You know what?




□ 120a - In the case of him - □




流れる光を横目に見ながら跡部さんを伺えばムッツリとしたまま無言で運転していた。邪魔することも声をかけることもできないまま、濡れた頬を拭って助手席で大人しくしていると見覚えのある場所に入り、ドキリとした。
車はそのまま角を曲がると地下駐車場に入り、手馴れた運転で所定の場所に駐車した。

ドアを開けた跡部さんはそのままぐるりと回ると助手席のドアを開けを引っ張り出したが足元を見て「ああ、」と声を漏らした。


「っえ?!」
「落とされたくなかったら大人しくしてろよ」

靴を履いてないことに気がついたらしく彼はそのままを横抱きにするとドアを足で乱暴に閉めて歩き出した。言葉遣いはあまりいい方じゃないのはわかってたけど、所作に関してはこういう乱暴なところは見たことがなかったので驚き固まってしまった。

そんなを他所に跡部さんはそのままエレベーターに乗ると、に自分達が住んでる階を押させて持ち直した。

「…お、重くないんですか?」
「重くねぇよ」

上昇を始めたエレベーターの表示を見ながら、沈黙が耐えられなくなって何となく声をかけると普通の声色で返ってきた上に顔もこっちを向いてきたので慌てて逸らした。


エレベーターが開くと跡部さんは真っ直ぐ自分の部屋に向かい、器用に鍵をポケットから取り出すとカチャリと開けてドアを潜った。広い玄関を横切り、式台の上にを下ろすと跡部さんはおもむろに足元にあった封筒を拾い上げこちらに手渡してきた。

その封筒は花が刺繍が施されている綺麗なデザインのものであの日早百合が投函したものと同じだと気づいた。気づいては彼を伺うと「開けてみろよ」といわれ首を横に振った。
何で私が読まなきゃいけなんだ、そう思ったが何か硬いものが指に当たり再び視線を落とした。



見れば指輪の形をした膨らみが指越しに伝わってくる。裏を返せば早百合の名前と、1度も開封されていない綺麗なままの封筒の裏面があってもう1度跡部さんを見やった。その彼は靴を脱ぎ玄関を上がるとの手を引きキッチンに入っていく。

それほど経っていないが懐かしい気持ちになっていると、ほんの少し違和感を感じた。いつもハウスキーパーさんのお陰で整理整頓されているが何となく生活感が感じられない気がする。跡部さんが入院していたせいだろうか。

そんなことを考えていると跡部さんがコンロの前に立ち、手を差し出してきたので持っていた早百合の封筒を差し出した。一体何をするのかと見ていれば彼はおもむろに、封も開けないまま2つに破り、そしてガスをつけてその紙に火をつけた。


「え、跡部さん?!」

ギョッとして声を上げると跡部さんはそのまま封筒をシンクに投げ入れ、火はどんどん手紙を燃やしていく。それを慌てて水で消したが残ったのは焦げ臭い匂いと鈍く光る指輪と殆どが黒く染まった紙だけになってしまった。

「な、何を…してんですか」

呆然とシンクの中を見ていると、また手を引かれ今度はどこに連れて行くんだと思った。

、」

ダイニングとリビングの間くらいで立ち止まり、手を離した跡部さんは向き合うように立つと真っ直ぐを見つめてくる。電気は玄関とキッチンしかついていないからカーテンが閉められてなくても薄暗くしか表情が見えない。


「お前の手紙を見つけた時、あれも一緒に見つけた」
「……」
「中身は読んじゃいねぇし、差出人もさっき初めて見た」
「……」
「マンションの中に入れたのはお前か?」

尋問のような問いには何となく悪いことをしてる気分になったが素直に頷いた。その答えに嘆息に近い息を吐いた跡部さんは「いっとくが」と続けてくる。



「あいつとは卒業してからずっと会ってねぇ。連絡もとってねぇよ」
「…でも、病院でお見舞いに行ったって、」
「行ったとしてもその前に警備の奴らが追い返すに決まってんだろ。俺はお前と佐々原以外は誰も通すなっていってたんだ」
「……」
「もし仮にだと名乗ったとしてもそんな奴とは会ってねぇし、お前以外会うつもりもないからな。嘘だと思うなら病院にかけて確認すればいい」

