You know what?




□ 56a - In the case of him - □




「なんや、ちゃん顔赤ないか?もうバテたん?」
「……い、いや、基礎知識もそこそこしかないのに踊れって鬼過ぎるんですけど」

火照った顔を冷ますように手の甲を押し付けていれば心地いいクラシックに紛れて忍足くんの声が届いた。顔を上げれば踊る氷帝生をバックに正装で固めた忍足くんが友達の早百合を引き連れてこちらに歩み寄ってくる。

いつもはうざったい髪型もひとつに結わえていてなんだか別人みたいだ。そんな彼の挑発的な言葉に半目で返せば「折角交換して踊ろうかと思っとったのに」と肩を竦められた。そんなの知ったこっちゃないです。

練習だって詰め込みで1日しかなかったんだぞ?!そんなんで覚えられるか!お陰で自分の卒業式一切泣けなかったんだぞ!!


「忍足くーん!」
「ホラ呼ばれてますよ。モテモテくん」
「モテモテて…間違っとらんけど」

俺らも休憩、と早百合達もその場に留まると案の定期待を込めた視線で手を振る氷帝生が現れ、忍足くんはにこやかに手を振り返した。しかし踊る気はないらしい。そしてモテることも否定しない。

「つーか、初めて愛想笑いの忍足くん見たんだけど」
「え〜忍足はいつも愛想笑いだよ?」
「ジロー。それは語弊があるやろ。もっとオブラートに包んでや」
「でも、私らと一緒にいる時と表情ちょっと違うよね」

早百合も一緒になって忍足くんをつつけば「そないなことあらへんって」と慌てた。だからそういうところだってば。


「ま、私も知り合った頃は壁感じてたけど今はないもんね」
「早百合ちゃん…っ」
「あーはいはい。無駄なお触りは禁止ですよ〜」
「じゃあちゃんにしとこ!」
「ぎゃあ!こっちに来た!!」
「ダメだって忍足!は俺のなんだから!!」

早百合を抱きしめようとした忍足くんを制したら彼の手がまっすぐこっちに向かってきてぎょっとした。相変わらず節操ねぇな!と思いきや、めっ!とを抱きしめるジローくんに目を白黒させると忍足くんが至極残念そうに「ジローはホンマちゃんがお気に入りやな〜」と零した。



「だってっていい匂いだし「え?!」お腹の辺りとかぽてぽてしてて触り心地いいんだよね〜」
「…軽くセクハラなんですけどジローさん」

しかも結構打撃があるんですが。いや、忍足くんそこ羨ましがるところじゃないし。

「こうやってると安心するんだよね〜」
「…まあ、人肌って心地いいよね」
「さしづめ、抱き枕ってところか?」
「ぬいぐるみとかじゃないかしら?」

どっちにしても人じゃありませんよね。がっくり肩を落とせばジローくんがいい子いい子と頭を撫でてくる。セットが乱れるのであまり撫でないでください。あと心の傷がちょっと深くなるので。


「お前ら、こんなところにいたのか」


「俺もちゃん抱きしめたいわ〜」と手をわきわきさせてる忍足くんをジローくんが手を叩いて払いのけていれば黄色い悲鳴と共に跡部さんがこちらに歩いてきた。
後ろには勿論樺地くんがいて、2人共がっちり正装だったが何故か主人と従者にしか見えなくて何度か瞬きをした。これが王者の風格か。

跡部さんは忍足くんを見ると「だらしねー髪だな」と呆れたが負けじと「これが愛嬌っていうもんや」と言い返していた。あの結った髪は愛嬌だったのか。
似合うやろ?と聞いてくる忍足くんに「一応」と返していればバチッと跡部さんと目が合いドキリとした。


「もう踊らねぇのか?」
「…休憩してたんです」
「ならもういいな。来い、

別に踊る気がないわけでは、と言い返したが引っ張られた腕に驚きを隠せないでいた。振り返ればジローくんが嬉しそうに手を振っている。楽しんでおいで、と口パクで言われた気がした。



ダンスの輪の中に入ると丁度新しい音楽に入れ替わったところだった。手を合わせ、跡部さんの肩に手を置けば彼の手はの肩甲骨の辺りに添えられた。そこは丁度肌が露出してる部分で彼の手の感触が直に伝わり息を呑む。

