You know what?




□ 59a - In the case of him - □




幸村との約束は、高校生まで遡ることになる。
何を思ったのかその時は幸村と付き合っていたのだ。

今考えてもあれは本当に現実だったのか定かじゃない。いや、幸村が『』から『』に呼び方が変わってるだけでも十分に現実だとわかっているがどこでどうして幸村が自分を好きになったのか未だに謎のままだ。


幸村が言うには中学の時に好きになったらしいのだけど、それらしいきっかけは一切思い出せなかった。代わりに幸村とケンカ紛いのことをしたことしか思い出せず、共に過ごしてきただけなら皆瀬さんや他のファンの子の方が長かったから余計にわからなかった。

それがひょんな事がきっかけで(多分一緒のクラスになった2年の時だ)、なし崩しに付き合うようになり、そして高校3年の終わりで別れた。
別れを切り出したのは幸村からで告白してきたのも彼なのに何この仕打ち、と思ったが東京の大学に通うことが決まった時幸村はこういったのだ。



『就職して、ある程度お金が貯まって自立できたら…その時、俺にもにも恋人がいなかったら、結婚しよう』



あの時は自暴自棄になったを慰める為の体のいい言葉だと思っていた。でもまさかそれが今でも生きてるなんて思わなくて。やっと本当にやっと普通に幸村と話せるようになったのに。
今更…しかも結婚とか。つり合わないって思ったから別れたんじゃなかったのか?私が嫌で離れたんじゃなかったのか?



「ハァ…わからん」
「どうしたんですか?溜め息なんか吐いて」

がっくりと肩を落とせばいつものように最後に顔を出した織田くんが不思議そうな顔で覗き込んでくる。「ご馳走様でした」と礼儀正しく綺麗に食べ終えたトレイを受け取りながら「ちょっとね…」とカラ笑いを浮かべ濁した。

「心配ですね。元気が取り柄のさんがこうも落ち込んでますと…」
「元気が取り柄のさんは本日おりませんが明日には戻ってると思いますよ」
「そうなんですか?」


意外と切り替えが早いんですね。と軽く言葉の暴力を受け挫けそうになった。別にそこまで割り切りがいい方じゃないんですけどね。そうしないとやっていけないから覚えたまでですよ。
ていうか、仕事中に心配かけるのは大人として失格だよね。いい加減早く切り替えないと。


「話してしまった方が楽になることもありますよ」
「…とはいうけど、君には関係ない話だよ?」
「無関係だからこそ気軽にいえるんじゃないんですか?」

さすがにこれはちょっと、と尻込みすれば「いいからいいから、話してみなさい」と興味津々に返された。君はどこぞの噂好きなおばちゃんか。
妙に食い下がる織田くんに呆れたが別に軽くならいいか、とも思った。見た目が柳生くんに似てるせいか言い触らしそうにも感じない。


「よろしければ後でゆっくりお茶でもしながらいかがですか?」
「あーそれは無理。今日は帰ったら勉強しないと」
「おや。意外と勉強熱心だったんですね」
「なんか少しトゲを感じるけど、一応これでも受験生だからね。勉強は必須科目ですよ」
「残念です。デートに誘いたかったんですが…」

お茶だけでも十分珍しいことを言う、と思ったがデートという言葉に目を見開いた。え、織田くんって結構チャラかったの?!



「…何か、失礼なことを考えてませんか?」
「(何でわかった?!)いえ何も…っていうか、そういうの受け付けてないんだ。それに私なんかよりも同い年の子で可愛い子引っ掛けられるんじゃないの?」
「引っ掛けるとは心外ですね。僕はいつも純粋な恋しかしませんよ」
「それは失礼しました…」

何か笑顔が妙に怖いんですけど。お、怒らせたかな?メガネのレンズが逆光で全然見えないからわかりづらいんだけど…!怒っちゃった?

