You know what?




□ 58a - In the case of him - □




!遅いから心配したぞ」
「ごめん。でも10秒前だから許して」

急いで化粧をし直し、身なりを整えたは鳳凰の間に急ぐと出入り口前で弦一郎が気がつきこちらに駆け寄ってきた。
5分前行動だと常々口にしてたので怒られるかと思ったがそんなことはなく、代わりに「誘拐にでもあったのかと」、「事故じゃなくてよかった」等いわれた。

事故はともかく誘拐は流石にないだろう。家にそんな金はない。


受付を弦一郎にお願いして顔パス同然に鳳凰の間に入ればごった返す程の人が集まっていて目を見開いた。垂れ幕にもあるが今日はテニスに関わる人達の懇親会で、幅広い層が来ている。

、こっちだ」
「はいはい…」

政界やら芸能人やら、普通にスポーツ関係者もいるみたいだけど顔を知らないには無縁の世界だ。弦一郎に連れられるまま、とあるテーブルに向かえば見覚えのある顔があの頃と同じなのに違和感なく名刺交換をしていた。


「手塚くん!」
「…っ、」

真っ先に声をかければ手塚くんはこちらを見て何度か瞬きした後稀に見るような顔で目を見開いた。あはは、驚いてる。

「手塚っ貴様何故ここにいる?!」
「同じく呼ばれたんだ。いるのは当たり前だろう」


俺もプロだからな。と睨みつける弦一郎を流すように返した手塚くんはまたこちらを見て「久しぶりだな」と微笑んだ。

「本当久しぶりだね!前に会ったのはお盆の時だから…もう1年くらい会ってないんじゃない?」
「は?何故盆に手塚と会っている!!」
「うちのお婆ちゃん家が東京にあるでしょ?その時たまたま会って少し話したんだよね」
「そうだったな」



昔のノリで両手でハイタッチをしようと手を出したら案の定はしたない!と弦一郎に叱られその手を取られた。クソ、父親気取りが。それでも負けじと会話を続ければ「………本当にたまたまだったんだろうな…?」と今にも何かが出そうなくらい恨みがましい目で見られた。

弦一郎は手塚くんが絡むと途端に煩くなるよね。いかにも何かあるんじゃないかって聞くけど何もねぇよ。そんなこといったら手塚くんが不快に思うでしょうが。

だから恋人もまともにできないんだよ!こっちが恥ずかしいわ、と呆れると「お前はこんなことをする為に来たんじゃないだろう!」といって背中を押してくる。挨拶もダメとか本当どこで教育を間違ったんだ。


盛大な溜め息と一緒に先程手塚くんが名刺交換した弦一郎のコーチに挨拶をすれば「知り合いだったのか」と手塚くんが少し驚いた顔をした。

「うん。時々真田の食事メニューの献立を手伝っててね。コーチも十分わかってるのに真田が言うこと聞かないんだよ」
「そんなことないよ。さんは弦一郎の嗜好をよく知ってるから僕も助かってる」
「そう言ってもらえると私も安心します」
はいずれスポーツ栄養士として俺の専属になるんだ!フフン!どうだ、羨ましいか手塚!」


本当なら私の出番なんてないのに紳士なコーチはわざわざ献立作成に時間と労力を割いてくれる。本当に出来た人だ。時折、柳や幸村を彷彿させるところがあるけど基本的に頼れる存在だ。

そんな出来たコーチの有り難さを噛み締めていたら弦一郎がよくわからないノリで手塚くんに自慢している。というかまだ管理栄養士にもなってないし。そして本気で専属契約結ぶつもりだったのか、とげんなりした顔で弦一郎を見やった。


「…そうか。また夢に一歩近づいたんだな」
「っていっても難関の国家試験が待ってるけどね」
なら特に問題はないだろう。絶対に受かる!」
「何その自信。どっから湧いてきたの」

私じゃないのに何でアンタが胸張ってんの?!さっきから何なんだ!と裏拳でつっこめば、目を細めた手塚くんがクスリと笑ったので思わず顔が赤くなった。恥ずかしい。



「手塚さん、ちょっといいですか?」
「あ、はい。今行きます」

後で説教だな、と弦一郎を見ているとボーイさんがやってきて手塚くんに何やら耳打ちをしてくる。その内容に頷いた手塚くんは「では私はこれで失礼します」とコーチに挨拶した。

「ではまたな
「うん。また時間あったら連絡して。今東京に住んでるから」
「!そうか、引越しするといっていたな」

だったら近いうちに会おう、そう微笑んだ手塚くんはそのまま踵を返し人混みの中へと消えていった。彼は大人になって更に丸くなったな。としみじみ思う。隣で「絶対会わせるものか…っ」と息巻く従兄とは大違いである。


「……時に。お、お前らはそんなことまで話していたのか…っ?!」
「そりゃ久しぶりに会ったんだから近況くらい話すわよ」

じとりと睨んでくる弦一郎に軽く返しながらはコーチと次の遠征の献立の話に入った。いい加減、手塚くんと友達になるくらい許してほしいんだけどな。


大方纏まった話に息をついたはステージ上で挨拶してる人物に目を向け「あ、」と声を漏らした。あそこに立っているのって榊太郎さんじゃないか?