「行くぜ、」
「あっ…」

ぐっと押し出すように動き出した跡部さんは軽やかにステップを踏む。も遅れないように跡部さんの足を踏まないように動いたが、それよりも彼のリードがいち早く察知してが転ばないように足を運んでくれる。


「足を踏むくらい気にするな。もっと堂々としてろ」
「で、でも…」
「そうやって下を向いて方がみっともないぜ?俺様と踊ってるんだ。俺だけを見て笑っていればいい」


そういって跡部さんがスイングする。は取り残されないように大きく足を踏み出し、ガツっと大きく鳴ったヒールの音に目を見開く。やば、と焦ったが跡部さんは笑顔だ。
くくっと笑って「ほぉーら、踊りな!」とを振り回してくる。ちょっとちょっと!それはやり過ぎですってば!

「待って!跡部さ…っ足、足吊る…!!」
「随分いい姿勢になったじゃねーか。アーン?」

それが狙いでしたか。浅く呼吸をしながら跡部さんを見上げれば彼は口元をつり上げ「へばるなよ?これからだぜ」とぐいっと自分の方へと引き寄せてくる。
くっつくスレスレのところで止まったがターンをする度ぐっと力が入る手に顔が熱くなっていく。ああもう!ダンスに集中したらいいのか跡部さんに集中したらいいんかわからないんですが!

もうやけくそだ!とぐるりとドレスをはためかせると跡部さんは機嫌よく笑って更にスピードを上げた。鬼だった。



、」
「ハァ…ハァ…はい?」

数時間にも感じるような曲をやっと踊り終え、フラフラになりながらも壁際にあった椅子に腰掛ければ、グラスを持った跡部さんがに手渡しながら呼びかけた。
慣れないことをして虫の息だっただが「この前は日吉と鳳が世話になったな」という彼の言葉に危うく飲み物を吹き出すところだった。


「…し、知ってたんですね」
「そりゃあ、他校の、しかも見覚えのある姿が校内にいれば誰だって気づくだろ」
「…それ、日吉くん達にいったんですか?」
「いいや。だが部内のゴタゴタは俺の耳にも入っていたからな。おおよその見当はつく」
「じゃあそのまま見なかったことにしてください」

日吉の為にも。知ったらきっと頭抱えると思うんで。そう言ってやれば跡部さんはわかったように鼻で笑って「テニス部はもう俺の手を離れてるんだ。それで何かあったとしても俺の知る範疇じゃねぇよ」と樺地くんが持ってきた飲み物を受け取り一気に飲み干した。


上下に動く喉と凛々しい横顔に思わず見惚れてしまう。跡部さんのオールバックなんて初めて見たけどどんな格好しても絵になるんだな、と後から考えたらとても恥ずかしいことを考えていた。
それから視線を手元に移し、ドキリとする。袖口で光るカフスにジローくんが言ったことを思い出した。

「あ、あの、その、今日はどうもありがとうございました」
「何だ?改まって」
「いや、参加させてもらえたのもあるんですけど、その、ドレスまで用意してもらっちゃって」


しかも人数分。跡部さんのことだからレンタルとか財布に優しい算段で用意したのではないだろう。そして多分返却もしなくていいから持ち帰れ、というはずだ。あっても跡部さんは着ないしね。
でもさすがに装飾品は返した方がいいだろう。



「これ…終わったら返そうと思うんですが…跡部さんは実行委員長でしたもんね…えと、誰に返せば」
「アーン?返さなくて構わねぇぜ」
「え?!い、いや、ダメでしょ?!これ本物なんですよね?!」
「本物のダイアモンドだがドレスに合わせて小振りにしたから大して高価なもんでもないぜ?」
「いや、それでもイヤリングとネックレスだし、」

どう見ても安くはないですよね?と跡部さんを仰ぎ見れば、背凭れを掴んだ跡部さんがずいっと屈んで近づき首元にあるネックレスを指に引っ掛けた。

「俺様がやるっつってんだ。大人しく貰っときな」
「で、でも…!」
「俺の魔法は切れたりしねーんだ。だからお前はそのままシンデレラでいればいい」
「んなっ」

い、今耳にチュって…っ音が…っ


「ドレス似合ってるぜ。そうやって赤くなって息切れしてる様も色気があるしな」

「っ?!」


「綺麗だぜ、


耳朶にキスを落とした跡部さんが目の前でフッと微笑む。そして緩やかに垂れ下がった髪のひと房を摘んだ彼は流れるような仕草で優しくキスを落とした。伏せられた目が開き、再びアイスブルーと目があったは雷を受けたような衝撃を受けた。

