You know what?




□ 君を想う □




バレンタイン前の平日最後の金曜日、が来るというのを忍足伝に聞いていた俺はそれなりに楽しみにしていた。

部活も終わり、女達に囲まれてる時にの姿は確認していたが気づいた時にはそこに彼女はいなかった。キリのいいところで女達を帰らせ部室に戻ると既に滝と宍戸が着替えていて跡部は眉をピクリと動かした。

「おい。はどうした」
「え?あー帰ったぜ」

そう返したのは赤い顔の宍戸だ。確かの隣にいた女は宍戸が好きだったな。大方チョコと一緒に告白でもされて動揺しているんだろう。ハッ初心な奴だ。
しかし上の空で返した宍戸に食らいついたのは俺ではなく向日と樺地に抱えられたジロー(というか、今目を覚ましやがったのか)で、詰め寄る2人に宍戸は「は?何だよ?!」と困惑した顔をしていた。


「…滝も一緒やったよな。何で帰したん」
「だって本人が用事あるっていうし。俺が引き止められるわけないだろ?」
「それにしたって一言も声かけてくれないとかないCー!」
「よしっ文句の電話してやる!!」
「俺も俺も!!」
「2人いっぺんに電話したら片方は繋がらんやろ」

せめて順番にしぃや。という最もな意見に今度は自分が先に電話するとケンカしだした。ったくガキだなこいつら。


「クソクソ!留守番電話になりやがった!!」
「あー…俺も繋がらないCー…」
「……俺も繋がらんわ」

がっくりと肩を落とす3人に溜息を吐いた跡部はソファに座る滝の名を呼んだ。


「隠してるもんがあるなら出してやれ。どうせ預かってるんだろ?」

のことだ。来るなら何かしら持ってきてるはずだ、そう思って口にすれば滝はクスリと笑って「正解」と大きめの箱をソファの後ろから取り出した。最初から驚かす気だったな、お前。



さんからみんなにって。中は手作りのチョコらしいよ」
「え?!マジマジ?!本当に作ってきてくれたんだ〜!!」
「何だよジロー。お前にリクエストしたのかよ!」
「し、してないC〜!そっちこそにリクエストしたんじゃねーの?!」
「お、俺だってそんなのしてねーよ!ただ、暇ならこっち来いよっていっただけで…」
「はいはい。ケンカせんと、箱開けるで」
「はぁ?!何勝手に開けてんだよ侑士!」
「そーだよ!抜けがけ禁止!!」

差し出された箱は手作り感のある、しかし然程凝ってもいない装丁のものだった。しかし向日達はまるで宝箱を開けるような眼差しでゆっくりと蓋を開ける。なんとなく眺めていた跡部もなんとなく息を飲み込み中を覗き込んだ。


「「「おおっ…」」」

中は箱いっぱいに詰められたトリュフで、なんとなくスナック菓子を連想させた。今迄跡部が貰っていたチョコはどこぞのシェフが作った精巧な物か手作りながらも箱まで凝った形の物が多い。だからが寄越してきたものは意外だった。


「何か業務用みたいなチョコですね」
「日吉…」
「アカン日吉!それはいったらダメや!!」
「何言ってるんですか。現実見てくださいよ。義理もいいとこじゃないですか」

言葉を発する奴がいなくて固まったままでいると疲れた顔で部室に入ってきた日吉が箱の中を見るなりそうのたまった。
忍足はそれ以上喋らせないようにしたかったのだろうが日吉はあっさり言い切ってしまい部室の中がどんよりと暗くなった。こいつら、本命チョコが貰えるとでも思ってたのか?

バカじゃねーの?と落ち込む3人に跡部は溜め息を吐くと箱にあったトリュフを1つ摘んだ。


「こういうのは見た目で判断するものじゃねーだろ」

そういってチョコを口の中に放り込んだ。それを忍足達が固唾を飲んで見守るので跡部はなんとなく咀嚼もおろそかに飲み込んでしまった。



「ど、どうよ?跡部…」
「アーン?…食えなくはねぇな」
「美味しい?」
「……お前らも食えばいいだろうが」
「せやな。折角ちゃんが作ってくれたんやし」
「じゃあ俺も!」
「俺も食べるCー」

そういって手を伸ばしたのは何故か全員で、跡部は最初から食えっての。とほくそ笑んだ。

「…ん、普通だな」
「うん。普通だね〜」
「…普通ですね」
先輩の手作りはこんな味なんですね」
「素朴な味だね」
「…ウス」
「手作りならこんなもんじゃね?」
「…自分ら何の味想像してんねん。充分うまいやろ」

日吉までぼそりと呟いた言葉に忍足が呆れた顔でつっこんだ。ついでに「そんなこと言う奴はもういらんやろ。俺が全部貰ったるわ」と独り占めしようとしたので向日達に取り押さえられていた。本当ガキだな。


