You know what?




□ 50a - In the case of him - □




チョコ争奪戦後、柳生くんと話をして一緒に喫茶店を出たが送るという彼の申し出を断った。

「夜も遅いですし、さんに何かあっては真田くんや仁王くんに申し訳が立ちませんから」
「あはは…ありがと。でも1人で考えたいんだ」

頭はずっと情報を処理するのに手一杯で熱い。それを冷ますには柳生くんと一緒だとできないのだ。ごめんねと謝れば、「謝らないでください」と眉尻を下げた紳士が微笑んだ。

「こちらこそ、こんな遅い時間まで引き止めてしまいスミマセンでした」
「ううん。むしろ部活してる頃より早いくらいだよ」
「家までお送りできないのはとても心苦しいのですが…代わりにこれを」
「?何?」
「防犯ブザーです」


差し出されたものと真剣な声色でしかもメガネをキラリと輝いたのを見て思わず吹き出した。防犯ブザーって小学生じゃあるまいし。

「足りなければこれも」って!それスタンガン!!え、もしかしてあなた仁王くん?!とマジマジ見つめたら「な、なんですか?」と普通に照れられた。よかった、違った。
というか、何でそんなの柳生くんが持ってるの?え?皆瀬さんに持たされた?え?逆じゃない?ええ?以前女子高生に襲われた??何やってんの紳士!!

だったら尚更柳生くんが持ってないとダメじゃん!といってブザーとスタンガンを押し返すとは逃げるように颯爽と走り出した。後ろで柳生くんが呼んでいたが「また学校でね〜」とトボけた挨拶をして別れた。


それからバス停まで走って、バスに乗って流れてく町並みを見ながらぼんやり仁王のことを考えた。
柳生くんは、仁王は新島さんのことが好きだけど私のことも好きだろうって言ってくれた。聞かされて心臓がこれでもかっていう程跳ねたし、嬉しかった。

でもさ柳生くん。それじゃまだダメなんだよ。
だって私、仁王に好きだっていってもらってない。

態度では多分ずっと表してくれてたんだと思うけど、でもそれって横田さんや他の人達と同じってことでしょ?私が仁王を好きだっていうのは簡単だと思う。仁王ももしかしたらあっさり「好きだよ」って返してくれるかもしれない。でもそれじゃダメなんだよ。それじゃ私が自信を失くしちゃう。



バスから降りたはトボトボと家路を歩いていく。仁王を好きな気持ちは今もある。いつも不安で揺れてるけど心の奥に置いてある。けど、自信ないよ。

柳生くんは私にマネージャーの仕事と新島さんと戦えっていうんでしょ?完璧な皆瀬さんならまだしも大して仕事もできない私にどうやって仁王を支えろっていうのよ。
しかも元カノの新島さんから引き離せって。どう考えても無理。ミッション不可能。これで柳生くんの読み間違えてたらただの空回りな傍迷惑女だっての。


「相手は詐欺師だしな…」

素直に聞いたところで何を返してくるやら。それ以前に会えてないし。連絡不能だし。これでまだ大丈夫って思ってる人いたら天然記念物か仁王以上に捻くれ者だろう。
残念だけど自分はそこまで頭は回らないし、我を忘れて恋をできる程浮かれた状況でもない。

随分枯れた思考に自身、自分も大概だなと思ったが、恋ってこういうものだっけ?と溜め息も吐いた。




*****



「遅い」

白い息を吐きながら家に辿り着くと、家の前に誰かが立っていた。外灯でほんのり人がいることは確認できたが肝心の顔は見えない。誰?と訝しがるように見れば聞き覚えのある声が聞こえ、ぎょっとした。

「あ、跡部さん…?」
「ったくこんな遅い時間まで何してたんだよ」
「え、いや、跡部さんこそ」

彼に近づけば「女が夜道を歩く時は誰かに付き添ってもらえ」とか出会い頭に怒られた。ていうか、柳生くんとおんなじこという人来ちゃったよ。いや、そうじゃなくて!何でここに跡部さんいるんですか。ここ神奈川ですよ?!


