You know what?




□ 62a - In the case of him - □




火事に遭ってから2週間、ホテル住まいになってから1週間のある日、を雇った合宿所のオーナーに呼び出され合宿所にある応接間に向かった。何か失敗したことでもあっただろうか、とビクビクしていたら「災難だったね」と茶色い封筒と共に寄付金を頂いてしまった。

どうやら復帰1日目に菓子折を持っていったのが良かったらしい。これで凍える財布も少しは暖かくなる、そんなことを考えていると「それから、」ともう1通の茶封筒を差し出された。


「これは?」
「それが、あーここの合宿所に出資してくださってる大元の会社を知ってるかい?」
「え、ええ。榊グループですよね」
「そう。そこの会長から君へと言付かったんだよ」
「ぅえええっ?!」

何故?!と驚けばオーナーもわからない、と返してきた。会長って言ったら榊太郎さんだよね?あのダンディなおじさまの!


「昔受け持っていた生徒の面倒を、他校なのにも関わらず親身になってみてもらったから、その礼がしたい…そういっておられたよ」
「…そ、うですか…っ」

さ、さ、榊大明神さまーっ!!私あなたについていきますー!!
氷帝関係者の息がかかった会社に入っちまって失敗したぜ!と思ってたけど前言撤回します!!氷帝と関わってたお陰で私は助かりました!跡部さんが近くなる気がして怖がってましたけどちっさい人間の戯言でした。そんなことで拘ってる私が子供でした。本当にありがとうございます!


深々と茶封筒に頭を下げると手触りに違和感を感じて首を傾げた。これ、中身お金じゃないですね?そうオーナーに目で確認すると「中身、見てみたら?」と即された。お金だったら無闇に開けられないけど違うものならいいか、と思って取り出せば2枚の手紙と鍵が入っていた。鍵…?

「…どうやら部屋の鍵みたいだね。手紙にはなんて?」
「えと、どうやら部屋を貸していただけるみたいです…」

1枚目は火事に遭った不幸を慰める文面から始まり、何故かホテル住まいがバレていて、国家試験を受けることもバレていて、だったら私の持っている部屋をひとつ貸してあげよう、という太っ腹な話だった。その手紙の2枚目には地図があって住所とマンション名が記載されている。



「このマンション…最近できたあそこじゃないかい?」
「……え?!最近って、まさか、あの高層マンションですか?!」

確かにあそこならどこに行くにも近いけども!!
そんなまさか!と声を上げたが榊さんの財力を考えるとありえない話ではない。だがしかし、これをすんなり借りていいんだろうか?いくら昔お世話したからといってこれじゃ有り余る好意じゃないだろうか。

若干顔色悪くしながら「これ、断ったらヤバイですかね?」とオーナーに聞いてみれば渋い顔で首を横に振られた。…でしょうね。


それが織田くんとの約束の期日の2日前だった。



******



!お前という奴はいつになったら帰ってくるんだ!!』
「お盆に帰ったじゃない!」
『そういう意味じゃない!!帰るべき家があるというのにホテル住まいなど言語道断!さっさと帰ってこんか!』
「もうホテル住まいはやめました!新しい部屋も見つかったから当分帰りません!じゃ!」
『っ何?!おい!』

ブチ、と通話を切ってやったは無言で電源を落とした。親に連絡した途端これだ、と呆れた顔で携帯を見つめたは盛大な溜め息を吐いてこちらを伺う彼に振り返った。


「待たせてゴメンね手塚くん。じゃあ行こうか」
「ああ」

ダンボールと手塚くんってあんまり合わないよね、とちょっとだけ思いながら歩き出す。目の前には自己主張が強い大きなマンションがふんぞり返って立っている。
それを見上げたは若干引きながらも足を叱咤して前へと勧めた。あんまり見て口なんか開けてたらただのおバカさんだしね。

自動ドアをくぐると目の前にもうひとつ自動ドアがある。その手前に何かの機械が置いてあってなんだろう?と首を傾げた。


。そこに鍵を入れてロックを解除しないとその自動ドアは開かないぞ」
「えっそうなの?!」

開かない自動ドアにオロオロしてたら手塚くんがやんわり教えてくれ、慌てて機械の前に立った。鍵穴を見つけそれに差し込み回すとカチリと音がする。すると彼が言うように自動ドアが開いた。