「ハッ!お前らこそ大したコメントもできねぇじゃねぇか」
「…跡部。こういうもんは長ったらしい感想なんて必要ないんやで」
「そうそう」
「なぁ滝。チョコってこれだけか?」
「うん。俺が預かったのはこれだけ…あ、そうだ」

普通だといったトリュフを黙々と食べているこいつらに俺は呆れてソファに座った。それを代わるように滝が席を立ち紅茶の用意を始めた。続いて樺地が手伝いに入り、箱を受け取ったジローが後ろにいた宍戸や鳳にも分けている。
それをなんとなく眺めていれば、「これもあったんだ」と滝が紙袋を鳳に渡した。



「はい。これもさんから」
「え?俺にですか?!」
「ええーっ何でー?!」
「クソクソ!なんでお前だけなんだよ!!」
「そ、そういわれても…」
「中身はなんなん?」
「し、宍戸さん!」
「長太郎。開けてやれ」

今度は鳳に詰め寄るジロー達に、困惑顔で宍戸に助けを求めたが助ける気はないようで、諦めろと首を振っていた。仕方なく鳳が紙袋を開けると中にはハンドタオルとアクセサリーの手入れで使うクロスが入っていて、チョコではないことに見ていた奴らが首を傾げた。


「あ、もしかして俺の誕生日…?」
「そ。どっかの誰かさんが鳳をダシにした時にうっかりいったみたいなんだよね」

袋の中からメッセージカードを見つけたのか、大きく目を見開く鳳に滝はクスクスと笑いながらジローや向日を見やる。とぼけるように顔や視線を逸らす2人に跡部は額を押さえた。察しはついていたが激ダサだな、お前ら。


「あ、こっちにもありますよ」


後でに連絡を入れといてやるか、とソファの背もたれに寄りかかれば樺地がすかさず紅茶を俺の前に差し出してきた。それを受け取りつつテーブルの上に置かれたトリュフを眺めると、箱に貼られていたカードを見つけた日吉にジローが後ろから覗き込みメッセージを読んだ。

「何々?"ハッピーバレンタイン!いつもありがとう!!これからもよろしくね!"。だって」
「…なんや。"忍足くん大好き!"くらいのメッセージがあってもええんに」
そりゃねーよ絶対。「がっくん?!」…つーか、メッセージくらい人数分作ればいいのによ!!」
「だったら俺は"ジローくんといつも一緒に寝たいな"がいいC〜」
「それはアカンやろ」
「お前らにメールしたのギリギリだったんだろ?用意してくれただけでも感謝しろよな」
「宍戸がいうことじゃないC〜」
「本当だぜ。宍戸が帰さなきゃ今頃はここにいたのによ〜」



寝る間も惜しんで作ったかもしれないだろ、という宍戸の言葉にジローも向日も文句を言っていたが口元は笑っていて、「のチョコ美味しいC〜」という現金な声と一緒にジロー達は奪い合うようにまたトリュフを食べだした。

「跡部はもう食べないの?」
「アーン?俺は」
「何だよ跡部ーっ美味しいのにさー」
「次は貰えんかもしれんで?」
「ハッ!俺様は食おうと思ったらいつでも食えるんだよ」
「負け惜しみを…」
「アーン?何か言ったか?日吉」
「…なんでもありません」

先輩のチョコを食べてるとなんだか嬉しくなってきますね」
「ああ、そうだな」
「もしかして笑い茸が入ってたりして」
「ええ?!」
「…冗談だから。信じるな長太郎」
「あーこれじゃすぐ食い終わっちまうー!足りねー!!」
「俺もーっもっと作ってもらいたいC〜」
「いっそ14日神奈川に乗り込もか」


それぞれ好き放題いう奴らに跡部は長い息を吐くと紅茶をすすった。チョコの甘味に合ういい味だ。



「そうだ。跡部、いいこと教えてあげようか」

隣に座ってきた滝がトリュフを摘んでにっこり笑うと「さん、彼氏いないらしいよ」と他の奴らには聞こえない声で囁いてくる。
、お前は滝と何を話してるんだ。内心呆れながらも、そんなことは知ってるんだよと返せば滝は大した驚きもせず「あ、そうなんだ」と納得したのでまた溜め息を吐いた。

まったく、俺の目の届くところで何も言わず帰りやがるとは…つくづく落とし甲斐がある女だぜ。


他の女ならどうでもいいと思うチョコが自分も周りもこれ程楽しませてくれるものだと思わなくて。味は素朴で特別なものはなかったが、でもが作ったというだけでこんなにも嬉しい気持ちになることに跡部はほんのりむず痒くて緩む口元を隠すようにカップに口をつけた。

こんなチョコならいつでも食べたい、そう思いながら騒がしい奴らの話し声に耳を傾けた。




むっちゃ仲いいな君達!(笑)
2013.04.02