You know what?




□ 55a - In the case of him - □




そりゃまあ、それなりに一緒にいたからわかるところはわかるけど。でもそれってほんの少しだし、3年間一緒に過ごしてきたマネージャーさんとは雲泥の差があって。比べるまでもないというかなんというか。

はぁ、と溜め息を吐いたは流れていく映像をぼんやり見つめていた。放課後、フラフラと歩いていたらテニス部顧問に見つかり雑務を押し付けられてしまったのだ。

業務内容はビデオのダビング。よくわからないながらもなんとか作動させてみたが正直これでちゃんとダビングできているのか不安で仕方がない。画面に出てきた弦一郎にそういえばこの頃はまだぱっつんじゃなかったな、と思った。


「あ、」
「あ、仁王くんだ」

聞こえた声に振り返ればカバンを持った仁王が突っ立っている。彼は眉を寄せ、出ようかどうしようか迷ったみたいだが「入ったら?」と声をかければ肩を竦めてこちらに近寄って来た。

「なんじゃ。こんな古いもの流して」
「古いもなにも去年のなんだけど」

ダビングなんですよ、と返せば「たるい作業じゃの」と通路を挟んだ隣の席に仁王が座った。


「仁王くんこそなんでここに?手伝いに来たって…わけじゃないよね」
「生憎、寒さ凌ぎにここに立ち寄っただけじゃ」
「誰か待ってるの?待ち合わせとか?」
「……」
「あー新島先輩か」

最初は丸井達とか?と思ったが奴らなら部室に行けばいいだけだ。それなら他の女の子っても思ったけど言い淀む顔になんとなくわかって半笑いで返してスクリーンを見つめた。じくりと胸が冷たくなったが前程じゃなかった。それに気がつき少しだけ驚く。


「柳生や皆瀬のように止めたりせんのか?」
「止めたって言うこと聞かないじゃん。メールしても全然返してくれないしさ」
「……」
「…仁王くんの好きにすればいいよ」

机に頬杖をついてスクリーンだけを見つめてそう零した。



結局自分ではどうしようもできないのだ。
仁王を振り向かせることも。
跡部さんを好きでいることも。

私が想ったところで仁王が新島さんを好きな気持ちを消せるわけじゃない。
彼がそれだけ好きだという人を他人の私がどうにかできるはずがないんだ。


「たださ、」
「……?」
「ただ、仁王くんがテニスをしてる姿が格好よくて好きだったから……ちょっと勿体ないなって思ってる」


私に入る隙なんてないけど、仲間としてならもしかしたら、そう思って笑った。笑わないと泣いてしまいそうだった。


「…格好いいのはテニスだけか」
「いつも他の女の子に格好いいっていわれてるじゃん」
「……別に、高校でテニスをやらんとはいってないぜよ」

フッと笑うように吐き出した言葉に乗っかれば思いも寄らないことを返された。驚き仁王を見れば立ち上がったところで、顔は丁度陰になってよく見えなかった。


「テニス、続けるの?」
「続けろを散々騒いだのはそっちじゃろが」
「……約束、してくれる?」

少しだけ振り返った彼をまっすぐ見つめ手を差し出せば、その指を見て眉を寄せた。でも不承不承、といった素振り同じように小指を差し出してくる。触れた感触に震えたけどなんでもないように息を吐いた。

「指きりげんまん…」と昔ながらの歌を口ずさめば仁王は益々嫌そうに眉を寄せ、「ガキじゃの」と悪態をついたが歌い終わるまで離さなかった。

「照れるな照れるな。こういうの昔はよくやってたでしょ?」
「今は中学生じゃ」
「まあまあ、」



そういって離れた手に名残惜しさを感じたがわだかまりと不安は大分減っていた。見上げた仁王も照れ隠しのように首を掻いて背を向ける。
行っちゃうな、と視線だけ見送っていると出入り口のところで仁王が振り返った。