「隣にあったボタンは?」
「あれは訪問者用だ。部屋番号を押すとの部屋に直接繋がるインターホンだ」
「へぇ」

そんなことを話しながらエレベーターに乗り、記載されてた階数を押す。うわー…ボタンが上から2番目の段なんですけどー…。ヒクっと顔を引きつらせたはゴウン、と動き出したエレベーターに上がっていく階数を見上げた。



先日オーナーと一緒に榊さんにご挨拶に行ったのだが終始緊張でろくに喋りもできなかった。本当はもう少し庶民的な部屋で、といいたかったんだけど借りる身分でそんなことを言える訳もなく、榊さんが持ってるはずもなく結局諦めた。

「努力が実を結ぶよう、より一層勉学に励むように。行ってよし!」とポーズ付きで激励されたら頑張らないわけにはいかないだろう。


エレベーターを出るとこれまた高級感漂う明かりと内装でビクビクしながら見回し自分の部屋を探した。どうやらこの階には6部屋しかないらしく、中央の階段を囲むようにドアが設置してある。
まるで海外のアパートメントだな、と思いながら目的地であるドアの前に立った。2つある鍵を開けてドアをくぐるとそこには眩しいくらい明るい光が部屋に差し込んでいた。


「う、わー…」

玄関から入ってすぐそこには吹き抜けの大きな窓があり、その差し込む光をめいっぱい浴びてるリビングダイニングがある。夜の夜景はさぞや綺麗に見えるだろう、そう簡単に想像ができた。

「わあ!キッチン広い!」

リビングから一旦目を戻すとすぐ横にキッチンがあってダイニングテーブルもあった。大きなシンクとコンロもガスの方でテンションが上がった。冷蔵庫だって両開きだもんね!


目を輝かせるを微笑ましく見ていた手塚くんは「ここでいいか?」と持っていたダンボールを掲げ聞いてくる。そこで我に返ったは慌ててダイニングテーブルに置いてもらった。

「よかったな」という彼に頭を掻いて笑って誤魔化した。さっきまでビビってたのに部屋を見たら目の色を変えてしまった現金な自分が恥ずかしい。そう思いながらもリビングルームの横にある部屋を見つけたはまた歓声をあげた。


「わっすごい!ベッド広い!ふかふか!」

寝室というには広すぎる(だって大きなソファとテレビもあるのだ)部屋に感激してるとふと足りないものに気がついた。



「あっちがバスルームじゃないか?」

キョロキョロとキッチンや玄関に戻って探していると寝室の方から手塚くんが手招きしていて指差す方を見たら確かにバスルームがあった。洗面所は別になってて備え付けのアメニティグッズもホテル以上にばっちりある。置いてあるもの全て好きに使っていいとか本当太っ腹すぎる。

ほぼ同じ条件で織田くんも申し出てくれたけどこっちの方がまだ気兼ねがないと思えるのは、やっぱり現金な女の『性(さが)』だろうか。
不機嫌な顔で睨んでくる織田くんを思い出し、はこっそりカラ笑いを浮かべた。海外から帰ってきたら何か驕ってあげよう、うん。


「あー安心した。これならまだ掃除できそう」
、部屋はまだあるみたいだぞ」

想像ではもっと広くて部屋数も多いのかと思ってたから。これだけでも十分広すぎる空間だけど掃除はまだ楽そう、そう思って胸を撫で下ろしたら手塚くんがまた別な方を指差した。
それを辿って見てみるとリビングの端の方に真っ白い階段が見える。壁と同化してて気づかなかった。

ま、まさかまだ上に部屋が…?とリビングの窓際まで行くとロフトとは思えない大きめの空間が見えた。吹き抜けはこういうことだったのか!