ほら、と携帯を差し出されは首を振った。それを見て跡部さんは少しホッとした顔になったがすぐ眉間のシワを増やすと「アイツに何を言われた?」と詰め寄るようにこっちを見てくる。その視線が少し怖くて肩がビクッと揺れて怯んだ。


「…な、何も」
「本当か?」

何もかも見透かすような強い視線に何度も頷いたが跡部さんはまだ納得できないような顔で近づいてくる。それが怖くて足を引けば逃がさないように腕を掴まれた。

「……悪ぃ。怖がらせるつもりじゃなかったんだ……頼むから、ここにいてくれ」

震えてるに気づいたのか、跡部さんは体勢を戻すと眉間を指でぐりぐりと押し、少し困ったような顔に変えてを見てくる。
弱気な顔で「頼む」、なんて初めて言われた気がして思わず頷けば、彼は肩の力を抜くように息を吐いた。


「…これを言っても言い訳にしか聞こえねぇかもしれないが、元々ここに帰るのはただの寝場所くらいにしか思ってなかった。ここは煩いパパラッチも親も雌猫にも邪魔されない、俺の隠れ家なんだ。今迄はそう思っていた。
そんなここでお前と再会して、初めは、俺のことを忘れてるお前をなんとか白状させたくて嫌がらせみたいに飯を作らせていたが、そのうちその時間が待ち遠しくなって、お前の作る飯が楽しみになって。気づけばここに帰るのが当たり前になってたんだよ」

静かに切り出された言葉は車の走行音も聞こえないこの部屋ではよく響いた。ほんのりライトで照らされた跡部さんの表情はさっきまでの怖さはなくて、時々言葉を選ぶように視線を動かしている。



「俺にとってお前の料理はそこら辺の星がついたレストランよりもうちのコックよりも旨かったんだよ。旨くて、お前と一緒に食べたあの気持ちが忘れられなくて、ずっと通いつめた。……お前は迷惑だったかもしれないがな」
「……」
「俺がここに帰るのはお前がいたからだ。それ以外ここに何の価値もねぇよ」


そういって跡部さんは掴んでる腕から手に移動するとそのまま跪いた。
まるでダンスを誘うような、騎士がお姫様に請うような格好には目を大きく見開いた。


「過去の俺がお前を傷つけた行為をどんなに詫びても、消えはしないしお前も許してはくれないだろう。それだけのことをしたんだからな……だがもし、ほんの少しでも可能性があるなら、俺に償うチャンスを与えて欲しい」
「……」

「お前は幸村には自分しかいないといったが、俺にもお前しかいないんだ」



を見上げ縋るような瞳はほんのり見える明かりだけでも十分に見て取れた。
まさか跡部さんがこんなことをしてくると思ってなくて、あまりにもが知ってる彼からかけ離れていて思わず手を引いたが掴まれた手は元々繋がっているかのように離れなかった。



「お前が好きだ」



真っ直ぐはっきりとした口調で伝えた跡部さんはゆっくりと視線を下げると、掴んでいたの手の平に移し恐る恐るとというような仕草でそこに唇を落とした。

その光景には夢でも見てるんじゃないかと思った。
だってあの跡部さんが2度も私なんかの為に跪いて尚且つ自分に告白してくるなんて。こんなのありえなくて、現実じゃないように思えて。

そんな姿にどうしたらいいのか分からくなってしまった。



「あ、とべさん…」

俯いたまま動かない彼には何度か歯噛みをすると眉を寄せたまま彼と同じ目線になるようにしゃがみこんだ。そして彼を覗き込んだが表情は髪の毛の影で隠れてしまっていてよくわからない。