その反動でぼぼぼっと火が付いたように首まで赤く染めると跡部さんは益々嬉しそうに目を細め微笑んだ。


「シンデレラ…くっ…そういえばお前のテニス部の出し物が確かそれだったな」
「はは…そう、でしたね」

ふと、自分の言った言葉で海原祭のツンデレラを思い出したのかくつくつ笑う跡部さんに、は思い出し笑いはエロい証拠らしいですよ、とか適当な茶々も入れらず脱力した顔でカラ笑いを浮かべるしかなかった。



プロムも終盤になると人数がバラけてきて組み合わせも様々になった。達も他校だと知らない氷帝生に誘われたが忍足くん達が追い払ってくれたので特に問題も起こらなかった。
その代わり、モテモテな氷帝学園男子テニス部を独り占めしたということで女子生徒には冷たい視線で見られてしまったが。

「ん?なんだろ?」
「何か始まるの?」

トイレから会場に戻ったは亜子と一緒にステージの方を見やりながら忍足くん達が集まってる場所を目指した。どうやら何かパフォーマンスが始まるらしい。


「どうやら、人気投票があるらしいで」
「人気投票?」

忍足くん達に合流すればそう簡潔に返された。どうやら知らぬ間に人気投票をとっていたようで、このプロムに相応しいキングとクイーンを選ぶのだそうだ。

「ま、キングはやっぱ跡部なんじゃねーの?」
「自分のこと"キング"いうとるしな。なれへんかったら暴徒と化すで」
「だね〜。こんだけお膳立てしたのにキングになれなかったらただのピエロだC」
「君達…跡部さんのことそんな風に思ってたの…?」


何か妙に刺々しくない?と不安げに伺えば「これが俺達の愛情表現や」と忍足くんが胸を張り、岳人くんと宍戸くんが嫌そうに顔を歪めた。

と踊った後跡部さんは仕事があるとかいってさっさと戻っていってしまった。お陰で何とか顔の赤みは治まったが心臓はすぐにでも動悸がしそうな状態でスタンバっている。それなのに視線は相変わらず跡部さんを探してるから可笑しくてならない。


ちゃん、跡部は見つかったか?」
「へっ?!な、何で?!」

アナウンスがかかり、次々とステージ前に集まる生徒達を眺めながら目的の人物を探していたら耳元で囁くように聞かれ弾かれたように忍足くんを見た。そしてちょっとだけ距離をとった。

そのゾクゾクする声は止めてって前からいってますよね?!元から?だったらせめて距離を保って!パーソナルスペース!パーソナルスペースですよ!!



「だって俺が視線送っとるのに気づかへんし」
「あ、ごめん」
「…そない素直に謝られてもなんや切ないけども。まぁええわ。んで、跡部を探しとるちゃんはやっぱり好きだったりするんか?」
「へ?」

目が合い、抜け駆けにそんなことを言われたは目を見開く。治まったはずの熱さが頭に昇って頬を染めると「っかー!ホンマだったか!」と忍足くんが頭を抱えた。


「道理でなぁ。ちゃんが俺になびかんわけや」
「……ええ?!忍足くんそんなこと思ってたの?!」
「せやで。ちゃんのこと最初から狙っとったのに切ないわぁ」
「え?本当に?ネタじゃなくて?」
「……そないに確認されるとさすがの俺も傷つくわ」

いやだって、そんな素振り…というか本気度合い感じなかったんですけど。ずっと冗談だと思ってた…と零せば「うん、ま、そうやろと思っとったわ」と肩を落とされた。申し訳ない。


「そんなこといって、別に本気じゃなかったくせに」
「げ、ジロー起きとったんか」

盛り上がるアナウンスに紛れて会話をしていたらの肩に寄りかかりながら寝ていたジローくんがおもむろに顔を上げ忍足くんをじと目で睨んだ。「本気だったらこんなところで告ったりしないC〜」という言葉に確かに、と頷く。やっぱり冗談だったか。よかった。


「…はさ。跡部に告ったりしないの?」
「え、」

ぼそりと聞こえた声に顔を向ければまた眠たそうにしてるジローくんがそんなことを呟いた。どうでもいいけどよくもまあこんだけ騒がしい中で眠くなるよね。そんなことを考えつつステージに目を向けたは「どうだろ」とだけ返した。