「そういえば、さんが今働いてる合宿所に出資してるのも榊グループでしたね」
「えっそうなんですか?!」
「…。そんなことも知らなかったのか?」


そんなことも何も、調べた時出てきたのはテニス連盟と会社名が全然違うところだったよ。
あそこ、子会社だったのかと今更気付いて呆れる弦一郎の横で肩を竦めるともう1人の人物が壇上に上がりマイクを取った。

「跡部か…」
「おや珍しい。忙しい御曹司がまだ会場にいらしたとは」
「跡部にとって榊会長は恩師ですからね。到着まで待っていたんでしょう」



キラキラとスポットライトを浴びる跡部さんは、元々大人びた人だったが体格も仕草も声もあの頃以上に洗練され、近寄りがたく落ち着いたものになっていた。

そんな姿に一瞬だけ以前に抱いた気持ちを思い出す。あの時も格好いいと思ったが今はそれ以上かもしれない、そう思った。


「最近跡部も表舞台に立つようになったからな。これで更に榊グループとのパイプが確実なものになっただろう」
「じゃあ随分忙しいんだ」
「だろうな……、跡部とは連絡を取っていないのか?」
「とってないよ。ホラ前に携帯落としてデータ全部なくしたじゃん?その時に跡部さんのデータも全部飛んじゃったんだよね」

驚く弦一郎には何の気なしに返して「残ってれば高く売れたのにな〜」とぼやけば「さすがに彼も番号を変えてますよ」とやんわりコーチに釘を刺された。勿論冗談ですってば。

高校時代はわざとテニスにつきっきりになってたし、亜子がいれば十分会うことができた。その内跡部さんも家を継ぐとかでその勉強も兼ねて海外に行くことが増え疎遠になって、高校卒業と同時に完全に音信不通になってしまった。


その間に携帯の機種変をして一斉送信をするか否か考えてしなかったんだけど。それが悪かったのかその後携帯のデータが全部飛んでなくなったんだけど。
でもまあ、何もしなくても跡部さんが元気なのは確認できるから私はいいんだけどね。

「…どうせ、私のことなんか忘れてるだろうし」
「?何か言ったか?」
「ううん。何でもない」


ステージ前ではどっかの記者が紛れ込んでいたのか、最近ワイドショーを騒がしている跡部さんの婚約者と彼女について質問があったが、彼はにこやかに何も答えず退場していった。あ、記者がボディーガードに連れ出された。

掻き分けられた人混みの向こうに手塚くんと樺地くんが見え、あ、用事ってそれかっていうのと、まだくっついていたのか!という衝撃を受けた。



******



お盆休み、親と弦一郎のたっての願いで神奈川に戻ったは家でゴロゴロしてるのも飽きたので母親に頼まれたお使いに出ていた。
高校卒業間際に取った運転免許証を大いにフル活用できる数少ない機会なので母親の車を拝借し感覚を戻しながら大きめのスーパーで買い物をしていると雑誌コーナーに目が止まった。

手にとった週刊誌はビニールテープで括られておらず、中身を読むことができた。ぱらりと捲るとトップ記事に『跡部景吾、女性関係で泥沼?!』という見出しで始まり、何かのパーティーで撮ったらしい婚約者とのツーショット写真が貼り付けられていた。

内容は思ったより曖昧に書かれていて真実味に欠けるが恋人という以前ミス・ユニバースで優勝した女性とホテルから出てくるショットはそれなりに生々しかった。


買い物を終えた帰り道、信号待ちをしていると見覚えのある顔が横切り驚いた。確かにここは地元だから確率はあるけどここ最近特に学生時代の見知りに出会うなぁ。

「幸村!」
「?!…!」

車を寄せて近くで声をかけると歩道を歩いていた幸村は驚いた顔で振り返った。「いつ帰ってきたんだ?」という質問に昨日だよ、と返して「帰るなら送ろうか?」と助手席を指した。


「本当、助かったよ」
「本当にラッキーだったね」

忙しく動くワイパーを見ながら零す幸村に同意して空を見上げれば、癇癪でも起こしたのか空が泣いている。「やっぱ俺も免許取ろうかな〜」とぼやく幸村にまだとってなかったのかよ!とつっこめば「だっていい運転手がいたし」とこちらを見てニヤリと微笑んだ。

「私は送迎屋さんか」
「間違ってはないと思うけど?」
「かといって原付に乗せるわけにもいかないしなー」
「原付気持ちいいのに」
「いや、アンタは原付より車でしょ」

キャラ違う!とつっこめば「俺は何でも似合うと思うけど?」とさも自信げに返してくるから腹立たしい。何でも似合うけどな!キャラに合わないけど!



