You know what?




□ 119a - In the case of him - □




洗濯日和、もとい引越し日和と言わんばかりに晴れ渡った青空の下、達は大きな荷物を抱えて道路を歩いていた。

借りたアパートは駅近くだったがそれでも大きな荷物を抱えているとそれなりに道のりが遠く感じる。要するに荷物が重いのだ。
隣では重い荷物とは無縁そうな柳生くんそっくりな紳士がうんざり気味に歩いている。

「織田くん、あともう少しだから頑張って!」
「…さん。せめて宅配を使うとか考えなかったんですか…?」

いくらものがなかったとはいえ、全部手持ちとかありえませんよ。そう嘆く彼に「宅配代が勿体ないじゃない!」と笑顔でいえばなんとも恨みがましい顔で見られた。
「後で飲み物奢ってあげるから!」といえば「おにぎりもつけてください」と注文されは笑いながらも承諾した。


そんなこんなで辿りついたアパートは閑静な住宅街の中にあって近くには公園もある住み心地のよさそうな場所だ。物件自体は弦一郎にもちゃんと確認してもらったから後で怒られる心配もない。

2階に上がり、芥子色の熊のキーホルダーがついた鍵を取り出したは鍵を開けて中に入ると綺麗なフローリングが窓から差し込む光に照らされて綺麗に光っている。靴を脱いで中に入ると織田くんも荷物を抱えて中に入り、荷物を降ろすと「ふぅ」と息を吐いた。

「…広いですね」
「まだ何もないからね」
「今日は何が届くんですか?」
「とりあえず布団かな。あとは追々揃えていく予定」
「…少し不安になるプランですね」

1LKの広い部屋に荷物を端に寄せ足を伸ばして座れば織田くんは胡座をかいて座った。あ、正座じゃないんだ。
買っておいたペットボトルのお茶を手渡し、2人で飲んでいるとさわさわと木々が揺れる音と、小さな子供達の遊んでる声が聞こえて来る。

「長閑だねー」
「プ。おばあさんみたいなセリフですね」
「おだまり」

ほやっとした気持ちで零したらそんなことを言われ織田くんをじと目で睨んだ。それからゴロン、と床に寝転がり真っ白い天井を見上げると「はしたないですよ」と怒られ足を閉じさせられた。ジーンズなんだから許してほしいです、隊長。



「今日はありがとうね。マジ助かった」
「いえ、暇でしたから」
「織田くんって面白いよねー。同じ職場だし実は住んでるとこ近いとかいうし。何かストーキングされてる気分」
「…ストーカーだったらどうします?」
「どうしましょう?」

クスクス笑う織田くんに合わせて返せば布が擦れる音が聞こえ、視線を下げればすぐ目の前に織田くんがいて、を見下ろしてくる。


「ストーカーだったら、今のこの状況はかなりのチャンスですよね?」
「ストーカーだったら、通報しなきゃいけないね」
「……」
「……」

お互いにっこり笑いながら、でも傍目から見たら今にもキスするんじゃないかという体勢だったが、先に折れたのは織田くんの方だった。
覆い被さっていた身体を起こすと「…図太くなりおって。つまらんのぅ」と小さく呟いたがの耳には言葉までは届かなかった。

「何か言った?」
「…いいえ。なんにも」


日が傾き、そろそろ帰りますという織田くんを見送ろうと玄関まで行くと「見送りはここまでで結構です」と先に断られた。折角駅まで送ろうと思ってたのに。

「帰り道で迷子になったり誰かに襲われても困りますから」
「この辺そんな治安悪くなよ?…迷子は否めないけど」
「明るい時間に道を覚えて早く生活に慣れてくださいね」

まるで親か兄弟のように心配してくる言葉に吹き出すように笑うと「わかったよ」と頷き織田くんもふわりと微笑んだ。



「あ、」
「…何ですか?」
「うん、なんていうか、こういうの懐かしいなって思って」
「…懐かしい?」
「うん」

出ていこうと背を向けドアに手をかけた彼に声をかければ律儀にも織田くんが振り返ってくれて。その顔を見たらなんだか嬉しくなって笑みを深くした。

「織田くんってあいつに似てるんだよね。見た目は違うんだけど。ああでもこの格好もよくしてたっけ」
「……何の話ですか?」

首を傾げる織田くんには1人で可笑しくなって鼻の頭を掻くと「私の大切な仲間に似てるんだ」と答えた。


「仲間、ですか?…友人ではなくて?」
「友達っていうとあんましっくりこないんだけど…どっちかっていうと仲間。一緒に戦ってきた戦友、がまだ近いかも」
「戦友、ですか」