「で?いい加減詳細を教えていただけませんか?」
「あー………うん。実はね、」
「はい」
「元彼に復縁というか結婚申し込まれたんだ…」
「………」


互いに顔を寄せ合って内緒話をするかのようにぼそりと教えてあげると1テンポ遅れて織田くんが「ええっ?!」と大声をあげた。それを人差し指を立てて黙らせると「それは、ほ、本当ですか?」と腕を取られ、恐る恐るというよりは鬼気迫るような真剣な声で問われた。

チラリと見えた視線には思わず息を呑んだ。


さーん!クリーニング屋さんが来てるから代わりに受け取っておいて〜」
「っ!は、はーい!!」

痛い!と掴んでくる腕に眉をひそめたが織田くんは頑として離さず沈黙したまま見つめ合っていると、先輩の声がかかり同時に我に返った2人は慌てて離れた。
離れて織田くんを伺うと何とも言えない顔でこちらを見つめてくる。そして何度か口を開いたが言い淀むように息だけ吐いて噤んでしまった。


「……別に、答える必要ないと思うけど…一応、本当」
「そうですか…」

背を向け腕を摩りながらチラリと振り返ると織田くんは目に見えてしょんぼりした顔になり「行かなくていいんですか?」と急かしてくる。何でそんな顔をするのかわからなかったが言ってはいけないことを言ってしまった気分にはなった。そんな顔を見て置いてくとか気になって仕方ないんですけど。

試しに大丈夫?と聞いたら大丈夫だと返され、信用できなかったが仕事も放棄できなくて、後ろ髪引かれる思いではその場を後にしたのだった。



******



「「かんぱーい!」」

熱気が篭る居酒屋の一角にの姿があった。一応今日は平日の夜の時間だったが金曜日のせいか客の入りは上々だ。飛び交う店員の声と雑談に紛れてグラスを掲げると目の前の席に座ってる彼が嬉しそうにグラスをぶつけてきた。


「まさかあんなところで会うとはね〜元気だった?」
「んー元気元気!つーか、がこっちに来てると思ってなかった!しかも住んでんでしょ?!マジありえないC〜」
「私もジローくんがクリーニング屋さんになってると思わなかったよ」

しかもバイトとか!それただの家事手伝いじゃん!とつっこめば「ちげーし!今丁度暇だから手伝ってるだけ!仕事は別にあるC〜!」と口を尖らせた。そういうところ、中学時代から全然変わってない。

ああでも少しは変わったかな。見た目もそうだけどあの居眠りジローくんがずっと起きて話し相手になってくれている。それって凄い進化じゃないだろうか。
そんなことを考えていたら出入り口の方から明るい頭がこちらにやってきた。


「悪ぃ!遅れた!!」
「お疲れ様〜!何飲む?」
「あー生!」
「ええ?!岳人くんビール飲めるの?!」

てっきりサワー系だと思ってた!と衝撃を受ければ「俺だってビールくらい飲めるっての!」と怒られた。どうやら彼女の前で格好つけたくて今の内に飲み慣れておこうという算段らしい。涙ぐましい努力だ。

「岳人くん可愛い…」と漏らせば彼は顔を赤くして「そんなこと言われてもひとつも嬉しくねーし!!」と「余計なこと教えてんじゃねーよジロー!!」と睨んでいた。



ジローくんの隣に座った岳人くんはおしぼりをもらうと「腹減ったーお前ら何頼んだの?」とメニューを見てくる。そこはご飯ものとデザートなんですが。お腹が減ってるのか、それとも甘党の血が騒いでるのかとても気になるところです。

「ジローに聞いたんだけどお前今東京に住んでんの?」
「そうそう。ここから電車で20分くらいかな」
「結構近いじゃん!え、連絡先教えろよ。今度遊ぼうぜ」
「いいけどそっちは仕事忙しくないの?」
「それなりだけど、まぁ大丈夫じゃね?」