「おそらく、この上がマスタールームだろう」
「あ、じゃあ上は使わない方がいいよね」

むしろ私は下だけで十分生活可能です。そう思って手塚くんを見ると彼は少し可笑しそうに笑って「気になるんだろう?見てきたらどうだ?」というので思わず照れ笑いを浮かべた。使う気は全くないが気になってるのがバレたらしい。

お言葉に甘えて階段を上がり吹き抜けの窓を見て不思議な気持ちになった。まるで空を飛んでるみたいだ。



それから大きなグランドピアノとぎっしり本棚に詰まってる色んな本、それから大きなスピーカー付きのオーディオルームを堪能して階段を下る。
「どうだった?」と聞いてくる手塚くんにすごかったよ!と興奮気味に返そうとしたら誤って階段に足を置く場所を間違えぐらりと身体が傾いた。

あ、やばい、と思った時はもう手摺りが届く場所に手は届かなかった。


「…危ないだろう」
「っ…ご、ごめんなさい」

ぎゅっと目を閉じるとほぼ同じくらいに何かにぶつかったが痛くも冷たくもなかった。包まれるうような温かさに恐る恐る目を開ければ眉を寄せた手塚くんがを抱えていた。丁度階段下にいたのもあって助けてくれたらしい。

落ち着いた手塚くんらしい匂いと手摺りを掴む右手にハッと我に返って「ごめん!肩!」と身を離そうとしたら大丈夫だと言って腰に回した手をぐっと引き寄せてくる。


「問題ない。もう完治している」
「そ、そっか…」

ならいいんだけど。ホッと息を吐き肩の力を抜けばより一層密着した気がした。外がかなり暑かったので来た早々にエアコンを入れたが窓から差し込む日差しのせいかまだそれほど涼しくはなっていない。

「……」
「……あ、あの手塚くん」
「…先程の電話は真田か?」
「?うん。そう」


喉も渇いたしそろそろご飯でも食べに行かない?と伺おうとしたらその前に手塚くんに切り出された。このままの体勢で続けるんだろうか。そうなるとちょっと恥ずかしいんだけど。

「火事のことを話したのか」
「そう。親にいったらまっすぐ伝わってたよ。お陰で帰ってこいコールが半端ないんです」
「奴はに関して過保護だからな」
「まさか大人になってまで続くとは思ってもなかったよ」



大人になれば互いに大事な人ができてそれなりに距離ができるんだと思ってた。
「今度見合い写真でも送ってやろうかな」とぼやけば手塚くんが吹き出し「そうしてやるといい」と笑いを堪えるように肩を震わせたのでも思わず笑ってしまった。


「手塚くん。そろそろどっか食べに行かない?手伝ってもらったし奢るよ」
「気にすることはない。たまたま手が空いていただけだ」
「それじゃ私の気がすまないんだけど」
「…では、が作った手料理を食べてみたい」
「えっ?!でも冷蔵庫の中空っぽだし、今から買って作ったら遅くなるよ?」
「構わない」

手塚くんの発言に驚き身を離せば、いつも以上に優しげな顔で微笑んでいるから思わず顔の温度が上がり目を泳がせた。時々会っていた手塚くんはこうやって意味深な視線で見てくることがちょこちょこあった。

どういう意味なのか始めの頃は悶々と考えてしまったけれど、あの時はまだ幸村と付き合っていたのもあって深く追求することはなかった。
多分、世話のかかる妹的なものなんだろう。そんな考えのまま今に至るがいつかちゃんと聞いてみた方がいいのだろうか。


「…いつも思うけど手塚くんと会う時って必ずいいタイミングで会うよね」
「そうだな。今日もそんな感じだったな」
「私はいい荷物持ちができて助かったけど」

腰に回された手が離れ解放されたは無意識にホッとして階段を下りると、ソファに置いていたカバンを手に取り手塚くんが後ろに続く。
火事で焼け残った私物を受け取ったのだがさすがに自分ひとりじゃ持ち帰れなくて困っていたところナイスなタイミングで手塚くんから電話がかかってきたのだ。


玄関に向かいながら「何食べたい?」と話しかけると彼は嬉しそうに微笑んでメニューを告げてくる。それを聞いて「やっぱり!」と笑ったは一緒にドアをくぐったのだった。

この心地いい空気には、心の中に浮かんだ疑問はもう少し後でもいいだろう、そう思って心の中に仕舞ったのだった。



******



拙いながらも手塚くんに夕飯をご馳走して見送った夜、はお風呂に入った後ソファに座りダンボールの中身と睨めっこをしていた。
無事残った私物はダンボール2箱と大きめのカバンひとつだ。中身は服やら貴重品やらだが肝心の教科書類は殆どダメになっていた。一応貰って帰ってきたけど改めて開いて勉強するのは無理だろう。


