You know what?




□ 64a - In the case of him - □




と跡部さんの奇妙な挨拶が交わされて少しした頃、予告通りに強化合宿がありはそこへと駆り出された。
秋だとは聞いていたけどもう少し間があくと思ってましたよ、と愚痴たが上司にとやかく言えるはずもないのですごすごと仕事をしている。しかし合宿自体はとても意義があるな、と思っていた。

夏の合宿所とは別の施設に来たは広い敷地に区切られてるコートを見やった。そこで練習をしている子達を見ていると自然とこっちも頑張らなくては、と思ってしまう。

オーナーが言うだけあって今年の中高生のレベルは高い。特に中学生の元気の良さったらない。
懐かしくも自分が学生だった頃を思い出し胸を弾ませていると自分の名前を呼ばれ振り返った。


さん。油を売ってないで仕事をしてください」
「…あの、観月さん。私の仕事は食事を作る係であってマネージャーではないんですが」
「どちらも大事な仕事ですよ。それに僕は適材適所を選んで指示してるだけです」
「…うぐ、」

走り回る学生に紛れて何故かが球拾いやらドリンクやタオルを出す仕事をしていた。所謂マネージャーである。
それを指示してきたのは今回コーチとして呼ばれた観月はじめさんという人だった。赤也並に癖を持った髪で「んふ」とよく零す少し変な人だが「あなた、経験者でしょう?」という彼の指摘は間違っていない。


「当時立海のマネージャーをしていた。違いますか?」
「え?!何故それを?!」
「昔の資料を掘り起こしたんです。僕もテニス部でしたからね」

ぎょっとして彼を見ればまた「んふ」と鼻にかかる声で笑みを作った。どうやら観月さんは同世代でルドルフの卒業生らしい。ルドルフとは大会で何度か見かけていたけどこんな濃ゆい人は見てなかった気がする。そう考えていたら「高校では裏方にいましたから」と返された。


何か柳とか乾くんと同じ匂いがする。昔の資料とか言うから多分この人もデータマンなのだろう。

恐ろしい人がまた増えた、と引いていれば「そろそろ休憩ですよ」といって目配せしてきた。はいはい、準備しろってことですね。やりますよ、やればいいんでしょ。

データマンじゃ逆らってもすぐ切り返されるだけだとわかったは肩を落とすと生徒達が上がる前に準備しようと水飲み場に走ったのだった。



今回参加してるのは氷帝と青学、それからルドルフの中高の選抜レギュラーだ。どうせなら立海も呼べばいいのに、と思ったがこの時期は試験にぶち当たる為断念したらしい。
残念に思いながら休憩に入った生徒達にドリンクとタオルを配ると観月さんが満足げに頷いていた。その、僕の目に間違いはなかった。みたいな顔やめてくれませんかね。

「アーン?テメェここで何してやがる」
「……どうも、こんにちは」
「マネージャーの仕事ですよ。彼女、僕達と同期だったんですが覚えてませんか?」

立海にいたんですよ、といきなりコートに現れた不遜な態度の跡部さんに観月さんは普通に迎え入れ質問に答える。それなりに付き合いがあるのか慣れてる感じだ。
流石は同期というだけあるな。こっちはビックリして思わず持ってたタオル落としちゃったよ。


2メートル弱の距離にいる跡部さんをチラリと伺うと、彼は挨拶してきた生徒達に軽く手を挙げそれを返してこちらを見てきた。やっぱりオーラが痛い。身体が強ばる感じだ。

ラケットで肩を叩きながら見下ろしてくる視線に、なんとなく合わせづらくて逸らすと跡部さんは「まぁいたかもな」という言葉を吐いた。


「珍しいですね。1度見たら忘れない貴方が覚えてないなんて。立海のマネージャーだったんですよ?」
「アーン?敵校の女なんざ逐一調べてねぇよ」
「…ずさんですね。まぁいいでしょう」