織田くんの言葉に頷くと彼は「そうですか」と反射したメガネのまま微笑み、の頭を優しく撫でた。
その撫で方にふと感じるものがあったけど、織田くんとは繋がらなくて目を瞬かせれば彼は可笑しそうに笑って「また何かあったら呼んでください」とドアを開けた。


「織田くん、ありがとう」
「いえ、大したことじゃありませんよ」
「本当にありがとう」

織田くんを見送り家に入った後も何となく撫でられた場所が気になって自分で髪を撫で付けていると携帯が震えだし視線をそちらにやった。

「ああああ、」

携帯は大きなスポーツバッグの上に置いていたのだがチャックが開いていて、震えた携帯がその中に入っていってしまった。それをなんとか回収して通話ボタンを押すと『今大丈夫?』と落ち着く声が耳に届く。



「うん、大丈夫。そっちは?仕事終わったの?」
『ああ。さっき終わった。そっちは引越しだったんだろ?手伝わなくて本当に大丈夫だった?』
「うん。友達に手伝ってもらったから。あとは布団が届くのを待つだけ…あ、今来たっぽい」

カンカン、と階段を上がる音に「ちょっと待ってて」と肩に携帯を挟みながら印鑑を探そうとバッグに手を突っ込むと探し当てる前にインターホンを押されてしまった。仕方なくドアを開けて持ってきた布団を入れてもらい、サインを書くとドアを閉めて「お待たせ」と携帯を持ち直した。

『布団買ったんだ』
「そうそう。全然何もないからさ。これがないとコート着込んで寝るしかないし」
『今からそっち行こうか?』
「いやいやいや。大丈夫、布団来たから」
『じゃあ俺が温めてあげるよ』
「いらねーし!冬じゃねーし!!」
『あはは。そんな照れるなよ』


やめい!と怒れば幸村はまた楽しそうに笑うので、何とも言えない顔で黙るしかなかった。
付き合う前はここまでからかったりしなかったのに。どこでどう間違ったんだ?…付き合ってからかな…。そんな自問自答してると幸村がを呼び、我に返った。

『今日は諦めるけど、近いうちに遊びに行かせてよ。引越し祝いに何か買ってやりたいし』
「マジでか。じゃあ洗濯機か冷蔵庫かテレビお願いします」
『…何でそんな大きなものばっか残ってんだよ。ていうかそれなくて生活できるわけ?』
「…後で弦ちゃんにお願いして借金で買う予定です」
『まったく…わかったよ。どれか欲しいの1つ買ってやるから、一緒にお店に見に行こう』
「ありがとうございます!幸村様!!」
『お礼はの手料理と一晩泊めてくれたらいいよ』
「…………はい」

やった!と食いついたが交換条件に出された内容に声が尻すぼみになった。どこかでもう一式布団を調達しないと並んで寝ることになりそうだ。


『…今、一緒に寝てる姿想像しただろ?』
「し、してないよ!!」

ニヤニヤとした声が電話越しに伝わってきて叫ぶように言い返せば幸村は笑って『俺は想像したけどな』と明け透けにそんなことをいってくる。お、おまっ…!と顔を赤くすれば更に幸村に笑われた。

どうせお子様ですよ!つか、不意打ちでそんなこと言われなければこっちだって動揺なんかしないっての!!



『でも会いたいのは本当だから。これからは頻繁に電話かけてもいいか?……の声、聞きたいし』
「……うん」
『………』
「……あのさ、幸村」
『ん?』
「あの時はごめんね」

いきなり謝るに幸村もついてこれないのか『ん?何の話?』とにこやかに返してくる。本当はきっとそんな風に笑ってもらえる資格なんて私にはないんだろうけど。

「うちらが付き合ってた時、私幸村にいっぱい酷いことしてたなって思ってさ」

早百合と話して凄く怒りとか悲しみとかの感情がグルグルと回ったけど、その時にふと思い出したのだ。跡部さんと早百合が付き合っていた頃も私はずっと2人を見て嫉妬していた。
時間差があるとはいえ跡部さんと早百合が別れた高校3年の夏までずっと気にしながら生きていた。彼らが別れて初めて私は幸村と付き合っているという事実を実感し噛み締めたのだ。

