
「…わかりました」
「佐々原さんは日が浅いって言ってましたけど、でも跡部さんは十分あなたを信頼してますよ」
「……」
「信頼してなかったらあんな風に怒ったり言い返したりしないので」
氷帝テニス部にいた頃となんら変わらない空気で話してる彼を見て思ったままを口にすれば佐々原さんは驚いたように見てくる。その顔が何言ってんだこいつ?と言ってる気がしたは「あー、私がいわなくてもいい話ですよね」と頭を掻いた。
笑える話、私は今の今迄、跡部さんはどこかの星からやってきたヒーローで、格差がどうのこうのと自分とは何もかも違う人間だと思っていたのだ。勿論何もかも違うんだけど全部じゃなくて、が共感できることもそれなりにたくさんあるのを少しずつ理解してて。
それがあの隣同士の生活なのかと思ったら学生時代の辛い記憶もそれはそれでいいのかな、と思えたりもして。
遠い存在だった跡部さんが自分の隣に来てくれたような…ううん、自意識過剰かもしれないけど自分がやっと初めて跡部さんと同じ目線で話せるようになった気がして、改めて『ああ、私、跡部さんが好きなんだなぁ』と思ったのだ。
多分それのせいで、どう考えてもお門違いで部外者な人間なのに佐々原さんに進言してしまったんだと思う。気が大きくなってるなぁ、とは苦笑した。
「…いえ、ありがとうございます。しっかりと心に留めておきます」
「え、あ…はい」
メガネのブリッジを上げてこちらを再び見た佐々原さんは綺麗な顔でふわりと微笑むと「社長をよろしくお願いします」と切り返してきた。
それに面食らったは先程のことを思いだし頬を赤く染めると「人並みに頑張ります」とはにかんだ。
荒ぶるべ様。
2016.01.23