つか、全然お前連絡よこさねーんだもん。とスマホを出した岳人くんに合わせても出せばジローくんも無言で出して連絡先を交換した。


「え?ジローくんに連絡先教えてたよね?」
「え〜それってメアドしかないC。電話番号とか欲しいじゃん?」
「あ、LINEやってんじゃん!」
「言っとくけど返信頻度はメールくらいだからね」

よおし!これでいつでも呼び出せるぜ!と意気込む岳人くんに少しばかり不安になったが久しぶりに埋まった電話帳の友達欄に自然と頬が緩んだ。それからお酒を飲みつつ、ツマミを食べつつ他愛ない話をしていると自然と氷帝の話になり、中学時代まで話題が遡った。


「そういやさ。今思えばと跡部って結構いい仲だったよなー」
「ええっ?そうだっけ?」
「だってあの跡部がわざわざお前の顔を見て話を聞いてたんだぜ?」
「え、それって普通じゃないの?」
「ん〜普通っちゃ普通なんだけど、あの頃バカみたいにモテてただろ?それもあって女と話す時の跡部って結構雑だったんだぜ?」
「まあ、男程じゃないけどね〜」
「まーなー。真面目な話以外ろくに顔見て話さねぇし、むしろ何を言っても『ああ、そんなことか』みたいな顔でもう知ってる、とか言い返してくるしよ。だったら最初からそういう風に話しろよ!てあの頃よく思ってたなー」
「その点女の子はまだ扱いがマシだけど、好きか嫌いかで極端だったよね〜」
「そうそう。嫌な奴の時なんか侑士がくっだらねー下ネタ言った時くらい冷ややか目で見てきてよ!アレはマジ怖かったぜ」



あんなんでも女共はキャーキャー言ってたもんな。肩を竦めて寒そうに腕を摩る岳人くんにはそうかもねーと脳裏に残ってる光景を思い出していた。


確かにアレはある意味異常だったかもしれない。
自分でも不思議なのだが学生の頃は何故か"それしかない"って思いこんでいたことが多々あった。
社会に出てみれば何でそうまでして思い詰めていたんだろう、拘っていたんだろうって思う。

恋も然りで、社会に出れば跡部さんとつり合おうなんて甚だ可笑しい話で"ありえないこと"だった。子供で、同じ学生というだけで近い気でいた私は彼を取り巻く女の子達と同じように熱を上げて勝手に恋をしていた。

そして自分中心に世界が回っていると信じていた私は彼の世界を見て、日常を知ってショックを受けてしまった。
世界が違いすぎたのだ。彼も、彼を取り巻くものも、何がふさわしくて何がふさわしくないか。


私は跡部さんがモテると理解しながらも心のどこかで自分だけは違うと思っていたのだ。
彼が優しいのは熱を上げている自分に合わせてくれてただけで、その空気に自分が甘えていただけだ。
自分は跡部さんの中で特別だと驕っていたのだ。

彼からしてみれば他の女友達となんら変わりないのに。


「…?どうかした?」
「うーん。よく思い出せば確かに優しかったかも。でもそれと同じくらい振り回されてた記憶しかないわ」
「そういや昔関係ないのに俺らの合宿呼ばれてたもんなー」
「そうそう!マネジが呼べないから代わりにお前がマネジやれとか酷くない?!」

心配そうに伺ってくるジローくんには取り繕って肩を竦めれば岳人くんが乗ってきてホッと息を吐いた。どうやら話は逸らせたようだ。


「そういえば渡瀬さんはどうしてるかな?」
「渡瀬なら保母さんになっとったで」

マネージャーの話を出したついでに思い出した人を口にすれば別の人物が答えた。振り返れば更に胡散臭さが増した忍足くんが「なんや、盛り上がっとるな」手を挙げ挨拶してくる。



「髪短っ!」
「久しぶりに会うて一言目がそれかいな」

久しぶりやな、とさっぱり髪を切って好青年っぷりを醸し出す(が失敗してる)忍足くんはの隣の席に座っておしぼりを渡した店員に「烏龍茶で」とだけ発して手を拭いた。
ここで顔も拭いたら親父クサ!とつっこめるのに、伊達メガネはそんなことをする気配すらなかった。どうやら関西の血はどこかに輸血してしまったらしい。

