You know what?




□ 60a - In the case of him - □




テニスの全国大会も無事終わり、合宿所に来る生徒も大分減ると思われたがどうやら次の大会に合わせて練習が始まったらしく、仕事量が減ったりとか特に代わり映えしない日々が続いた。


変わったことといえば岳人くんと以前と同じようによく連絡を取り合うようになった。話題は今日あったこととか写メとかだけど結構楽しく続いている。次点はジローくんでこちらも前と同じような感じだ。メールの話題がいきなり変わったりとか連日続いてたやりとりがいきなりぱったり止まって数日だとか。

学生時代は忍足くんとよくメールしていたがあちらはお医者さんなのであの頃に比べると格段に減ったがマメさは相変わらずである。
早速『フリーの友達誘って合コンしぃへん?2人きりでデートでもええけど』とか送ってきたので丁重に断った。


そして他愛の無い平和なやり取りをしてる岳人くんにあの関西メガネに恋人はいないのかと聞いてみたところ、忙しくてすぐ別れるみたいだぜ、と返ってきた。以前は看護婦さんも視野に入れてたらしいが、別れた後酷い目にあったのでこちらはさすがに懲りたそうな。

だったら大人しく仕事してればいいのに、と言いたいところだが癒しがないのは可哀想なので一応考えておこうかな、と思っている。今度岳人くんとジローくんを誘って相談しよう。


それからもうひとつ変わったこといえば織田くんが顔を見せなくなったことだ。前回別れたのが幸村の話をした時だったので微妙に尾を引いてるのはいうまでもない。いつもの時間に待っていても現れない姿に落ち込みたい気持ちになる。
たまたま用事があって参加できないとか、それこそ大会が終わって、怪我の治療で来れないとか、不安は尽きない。

試しに他の生徒に聞いてみようかな、と思ったがなんとなく聞けないでいる。何で躊躇してるのかわからないが聞いてしまったら本当に現れなくなるような気がして聞けなかった。



休憩時間に入り、ロッカールームで汗を拭いて冷房が効いてる食堂に戻ると先輩達がワイドショーを見ながら涼んでいた。は窓の外から見えるコートを眺め織田くんの姿を探してみたがやっぱりというかそこに彼の姿はなかった。

仕方なく視線を窓から放しテレビ画面を見れば見覚えのある泣きぼくろがフラッシュの中を歩いていく。右上の文字には『噂の恋人と海外で密会?!』と書き出されていた。
どうやら海外で休暇を過ごしていた跡部さんはそこで恋人と会っていたらしい。

現地にいたパパラッチに一緒にいるところを目撃されたらしく、空港で待ち伏せされてこの惨状になったようだ。


「こうなると婚約者が可哀想よね〜」
「どうせだから跡部社長を取り合ってケンカでもすればいいのに」
「それで負けたら赤裸々な性生活の自伝出すんでしょ?あーこわ」

先輩達の話を聞きながらはどこか別世界の気持ちでその光景を見ていた。無言で立ち去る跡部さんはサングラスをかけていて表情は読み取れないが怒ってるのはなんとなくわかった。

怒るくらいなら最初から手を出さなきゃいいのに。お金を渡して蓋をしてしまえばよかったのに。パパラッチなんかにいいようにされててほんの少しだけガッカリした気持ちで見ていた。


「…それでも格好いいわよねぇ、跡部社長。あと5歳若かったら…」


ガッカリしつつも、それでも、輝きを失わない姿には心の中だけ先輩の言葉に同意したのだった。





幸村の言葉はあの日からずっと頭に残ってる。
彼と過ごした日々も別れの言葉も辛いけれど全部忘れられなくて。大切にしたいから真剣に考えなきゃ、そう思っているのに最近の自分の思考はどうにもおかしくて、幸村と同じくらいずっと跡部さんが頭から離れない。

多分テレビや雑誌で、携帯のニュースで何かと目にしてるせいだと思うけど、それにしたっておかしいのだ。

「もう、好きでも何でもないのに…」

自宅近くの道路を歩きながら溜息を吐く。惹きつけるオーラが凄いのはわかってる。だから見てしまうことも。しょうがないと分かりつつ胸のもやもやが取れない。不安で仕方がないのだ。