そろそろ休憩も終わります、そういって観月さんは生徒達を見て号令をかけた。集まる生徒達に練習内容と跡部さんのことを告げる。

跡部さんもコーチに入ると言われ、テレビの話を知ってる生徒は不安げな顔をしていたけど、いざ試合が始まれば目の色が変わった。
も空になったドリンクを回収しながらコートに釘づけになる。もう現役は退いているけど動きといいしなやかに返す手首といいあの頃の跡部景吾は未だ健在のようだ。

なんら変わりない彼の姿を見てはなんとなく胸のところを押さえ、そして水飲み場へと走った。



******



さん!おはよーございまっス!」
「おはよー朝から元気だねー」
「おはようございます、さん」
ちゃんだー!おはようございまーす!!」
「あ、マネージャーの人だ!」
「本当だ!え、もしかして朝食作ってんスか?」
「おはよー。そうだよー」
「マジで?!スゲーっスね!」
「俺らより先につまみ食いしてたんじゃなかったんスね!」
「…んなこといってると、朝ごはんあげないかんね」
「うわわ!じょ、冗談ですって!!ご、ごめんなさいー!!」
「あはは!ばっかだなーお前!」

人間、見知らぬ人だらけよりは見知ってる人間がいる方が慣れやすい。それはここでも同じで、夏の合宿で一緒だった高校生の一部がのことを覚えていてくれたのだ。そのお陰で2日と経たない内に名前を覚えられ声もかけられるようになった。
多分マネージャーとして走り回ってるせいもあるのだろう。食事スタッフよりもある意味仲良くなってるから不思議だ。


学生時代もそうだが自分の行動が面白いのか見た目ないし雰囲気が子供っぽいのか(正直認めたくない話だけど)後輩に懐かれる確率が高い。そして悪気は無いだろうけどからかってくる子も多い。早速『ちゃん』付けで呼んでくる奴いるし。

そういう子にはご飯をよそう時に量を少なくして「欲しければおかわりしに来なさい」とニヤリと笑って送り出してやった。ささやかな悪戯だ。
「ええ〜っマジっスか〜?!」と文句を垂れるが「あと5回くらいおかわりするんで覚悟しててくださいよ」笑ってトレイを持って去っていく。勿論冗談だろうが、言い草が可愛いぞ。

次にやってきた中学生も高校生に習ってか最初よりは大分砕けてきている。挨拶するだけなのに顔赤くしてるとかなにこのピュアっ子達!と思う。うん、私の脳内が疲れで病んでるのは十分理解してる。

それでも自分が中学生だった頃より随分可愛げがある子が多いなと思いつつ「足りなかったらおかわりおいでねー」とにこやかに言葉をかけているとうねった髪の人が「おはようございます」と挨拶付きで視界に入ってきた。



「扱いが随分手馴れてますね」
「手馴れてるというか、あの子達が付き合いやすいって思ってくれてるんじゃない?」
「そうですね。紙一重で馬鹿にされてる感じもしますが」
「………」
「冗談ですよ。固まらないでください」

あえて口にしなかったことをさらりと述べた観月さんに閉口すると彼は「んふ」と微笑み「さんから見て彼らはいかがですか?」とテーブルで食事をしている子達を見やる。テニスの実力の話だろうか?

「細かいことは観月さんの方がわかってると思うから特にいうことないけど…立海は高校生とかプロのOBと打ってたからこういう光景よく見てたけど他の学校ってあんまなかったんだよね?
だったらいい刺激になってるんじゃないかな。みんなが真剣に打ってる姿見てると私も頑張らなきゃなって思うし」

さすが全国区だね、と返せば観月さんは「確かに立海以外はこういう機会はあまりないかもしれませんね」と顎に手を添えてくる。


「性格的なものはいかがですか?」
「いい子達ばっかだと思うけど…ああでも、氷帝はちょっとプライド高い子多いかも。他もいるにはいるんだけど…特別高いよね。青学の子達とは相性あんまよくないんじゃないかな?昨日、言い争ってるの見たし」
「そうですね。氷帝は代々そういう人が多いのかもしれませんね。それに今年は策士がいますから。彼の挑発もその一環だと思いますよ」
「挑発って…あんま刺激しない方がいいと思うけどな。見た感じ青学って純粋にテニス好きで熱い子多いから本気にしちゃうんじゃない?」