「なんだよ侑士。ノリ悪いぜ」
「無茶言うなや。お医者さんは休みいうても休みやないんやで。いつでも行けるようにスタンバっておくのがプロの条件や」
「え、もしかしてこれから仕事?」
「いや昼勤やけど下っ端は休みなんて取れへんで。重労働上等。過労死バッチコイっちゅーことやな」


烏龍茶を頼んだ忍足くんに岳人くんは不満そうだったが遠くを見るメガネを見て口を噤んだ。もそれとなく気持ちがわかって「とりあえず、乾杯でもしよっか」と烏龍茶を受け取った忍足くんを見てジョッキを掲げた。


「つか、何で侑士が渡瀬の仕事知ってたんだ?」
「この前の合コンであったんや」
「うわ!うらやま!!保母さんと合コンかよ!」
「岳人くん保母さん好きなの?」
「保母さんだけやないで。幼稚園の先生とかピアノの先生も大好物や」
「ぜーんぶ向日の初恋の先生なんだよー」
「う、うっせうっせ!別にどうだっていいだろ!!」

顔を真っ赤にする岳人くんに初恋の先生が3人もいるのか、と内心思ったがつっこまないでおいた。なんとなく触れられたくないだろう、と察したからだ。
しかし渡瀬さんが保母さんとは意外である。マネージャーも然ることながらピアノの才能もあって高校の時よくコンサートに聞きに行っていたのだけど。

「ピアニストにはならなかったんだ」
「あーうまかったもんね〜鳳もスゲー褒めてたし」
「つっても結局は金が必要だったんじゃねーの?海外留学は必須だろ?大抵はその辺で諦めんじゃね?」
「もしくはパトロンやな。確かあの時跡部が出してやるとかいっとったはずなんやけど…まあ、断ったんやろな」
「あー渡瀬なら断るか」
「断っちゃうだろうね〜」
「渡瀬さんだもんね〜」



4人が顔を合わせそれぞれ溜め息を吐いた。渡瀬さんはいうなれば女版跡部さんで、彼女は勉強も運動もトップクラスだったがプライドもやたらと高かったのだ。その為跡部さんと張り合うことも多々有り、テニスについてケンカすることも日常茶飯事だった。
残念ながら1番酷いという中学時代を見ることはなかったけど高校の時も結構な回数ケンカしてたので、その光景を見る度呆気にとられていたのはいうまでもない。

現実主義で仕事を無駄なくこなすが、その分自分が正しいと思ったら相手が誰であろうとズバズバいう性格でもあった。その辺りが心地よくて仲良くなったのだけど跡部さんとの相性は基本的には悪かった。


互いに実力を認めてるパートナーだとしても、ケンカする程仲がいいとかいうのも、あの2人には当てはまらないらしい。


最初こそ、渡瀬さんに愚痴を聞かされて悶々とすることがあったけど、それもその時はまだ跡部さんが好きだったからであって、今思えば跡部さんと渡瀬さんはあの頃からビジネス的な関係を結んでいたんだってわかる。
つかず離れず、ライバルみたいな関係に、それはきっと渡瀬さんにしかできなかっただろうな、と思った。

「あの氷の女王みたいな奴が保母さんね〜」
「え〜でも結構優しいとこあったよ?ね、
「うん。渡瀬さんはいい姐御でした」
「俺らには微塵も見せなかったけどな」


俺が話しかけるとむっちゃ睨んでくんねん、と肩を落とす忍足くんにそれは私のせいかもしれない、と目を泳がせた。渡瀬さんが跡部さんの愚痴をいう代わりにも忍足くんのセクハラについて文句を並べていたのだ。

忍足くんごめん。と心の中で謝りながらは無言で残り少なくなったお酒を煽ったのだった。




久しぶりの再会。
2013.10.17