もしかしたら自分はまだ跡部さんを好きなんだろうか?そんなことが過ぎりゾクリと寒気がした。


「ない…絶対、ない!ない……っ」
そんなの今更過ぎるじゃないか。それに。それに。

両腕を抱え、ぶるりと震えるとすぐ近くを消防車が通りすぎる。ぶつからないように端に寄ればもう一台通り過ぎた。あまりの煩さに思わず顔をしかめたがすぐ近くでサイレンが止まり、あれ?と首を傾げた。

空を見上げれば夜だというのに夕焼けのように赤が燃え広がっている。そして焦げたような匂いと煙たさにまさか、と思って走った。

自分の家はこの辺りにある。
まさか近所で火事があったとか?そう思って角を曲がる。
すぐそこがアパートだ。


「うそ…」

大家の趣味なのかあずき色の屋根と淡いピンクの壁に、確か大家さんって60代オーバーのおじさん…とドン引きしたがその色合いはもう見る影もなかった。

近所だろう、まさか自分のところじゃないだろう、そう思っていた淡い期待は簡単に打ち砕かれが住んでいるアパートは轟々と燃える炎に包まれていた。

アパートの前では駆けつけた消防車がホースで火を消し止めているがなかなか勢いは止まらない。
の前では野次馬や近所の人達が集まり大騒ぎしてるがその言葉は入ってこない。
目の前で映るのは轟々と燃え盛る火だけ。その光景を見つめ、呆然としたままそこから動くことができなかった。



******



ラインストーンを散りばめたドレスをはためかせ、軽やかにステップを踏む。ふわりと舞うごとにのダイアモンドのイヤリングとネックレスが輝き揺れた。
パートナーは勿論跡部さんで目を細め微笑む彼に合わせるようにも笑った。

会場は煌びやかなホールで床は大理石だろうか。ステップを踏む度にいい音が響き渡る。2人きりしかいないこの場所は広すぎるが流れてくるクラシックがとても心地よかった。

「っ!!」

何かにつまづき、転倒したは慌てて起き上がった。調子に乗って踊るから転ぶんだ。
失敗失敗、と照れ笑いを浮かべ跡部さんを見上げると、そこには跡部さんともう1人綺麗な女性が立っていてを見下ろしていた。ああこの人覚えてる。峯岸さんだ。


笑みをなくした跡部さんはその峯岸さんの腰を抱き寄せると顔を見合わせ幸せそうに微笑んだ。
そしてに背を向けその場を去っていく。

どんどん小さくなる背に思わず手を伸ばしたが届くどころか、声さえ発せなかった。





「……何この夢」

鳥のさえずりに引き寄せされるように瞼をこじ開ければ眩い光がを襲った。最初に見えたのは真っ白い天井と蛍光灯。それからカーテンの隙間から差す太陽の光だ。

枕元にあった携帯で時間を確認すれば午前9時で「やばっ!遅刻!!」と慌てて飛び起きたがそこで自分が知ってる部屋じゃないことに気がついた。


「ああ、そっか…」

私のアパート、燃えたんだっけ。



布団を畳んで身なりをそこそこ整えたは麩を開けて廊下に出た。煩くはないがどこからともなく聞こえる機械音に目標を定めて歩いていくとつきあたりで目的の人物に出会えた。

?!起きたんだ!」
「ジローくんおはよう。ゴメンね、昨日は…」
「いいっていいって!それより腹すいてない?朝飯あるよ!」

そろそろ起こしに行こうと思ってたんだ、と言うジローくんはの手を掴んでずんずんと廊下を歩いていく。さすが勝手知ったる自分の家。程なくして台所についたジローは「ちょっと待ってて」とテーブルに備え付けてあった椅子を引いてに座らせ出て行ってしまった。

ここでどうしろと?とほんのり焦っていると奥から「母さーん!起きたー飯ー」とかいっている。いやいやいや!今お仕事中でしょうよ!邪魔しちゃダメでしょうよ。


「じ、ジローくん。私のことはいいから…」
「ダーメ!何か入れとかないと倒れちゃうだろ?無理なら残してもいいけどうちの飯結構うまいから!期待してて!」

戻ってきたジローくんに進言したものの、ニカッと笑顔で一蹴されてしまった。とても勝てる気がしない。
そしてジローくんのお母さんが入ってくると「俺、仕事手伝ってくるから!」とあっさり置いてきぼりされたのだった。