、」
「ん?」
「俺も、マネージャーをしてるお前さんを見てるのは楽しかったナリ」
「…からかいがあって?」
「ピヨ」

あんたって奴はそうやってしんみりしたところに水を差すんだから。


「お前さんのいう通りテニスを続けちゃるから……もマネージャー続けるんじゃよ」
「ご心配なく。どんなに嫌がっても丸井と幸村が強制的に入れさせるだろうから」


あいつらの煩いことったら、と鼻息荒く零せば仁王は肩を揺らして笑って「そりゃ高校も楽しみじゃの」とドアをくぐった。

「じゃあね。仁王くん」
「ん、また明日の」


手を振れば散漫な手つきで振り返してくれ、そして仁王はドアの向こうに消えていった。



******



「プロム?」
「そうそう。プロム」

仁王と約束を交わした数日後、卒業式の予行練習で予定が繰り上がった達はいつものように忍足くんに連絡して近くのファミレスにたむろっていた。
正確には亜子が宍戸くんに連絡したのがきっかけだが氷帝も同じように昼で学校が終わってたようですぐに忍足くんが連絡係になり今日の集まりが滞りなく実現した。

忍足くんとジローくんに挟まれていたはそれとなく見ないようにしていたのだが、あの目立つ彼を亜子達が放っておくはずも無くあっさり跡部さんの話題になった。


「なーんか卒業式の後にダンスパーティーやるんだって。跡部はその実行委員長ってわけ」
「私知ってる!プロムって海外だと普通にやってるあれでしょ?でもあれって中学生もやってたっけ?」
「今年度は繰り上がりが少ないらしくてな。大多数の嘆願書が来たらしくてそういうことになったっちゅー話や」
「跡部もお祭り大好きだしな。"プロム。いいじゃねーの!"て張り切ってたぜ」
「ぷはっ!似てるC〜!!」

さすがは氷帝、やることが違うわ。とドン引きしてると宍戸くんが「俺は参加したくねーぞ!ダンスとかマジ激ダサだぜ」とテーブルに突っ伏している。確かにHIPHOPならまだしもスタンダードなダンスとなると踊れる人なんて限られてくる。ていうかにとってはどれも未知か大人の世界だ。


「し、宍戸くんも踊るの?」
「多分な…」
「特別授業とかいうて最近めっきりペアー・ダンスばっかやからな」
「ペア?もしかして、誰かともう組んじゃったの…?」
「まだ組んでねーけどそうなんじゃね?…って!何だよ!!えっ泣いてんのか?!」
「あ〜っ宍戸が泣かしたC〜っ」
「ええっ俺のせいなのか?!」

慌てる宍戸くんの隣では亜子が俯いてしまい、大いに慌てたようだが泣いてはいないだろう。涙目になってるだろうけど。跡部さんもそうなんだろうなって考えると自分も辛いし。


残念なことに亜子と宍戸くんはまだ付き合ってはいない。それらしい雰囲気はあるんだけどお互いこの空気が心地いいのか1歩踏み出せないでいる感じだ。幾度となく友達と一緒に焚きつけてみるのだが宍戸くんを前にするとどうしても気持ちが萎んでしまうらしい。



「せや!いいこと思いついたわ」
「え?」

オロオロと亜子を見つめる宍戸くんを見ていたら忍足くんが手を叩きにやりと笑った。その笑顔はとても悪どい。しかし、周りも気になったのか一斉に忍足くんを見やると彼は内緒話をするかのように身を乗り出した。


「だったら、亜子ちゃんらもプロムに出ればええねん」
「え?!」
「…でも、他校の生徒が混じって大丈夫なの?」
「バレたら大変かもしれんけど跡部が何とかしてくれんやろ」
「んな他力本願な」
「けど、ちゃんらも着てみたいと思わへん?ドレス」

多分ほぼ全校生徒が参加するからすぐにはバレたりせぇへんやろ。とにこやかに笑う忍足くんに達は互いの顔を見合わせた。ドレスか。そう思いつつ亜子を見やると驚いた顔の彼女が忍足くんを見て目を輝かせた。



******



氷帝学園の卒業式当日、は周りの目を気にしながら立食用のテーブル近くにある壁に背を預けた。隣にはプロムのパートナーであるジローくんが欠伸をしながら同じように壁に寄りかかっている。