「跡部さん…」

もう1度呼べば少しだけ彼の目が見えた。その瞳がやっぱり初めて見るくらい不安に揺れていては掴まれてる手を少しだけ握り返した。


「跡部さんが気にする必要も償う必要もないよ。告白することも、友達でいることも、選ばなかったのは私なんだから…」
「……」
「跡部さんと久しぶりに会って、私のこと覚えてない素振りをされてちょっと傷ついたけど、私も躍起にって知らないフリをしたけど、でも、一緒にご飯を食べるのは楽しかった」
「……」
「跡部さんの口に合うようなものなんて作れないって思ってたから毎晩が悪戦苦闘で。お陰で色んな料理の本を買い過ぎて引っ越すの大変だったんだよ?」

その荷物は殆どが織田くんが持ってくれたけど。汗だくになりながら運んでる彼を思い出し、フッと笑えば不思議そうに跡部さんがを見てきて慌てて顔を引き締めた。


「あのネックレスとイヤリングは私の大切な思い出なの。だから売れなかったし、実家に置いてくることもできなかった」
「……」
「跡部さんの気持ち、嬉しかった。きっと、こんな告白をしてくれる人はもう現れない気がするよ」

こんな洋画みたいな告白なんて一生お目にかかることはないだろう。
グッと頬に力を入れて笑みを作ったは「だけど、」と言葉を続けた。


「私は、幸村が大事だから…彼に何も返せてないから…」


本当に許しを請うべきなのは私なんだ。楽しかったことも嬉しかったことも全部跡部さんと重ねて彼を傷つけていたのだから。



だから応えてはいけない。
彼の言葉を真に受けてはいけない。自分はとても子供で跡部さんに似つかわしい人間じゃない。
もし迷ってるとしたら昔の感情がを惑わせてるだけなのだ。本当に好きなわけじゃない。
決心したのだから覆してはいけない。
今度は?もしかしたら?なんてありえないんだ。

そう考えれば考える程頭がじわじわ熱くなる。熱くなった思考は簡単に焼き切れて、続く言葉が出なくて、鼻の奥がツンと痛くなった。


…っ」

手を引かれビクッと反応すれば、一緒に水も零れ落ちた。顔を上げれば驚くようにを見つめる跡部さんと目が合って、カァッと頭に血が上ったは掴まれていた手を振り払い顔を隠した。

見られた。
酷く動揺している自分を。
跡部さんの言葉を聞いて揺らいでしまってる自分を。


私は決めたんだ。

跡部さんじゃなくて幸村を好きになろうって。


今度こそ、ちゃんと彼を幸せにできるように。



、俺はお前が好きだ」
「…っ」
「好きだ」
「っや、やめて…っ」
「愛してる」

包み込むように回された手と耳元で囁かれる言葉に嫌でも心拍数が上がる。
どんなにやめてとお願いしても跡部さんは何度も何度も同じ言葉を繰り返し囁いて、堪らず耳を塞ごうとしたらその手を取られてしまった。



「好きだ。好きだ
「…っやめて…」
、俺を見ろ」

顔を背け、聞きたくないと小さく丸まろうとするを跡部さんは後ろに転がし、耳を塞げないように床に手を縫い付けた。押し倒したも同然の格好には見下ろす跡部さんを見上げると、彼は意志を持った瞳でもう一度「好きだ」と言葉を紡いだ。

「…っ…なんで、」
「何度でも言ってやるさ。お前にちゃんと伝わるまで」
「っ……無理だよ。私は、跡部さんの気持ちに応えられない…っ幸村を置いて、自分だけ幸せになんかなれない…っ」

傷ついてもそれでも愛してくれた彼を見捨てるなんて。
応えてしまったら幸村をまた裏切ってしまうことになる。

そんなのは嫌なんだ。


「私は、幸村のことが…幸村を愛してるの」
「……っ」
「だから、私のことは忘れて…お願い…っ」
「ふざけるなっ誰が忘れるか!お前のことを一度だって忘れたことはねぇ!立海の文化祭の時に居場所がなくて泣いてたお前も、バレンタインで俺にチョコを渡しそびれたお前も全部、忘れちゃいねぇんだよ!」
「……ぇっ…?!」
「だから、逃げんな」