******



「…緊張した…」
「そう?うちの母さんそんなおっかなかった?」
「見ず知らずの人間が深夜にいきなり押しかけたのにどうやって会話を弾ませろっていうのよ…」

懺悔の言葉しか思いつかなかったよ、と肩を落とせば隣にいたジローくんが笑って「彼女だっていえばいいんじゃん」と冗談めいた。そんなこといったら余計に心象悪いでしょうよ。

事情はジローくんが粗方話してくれてたのか彼のお母さんにはとても良くしていただいた。朝の忙しい時にの分まで食事を用意してくれたり慰めや元気づける言葉もくれたりとジローくんのお母さんだなぁ、としみじみ思って。

その優しさにほっこりしたが食事はあまり進まず無理矢理押し込んできたので少々お腹が辛い。次回は是非もう少し元気な時に食べたいものである。味殆どわからなかった。


「会社には連絡した?」
「した。昨日と合宿所にもさっき。こっちはいいからちゃんと休めって。出てくるの落ち着いてからでいいって言われたんだけどどのくらい休めばいいのかな?」
「とりあえず、手続きとか色々終わってからじゃない?」
「そうだよね〜」

賑やかな商店街を抜け、住宅地を歩いていくとひっそり佇む駄菓子屋さんがあって目を瞬かせた。個人経営の駄菓子屋さんなんて初めて見たんだけど。そこでアイスを買ってそれぞれ気になる駄菓子を買って(全部ジローくん持ちでした)またブラブラ歩いていくと川にぶち当たった。


、こっちこっち」

川の土手に下りていったジローくんは手招きすると自分は大きな木の下の影に入ってごろりと寝転がる。も汗を拭って木陰に入ると少しだけ暑さも和らいだ気がした。

「暑いC〜あー死ぬ〜」
「温度上がりすぎだよね」

溶けかかったアイスを急いで食べると「何か飲みものも買えばよかった」と体育座りをした。
大きく枝を伸ばした木は桜だろうか。さわさわと揺れる木の葉が少しだけ涼しさをくれるがいかんせんセミの鳴き声と地表からくる熱気のせいで涼しくはならない。



きっとあそこで流れてる川もぬるいんだろうな、と思いながら声がする方を見やると併設されたらしい野球のグラウンドで少年達が一生懸命練習に励んでいる。こんだけ暑いのにご苦労様だ。
空を見上げれば焼き殺す気満々な太陽が燦々と照り輝いている。夏至過ぎたんだから大人しくしてくれよ。

ってさ。仕事すんのはいいけど住む場所どーすんの?」
「え?あーそだね。ホテルか、合宿所のどっか借りれたらかなー」

できるなら女友達の家に泊まらせてもらえたらいいんだけど生憎の友達は神奈川在住ばかりで東京にはいない。通勤で来れる範囲だからわざわざ移り住む必要は結婚でもしない限りないようだ。
ホテルは正直痛手だが実家に帰るとなると通勤が大変なので現実的なのはこちらだろう。


「親には連絡したの?」
「……いや、まだ。」
「しないとやばいんじゃない?」
「うーん、そう、なんだけど…真田がね…」

親はなんとか説得できるだろうけど弦一郎は煩そうだ、と肩を竦めた。それ見たことか!と叱りつけて神奈川に連れ戻しそうで怖い。

学生の頃は冗談で済んだけど最近は冗談にならないから恐ろしいのだ。有言実行な上に財力をつけてきたから本気でを養いかねない。大事にしてくれるのは有り難いが使い方は年を追うごとに誤った方向に行ってる気がしてならないのだ。

ハァ、と溜め息を付けば「俺のとこに住めばいいのに」とジローくんが寝転がったままに視線をくれてきた。


「兄貴出て行って部屋余ってるし、合宿所も近くて通勤も楽じゃん?」
「気持ちは嬉しいけどろくに面識もないのに転がり込むのは気が引けるわー…」
「ええーじゃあ、忍足んとこに行くわけ?」
「いや、そっちは行きません」