行動はいつものジローくんだが格好はバッチリ正装で、オールバックにした髪型も似合ってて格好いい。何度か居眠りをして危ういところはあったけど初心者のをリードするには十分な踊りを披露してくれた。そういうところはさすが、と思ってしまう。

「あ、宍戸くん発見」
「…あははっ宍戸すっげーギクシャクしてるC〜!」


ダセェ!とお腹を抱えて笑うジローくんにも小さく笑って視線をホールに戻した。宍戸くんと組んでいるのは勿論亜子で真っ赤な顔で一生懸命ステップを踏んでいる。
少なくとも宍戸くんはそれなりに練習してるはずなのに初心者みたいな動きで周りが慌てて避けてく姿が見て取れた。あ、岳人くんが笑ってる。ああ、宍戸くん怒っちゃダメだって…!転んじゃうってば。

ヒヤヒヤしながらそんなことを考えているとジローくんの視線がこっちに向いたので「何?」と顔を向けた。


「亜子もドレス似合ってるけどやっぱが1番似合ってる」
「え?!何をいきなり…っ」
「さすが跡部が選んだだけあるC〜」

にんまり微笑むジローくんにぼっと顔が熱くなった。
忍足くんが計画したプロム潜入は跡部さんの許可なしにはありえなかった。その為、最初から彼に打ち明けておりドレスもそれぞれ用意してもらったのである。一応レンタルで、と達も探してみたのだが値段を見て口を噤んだのは言うまでもない。

さすがに指名でドレスを渡された時は驚いたけどそれぞれよく似合っていたし、メイドさんにしてもらったメイクもドレスに映えるようになっていて自身驚いたのも確かだ。でも、面と向かってそんなことを言われると照れてしまう。自分が跡部さんにそれとなく想いを寄せてるから尚更。


「あ、跡部発見!」
「っ?!」
「……なーんちゃって」

赤くなった顔を隠すように俯いたが、ジローくんの言葉に顔をバッと上げてしまった。切ない条件反射である。しかもジローくんの冗談だとわかって更に顔が赤く染まった。

穴があったら入りたいとはこのことだ。



って跡部のこと本当に好きなんだね〜」
「ぅえっ?!あ、いや、その……っ…………そう、思う?」

そんなまさか、と恐る恐る伺えばジローくんは笑って「モロバレだC〜」と歯を見せた。やっぱりそうなのか。恥ずかしい。がっくりと肩を落とせばジローくんは気軽に笑って「何で隠すんだよ」と聞いてくる。


「や、その。跡部さんは憧れてるだけでそういう好きとかじゃないよ。ほ、本当に好き…だった人は他にいるし」
「そうなの?でも、お似合いだと思うよ?」

でなきゃ、お揃いで合わせてこないだろうし。と呟くジローくんには目を瞬かせた。開会式の挨拶の時に見た跡部さんの格好を思い出しつつ自分のドレスを見やる。

緩やかなドレープにラインストーンが散りばめられたドレスはお揃いというには色も形もいまいちしっくりこなかった。むしろ色合いだけならジローくんの方がマッチしてる気がして。
そんな目でジローくんを見れば彼は笑って首を指してくる。


「そのネックレスとイヤリング、跡部のカフスとお揃いなんだよね〜」


知ってた?とニヤつくジローくんにはぎょっとしてネックレスに触った。の首元にはキラキラと輝かしい光を放つ宝石がかけられている。始め見た時は亜子達と大騒ぎしたけどでもきっとイミテーションだろうということに落ち着いて。
本物なわけないよって笑ってたのに、跡部さんも同じ物をつけてるっていうなら、それは間違いなく本物で…。


「これってもしかして、だ、だ、だ、ダイアモンド…だったり?」
「多分そーじゃん?俺そういうの見分けらんないけど、跡部と同じなのはわかったCー」
「ま、マジでか…っ」

そんなお高いものを何故軽々買い与えてくるんだ跡部さん…っ


「きっとに似合うからそうしたんだろうね」
「……っ」


「もっと跡部のこと好きになっちゃった?」



そう笑うジローくんはとても嬉しそうで、はその煌めいた笑顔が見てられなくて火照った顔を隠すように逸らした。




オールバックジロー萌。
2013.10.09