「いよいよキングとクイーンが決まるね!」

アナウンスの声に亜子がテンション高く騒ぎ立てる。隣では忍足くんが「もしかしたら跡部とちゃんが呼ばれるかもな。ダンスで随分目立っとったし」と茶化してくる。
そこまで目立ってないよ、と返したら聞いていた岳人くんや早百合達にまで「すんごい目立ってた」と返され肩を竦めた。そんなに悪目立ちだったんだろうか。恥ずかしい。

!心の準備しといた方がいいかもよ?!」
「いや、ないって…」

亜子がニヤついた顔で振り返ると、アナウンスで忍足くんと早百合のペアの名前が上がり、そこにいた達は「えええっ」と声をあげた。


「ま、当然の結果といえば当然やな」
『あ、スミマセーン!これ3位でした〜』
「おい!アナウンス!!しっかり仕事しぃや!!」

忍足くんのドヤ顔の後のツッコミに会場内がどっと笑いに包まれる。も笑って手を振ると眉を寄せた忍足くんと苦笑した早百合がステージの方へと歩いていく。
そう遠くもないステージに上がれば拍手喝采で、格好よく微笑んだ忍足くんに「おめでとう!3位!!」と岳人くんが揶揄すれば「岳人!後で覚えときや!!」と噛み付きまた会場を沸かせた。


「今度こそ1位か」

勿体ぶるようなドラム音に合わせてなんとなくの鼓動も早くなる。亜子達に変に期待するような目で見られてるだけじゃない。私もどこかで期待してるんだろう。


『キングは〜っ跡部景吾くん!』
「わぁ!やっぱりだね!!」
「そりゃそうだろ!」

湧き上がる拍手に前の方で見てる亜子が宍戸くんに話しかけ手を叩いている。も同じように手を叩いていたが心臓はさっきよりも早鐘を打っていた。ステージに立つ跡部さんを見つけ、空いてる隣のスペースを見て余計に心臓が苦しくなる。お、落ち着け。落ち着け。



『そしてそして!我らがクイーンは……』
!来るよ来るよ!」
『ミス氷帝に選ばれた、峯岸瞳さんだぁー!!』


「……えええっじゃないの?!」


割れんばかりの拍手に亜子が避難めいた声をあげた。ステージにはモデルかと思うようなスラリとした美人さんが現れ、更に喝采が起こる。遠くからでもわかるくらい綺麗で洗礼された所作に嫌でも住む世界の違いを見せ付けられた。

跡部さんは彼女を見つめ優しく微笑むと、慣れた仕草で跪き白くて柔らかそうな彼女の手を取ってその甲に唇を落とした。


「あの、…ご、ごめんね?」
「…何言ってんの。別に謝ることないって」

すぐ近くで「そういや、跡部のパートナーって峯岸だったっけ」とか「渡瀬じゃなかったんだな」と話す岳人くんと宍戸くんの声が聞こえたがそれを無視して「ほら、拍手拍手!」と自分のことのように落ち込む亜子を急かした。

ステージ上では峯岸さんの肩を抱く跡部さんが堂々と口元をつり上げ、その傍らにいる峯岸さんも見惚れるような品のいい笑顔で微笑んでいる。

その絵になる2人を見てしみじみ、世界が違うなぁ、と思った。


「…お似合い過ぎだよね」
?」

あんな2人に勝てるカップルなんていないんじゃない?と笑えば隣にいたジローくんが目を見開き、そして無言で抱きしめてきた。いきなりのことで驚いたけど視界が肌触りのいいジローくんのスーツだけになってちょっとだけホッとした。人の体温って安心するね。


全然次元が違う。まったく違うんだ。だから悲しいとか苦しいとか思う余白すらない。あんな凄い2人を見たら誰だってお似合いだっていうよ?私だって思ったもん。
スポットライトとフラッシュを浴びて輝く跡部さん達を写しては瞳を閉じた。



さっきまで幸せだと胸いっぱいに広がっていた気持ちは空気も出ないほど萎んでしまっている。
跡部さんにかけてもらった言葉も嬉しかったはずなのに思い出せない。
彼の視線は真っ直ぐ前へと向けられ光り輝く先へと向けられている。傍らには彼に見合う美しい彼女を置いて。

きっとこのままに向くことも気づくこともないんだろう。



圧倒的な思考の征服だった。



そこで私の中学生活も、曖昧で宙ぶらりんだった片思いも全部終わったのだった。





2013.10.09