申し出は物凄く嬉しいのだけど、ジローくん以外全員初対面だったんですよ。ジローくんと同じでみんないい人達だったけどその分良心が痛くて仕方がないんですよ。

じと目で見てるくジローくんに申し訳なさそうに返せば彼は嫌そうに忍足くんの名前を出したが、も合わせるように嫌そうに眉を寄せて首を振った。そしたらジローくんがホッとした顔で笑うから苦笑してしまう。



「忍足んとこに泊まったら絶対襲われるC。だから絶対行っちゃダメだかんね」
「(絶対2回もいったよ…)つか、忍足くんちって制限多そうだしね」
「制限?」
「スリッパの方向はこっちじゃないとダメだーとかトイレの蓋は閉めろとか。トイレットペーパーは2巻き以上使ったらダメとか。歯磨き粉は何センチまでとか置く時は逆さまにしちゃダメとかそういうの」
「ぶっははははっ!ひでー!!忍足のことそんな風に思ってたの?!」

腹いてーっ!!お腹を押さえてのたうち回るジローくんにも笑った。


実は火事の後あまりにも具合を悪そうにしていた為、病院に連れて行かれたのだが、たまたまそこが忍足くんが働いてる病院だったのだ。しかも丁度夜勤で居合わせたものだから早速事情を説明すると彼は心得たとばかりにポケットを漁ってにあるものを手渡してきた。


「…?何、これ」
「俺ん家の鍵や」
「は?」
「は?って、泊まるとこないんやろ?だったら家に泊まり。俺しか住んどらんから気楽に住めるで?」
「い、いやいやいや!確かに泊まるとこないけど別にそんな意味でいったわけじゃ」
「何いうとんねん。俺とちゃんの仲やん。困った時くらい助けさせてや」

そのなんとも慈愛に満ちた目を止めろ。後ろに気づけ。看護婦さん達の目がギラッギラにこっち見てるんですけど!!何アンタここでもモテモテくんやってんのかよ!モテるだろうけど!!
何かの牽制か?!だったらやめてくれ!!それは学生時代丸井とかに随分ダシにされて嫌な思い出しかないんだよ!


「…せめて、1人暮らしじゃない人でお願いします」

仕事行かれたら寂しいだけなので。背中に刺し込む視線の痛さに涙しながら忍足くんに進言すれば、間もなくジローくんが迎えに到着したのだった。



「向日は彼女いるしなー」
「修羅場になっていいなら行くけど?」
「じゃあ俺録画しとかないと…あ、宍戸は?」
「そんなことしたら亜子に殺される」
「樺地」
「今海外に出張してるっていってなかったっけ?」
「あ、そっか。じゃあ鳳!あと滝に…日吉は?」
「鳳くんちは住み心地が良すぎて私が耐えられなくて出て行きそう。滝さんも以下同文。日吉は……なんとなく、目で殺される気がする」
「面白そうじゃん?」
「面白いって思ってんの本人達以外だよね?私間違いなく日吉に恨まれてるんだけど」
「下剋上?」
「そうそう。ことあるごとに"下剋上"とかいうからさ…アレ絶対恨んでるよ。原因不明だけど今更ぶり返したくないしまだ死にたくない」
「(違うと思うけどな〜…)んじゃ跡部」
「ヤダ」

元氷帝テニス部レギュラーを次々上げていくジローくんにバカ丁寧に返していたが跡部さんのところだけ突き放すように返してしまった。
咄嗟に出てしまった言葉に我に返って口を押さえると「やっぱ俺の家しかねーじゃん!」とジローくんがぼやいた。良かった。さっきの言葉は気にしてないみたいだ。


「とりあえず一段落するまでは俺の家で決定な!嫌だっていうなら忍足の家に監禁だから」
「そ、それだけはご勘弁を…っ」
「だったら今日も俺の家に泊まること!」
「ごめん……ありがとうございます。なんとお礼を言ったらいいか」
「大丈夫。後でたっぷり謝礼金もらうから」
「それを聞いて、一気に感謝の気持ちが減りました」

深々とお礼を言えばジローくんがニンマリと黒いことをいうので思わず眉を寄せてしまったが彼なりのジョークだと気がついて、小さく微笑んだのだった。

お陰で1人寂しく泣くことは当分なさそうだ。




忍足の家に泊まる=外で寝る。同義語。
2013.10.17