が免許取得したのを見て、幸村も取ろうか迷ったらしいのだが家族に反対されて諦めたらしい。
幸村自体はもうなんともないんだけど家族はまだあの頃の闘病生活の傷が色濃く残ってるようだった。

それで気分転換に丸井にスクーターを借りてこっそり2ケツで連れ回したことがあるんだけどそれがやたらと気に入ったのか幸村はワイルドに目覚め、原付の免許を取りたがって家族を悩ませているらしい。今思えば申し訳ないことをしたと反省している。


「それより、お盆休みも練習してたの?」
「ああ。子供達にはお盆ってあまり関係ないから」
「そうだね」

むしろ遊んで気を紛らわせられるのならそっちの方がいいだろう、そういって彼は微笑んだ。
幸村は普段普通に働いているが休日はテニスを教えることに時間を費やしている。

主に入院して退屈してる子やリハビリが必要な子を対象に教えているが幸村の受けは相当いいようだ。も以前その手伝いに行ったが案の定いいカモ、というか遊び相手にされてたまったもんじゃなかった。でも幸村の笑顔を見てとても嬉しくなったのを覚えてる。

あの笑顔はある意味学生時代では見れなかったものだ。
きっと幸村もあの子達とテニスができてとても楽しいんだろう。そう思った。


「そっちはどう?勉強は進んでる?」
「痛いところを…。一応勉強道具は持ってきてるけどね…多分こっちではしないんじゃないかな」
「だと思った。どーせ何もしなくてもご飯が出てくるからぐーたらしてるんだろ?」
「……何も言い返せません」
「だからここにこんな肉がついたのか」
「ぎゃ!ちょっと!今運転中!!」

脇腹を摘んできた幸村にビックリしてブレーキをかければ「驚いた。いきなり止まるなよ」と何故か文句を言われた。丁度赤信号だからいいんだよ!そしてそこは贅肉じゃない!筋肉だ!!

そんなやりとりをしながら幸村が住んでるマンションの前に止まるとザァザァと降っていた雨も弱まり、これなら傘もいらないかな、と思った。



、」
「ん?」

車が来ないことを確認していると幸村はそっとハンドルに置いてるの手の上に自分の手を重ねた。その手は学生時代よりずっとしっかりした色合いと骨格をしていて、あの頃の白さも細さもない、男の人の手だった。

その手を辿っていけばこちらを見つめる幸村と視線が絡み合う。髪を切ってまた随分大人になったな、と思う。それから、また置いていかれたな、とも。


「まだ、彼氏できてないんだ」
「……このクソ忙しい時にそんなこと出来るわけないでしょうよ」

クスリと笑った幸村に「職場に男がいてもみんな既婚者ですよ」とじと目で教えてやれば「合宿所の高校生は?」とからかってきたのでそれにもねぇよ!と半ばヤケクソに答えた。そんな目で見てたら榊さんやコーチ達に通報されるわ!

薬指をなぞる幸村の指にむず痒く感じながらも動けないでいると「俺も今フリーなんだ」と気軽に笑った。


「……コメントしづらい」
、」
「……何、」
「俺との約束、覚えてるかい?」


だから何だ、と思ったが続いた言葉に息を飲んだ。逸らさず真っ直ぐ向けられる視線にハンドルを掴む手に力が入る。幸村の手も逃がさない、と言わんばかりに強く握りしめてくる。


「……覚えてるよ」
「うん、ならいい。悪かったな、休んでたのに送らせて」
「ううん。大丈夫」


の答えに満足したのか握っていたの手を離した幸村はにっこり微笑むと、その手をの頬に添えた。掠めるように触れる指先に堪らずゾクリと震わせると幸村は笑みを深めその手を離した。



「またな。

今度は来る前にメールしてくれよ。そういってドアを閉めた幸村はマンションへ吸い込まれるように足早に入っていく。は幸村の姿が見えなくなるまで身動きが取れなかった。
ハンドルに両手を置きその上に頭を乗せたの顔は目に見える程真っ赤で、ワイパーの音だけが虚しく響いていた。




ワイルド幸村。
2013.10.13