私はずっと幸村と付き合いながらもその時になるまで別の方向を見ていたのだ。


「ありがとう幸村。こんな私をずっと好きでいてくれて」


初めて気づいた時は死にたいくらい苦しかった。こんな自分自分を殺してほしいと思った。でもできなかった。

「気づけなくてごめんね」
『…いいよ。が幸せなら俺も嬉しいから』


優しく響く幸村の声にも合わせるように落ち着いた声で頷けば彼も微笑んだ気がした。
それから少し会話をして電話を切ったは携帯を持ったまま床に寝転んだ。手足には印鑑を漁った時に出した日用品等がぶつかっては散乱していく。

片付けなきゃな、と思いながら身体を反転し手の中にある携帯を見ると幸村からLINEがきていて、頑張れよ、という言葉と一緒に可愛い動物のスタンプが押されていた。

それを見ながらクスクス笑ってお返しのスタンプを押すと変な顔のスタンプが返ってきて思わず笑ってしまった。幸村のチョイス面白いんだけど!ギャップがおかしい!と足をばたつかせればピンポンとドアホンが押された。



誰だろう?と思いながら立ち上がったは足に当たったケースを拾い上げ、近くのキャリーバッグの上に置くと「はーい、」と何の気なしにドアを開けた。
普段ならドア穴から確認するのに、幸村と話して浮ついていたのか、てっきり来もしない宅配を考えてしまったのか。どちらにしろ何の構えもなくドアを開けてしまったことに酷く後悔することになる。

「実家に帰ったんじゃなかったのか?アーン?」
「………今日、退院だったんですか?」

ドアの向こうに立っていたのはこれまた不機嫌を絵に書いたような眉間にシワを寄せている跡部さんで、を睨みつけるなり「ここがテメェ実家か?」とドスがきいた声で中に足を踏み入れてくる。
まさか無理矢理入ってくると思ってなかったは思わず足を引いてしまったが狭い玄関に踵をぶつけてそのまま尻餅をついてしまった。


バタンと閉められたドアと冷たい視線で見下ろしてくる跡部さんにはヒヤリとしたものが流れ落ちる。圧迫するようなプレッシャーに押し黙っていると跡部さんはポケットから何かを取り出すと「何だよ、これは」といってフローリングに叩きつけた。

手元に落ちたのはクシャクシャに丸め込まれた便箋で自分が書いたものだとすぐにわかり目を見開いた。背中には嫌な汗が伝う。けれど、ここで引くわけにはいかない。そう思ったはゆっくり深呼吸をすると「何って、お別れの挨拶ですよ」と淡々と返した。


「俺は別れるつもりはねぇ」
「つもりがなくても元々あそこに長くいるつもりはありませんでしたよ。それに私がどこに住もうとどうだっていいじゃないですか」
「よくねぇよ。仮にそうだとしても俺は承諾してねぇしする気もねぇ」
「…っ……」

別れるつもりはない、と言われ肩が揺れたがはサンダルを脱ぐと手足に力を入れて立ち上がった。それでも跡部さんの視線よりは下だけどまだマシな距離だ。


「最初から引っ越すつもりだったんです。ちゃんと自立して働きたかったし、いつまでも榊さんや跡部さんに迷惑かけたくなかったし」
「…だからそれは、」
「それに、やっと気づいたんです」

跡部さんの言葉に被せるように発し、自分の手を掴むとギュッと握り締めた。



「私、高校の時幸村と付き合ってたんですけど、卒業式でフラれちゃって…ずっとどうして嫌われたんだろって思ってました。別れを切り出されるまでそんな素振り全然なかったから余計に…。
でも、今思えば、私はずっと幸村と付き合っていながら幸村のことをちゃんと見てなかったんだって気づいて…それが彼にもバレてて、だから別れたんだってわかったんです」
「……」
「だから、今度こそちゃんと幸村と向き合って、彼の気持ちに応えたいんです」

幸村にとってあの頃の自分はそれはもう酷かったと思う。私はずっと早百合に嫉妬していたんだ。同じ他校で自分よりも後に知り合ったのに跡部さんに受け入れてもらえて付き合えて。私が欲しかったものを全部目の前から持って行ってしまった。

それが悔しくて、悲しくて、嫉妬に拍車をかけたんだと思う。そのせいで幸村をたくさん傷つけたことだろう。あれだけテニスに忙しかったのにちゃんと2人の時間を作ってくれてデートもしてくれてドキドキしたり幸せな気分にしてくれたのに、自分はなにひとつ返せてなかった。