その点ルドルフは挑発だってわかっててあえて静観してるよね。それはそれで観月さんからいえば「闘争心がなくて困ります」と溜息を吐いていたが、ケンカするよりはマシだと思う。いや、青学にもわかってる子はいると思うけど。氷帝もテニス好きで熱い子いると思うけど。お姉さんは不安だな。


「おい観月。いつまでくっちゃべってやがる」
「おや跡部くん。今から朝食ですか?」

おはようございます、と丁寧に挨拶する観月さんにこめかみを押さえながら登場した跡部さんは「仕事をしていたからな」といってこっちを見てきた。かち合った目に思わず肩を揺らした。

「…噛み合うような話なんてあるのかよ」
「ありますよ。テニスのことで色々お聞きしていたんです」



彼女、随分彼らと仲良くなったので。といらぬことを付け足す観月さんに跡部さんは食堂で食べている子供達をチラリと見て、それからに戻すとこれでもかと眉をひそめた。

「2、3日くらいでわかることならテメーはもう知ってることだろうが。わざわざ聞くまでもねぇだろ」
「わかっていても角度が違えば見えるものも変わるものですよ。それに気になるじゃないですか。さんが何故こんなにも打ち解けるのが早いのか」

人柄だけではないと思うんですよ。と意味深に見てくる観月さんには何もないですよ、と心の中で返した。そんな策略も言霊もありませんがな。そう思っていればと似たような顔をしていた跡部さんは鼻で笑うと「くだらねぇ」といって踵を返す。


「んなの、精神年齢があいつらと同じってだけだろ?考えるまでもねぇよ」
「跡部くん。どこに行くんです?」
「どこって席に座るんだよ」
「食事はどうされるんですか?」
「くっちゃべってられるほど暇なら俺の席まで持ってこれるだろ」
「は、」

はああ?!なにそれ!
の前をつっきって奥の窓側のテーブルにどかりと座った跡部さんはこっちを不機嫌そうに見ると「何してる!早くしろ!」と命令してきた。

配膳はセルフだっつーの!欲しければトレイ持ってこいよ!つーか、別にサボっちゃいないよ!文句いうなら観月さんにも言ってよ!私だけのせいじゃないじゃん!!しかも精神年齢が低いってどういうこと?!あけすけに何言ってくれちゃってんのあの俺様!!


はぁああ?!と目を剥いて遠くに座ってる彼のテーブルを睨みつければ、観月さんに呼ばれ渋々そちらを向いた。眉間のシワが取れないのは見逃してください。

「あなた、跡部くんに何かしたんですか?」
「………するも何も接触も会話も殆どしてませんが、」

お互い視界には入れてるけど挨拶くらいしかしてないし。でも跡部さんは返してくれないし。コート以外では食堂くらいしか会ってないのにどこでどう嫌われるのさ!理由があるならこっちが聞きたいですよ!!

考えれば考える程自分に過失はないと思えて、むっつりした顔のまま「頭痛が酷くてイライラしてたんじゃないんですか?」と吐き捨て鍋の蓋を力任せに閉めたのだった。



******



ああ、だから氷帝なのか。
なんてぼんやり考えながらは空を仰いだ。

日中は残暑が色濃く残るコートで跡部さんのひんやり冷たい視線はある意味涼しいが心臓的にはとても悪いものだった。
何故かずっとフルで参加してる跡部さんは最初こそ冷たい言葉を吐いていたけど昨日今日は遠巻きにこっちを睨んでは逸らす、ということを繰り返していた。しかも溜息付きで。