「ど、どのくらい待ってたんですか?車ですか?」

というか中で待ってれば良かったのに。聞けばそれ程待ったわけじゃなく、近くに車を待たせているらしい。どうやらに用事があって来たようだ。

「…え、なら、寒いし中入ります?」
「……いや、いい。直ぐに終わる」

なんだろう。このお前何言ってんの?的な空気は。丸井とかジャッカルによく見られてる視線を跡部さんにされてる気がするんだけど。
というか、話ってなんだろう?夜なんて更に寒いんだし電話もメールもあるんだからそっちにすればいいのに。ぶっちゃけ、後ろめたいからもう少し間を開けてほしかったのに。

そんなに大事な用事ってなんだろうか?と伺うように跡部さんを見れば彼も何かを待つようにじっとこちらを見つめた後、諦めたのか溜め息と一緒に手を差し出した。


「?なんですか?」
「ほら、さっさと出せ」
「へ?何をですか??」

出された手にわけがわからず目を瞬かせていると、跡部さんは少しだけ見える顔を引きつらせ「あくまでシラをきるってーのか?アーン?」と不機嫌な声を漏らす。え、何で怒ってるんですか。



「…今日はバレンタインだろうが」
「……はあ、」
「お前が、俺様用にチョコを用意してんのはわかってんだよ。さっさと出せ!」

チッと舌打ちをした跡部さんは何故か私がチョコを用意してたのを知っていてギクリと肩が揺れた。
俺のインサイトを舐めんなよ?とか、それテニスの話じゃないのか?と内心突っ込みながらも慌ただしく視線を動かす。ど、どうしよう。

「き、昨日は今日の部活で配る分しか作ってませんよ」
「アーン?俺はそんなことを聞きてーんじゃねぇよ」
「……だって、ないものはないですもん」
「………」
「………」
「………まさか、滝に預けたあれの中に俺の分も入ってたとかいうんじゃねーだろうな?」


睨んでくる跡部さんに焦りながらも手元にない、といえば彼はむっつり黙り込んでしまった。むっつりというのは顔はあまり見えてないけど視線がバシバシと痛いくらい突き刺さってくるからだ。
別に4桁もチョコ貰ってるんだからいいじゃないですか、と思ったがビビって言葉にはできず無言で跡部さんを見返していると静かに低い声が響きはゾワリ、と背筋を震わせた。

そういえば、滝さんにみんなに振舞ってもらうようお願いしたチョコがあったな。随分昔に感じてしまうけど。

「……あ、はい……そうです」

色々あったせいで日にちの感覚ないわ。そう思いながらそれとなく頷けば跡部さんは目に見えるように肩を揺らしてまた舌打ちをした。
ええええええぇーっ何か今日の跡部さんガラ悪くないですか?ファンの子見たら悲しみますよ?


「(怖いなぁ…)す、すみません。何か無駄に足を運ばせてしまって」
「……いや、いい。それがなくても来るつもりではいたからな…っくしゅ」

あんだけ大きな舌打ちをしたくせにいいんだ。てっきり神奈川まで来たのが無駄足で怒ったのかと思ったのに。
跡部さんって細かいのか豪快なのかわからないな、と不審な目で見ていると、彼がもう片方の手に抱えていたものをくしゃみと一緒にに差し出した。ほんのり見える感じは花束のようだ。花束?



「受け取れ」
「え?」
「アーン?知らねぇのか?日本じゃチョコを配るの主流だが欧米はチョコ以外も贈るんだよ」
「は、はぁ」
「有り難く思えよ。俺様がこういうものを贈るなんてこと、そうねぇんだからな」
「はぁ、」

何でバレンタインに跡部さんから花束貰えるんだろう…?しかも跡部さんの話を聞く感じチョコ食べれなかったぽいし。差し出された花束に困惑しながらも受け取ると独特な甘い香りがした。あれ、これ、もしかしてバラ…?

「っくしゅ」
「え、ちょっと跡部さん寒いんじゃないですか?本当にどのくらい待ったんですか?」
「…少しだ。それより、」
「うわっ手冷たいですよ?!」


花束を持つ手を掴めば思ってたよりもひんやり冷たくてぎょっとした。これはヤバい。跡部さんを風邪引かせたら四方八方から怒られるじゃないか。
中で暖まってください!と無理矢理跡部さんを家に連れ込むと光に当たった彼の格好に悲鳴を上げた。


「ぎゃあ!何ですかその格好!2月の格好じゃないですよ!!」
「アーン?車の中は暖かったんだよ」
「だからって外に出るなら厚手のコートと手袋でしょ?!」

マフラーしてるけどただのロングコートだし。高そうだけど。手触り良くて思ったよりもあったかそうだけど!もう、何してんですか!と叱れば跡部さんはウザったそうに眉を寄せて「いいから受け取れ」とバラの花束を渡してくる。