そう思ったら心が擦り切れそうなくらい痛くて。
それでもまだ私を好きでいてくれたことが本当に嬉しくて。
だから今度こそちゃんと向き合いたいって思ったんだ。

お腹に力を入れて視線を跡部さんに合わせると射抜くような瞳に一瞬怯んだが、グッと歯を噛み締め見返した。


「だから、跡部さんとはお付き合いできません。ごめんなさい」

深々と頭を下げ言い切ると、はやっといえた、と思った。

近々退院できるとは聞いていたけど日にちは引越しのこともあってうやむやにしか聞いてなかった。休んだ分の仕事が大量に残ってると跡部さん本人が嘆いていたから、きっと仕事漬けになって自分のことは学生のあの頃みたいに放置か後回しになるだろうって思ってた。

正直こんなに早くやってくるとは思ってなかったけど、でも遅かれ早かれちゃんと言わなきゃいけないと思っていたから今がいい機会なのかもしれない。
そう考えていると跡部さんの足が土足のまま部屋に入ってきたのでギョッとして顔を上げた。顔を上げて後悔した。



今跡部さんの顔は怒りに満ちていてはゾクリと震えた。あまりの怖さに咄嗟に身を引いて逃げたが跡部さんに手を取られてしまった。

「痛っ!」

掴まれた手首は折れるんじゃないかっていうくらいの握力で捕まれ思わず顔をしかめる。しかしそれ以上に恐ろしくて必死に後ろに逃げていれば近くにあったキャリーバッグに当たり、それが倒れた。
カシャン!という音にさっき拾い上げたケースも落ちたのだろう。落ちた拍子に蓋が開いて中身が零れ落ちた。

「やめっ…離して!!」
「…ったら」
「っ…?」
「だったら、俺はどうすればいいんだよ」

ギリギリと逃がさんと言わんばかりに掴んでくる跡部さんの手に涙が滲んで引っ張ったが、とても振り払えそうになかった。それでも放してほしいと引っ張り続けると今にも怒鳴りつけそうな表情とは裏腹な、泣きそうな弱々しい声には動きを止めた。

恐る恐る、顔を上げれば表情は怒っているけどアイスブルーの瞳は動揺してるようにゆらゆら揺れていた。


「お前を好きだと思ってる、俺の気持ちはどうすればいいんだよ…っ」
「……っ」


ギリっと締め上げるように掴む手は痛いけれど、どこか縋るように必死になって掴んでるように見えた。そう思ってしまった瞬間、ドクンと心臓が跳ねたがは唇を噛んで無理矢理視線を逸らした。

ドクドクと早い心臓に眉を寄せ、浅く深呼吸をしてギュッと目を閉じる。そして再び瞼を開いて顔を上げた。



「跡部さんには沢山候補がいるじゃないですか……早百合にだって、連絡したんでしょ?」

あの時跡部さんちのドアに挟まれた封筒を本当は盗んでしまおうかと思った。折角一緒にいれるようになったのにまた邪魔するつもりなの?って。でも引っ張り出そうと思ったら指輪が引っかかって取り出せなくて、そのまま中に落としてしまった。

そうなったらもう取り出せなくて諦めてしまったけど、跡部さんはちゃんと読んで連絡したんだろう。だから病院でも会ってたんだろう。


「幸村には多分、私しかいないんです…」


ぽとりと零した言葉と一緒に沈黙が降りた。掴まれてる手首もゆっくりと離され、だらりと落ちた。
ズキズキと痛いくらいの心音に眉を寄せたは視線を足元に落とした。



これできっと終わる。
終わりだ。


そう思った。









「…っ?」

おもむろに動いた跡部さんの足を視線で追うと彼は床にしゃがみこみあるものを拾い上げた。
それはキラリと蛍光灯に反射しては息を呑む。彼の近くにはひしゃげてしまったケースと光り輝くネックレスが無造作に転がっていてはバッとそれを隠すようにしゃがみこんだ。


「お前、これって…」
「っ…それ、返してください!」

ケースと零れたネックレスを引っつかみ後ろに隠したは跡部さんが持ってるイヤリングに手を伸ばしそれをもぎ取ろうとした。しかしそれは空を切って更に伸ばして掴んだが、掴んだの彼の手でイヤリングではなかった。


何でこんなもの見つけるんだ、と唇を噛み、跡部さんを見ると驚き見つめてくる瞳とかちあい、その近さに視線を逸らした。気がつけば自分は跡部さんを押し倒すように伸し掛っていて、その体勢に慌てて身を離した。

「それは…っ売ったらお金になると思って…っ別に取っておいたとかじゃなくて。あ、跡部さんにはなんの足しにもならない、どうでもいいものじゃないですか!それ、返してください!!」
「…そんなに、大事なものなのか?」
「っ?!ち、違います!売ろうと思ってたっていったじゃないですか!」
「けど、まだ売ってねぇ。それに売る気もねぇんだろ?」
「…っ」
「どうせ売ったところでこんな古くて小さなやつじゃ大した金になんねぇよ……けど、お前にとっては大事なものなんだろ?」
「ち、ちが…っ違う…」
、」