何か気に障ることでもしましたか?と聞いてみたいものだが聞く勇気は今のところない。いかつい顔の弦一郎のお陰でちょっとやそっとじゃビビッたりしないけど、跡部さんの目はどうにも居心地が悪くて仕方ないのだ。その為近寄りがたくて真相も謎のままにしてある。

何かしたつもりもないからもしかしたら"こいつ本当に立海のマネージャーにいたか?"とか考えてるのかもしれない。いたかどうかすら忘れてるみたいだしね。事実立海のマネージャーは皆瀬さんが顔だったし。


あれだけ接触してても興味がないものは消去できちゃうなんて人間の脳って不思議だなーと現実逃避をしつつコートへ走った。


さん…コーチに何があったんですか?」
「あの人ずっと機嫌悪いですよね?」

休憩に入り、タオルを配っているとそんなことをコソコソと聞かれは肩を竦めた。彼らの視線の先には腕を組んで誰もいないコートを睨みつけてる跡部さんがいての顔がげんなりと歪んだ。カルシウムとってるんだろうか。


「さあ?私にはわかんないけど。観月さんには聞いたの?」
「聞いたんだけど"そんなことより練習に集中しなさい"って言われちゃって…」
「……」

まだ会って数日も経ってないけどあの人ならそういうだろうな。跡部さんもいい大人だし自分で何とかするだろうって思ってるんだろう。でも、あんな雰囲気でいられたら誰だってビビると思うんだよね。というか、あの顔でコートに立つのやめてもらえないだろうか。後輩達が胃痛で倒れるよ。



そんなことを考えていたら近くにいた青学の子がまた寄ってきて「もしかして例の噂で機嫌悪いんじゃないかな?」とぼやいてきた。例の噂っていったらワイドショーが楽しんで流してるあれだよね。そういえば昨日、門に報道カメラが来てた気がするな。

「彼女とケンカしたとか?」
「婚約者に殴られたとか?」
「だったら手跡とかついてね?」
「コーチの女って怖そうだよな。どっちも気が強うそうだし」
「どっちにしろ、こっちにまで持ってくんなって話だよな」


いい迷惑、と溜息を吐く高校生に本当にそうなら正論だな、と思う。
グチグチと文句を垂れる彼らに鬱憤溜まってるなーとぼんやり聞いていると奥の方で氷帝の生徒達が嫌そうに睨んでいたので手を叩いて「はい、この話はおしまい!」と強制的に終わらせた。


「気になるのはわかるけど、気が散ってるなら練習量増やすように観月さんにいうからね」
「けど、さんは気にならないんスか?!」
「そうっスよ!俺達1日練習して夜は自主トレと勉強漬けなのにあっちは浮気して遊んでるんでしょ?」
「そうかもしれないし違うかもしれないでしょ?コーチだって準備運動からちゃんと参加してるしアンタ達の練習相手にもなってる。その上で自分の会社の仕事もしてるみたいだし遊んでるだけじゃないかもしれないじゃない」
「……」
「それでも文句がいいたいなら、コーチから1ゲームとれるようになってからにしなさい」

気持ちはわかるけどね。未だに勝つ目処が立たない彼らに言ってやれば途端に黙り込み「ほら、休憩終わるよ!練習練習!」と彼らの背を押してコートに追いやった。なんだかんだ言っても跡部さんは強いからね。だからこそ表立って文句が言えないんだろうけど。


コートに入っていく青学、氷帝の子達を見送りルドルフの子達の後ろを通りながら観月さんと少し話してコートを後にする。回収したタオルを抱えながら急ぎ足で歩いているとフェンスに寄りかかっていた跡部さんがチラリとこちらを見て、でもすぐに逸らしてコートに向かっていった。

グダグダ言ったところで跡部さんが変わってくれるわけじゃない。ついでに言えば彼の女事情なんてどうでもいい。私には関係ないんだから。そう思いつつ水飲み場に向かっていった。




微妙な距離。
2013.10.23
2014.03.25 加筆修正