俺から逃げるな。そういって見下ろしてくるアイスブルーは少し潤んでいるように見えた。
そんなはずがないって頭のどこかで叫んでる自分がいる。彼みたいな人がそんな些細なこと覚えてるはずないんだって。けれどそれは目の前にいる彼に塗り潰され、反論の声が掻き消えていく。

「幸村を好きだって構わねぇ。だが、そうやって奴を言い訳にして逃げんな
「……」
「幸村はお前が幸せにしなきゃいけないほど不幸で弱い奴なのか?幸せになるってのはどちらかが一方的に与えるもんなのか?…違うだろ。俺が聞きたいのはがどうなりたいかだ。お前がどう思ってるかなんだ。その気持ちを隠すな」



意志を持った真っ直ぐな瞳には全部を見透かされた気分になった。そしてそこの言葉は絶対的な権限でもあるかのようにを誘導し口を開かせた。涙腺はとっくに焼ききれて栓のない水道のように後から後から流れ落ちる。


「……っ…峯岸さんに跡部さんの子供がいるかもってそう思った時凄くヤだった…。早百合と会ってるかもって、また私の知らないところで付き合ってるのかもって思ったら胸が潰れそうなくらい嫌だった…っ
跡部さんに見合わないってわかってたけど、プロムの時みたいに傷つくのもヤだけど、跡部さんに忘れられる方がもっと辛かった…!」

「……」

「怖かったの。また傷つくことが…跡部さんを好きになっても付き合うなんて無理だし、多分別れちゃうだろうし……別れたらきっとそこまでで、峯岸さんみたいに大切にしてもらえないって思ってて…だったら最初から知らないことにしておけばいいって……。
よくわかんないけど、そうすれば傷つかないんじゃないかって思ってて。でも、また好きになって、怖くて、早百合や他の人みたいに私、何もできないから……どうしていいのか……跡部さんのことを好きでいていいのかわからなくて…っ!」


もう自分でも何を言ってるのかわからなくなった。ただ言葉にして思ったのは傷つくのが怖かったってことと、それでも跡部さんが好きなんだということ。

ぐちゃぐちゃと言葉を羅列していく内になんとなくそんな気がしてきて嗚咽と一緒に息を飲めば、そこに栓をするかのように唇を奪われた。押し付けられた唇に涙を流していたことも忘れ目を見開くと瞼を閉じてる泣きボクロの彼がよく見えた。

塞がれた唇がやっと解放され、呆然としたまま見上げると跡部さんは己の口を無理矢理引っ張るように弧に描いた。



「それは俺も同じだ」
「え?」
「俺もにガッカリされたくなくて瞳や子供のことをいえなかった」

濡れた頬を拭うように撫でる跡部さんは目を細めるとゆっくりと口を開いた。


「それでもお前を好きな気持ちにかわりはねぇよ」

「…っ」

「好きだ」

「……」

「幸村と付き合っていても、別れた後もずっと俺のことが忘れられなかったんだろう?」


掴んでいた手首を離し、の顔の横に手をついた跡部さんは片方をの顔にかかった髪を整えるように梳いてそして撫でた。その手が酷く優しくて心地よくてまた涙が込みあがった。



「もう誰かに気を使って、比べて、自分を我慢しなくていい」



お前も好きでいていいんだ。俺が全部受け止めてやるから。
その言葉に、目尻に溜まった涙がつぅっと流れ落ちた。


「好き…」
「ん、」
「跡部さんが、好きです」
「ああ。知ってる」


言葉にしてまた涙が溢れて、泣き出したに跡部さんは嬉しそうに笑うと唇にまたキスを落としたのだった。





2016.02.01