「それは後です!」
〜?大声だして何なの?……て、お客様?」

近所迷惑でしょ!と叱るつもりで顔を出した母親の目が点になった。そりゃそうだ。この家に1番似つかわしくない人を招いてるんだ。



「お母さん。こちらテニス部仲間の跡部さん。ちょっと用事があってうちに来たんだ。部屋行くけどいいよね?」
「え、ええ」

はさっさと行こう、と思って靴を脱ぎ跡部さんの手を引けば彼は諦めたように息を吐いて母親に向き直った。

「夜分にスミマセン。はじめまして、跡部景吾と申します。さんにはテニスを通じて良くしていただいてます。実は折いってさんに相談があってこんな時間に来てしまったのですがお邪魔してもよろしいですか?」
「ええ!ええどうぞどうぞ!汚い家ですが!!」

バカ丁寧な跡部さんの言葉にゾワゾワしながら見ていると母親は何故か頬を染めて跡部さんを家に上がるように促した。きっと跡部さんと目があったんだろう。
ついでに「ありがとうございます」と微笑んだ跡部さんにノックアウトされた顔になっていた。そういえばうちの母親、韓流スター好きだったな。

お邪魔します、と靴を揃えてあがるとか端々に品の良さを感じながらも「狭くて汚い家ですがどうぞ」と部屋への階段を上った。


「…ここがの部屋か」
「狭くて汚くて狭い部屋なので全然寛げないと思いますがとりあえず温かい飲み物を持ってくるのでじっとしててください」
「…ぶっ…だったらあげなきゃいいだろうが」
「あそこで帰すのは私の精神に反します」

跡部さんを部屋に入れるのは正直勇気がいったが、とりあえず視界に跡部さんを入れないようにしてエアコンのスイッチを入れた。だって自分の部屋に跡部さんとか罪悪感と羞恥心で心が潰れる。
彼に狭いとか小汚いとか言われる前に自分で言えば、彼はくつくつ笑って「ほらよ」と花束を渡してくる。すんごい真っ赤だ。しかも束…。


「花瓶くらいはあるんだろ?」
「ありますよ。多分…」
「多分なのかよ」

あるにはある。けれどこのバラを挿れられるだけの大きさと品がある花瓶はあっただろうか。そんな疑問を抱きながらもはクッションを置いてとりあえずそこに座って待っててもらうことにした。



バラを母親に預けて(何か凄いテンションで喜んでて怖かった)温かい紅茶を入れたポットを持って部屋に戻るとクッションのある場所に彼はいなかった。

「ふおおおっ!跡部さん何そのピンポイント見るんですか!!」
「アーン?暇だったんだから仕方ねーだろうが」

「つーか、お前の部屋には漫画しかねーのか」とぼやく跡部さんに、「だからって小学校のアルバムとか見ないでくださいよ!!」と赤い顔でトレイをテーブルに置いた。
アルバムを本棚に戻し、座ってください!とぷんすか怒って跡部さんを座らせたは、カップに紅茶を注ぐと「紅茶っぽいものです!」と跡部さんに差し出した。


「…っぽいも何も紅茶だろ?」
「……味、変じゃないですか?」
「俺の舌がおかしいとでもいうのか?アーン?」

眉を寄せながらも紅茶を飲んでくれる跡部さんには内心、よし!とガッツポーズをとった。さすが家で1番高い紅茶だけのことはある。いつもこれを飲むと母親がマジギレするのだが跡部さんとあのバラを見たお陰でこの紅茶を出してもなんの文句も言われなかった。

も美味しい紅茶をすすりながらそろりと目の前の彼をみやった。跡部さんと私の部屋ってかなり似合わないな。絵画にするならセピアの世界に原色が乗ってる感じだ。浮いてる。

コートを脱いだ跡部さんはこれまた薄着で見てるこっちが寒くなる。絶対枚数足りないだろ。
ホッカイロ貼ってるイメージもないしなあ。…ホッカイロと跡部さんも合わないなあ。貼ってたらきっと笑う。


吹き出しそうになって口を押さえ視線を逸らすと視界に違和感を感じた。朝、部屋を出る時にはあったものがない。机の上に置きっ放しにしていた四角い箱がないのだ。というか、跡部さんと入った時はどうだった?あったか?
あれ?と考えて視線を跡部さんにバッと戻した。心臓がバクバクと騒ぎ出す。