「やっぱ買い直さなきゃダメかー…」

試験は来年の3月だからまだ余裕はあるけど間に仕事とか入れてるから時間はいくらあっても足りない感じだ。物件探しやら引越し代金を稼ぐという心配がなくなったからまだ頑張れそうだけど痛手には代わりない。


ハァ、とまた溜め息をついたはダンボールの中の1番上に置いてある長細いケースを取り出した。火事の熱で少しひしゃげてしまったが蓋は開けることができた。中身も無事そうだ、とわかってホッと息を吐く。
そこには小振りだが眩い光を放つ宝石がついたネックレスとイヤリングがある。何年経っても損なわない輝きにやっぱり本物のダイアなんだな…と思った。


「何後生大事に持ってるんだか…」


ドレスはもうサイズが合わなくて手放したがこれだけは実家から持ってきてしまった。いっそこれも手放してしまえば少しは生活の糧になるだろうに、の頭にはそんなことは微塵も浮かばなかった。

ただ、忘れがたい、でも忘れてしまいたい記憶がある思い出の品でしかない。


「寝よ、」

どんなに見たところで時間が戻るわけでもないのだ。そう言い聞かせて蓋を閉めるとダンボールに戻して立ち上がった。



「っな、何?!」

歯を磨いて寝よう、そう思い洗面所に向かえばいきなりドン!という音が聞こえ肩が揺れた。その音は何度も続いていて音がする方を探すと玄関から聞こえて来るようだった。ええ、なにこれ。怖いんだけど。

どうやらの部屋の前で誰かがドアを蹴ってるらしく「んで、開かねーんだよ!」とキレ気味の声と一緒にドアノブがガチャガチャ動いた。つ、通報した方がいいんだろうか。
泥棒か?と不安になりながら携帯を握り締めドアに向かうとまたドアを蹴る音が聞こえる。


もしかして、ここ曰くつきなんだろうか、とよからぬことを思いながらドアについてる覗き穴を見ると目の前に手で頭を押さえる男性が立っているのが見えた。
その姿に目を見開いたは目もあってないのにバッと視線を逸らした。何故?!何故いる?!

ドア越しにいる男性に大いにビビっているとまたドアノブを回す音がした。どんだけしつこいんだこの人。


「あ、あのー…」
「っ?!んだ、テメーは」

音がやんだのを見計らってドアガードをしてそっとドアを開ければ彼は更に不機嫌そうな顔で睨んできた。限りなく狭く開けたというのになにその眼力。顔に何で俺の部屋にいる、と書いてあって怖いんですけど。

「ここ、私の部屋なんですけど」
「ああっ?!んなわけ」
「あなたのお部屋は上じゃないんですか?」

少なくとも同じ階ではないだろう、そう思っていってみたら部屋番号にやっと気づいたのかそれを見て固まっていた。やっと気がついたか。何やってんだよこの人。危うく通報するところだったじゃないか。



「…悪い。頭痛が酷くて思考が散漫だったんだ」
「………大丈夫、ですか?」
「大丈夫、といいたいところだがアンタ頭痛薬とか持ってねーか?」

買いに行くのもしんどい、と言わんばかりに顔をしかめる彼には「ちょっと待っててください」と一旦ドアを閉め、鍵もしっかりかけて部屋に戻った。生理痛を和らげる為に持ち歩いてたのがあったはず、とカバンをひっくり返して薬を取り出したは急いで玄関に向かった。


「これで、よければ」
「ああ、悪いな」

ドアガードをして開けたドアの隙間からそっと薬を差し出せば頭を押さえていた手で受け取った。そして「起こして悪かったな」と言われ、ドアを閉めたのだった。


ガチャリとドアを閉めたは暫くその場から動けずしゃがみこんだ。心臓の音が異様に早い。
もしかしたら榊さんがここを彼に貸してるのをうっかり忘れて私に貸したのかも、と思ったがそれは勘違いで済んだようだ。だがそれ以上に落ち込んでる自分に自嘲した。

「当たり前と言えば当たり前だけど…殆ど見えてなかっただろうし、まさかここにいるとは思ってないだろうし」

何でドアなんか開けたんだろう。ドア越しに会話すればよかったじゃないか。そう考えたら自分はまた勝手に期待してたようにしか思えなくて頭を抱えた。




榊大明神様…!!
2013.10.19