気持ち悪くなるくらい頭を振って否定したが、跡部さんに呼ばれビクッと肩が揺れた。乱れた髪の隙間から彼を伺えば、手が伸びてきて思わずギュッと目を瞑った。
額に触れる指先が髪の毛を梳いて、再び目を開けるとアイスブルーの瞳と目があった。髪を梳いた手はの手を取るとその手の平にイヤリングを落とした。


「…お前、あの頃からずっと、俺のことを想っていたのか…?」

言い当てられたことにカァッと頭と顔が熱くなる。そんなこと、知る必要なかったのに。
隠していたことがバレてしまったかのような居た堪れない気分に頭を振った。



「ううん。違う。違うの。私はただ、恋に恋してただけで…だから別に跡部さんのこと、本気で好きじゃなかったんです。でなきゃ幸村と付き合わなかったし…。多分…ううん。きっと今もそう」
「……」

「跡部さんだって、そうでしょ?」


あの頃と一緒じゃないですか。他の人は知らないが跡部さんはに恋愛感情なんか殆ど抱いてなかった。ただ反応が面白いから、からかってそれらしい言葉で遊んでただけで飽きればすんなり離れられるようなそんな希薄な関係で。
早百合に言われて、また突きつけられて痛くて仕方なかった。ずっと見ないようにしてた気持ちだったから余計に。


「峯岸さんのことだってリョーマくんや忍足くんの言葉鵜呑みにしちゃうほど跡部さんのこと全然わかってなくて。ていうか、跡部さんなら子供いてもおかしくないかも、とか。ああ私ってやっぱそれだけの人間なんだなぁってへこんだりもして……はは、一人相撲もいいとこ」
「……」
「跡部さんの子供じゃないってわかった後も、峯岸さんのことはずっと大切に想ってるんだなぁって知って、なんか自分がとても惨めでちっぽけに思えてきて…そんなことを考えてる私って大人になっても上っ面でしか恋愛できなかったんだなぁってしみじみ思って」
「……」
「ああ、私って本当バカなんだなぁって改めてわかったら、跡部さんとつきあえる気が全然しなくなっちゃっちゃったんですよね。はは、」
「……、」
「ごめんなさい。私、跡部さんのこと全然わかってなくて。ちっとも成長してなくて……また気づけませんでした」
「……」
「本当、バカですよね」


跡部さんにちゃんと告白して思いが通じ合った時、もう大丈夫なんだって信頼できるんだって思ったけど蓋を開ければ自分はなにひとつ跡部さんのことをわかってなかった。というか、自分が子供で浅はかなんだって思い知らされた。

そりゃ早百合より大事にされないわけだよ。峯岸さんや渡瀬さんの方が大事にされるのも頷ける。彼女達は知的で大人で察せる人達なのだから。



最初から不釣り合いだって、ありえないことだってわかってたのに浮かれて、跡部さんにとってはただの付き合い程度なのに、何吐きそうになりながら必死な顔で泣いて告白なんていう痴態まで晒してんのよ私。バカだなぁ。本当バカみたい。

歪んだ視界に瞬きをすると手の平や太股にパタパタと涙が落ちていく。また泣いて格好悪いな、私。


「こんな私と別れて正解なんです。跡部さんにはもっとお似合いの女性がいるんですから」

「……」

「これももう捨てます。だから跡部さんも、前みたいに私のことなんか忘れてください」


幸村とちゃんと向き合うならこれは持ってちゃいけないものだ。そう思ってイヤリングを見えないように握ればその手を取られ引っ張られた。え?と顔を上げれば跡部さんは既に立ち上がっていてグイグイと玄関へを引っ張っていく。

「跡部さん…?」
「来い。お前に見せたいものがある」
「わ、私は何も見たくな…っきゃあ!」


開けられたドアに慌てて近くのシンクを掴むとそこに置いてあった熊のキーホルダーと一緒に鍵が床に落ちた。それに気を取られていたらグイっと身体を抱えられ、視界が高くなるのと同時に部屋を出てしまった。跡部さんはそのままを抱え上げると階段を下りていく。

「ちょっと!」とか「下ろして!!」とか「鍵!」とか叫んでも聞いてくれなくて近くにあった黒塗りの高級車に押し込むとバタンとドアが閉まったのと同時に車が発進してしまった。







2016.02.01