「あ、あの、跡部さん。机の上のもの、触りました?」
「アーン?何かあったか?」

あれ?見てないのか?不思議に思ってもう一度机の上を見たが目立つ包装紙はなかった。もしかして部屋を掃除にしきた母親が勝手に捨てたんだろうか?と首を傾げているとすぐ近くでベリ、と紙を破く音が聞こえた。



「っ?!?!ぎゃあああああっ!!なっなななな何してるんですかーっ!!!」
「うっせーな。近所迷惑だろうが」
「いやいやいやいや!そういう問題じゃないです!それ!どっから出したんですか!!」


跡部さんを見てこれでもかと目をかっ開いた。だってだよ?机の上に置きっ放しにしてたあの箱を跡部さんがバリバリ開けてんだよ?!これを驚かずにいられるか。

行き場をなくして結局持って帰ってきてしまったチョコは捨てることもできず、中を開けて食べる勇気も出ないまま机の上に放置していたのだ。
一応自分で処分する気はあった。決して跡部さんが14日当日に来てあまつさえ家に上げて部屋に招いてこれみよがしに机の上に置いたわけではない。全部偶然だ。

は蓋を開けて中身を食べようとする跡部さんに慌てて手を出し、箱ごと奪って後ろに隠した。


「だ、ダメです!これ食べたらお腹壊します!!」
「アーン?テメェは自分の部屋に下剤入りチョコを置いてたのか?」
「ち、違います!!」

そんなの、置くわけないじゃないですか!といえば跡部さんは笑って「だよな」と膝をついたままこちらに寄ってくる。それに合わせても後ろに下がれば背中に本棚が当たった。こういう時、狭い部屋が恨めしく思う。


「その包装紙。氷帝に持ってきたあの箱と同じものだろ?氷帝のユニフォームカラーだ」
「……っ」
「腹を壊すっつったのも、作ったのが2日前だからだろ」

甘いものはそう簡単には腐らねぇよ、と笑った跡部さんがより近づいて、彼の手がの背中に当たる本棚に触れた。

「"to.跡部さん"。名指しまでしておいて、用意してねぇとか嘘ついてんじゃねーよ」

包装紙に貼り付けたシールに小さく書かれた文字を目敏く見つけた跡部さんが私につきつけてくる。逃げ場なんて当の昔になかった。



「だ、だってきっとドロドロに溶けて形ヤバイだろうし、味だって全然美味しくないし」
「うまかったぜ」
「え?」
「俺様は1個しか食えなかったんだよ。あとはあいつらに全部食われちまった」

跡部さんも食べてた?驚き彼を見やれば「だから寄越せ」と後ろに持ってる箱を奪おうとしてくる。食べてくれた上にお世辞でも美味しいって言ってもらえて嬉しくないわけがない。でも、2日も経った溶けてるであろうトリュフを渡すには気が引けた。しかもあの跡部さんに。


「あの、つ、作り直してきます!だからこれはダメで…」

背中をぴったり本棚にくっつけ跡部さんの手が入らないように箱をガードしていて気づかなかったが、彼との距離は思ったよりも近かった。

視線を上げれば間近に青の瞳があってドキリと心臓が跳ねる。センチにして10もないんじゃないだろうか。そんな冷静に考える自分に余計に顔が熱くなって口をパクパクと動かすとフッと笑った跡部さんが視界いっぱいに近づいては目を閉じた。

頭を隠して尻隠さずとか国語の勉強中に聞いたことがあったけどまさにそれだと思った。目を閉じたところで跡部さんから逃げれるわけがない。唇に柔らかい感触と手首から手のラインを辿る彼の指にビクッと肩が揺れた。


口を塞いでいたものが離れ、もゆっくりと瞼を開けると同じ場所に跡部さんがいて泣きそうになった。顔がさっきよりも熱い。


「あっ…」
「これはもう俺のなんだよ。勝手に取るんじゃねーよ」
「でもそれ、作ったの私…」
「俺様が食うって言ってんだ。文句あんのか?アーン?」

目を閉じた間に奪われたらしい箱はしっかり跡部さんの手に収まっていて、「お腹壊しても知りませんからね」と悔し紛れに言ってやれば「食われたくなかったら新しいのをまた作ってくるんだな」とドヤ顔で返された。
そんなこといって持ってるそれも食べる気じゃないですか。そう言い返せば彼はニヤリと笑ったのだった。




柳生って肉食女子に襲われそうだよね(偏見)
2013.09.19